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集会報告
ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2013開催報告
日下 九八
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2013 年 56 巻 1 号 p. 54-58

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本稿の著作権は著者が保持し,クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植(CC-BY-SA 3.0 unported)ライセンスの下に提供する。

  • 日程   2013年2月3日(月)
  • 場所   東京大学本郷キャンパス
  • 主催   ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2013(ウィキメディアのプロジェクトへの参加者有志)
  • 後援   東京大学知の構造化センター

はじめに

2013年2月3日に東京大学本郷キャンパスでウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2013を開催した。東大で,知の構造化センターの協力を得ての開催は2009年以来2度目となった。2009年は初回ということもあり,7教室を使った総花的な内容となったが,今回は2教室に絞り参加者数は約200人であった。基調講演は,ウィキメディア財団広報部長のジェイ・ウォルシュ(Jay Walsh)と,東京大学知の構造化センター副センター長の吉見俊哉先生にお願いした。

以下で,報告をさせていただく。筆者はスタッフとして,コーディネートや運営に携わったため,それぞれの発表を集中して聞いたわけではないことを申し上げておく(会場Bの武田英明先生から玉川奨先生までの発表のコーディネートは,知の構造化センターの中山浩太郎先生に担当していただいた)。なお,発表資料の一部,報道やブログなどでの報告はWCJ2013公式サイト(www.wcj2013.info)も参照されたい。本報告では敬称を略させていただく。

基調講演

ジェイ・ウォルシュは,統計などを用いながら,ウィキメディア財団の活動とウィキペディアの現在を紹介した。続けて,財団が抱える課題として,「1. 国際的なWikimedia運動を支援する」「2. 参加者数の横ばい(および減少)」「3. アクセスへの障壁」「4. 旧式の複雑な編集ツール」「5. (参加者・編集者の)多様性の欠如」を挙げ,未来に向けての取り組みとして,モバイル端末でのアクセスを可能にするプロジェクト「Wikipedia Zero」や,編集者支援としての記事評価ツール,より感覚的な編集インターフェイスの導入,対話型の応答などを示した。

図1 ジェイ・ウォルシュの講演(写真=丹治健太,CC-BY-SA 3.0 unported)

ウィキメディアのプロジェクトを先導してきた英語版ウィキペディアでは,参加者数が減少しているが,すでに規模や信頼性が十分発展し,外部からの評価も得られているため,これまでのような成長は難しいだろう。ジェイも,そのような考えを仮説のひとつとして披露した。財団としては,記事の充実が必要であり,発展が見込まれる他言語に,これまで以上に目を向けようとしているという印象を受けた。とりわけ,多くの参加者・閲覧者を持つが,言語の問題から相互理解が十分ではない日本語版への関心は強い。

表1 ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2013演題一覧
基調講演
ジェイ・ウォルシュ(ウィキメディア財団)「Wikiの現状 – The State of the Wiki 2013」
吉見俊哉(知の構造化センター副センター長)「エンサイクロペディアとアーカイブの結婚:ウィキペディアから新しい大学は生成するか」
午後の部
会場A:ウィキペディアを書こう
新井紀子(国立情報学研究所)「Web社会を生き抜くための情報リテラシーをどう育てるか」
Ninomy(ウィキメディアン)「3.11直後のウィキペディアへのアクセス状況」
佐藤翔(筑波大学大学院/ブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」)「Wikipediaと学術情報利用:オープンアクセスの時代に広がる学術情報流通とWikipedia日本語版への期待」
山川優樹(東北大学/土木学会)「応用力学 Wikipedia プロジェクト」
next49(ブログ「発声練習」)「WAQWAQプロジェクト:Wikipedia日本語版を充実させる2ヶ月間」
河村 奨(下北沢オープンソースカフェ)「区立中学でWiki体験」
江草由佳( 国立教育政策研究所/saveMLAK)「文化教育施設の被災・救援・関連情報まとめサイト:saveMLAK ウィキへの引き込み大作戦~3つの恐怖症と対策~」
原田隆史(同志社大学/国会図書館)「ウィキペディアの間違いを直すための情報探索」
ワークショップ
会場B:ウィキペディア研究と執筆者のために
原田隆史(同志社大学/国会図書館)「国会図書館の使い方」
大向一輝(国立情報学研究所)「学術情報サービスCiNiiとその周辺」
武田英明(国立情報学研究所)「DBpedia Japaneseとは」
中山浩太郎(東京大学 知の構造化センター)「Wikipedia解析」
鈴木優(名古屋大学)「Wikipedia の信頼性計測」
朱 成敏, 武田英明(国立情報学研究所)「Wikipediaの議論と議論参加者の分析に関する研究」
玉川 奨(慶應義塾大学大学院理工学研究科)「日本語Wikipediaオントロジーの構築と利用」
江渡浩一郎(産業技術総合研究所)「ニコニコ学会βはどこから来たか、そしてどこに向かっているのか」
ライトニングトーク

続く吉見は,「エンサイクロペディアとアーカイブの結婚:ウィキペディアから新しい大学は生成するか」と題し,情報爆発を共通点として16世紀と21世紀の類似性から,知識,作者性,ネットと百科事典の比較などをイントロに,「1. 知の構造化の方法としてのエンサイクロペディアとは何か」「2. アーカイブと記録知」「3. 知識循環型社会の価値創造基盤」の3つをテーマとして講演した。まず,歴史を概観しながら「百科事典」の意味づけを行った。続いて,集合知の構造化であるエンサイクロペディアに対して,記録知としてアーカイブを意味づけ,その重要性と危機的な現状を具体例を挙げながら解説した。図書館やアーカイブを縦軸に,エンサイクロペディアを横軸として,それをつなぐことを可能にする場所としての「大学」を考えたいという方向性を示した。吉見は「大学」という言葉を使っていたが,そこには「市民による研究」を含めてもよいだろう。

