2012 年 55 巻 4 号 p. 288-291
インターネットや電子書籍の登場は,活版印刷本の誕生に比せられることがある。とくに,これらの新しいテクノロジーが社会にどのような影響を与えるのかを考えるとき,文化史家のエリザベス・アイゼンステイン(Elizabeth Eisenstein)の「印刷革命」論に言及されることが多い。
アイゼンステインは,1979年に「印刷機――文化変容の一作用因」と題した研究書を発表した1)。彼女は,歴史家カール・ブライデンボー(Carl Bridenbaugh)の講演と,メディア学者マーシャル・マクルーハン(Marshall McLuhan)の『グーテンベルクの銀河系』2)に強く影響を受けて,15世紀のコミュニケーション革命について研究を開始し,その成果を同書にまとめた3)。この時期から約1世紀をかけて,書き言葉のコミュニケーションは手書きから印刷へと移行したのである。
1983年,アイゼンステインは,「初期近代ヨーロッパにおける印刷革命」と題する一般向けの要約版を出版した。これは邦訳もある。彼女の研究は,この要約版によって一般にも知られるようになった。
彼女の主張によれば,印刷本への移行によって,書物の量が増大し,文書の正確な複製が可能となり,標準化が行われるようになった。印刷工房が,国際的な知的十字路となり,職人や学者などさまざまな知的生産者が交流する場となった。口承で伝達されていた知識が印刷によって公開され,知的エリートのすそ野が大きく広がった。
これらさまざまな要因によってコミュニケーションが大きく変化し,エリート文化において書き言葉がさらに優越するようになるとともに,多数の書物の比較対照による文献校訂,法律の権威の増大,母国語による聖書読解,教会権力の相対的低下,科学の累積的発展など,大きな文化的変容が起こった。これらの影響が,ルネサンスや宗教改革,科学革命などにおいてほかの諸要素と相互作用し,変化を促進したと,アイゼンスタインは主張する。
ただし,印刷技術が社会変化の唯一の原因と主張するものではない。だから,「変化の一要因(An Agent of Change)」というタイトルが選ばれたのである4)。
アイゼンステインの研究を受けて,デュワー(James A. Dewar)とアン(Peng Hwa Ang)は,インターネットによる人々の知識の扱いがどう変わるかについて論じている5)。
知識の保存や更新,拡散という面では,印刷本は,手写本と比較して,知識の保存力を高め,訂正や拡散を容易にした。多数の同一のコピーが出回ることで,どこかにテキストが残るようになり,書物が豊富になり,正確な複製が可能になったことで,手元で比較対照を行ったり,誤りを見つけたりする労力が少なくなった。ルターが,活版印刷を「神の贈り物」と呼んだように,思想の伝達力も強力であった。
デュワーとアンによれば,インターネットの場合,印刷本と比較して,知識や情報の流れをコントロールすることは困難であって,検閲も難しい。低価格の記憶装置があるから,大量の情報の蓄積ができる。テキストの訂正だけでなく,ハイパーリンクの追加や訂正によって,知識や情報の更新も印刷本より容易だ。
知識の検索については,目次や索引の整備が印刷本において進んだが,インターネットでは,サーチエンジンによって全文検索という印刷本ではできなかった知識・情報の検索が可能になった。
そして,印刷本が知識所有(知的財産権)という思想を広めた一方で6),7),インターネットは知的財産権を破壊しつつある。
印刷本の普及によって教育が大きく変わり,学校教育による知識獲得が広まった。インターネットやコンピューターの普及は,必要な時に必要なことを学ぶという「ジャスト・イン・タイム」の学習を可能にするかもしれない。
デュワーらの指摘は簡潔過ぎて,インターネットやコンピューターなどの情報技術による文化変容を考えるにはおそらくまだ不十分なように思われる。
例えば,印刷本とインターネット上の文書(Webファイルなど)の固定性については,2つの見方ができそうである。ここで,「固定性」とは,テキストの内容が転記や複製によって揺らがないということだけでなく,時間的に変化しないという意味だとしよう。閲覧や読書をするたびに内容や文言が変化するならば,その知識や情報の表現は固定性が低い。
