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学会の役割を考える:日本植物生理学会が誇る国際学術雑誌Plant and Cell Physiologyの発行を通じて
山谷 知行
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2013 年 56 巻 1 号 p. 21-27

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著者抄録

日本植物生理学会は,1959年(昭和34年)に208名の発起人で設立され,同年に英文誌であるPlant and Cell Physiology(PCP)の第1巻第1号が発行された。本学会は,1954年に設立準備が進められた国際植物生理学連合に対応できる日本の学会として,また理学・農学・薬学など,異分野で植物生理学研究に携わる研究者交流の場を提供することを目的とした。以後,50年以上経た現在では,個人会員数は約2,400名,2011年のインパクトファクターは4.702と,国際的にも認知度が高い植物科学分野の学術雑誌となっている。本学会の現在の目的は設立当初と変わっておらず,会員の研究発表と交流を活性化することと,PCPを刊行し植物生理学分野の学術的成果を世界に発信することである。

1. はじめに

日本植物生理学会は,1959年に208名の発起人で設立された。その設立目的は,国際植物生理学連合に対応するため,また,理学・農学・薬学などの異分野で植物生理学研究に携わる研究者交流の場を提供するためであった。現在,多方面で推奨されている学際的・国際化を目指す考え方を,学会設立当初の諸先輩の皆さまが既にお考えであり,いかに先進的な考えを持たれていたかがわかる。本学会が発行しているPlant and Cell Physiology(PCP)誌は,これらの目的達成のため,学会設立と同時に第1巻第1号が発行された。PCPの刊行と本学会年会の開催は,本学会活動の中心にある。半世紀を経過した現在では,PCPの最新のインパクトファクター(IF)は4.702(2011年)となり,植物科学分野における世界有数の学術雑誌に成長した。PCPは,IFが算出される植物科学分野190の英文誌の中で14位に位置し,総説中心の雑誌を除くと世界10位に位置しており,常にトップ10%以内に位置する。

本稿では,刊行以来,国際化を目指したPCPの,さまざまな取り組みについて紹介する。

2. 学会の主たる活動としてのPCP刊行

2.1 PCPの概要

2.1.1 創設時の状況

PCPの刊行当初の1959年,東京大学応用微生物学研究所(現:分子細胞生物学研究所)に本学会の編集オフィスが設置された。この時,和文誌『日本植物生理学会報』も同時に刊行したが,1964年に『植物生理-基礎と応用-』に改名後,1970年に休刊して現在に至っている。

2.1.2 刊行費と刊行頻度について

1960年,文科省の科学研究費補助金研究成果公開促進費に採択され,会員からの年会費も含め,刊行費をまかなっている。これ以後,科学研究費補助金には2012年度まで継続して採択されている。

1959年当初,PCPは1年に4号の季刊で発行していたが,1970年から隔月刊行へ,1997年には月刊の刊行になり,現在に至っている。

2.1.3 学際性の重視

PCPは,刊行当初から日本植物生理学会の設立目的に沿い,また当初から誌名に“Cell”という用語を採用して,植物の個体生理のみならず,細胞生理や細胞以下のレベルの植物科学研究に焦点を当ててきた。設立当初から学際性を重視して,理学・農学・薬学などの部局の枠を撤廃して研究者が集まった最先端の学会であった。この先見性は現在まで引き継がれ,植物や微生物の生理学,生化学,生物物理学,化学,遺伝学,分子生物学,遺伝子工学,細胞生物学,ポストゲノム科学などを包含する植物科学の国際誌として発展してきた。オックスフォード大学出版局(OUP)との連携により2000年からオンライン化しスタンフォード大学(HighWire)のプラットフォームにおいて,創刊号からオンライン版の閲覧が可能となった。また,2002年からはOUPとの連携で,オンライン投稿レビューシステムを導入し,論文の投稿・審査・採否決定・オンライン版の掲載などまで,速やかに対応できる体制を整えた。なお,現在,PCPはOUPから出版される学術雑誌の1つとして,モバイル端末から閲覧可能になっている。iOS(iPhone,iPod touch),BlackBerry OS,Androidスマートフォンからアクセスできる。

PCPの誇れる点として,①IFが4.702(2011年)と,植物科学分野では国際的に高い評価を得ていること,②投稿から採否決定までが迅速であること,③冊子体は全ページをカラー印刷とした(2009年から)ことなどがあげられる。

