情報管理
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情報提供サービス従事者の心得
松木 麻弥子
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2012 年 55 巻 4 号 p. 296-299

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資料や情報を求める利用者に満足のいく回答を提供したいという使命を持って働く人々,情報管理や情報提供を仕事とする職業はサービス業でもある。サービス業務の内容は多岐にわたり,しかもサービスを活用する多くの人々は質のよいサービスを求めているため,充分に検討しておくべきことが多々ある。良質なサービスは予算や蔵書規模,施設や設備の充実度では計れない,仕事人に備わった特質や心構えから生み出されると言ってもよい。それだけに,よいサービスができているか,見直すべきことがないか,情報技術は現状に即しているか,学び続けることをおろそかにしていないかなどと問いかけたり,不足があれば即対応する姿勢を常々身に付けておきたいものである。

サービスの質を向上させることを心がけたい,という思いを持つ時に,教えられたり,ヒントやアイデアを与えてくれる,いわば情報提供サービスに従事する私たちが心得ておくとよい内容を存分に盛り込んだ書物を4点取り上げたい。

『小さなチーム,大きな仕事 [完全版] 37シグナルズ成功の法則』ジェイソン・フリード,デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン著,黒沢健二,松永肇一,美谷広海,祏佳ヤング訳 早川書房,2012年,1,575円(税込)
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/114238.html

まず書名が目に飛び込んだ。私も小さなチームの一員,大きなことは望んではいないが,明瞭簡潔な文章と,ユーモア溢れるイラストが気に入ってしまった。本書を読み始めてようやく私は,37シグナルズがWebアプリケーションを数々生み出し,成功している「小さな会社」だったことを知った。著者は創業者で,この本は2010年に出版された『REWORK』の日本語翻訳版である。「まず最初に」として前書きで,この本はビジネスに成功している人,起業家で勝ち残るために生まれたと感じている人,日々真面目に仕事をしながら,自分の夢を追いかけたいと思っている人,自分の仕事は好きでも上司のことは好きじゃない人,理由はなんであれ1人でビジネスなんてできるわけがないと思っている人,などさまざまな人のための本として書いたとある。そういうすべての人々に,かつては高額だった情報ツールがほんの数ドルか無料で手に入り今や誰でもビジネスができる,と大いにその気にさせる。

既成概念や常識的なこととしてとらえられている現実を無視し,見直そうという章から本書は展開する。新しいアイデアを出し「そんなこと“現実”にはうまくいくわけない」と言われるような“現実”は新しいアイデアや変わったやり方が敗北する場所であり,何も試さないことを正当化していると。

履歴書はばかばかしい,経験の長さは過大評価されている,学歴は忘れようなどの提言は,小さなチームで働く人は既成の物差しではなく,質の高さを見極める能力を持ち自分で働ける人でなければならないということであろう。ページごとにうなずいたり,アイデア創出の希望をつないでくれたりする。そういえば今年の4月に,部門間連携の小さなプロジェクトでワーキング・グループが作られ,私もメンバーの1人になった。その直後プロジェクト管理のためにべースキャンプ(Basecamp)というWebアプリケーションを使う指示があり,以降利用しているが,本書を読んでこれが37シグナルズ製品であることに気づいた。

『知識創造の方法論-ナレッジワーカーの作法』野中郁次郎,紺野登 東洋経済新報社,2003年,1,995円(税込)
http://www.toyokeizai.net/shop/books/detail/BI/3edfcfa89945eff8d8a6aa0db76f6a84/

本書はナレッジマネジメントの権威として国内外で知られる野中氏と,同氏との著作を他にも持つ紺野氏の共著である。知識時代のナレッジワーカーが既成の枠組みにとらわれず,観念的・抽象的議論に陥らず,いかに知識を創造していくかについて材料を提供してくれる経営書であるが,図書館や情報管理部門にも当てはめられる方法論が展開される。序章「知の方法を身にまとう」では知の時代に求められるものとその背景について問題提起を行っている。4部構成で,第3部まではナレッジワーカー個人を対象に書かれ,ナレッジワーカーに求められるものは何かを論じている。