コンピューターのデータは,ファイルの保存日時の参照や文書構成管理ソフトウェアなどで,いつデータが更新されたか正確にわかるものの,十分な準備がなければ,インターネット上のデータは知らぬ間に変化したり(作者や無法者のクラッカーが加筆修正を行うかもしれない),インターネットから参照できない状態に置かれることがあって,印刷本のように固定されることがない。
そういう意味では,コンピューターの助けを借りて技術的に厳密に扱わない限り,目で見るだけでは証拠としての厳密性やテキストの固定性がないこととなり,印刷本の文化よりもそれ以前の口承文化に近いという面がある。
逆に,文書の版を管理し,作成日時や状態を記録する構成管理ソフトウェアなどの助けを借りれば,文書の変容・変化を逐一追いかけることも可能であって,時間的なスナップショットだけでなく,変化の過程をも記録して閲覧できる。こう見ると,変化さえも固定されるという意味で,コンピューター・データの固定性は高い。
次に,インターネット上の情報や知識の検閲の困難さであるが,これも一概には言えない面がある。よく知られているように,中国政府は「金盾工程」と呼ぶ公安(警察)情報のネットワーク化と電子情報化システム構築計画を進めてきた。この計画の中で,インターネット・アクセスを制限する一種のファイアウォール(防火長城(グレート・ファイアウォール))を設けて,中国政府を批判するWebサイトや,さまざまな言論が飛び交い,国外の人々と自由につながることができるSNSやツイッターなどへのアクセスを禁止している。また,中国製のサーチエンジンである百度(バイドゥ)の検索結果などにも,中国政府が知ってほしくない情報は含まれないことも有名だ8),9)。
政府による検閲に利用されるだけでなく,未成年者の保護や企業におけるインターネット閲覧・利用制限などの目的から,フィルタリング技術の研究は現在も進められている。その意味で,インターネット上の検閲が難しいかどうかは不明である。
しかしながら,これらの検閲をすり抜ける方法もいろいろ考案されている。
防火長城をすり抜けて,ツイッターなどの国外のサイトにアクセスする方法もある。暗号技術によってVPN(仮想専用線サービス)をつくって,一見関係ない中継サーバー(プロキシ)経由でアクセスする方法が一般的である。このサービスは中国政府へのレジスタンスで行われているというよりも,不便さを解消するための便宜であって,ペイパルなどの決済手段でお金を支払うと利用できる。Web検索も,百度で検索できなくても,このようなサービスを活用して,国外のサーチエンジンを利用すれば,中国政府が表示を望まない情報にもアクセスできる10)。
また,著作権侵害のための道具として騒がれた匿名P2Pファイル共有ソフトのWinnyは,インターネットで検閲を避けて情報を流通させるP2PネットワークFreenetをモデルに開発された。Freenetは,自由な言論・表現を実現するため,誰がどんな情報を発信・受信しているかわからないように,暗号技術と前出の中継技術(プロキシ)を利用する11)。
インターネットによって,どのような文化変容が起こるか予想するのは,印刷本よりもかなり難しいように思われる。情報倫理学者のD.ジョンソンが指摘するように,ソフトウェアは設計や運用について自由度が高く,設計や運用によって情報技術そのものの性質を変えることができる12)。また,情報の固定性の例に見るように,どのような視点を取るかによって,技術の性質の解釈は変わる。
しかしながら,インターネットによるポジティブな影響をより大きくする政策を決定する上で,前出のデュワーらが挙げる,印刷本の歴史からの次の教訓はかなり役立ちそうだ5)。
インターネットによる文化的・社会的変容は,’90年代に盛んに論じられたが,変化がより深まっている現代においては,このような議論はやや下火になったように思われる。連載の最初にも述べたように,歴史的教訓は必ずしも現代にそのまま生かされるとは限らないが,技術のより良い影響を大きくし,悪い影響を小さくするためには,過去の事例を振り返り,考察をめぐらせてみることも有効だろう。