2.2 PCPの編集体制と出版

2.2.1 創刊当初からの20年

1959年のPCP創刊時点では,編集オフィスを東大に置いていたが,1968年に,電子顕微鏡写真の印刷などで高い技術をもっている京都の中西印刷株式会社に印刷業務を委託し,1970年には学会本部も東大から中西印刷に移動した。約10名の論文審査委員で編集業務を行っていたが,1968年に編集長(Editor-In-Chief)制にし,編集長のもとに任期4年の編集委員を9名配置して,論文審査にあたった。国際化を目指す観点から,1976年から2名の外国人編集委員を加えた。1979年からは編集実行委員(Editor)を複数名配置して,編集委員(Editorial Board Member)とともに,現在の基盤となる編集体制を整えた。この間,1962年からは,PCPがBiological Abstract,Chemical Abstract,Current Contentsに抄録されはじめ,また1972年には,掲載論文166編のうち,75編が外国からの論文であるなど,世界的な知名度も上昇した。

2.2.2 現在の編集体制

2012年現在の編集体制は,編集長1名,編集実行委員は編集長を含めて20名,編集委員は40名である。編集実行委員の7名は外国人研究者であり,また編集委員の16名が外国人研究者である。論文が投稿された情報は,OUPから編集長に直ちにメールで配信され,編集長は論文の内容を判断して,最も専門性の高い編集実行委員を選び,論文審査を開始する。編集実行委員は,論文内容を把握して,2名の研究者に審査を依頼する。この際,1名は編集委員に依頼し,他の1名は最も専門性が合致している世界の研究者に依頼する。審査結果はオンラインでOUPの編集オフィスに寄せられ,編集実行委員は採択,改訂要求,あるいは却下等の判断を行い,その結果を編集長に通知する。この体制で,2011年の総投稿数504編(国内168編,国外336編)の論文の審査を行っている。なお,2011年秋から,植物生理学分野で博士の学位をもつ英国人研究者をManaging Editorとして採用し,外国人から見た編集制度や編集業務の見直しを進め,編集の高度化と効率化を図っている。

2.2.3 PCPの出版

現在,PCPの論文カテゴリーは,Rapid Paper,Regular Paper,Mini-Review/Review,Technics/Database(2010年から),Special Issue (2008年から)に分けられており,Short Communicationは2010年に廃止した。Regular Paperは投稿後,平均21日で最初の掲載可・改訂後掲載可・掲載不可の決定がなされる。掲載可の場合は受理後1週間でオンラインで読むことができる。また,Rapid Paperは,受理後40日以内に印刷される。

掲載論文数は,2001年から2011年まで,毎年170編から215編の間を推移しており,2011年は186編であった(図1)。日本植物生理学会の会員であることは投稿の必須条件ではなく,ハンドリングフィーを支払えば,非会員の研究者もPCPに投稿できる。2012年8月現在の会員数は,国外会員131名や賛助会員19名を含め,合計で2,410名であり,会員にはPCPの冊子を送っている。また,OUPの購読は2,753件にのぼり,合計で約5,500件の購読者が全世界にいる。

図1 PCPの論文掲載数の推移

2.3 インパクトファクター(IF)の考え方

2.3.1 20世紀におけるIF

IFは,2011年のPCPを例にすると,2009年と2010年に掲載されたPCPの論文が2011年に学術雑誌によって引用された延べ数を,2009年と2010年にPCPに掲載されたすべての論文数で割った値で求められている。IFはあくまでも雑誌の評価指数であり,学術雑誌の質を示す指標のすべてではないが,さまざまな場面で用いられている現実がある。Thomson Reuters社から発表されるPCPのIFは,1980年から1990年頃までは1.0から1.5の間で上下している状況であった(図2)。1990年に,Current ContentsのMost Impact Journal 600にPCPが入り,また1995年前後にIFが2.0に近づいたこともあり,PCPの学会誌としての役割と国際誌としての役割について,編集実行委員会等で議論が開始された。当時は,総投稿数も現在ほど多くなく,植物生理学を学ぶ若手育成の意味もあり,編集長以下,編集実行委員が学術論文として備えるべき指摘などを丁寧に著者とやりとりし,優れた論文に仕上げて掲載する傾向が強かった。いわば,その道の専門家である編集実行委員や編集長自ら,所属する機関の枠をこえて,日本植物生理学会として若手の育成に努めていた時代である。一方,当時の国際的な植物生理学の雑誌は,米国の『Plant Physiology』とドイツの『Planta』が双璧であり,これらのIFはPCPをはるかに凌駕していた。