古典から近代まで知の業績として4人の哲学者の知識創造のプロセスを「知の型」として横断的に見つめ,分類を試みている。知識創造やナレッジワーカーがはやり言葉のようになった昨今,「知」の歴史的出発点として哲学の重要性を論じ,真のナレッジワーカーの作法を培う方法へと導いている。国内外の企業をケースにした例も折に触れ展開され,なじみのある製品もあり,これらが新たな「知」として生み出された過程も興味深い。組織的知識創造は第4部で論じているが,組織の「知」はトップ,そして組織の共有する人間観,つまり哲学が基底にあると唱えている。「知」の作法を身にまとうことはスケールの大きなことと心得ておきたい。

『伝える力-「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える!』池上彰 PHP研究所,2007年,840円(税込)
http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-69081-0

大衆にあらゆる分野を,難解なテーマもわかりやすく伝えることのできるジャーナリスト,プロの第一人者池上氏の著作である。伝える力に,話す,書く,聞くを含めそれらの高め方のヒントを伝授している。著者の経験や実際にあった失敗談や例などを取り上げながらも,地道な努力とよい習慣の積み重ねによって「伝える力」で人を惹きつけ,満足させることのできるプロであり続けているのだと納得させられる内容である。

第1章「伝える力」を培うで述べられている,自分がわかっていないと人にわかりやすく伝えることは不可能である,というのはもっともなことである。図書館のレファレンスサービスなどにも同じことが言える。自分が知らないことを知る,つまり「自分がいかに物事を知らないか」を知るという謙虚な態度から始めることを唱えている。自信過剰な人は他者から学ぼうとは思わないからあまり伸びず,謙虚な人は他の人から学ぼうという姿勢で伸びる,と次章へ展開している。各章は第8章までわかりやすい見出しで細分化され,いずれも示唆に富んだ内容で,実行したいことも多々ある。第4章「円滑にコミュニケーションする」の (14)「苦情電話の対応法」でも多くの人々が経験していると思われる状況に触れている。電子メール全盛の今日この頃,仕事場では電話でのコミュニケーションが大幅に減っている。外部からの電話では確かに,対応に出た人が名前を名乗るべきか否か判断が難しく,名乗らない方がよいときもある。従って,組織内でのマニュアルは,最低限の対応策という指摘はもっともである。第5章「文章力をアップさせる」では,もう一人の自分を育てることや,寝かせて見直す,要約する訓練など情報サービスの現場でも大いに役立つことばかりである。

『Dealing with difficult people in the library』Mark R. Willis American Library Association, 1999.
http://www.ala.org/

日々利用者に対応する図書館員のためにまとめられた本である。図書館利用者の中でも難しい,つまり厄介な人々とどのように対応するかを主題にした,アメリカ図書館協会出版の本である。このようなテーマを扱った本は出版当時ほかには見つからなかった。実際的で,実行可能な解決策や案を盛り込んだ現在でも有用な内容である。不特定多数が利用するアメリカ公共図書館を想定した内容構成は「問題点の把握と解決のための目標」,「解決のためのガイドライン」,「実際例」となっている。解決策は常にハッピーエンドを目指すのは言うまでもない。

利用者の勘違いや,図書館員の会話不足から生じる小さな問題だけでなく,非常に厄介なケースに対応しなければならないこともあり,事前に想定しておく必要もある。それらには不平不満をぶちまける,精神疾患,ホームレス,児童虐待,インターネット利用に関わる厄介なこと,書物の内容に関わる厄介なこと,おしゃべりな人々などが含まれる。各項目での失敗例,よい対応例,そして対応のための方針作成,ガイドラインや規定作り,規定の実例なども盛り込まれ,手元において参考になる本である。

国連大学ライブラリーは収集分野もかなり狭く,組織内の利用者が大半であるが,一般公開図書館でもある。国も職業も異なるさまざまな人々が利用する場所で働く者として,「すべての人の受け入れを心得ております」と声高らかにお伝えしたい。

執筆者略歴

松木 麻弥子(まつき まやこ)

国際連合大学に1992年10月よりライブラリー室長として勤める。1980年代初頭に,青年海外協力隊より司書職でマラウイ共和国(東アフリカ)に派遣され,厚生省立医療専門学校に勤務して,開発途上国における図書館の重要性に触発されるとともに,図書館の仕事の世界共通性に魅了され,関わり続けて今日に至る。英国に設立されている図書館・情報専門家協会会員。

 
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