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日産ケーススタディー 知財保護と活用の経営への貢献 (2)
曽根 公毅
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2012 年 55 巻 8 号 p. 596-598

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前回は,日産自動車のケーススタディーとして,知的財産が経営に与えるインパクトとその対応について,実例をもとに1.知的財産を取り巻く環境変化と経営課題,2.日産の知的財産経営の真髄,3.日産の知財組織について,述べた。

今回は,知的財産保護に関する活動について具体例をもとに紹介する。

1. 補修用部品の模倣対応について

自動車用補修部品として,オイルフィルター,エアフィルター,ブレーキパッド,エアバッグなどが純正品として正規ディーラーからお客様に提供されている。この純正品のパッケージや外見を模倣し,部品メーカーのロゴ,部品番号,バーコードラベルなどについて誤認混同を引き起こすデザインの模倣品が,主に中国で製造され中国国内に出回っている。さらにフリーポートであるドバイを経由して,アフリカ・中東市場にも模倣品が出回っている。

商標法違反での摘発を免れるために,「For Nissan」というロゴで“厳密には違う”という表記や,「NASSIN」 「NNISSAN」といった紛らわしい表示,また,パッケージ上にNissanという表記はせずにパッケージの色使いを日産と同じにするなど,巧妙な手口で部品商から顧客の手に渡る商流となっている(表1)。

表1 日産の模倣部品例

これらに対応するために,日産自動車では,中国北京事務所と協力して,現地の調査会社,税関,警察,商標局との情報共有を密に行い,模倣品販売の部品商や製造現場の立ち入り検査を行い,模倣品の摘発と廃棄処分を実施している(図1)。

図1 押収された模倣部品

ブレーキパッドやエアバッグなど安全に関わる部品については,模倣品が市場に出回った際に,交通事故の原因になる可能性が高いので,特に摘発に注力する必要がある。また,エンジンなど基幹部品の耐久性に影響がでるオイルフィルターやエアフィルターについても,情報収集や摘発に注力している。

ブレーキパッドについては,模倣部品と純正品の車両装着時の制動距離を比較したところ,模倣部品は制動距離が純正品に比べて長いため,設計した通りの性能がでない。つまり,緊急時の急ブレーキ時にモノや人に衝突する可能性が高い。さらに長い坂を下るときに,ブレーキを頻繁に使用する条件を模した台上試験では,模倣品は煙を出して発火に至ることもわかった。このため,これらの実験結果をビデオに収録して,中国の政府関係部局や中国メディアへ配布したり,また北京のテストコースを借用して,メディアおよび一般顧客向けに模倣品ブレーキ対純正品ブレーキの比較試乗会を実施したりして啓蒙活動に努めている。このビデオは,日産の販売店にも配布し顧客への警鐘・啓蒙として活用している。

エアバッグの場合について実態調査を行った結果,ブレーキパッドの場合より悪質なケースがあった。エアバッグは衝突を検知した信号によりインフレーターを作動させて,エアバッグに瞬時に空気を送り込む機構となっている。このインフレーターの部分に固形石鹸(粘土)が詰め込まれた模倣品や,エアバッグの代わりに枕カバーが使われていたケースがあった。人命にかかわる部品であるにも関わらずこのような模倣品が出回っていた事実を,現地での摘発により把握できた。このため,中国政府の製品品質を管轄する部局(TSB,品質局)に対し,厳重な取り締まりが必要である旨陳情している。さらに,このエアバッグはネットオークションを通じて日本市場にも出回っている。このような重要保安部品については,正規ディーラーで純正品を装着するよう,業界・政府ともに市場にメッセージを出し続けなければならない。

次に,オイルフィルターの模倣品については,日産の耐久試験で純正品と模倣品を比較したところ純正品では正常に作動している条件下で模倣部品はオイル漏れが発生し,明らかにエンジンに甚大な損傷を与える可能性が大きいことがわかった。

ブレーキパッドのときと同様に,エアバッグが作動しなかったときの衝突試験のダミーの挙動を収録し,中国当局へ配布し,また日産ディーラーへの配布により顧客への啓発に役立てている。また,オイルフィルターについても同様に試験映像を中国政府当局と日産ディーラーに配布して,啓発活動を展開している。

2. 車両デザインの模倣について

次に,車両のデザイン模倣について説明する。図2左上のトラックは,日産が米国で販売しているピックアップトラック“フロンティア”である。右上のトラックは,中国メーカーが発売したピックアップトラックである。

図2 コピーデザイン車の例

日産は,フロントグリル,キャビン,ドアなどのデザインが酷似しているとして,現地自動車メーカーに対して意匠の模倣である旨警告を発した。しかし,相手自動車メーカーは独自のデザインであるとして訴訟に発展し,中国の北京高裁で日産の正当性を勝ち取るまで4年の年月を要した。この間,日産社内では,知的財産部,デザイン本部,中国事業室,北京事務所とIPプロモーション部が業務連携をして日産の知的財産の保護を実現した。

さらに図2の左下は乗用車ノートであるが,右下はそのデザインを模倣した中国メーカーの車両である。このケースでは,リアコンビネーションランプ,リアバンパー,リアクオーターのウインドー形状が酷似している旨,警告をした。警告の際には,中国内の複数の弁護士事務所に対して,客観的な類似度合の見解を求めて,日産側のコメントを提出した。ノートの場合は,ルーフまで回りこんだ,ブーメラン型のリアコンビネーションランプが最も特徴的なため,譲れない点として最も強硬にデザイン変更を申し入れた。その結果訴訟には至らず,メーカー間の直接交渉で,相手がデザイン変更に応じることとなった。トラックと乗用車の模倣は同じメーカーであったが,今回は中国政府の指導の成果があったことが推測され,メーカー間交渉が改善された可能性もある。しかし,完全な模倣から次第に部分的な組み合わせ模倣を導入するなど巧妙な模倣デザインが出回ってきたことも事実である。

日産のピックアップトラックを真似したのも乗用車ノートを真似したのも同じ長城汽車だったが,この間6年間の時間が経過し,模倣デザインに対する中国政府の指導もあった可能性もあり,長城はトラックのときは裁判に持ち込むほど強硬だったが乗用車ノートのときは日産と長城間の直接交渉でデザイン変更を受け入れた。

3. 最後に

模倣品対応は,製造メーカー,販売店,税関,警察,顧客などのステークホルダーに,純正品と模倣品の見分け方や,性能,信頼耐久性の違いを周知徹底することが肝要である。このため日産自動車では,2011年に「模倣品対策サイバーネットワーク」(図3)を立ち上げて,業界を問わず,その情報ネットワークに参加いただき,模倣品を「作らせない,売らせない,買わせない」ということをゴールに各ステークホルダーの協力体制を構築している。官民一体となって,模倣品撃退の一助となるべく活動の輪を拡大中である。

図3 模倣品対策サイバーネットワーク概念図

執筆者略歴

曽根 公毅(そね こうき)

1975年4月日産自動車入社(中央研究所排気研究部)。1983年米国ニッサンリサーチ&デベロップメント社,1989年ニッサンヨーロピアンテクノロジーセンター社,1992年技術開発企画室,1997年ニッサンテクノロジーセンターブラッセル社,2000年リソースマネジメント部,2002年広報部,2006年IPプロモーション部,2012年日産財団。2008年より,早稲田大学招聘研究員。宮城県出身,東京都在住。

 
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