図2 PCPのIFとアクセプト率の推移

2.3.2 21世紀におけるPCPの競争力強化

本学会が創立40周年を迎える1999年を前に,さまざまな議論をつくした結果,PCPは国際的な認知度をさらに高めていく方向に大きく舵を切り,オンライン購読やオンライン審査システムの導入,外国人編集実行委員の増加(2001年15名中5名)などとともに,IFの向上を目指す方針とした。2000年前後に,IFの定義とその持つ意味を学会員に周知するため,年会のシンポジウム等で取り上げた。2000年にIF 2.26と初めて2.0を上回り,2003年には3.0を超えた(図2)。2010年のIFは4.257であり,2011年は4.702と,現在では4.0を上回っており,認知度の高い学術雑誌の1つとなった。2008年から開始した,注目すべきトピックを取り上げた特集号の刊行も,IFの上昇に役立っているものと分析している。

一方,よく引用される質の高い論文を掲載するようになったことから,図2に示すように,1990年代後半から投稿された論文の採択率は漸減しており,2005年以降は30%をやや上回る採択率が続いている。学会員からは,敷居が高くなったとの声が聞こえたが,毎年開催される年会では審査状況の説明を丁寧に行って,質の高い論文の投稿を促している。

2.4 その他の特色

PCPは,創刊号以来のアーカイブ化を図り,2006年に完了した。現在,創刊号から1年前までのPCPは,オンラインで非会員でも読むことができる(http://pcp.oxfordjournals.org/)。また2007年から,編集長が編集実行委員の評価を参考に,各号で1つの論文を選び,Editor-in-Chief's Choice Article としてオープンアクセスにしている。著者が希望すれば,必要な料金を支払うことで,掲載後直ちにオープンアクセスができるようにする制度も整えた。なお,日本植物生理学会員は,PCPの冊子とともに,最新のPCPオンライン版の購読ができる。また,掲載可と判定された論文も組版前のPDFファイルで読むことができる(Advance Access)。この他,上記HPでは,各号で最も読まれた論文や,最も引用された論文も検索できる。

また,学会に設置されたPCP論文賞選考委員会で,画期的な論文を毎年1編選び,PCP論文賞として年会で表彰している。

2009年に,冊子の表紙のデザインを全面的に刷新するとともに,その年に発行された表紙のコンテストを行い,毎年3月に開催される年会で,入賞者を表彰してきた(図3)。この表彰は,2012年まで継続した。

図3 PCPの表紙一例(2011年度の表紙コンテスト優勝作)

3. 日本の植物科学分野の発展とPCP

3.1 日本の植物科学分野の発展

PCPが発展してきた背景には,植物科学の発展や大型予算による研究支援体制が大きく関わっていると考えられる。1980年代半ばから分子生物学が発展し,植物ゲノム解析分野においても,かずさDNA研究所や農水省の農業生物資源研究所が核となって,モデル植物であるシロイヌナズナやイネを用いた国際的なプロジェクトが推進された。2000年にシロイヌナズナ,2004年にイネのゲノムが完全解読された後,分子遺伝学や生理学解析に用いられる分子資材や突然変異体などのバンクが整備され,研究環境や研究材料が整えられた。その結果,植物の環境応答,形態形成,生殖や遺伝,光合成や物質代謝,適応と進化などの研究が格段に進んだ。研究推進の原動力である研究費も,国のプロジェクトとして準備され,例えば1990年代後半の未来開拓学術推進研究事業や,2000年の理化学研究所における植物科学研究センターの新設などの事業が,植物科学の発展に大きな力を発揮した。また,大型の科学研究費補助金である重点領域研究や特定領域研究,現在の新学術領域研究,さらに科学技術振興機構のCRESTやさきがけなどで数多くの植物科学研究が採り上げられてきており,公募研究も含めて,わが国の多くの植物科学者に研究費の支援があった。

3.2 植物科学分野の発展とPCP

ゲノム科学の推進と国による大型予算による研究費の支援は,植物科学の質の向上と若手の育成に大きな貢献をし,数々の優れた成果が得られた。これらの成果の一部はPCPにも公表され,PCPの国際的な認知度を高める貢献をしてきた。日本植物生理学会の前会長で,理化学研究所植物科学研究センター長を務めている篠崎一雄氏は,2012年,Thomson Reuters社により「最も注目を集めた研究者」10名の中で,世界第5位に選出された。植物科学分野で日本人が選出されたのは初めてであり,この分野の質の高さを示す。Thomson ReutersのWebサイト(http://ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/2012/hottest-researchers-2011/)に詳細が紹介されている。

4. 植物科学関連の国内の学会とPCP

日本の科研費制度は,日本学術振興会に学術システム研究センターが設置された2003年以前は,関連する学会が課題の採択などの中心的な役割を担っていた。多くの学会は英文誌を発行しており,植物科学関係では,日本植物学会(『Journal of Plant Research』),日本生態学会(『Ecological Research』),日本育種学会(『Breeding Science』),日本農芸化学会(『Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry』),日本土壌肥料学会(『Soil Science and Plant Nutrition』)などがある。これらの学会が推進する学術分野の多くは,科研費の細目に対応しており,以前は研究費取得と学会活動の関係が密接であった。一方,日本植物生理学会は,設立当初から学際性を重要視していたことから科研費の細目とは直接関係がなく,研究費獲得のためではなく,純粋な学問のための学会と位置づけられてきた。本学会の会員は,他の関係する学会にも参画しており,何かを学ぶ意識や研究の連携模索など,研究者が求める学会だと考えられる。この姿勢に支えられ,PCPの国際化が進められてきた。同様の性格をもつ学会として,『Plant Biotechnology』を刊行している日本植物細胞分子生物学会がある。この学会は,日本植物組織培養学会から発展してきており,日本植物学会とともに,本学会と連携した活動も展開している。科研費の審査制度が変わった2003年以降は,学会活動と科研費の関係は希薄になり,科研費審査は厳正で透明性の高い体制で行われている。

5. これからのPCP

PCPを,さらに国際競争力の高い学術雑誌にするためには,さまざまな努力が必要である。海外からの投稿数は増加してきたが,これらの採択率は高くなく,結果として年間に掲載される論文の約半数は,ここ数年間は国内の研究者の成果である。また,2.2で述べたように,編集実行委員や編集委員も日本人が多く,日本の学術雑誌であるという印象が強い。海外から質の高い論文を投稿してもらうために,編集・審査体制をより国際化するとともに,オープンアクセスへのサポートや積極的な広報活動がさらに必要であろう。編集体制を,類似の英国実験生物学会誌である『Journal of Experimental Botany』(IF 5.364)と比較すると,この雑誌の自国(英国)エディター(PCPの編集実行委員に相当)比率は40%と,PCPの65%よりはるかに低く,また自国以外の10か国(PCPは4か国)からエディターが参加している。優れた研究をしている海外の研究者を,編集体制に可能な限り加えていく努力が必要であろう。編集委員や査読者も海外の研究者に積極的に依頼し,競合する学術雑誌と同等の国際性を持たせたい。PCPの内容を,審査を介して海外の非会員に知ってもらうことは,海外から質の高い論文の投稿を促すことにつながるものと思われる。

6. おわりに

日本植物生理学会は,設立当初からの学際性や国際性の啓蒙の努力があり,優れた研究者の育成に貢献してきた。今後の本学会の役割も同様であり,植物科学の学術研究では,常に世界一を目指す若手研究者の育成と,視野の広い人材育成を支える。わが国の植物生理学分野の研究レベルは国際的に高く,本学会の会員の多くは植物科学分野の世界トップを競う学術雑誌にも,その成果を公表している。PCPは,その中で上位10%以内にあり,学会が刊行する学術雑誌として,さらに国際競争力を増す努力が必要である。わが国を含む世界中の植物科学者が,投稿先として第一に考えるようなPCPを目指したい。

これまでにPCPの発行には,日本植物生理学会の会費や非会員のハンドリングフィーに加え,科学研究費補助金「学術定期刊行物」から多額の支援を受けてきた。しかし,2013年度から科研費制度が変わり,「学術定期刊行物」が廃止となり「国際情報発信強化」による支援制度となった。この制度は将来予測が困難であることから,学会として自立した形でPCPの発行を行う制度に改革する必要に迫られている。これまで,学会事務局が置かれている京都の中西印刷株式会社の高い技術で,全ページカラーかつ上質な冊子が印刷されてきた。しかし,予算の推移も勘案し,印刷部数の削減や,オンライン閲覧のみで対応することも視野に入れて検討する時期に来ているように思われる。どのような発行形態になっても,質の高い国際学術雑誌として今後さらに成長することを目指している。

謝辞 

オックスフォード大学出版局(OUP)とPCPの連携に関して,貴重な意見を頂戴したOUPの永石真由美氏と,英文校閲をして頂いたPCPのManaging EditorであるLiliana M. Costa博士に,感謝する。また,全般の記述に関してご意見を頂戴した,現在編集実行委員である理化学研究所植物科学研究センターの榊原均博士に感謝する。

 
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