図2 吉見俊哉の講演(写真=丹治健太,CC-BY-SA 3.0 unported)

午後の部

午後は,2つの教室に分かれた。コーディネートの際の意図としては,会場Aはウィキペディアへの関心を持つが,編集に踏み出せない人たちを中心に,ウィキペディアを活用した教育への取り組みを考えている層を対象とした。会場Bは,熱心なウィキペディア編集者と情報処理/データマイニングの研究者を対象とした。

ウィキペディアを書こう(会場A)

国立情報学研究所社会共有知研究センターの新井は,3,000を超える教育機関が利用するCMSで,2005年にオープンソース化されたNetCommonsの開発者であり,その研究・実践からの報告となった。Web社会においては書記言語を用いた情報発信・コミュニケーションが基本であるが,そこにはさまざまな困難がある。そこで,知っている,または新たに得た事実や知識・経験を言語化する「言語化リテラシー」を「情報リテラシー」の基礎と位置づけることが重要である。さらに,情報発信能力などの「参画リテラシー」,法の遵守やセキュリティについての知識といった「情報モラル」を加えた3つが,「Web社会を生き抜く情報リテラシー」として,必要不可欠なものだと説く。NetCommonsを使った,初等教育での実践例とその効果を紹介した。

図3 新井紀子の講演(写真=丹治健太,CC-BY-SA 3.0 unported)

続いて,Ninomyは2011年の東日本大震災および原子力発電所事故直後のアクセス状況を示し,佐藤は,多くは非専門家の集まりであるウィキペディアにおける学術論文の使用状況を分析した。

その後の発表は,ウィキペディアへの編集,またはウィキを使った共同作業への取り組みの実践についての報告が並ぶ。学会として専門家の指導の下で大学院生がウィキペディアの執筆に参加する取り組み,ブログやツイッターなどを介して呼びかけ,記事の充実に取り組んだWAQWAQプロジェクト,情報教育の一環としてメディアウィキを使った共同作業を公立中学で試みている実践例,図書館や博物館などで情報を扱う専門家たちがウィキを使って被災情報を集約しようとしたsaveMLAK,情報教育のなかでウィキペディアを利用しながら情報探索を学生に課す事例であった。これらがあぶりだすのは,新井が初等教育において必要なものとして示した「情報リテラシー」を,今の大人たちが習得できていないという現実である。

他方,いくつもの実践がこの1~2年でなされたことは,喜ぶべきことであり,研究者による社会還元として知識や情報が共有されることの重要さ,その共有の場として,ウィキペディアが有効に使えるということが広く認識されたと受け取ることができる。実践の中で気づいた困難や対応策が共有され,さらなる実践につながっていくことが期待できる。ここでの登壇者の方々によって,より踏み込んだ議論・対話ができる機会を考えていきたい。

最後に,短い時間ではあるが,ウィキペディアの記事編集のワークショップを行った。

ウィキペディア参加者と研究者(会場B)

まず,CiNiiと国会図書館の利用についての発表がなされた。百科事典の記事をよりよいものにしようとすれば,より信頼でき,より専門的な情報を参照することが必要になる。ところが,ウィキペディアの参加者は研究者や学生と異なり,そうした学術情報へのアクセス手段は限られる上に,ボランティアとして参加している以上,費用や労力,時間といったものにも制約がある。そうしたなかで,CiNiiや国会図書館の存在意義は大きい。

武田は日本語版「DBpedia」を紹介し,参加を呼びかけた。DBpediaは「データ」を扱うプロジェクトであり,ウィキペディアのテンプレートなどに記載されているデータも活用される。百科事典記事は「文章」であることが求められるが,「データ」を扱うことで編集障壁が低くなり,活用が容易な面も多い。

中山は,ウィキペディアを使った研究の概観を示す。続く鈴木は,編集者の編集内容に対する他の編集者の対応から当初の編集を行った編集者への評価を数値化し,さらにその評価を行った他の編集者への評価で重み付けすることで,信頼性の計測を試みる。その成果からは,むしろ議論参加者の立場が可視化されていたことが興味深い。朱の発表は,ノートページなどでの議論に着目したもので,その妥当性をいくつかの因子から分析する。玉川の発表は,ウィキペディアをベースにしたオントロジーの構築についてのもので,ウィキペディアマイニングの典型とも言えるだろう。発表では,DBpediaとの連携にも触れられたが,作家ドメインのプロパティ関係の定性的評価をネットワークとして示した図は,百科事典の項目として必要な記述,視点の一覧としても読み取ることができる。

図4 中山浩太郎(写真=丹治健太,CC-BY-SA 3.0 unported)

これらの発表は,構造化された膨大なテキストとしてのウィキペディアがいかに活用可能で,いかに有用であるかを示すにとどまらず,ウィキペディアの編集者にとっても身近な話題がどのように分析されるのかをも示すものとなった。一方で,そうした分析は,しばしばウィキペディアでの方針や慣習を見逃したものになりがちであり,個々の記事や編集者などについて適正に分析されているかどうかという面においても編集者の実感と食い違うことは大いにありうる。早い時間帯からやや遅れ気味の進行となったため,質疑の時間が十分得られなかったことは残念であり,反省材料としたい。

江渡は,「ウィキ」の背景と,ニコニコ学会βを取り上げた。ウィキペディアは検証可能な情報の整理をする百科事典であり,オリジナルリサーチは方針として排除される。一方でニコニコ学会βは,「オリジナルリサーチ」が求められるが,ウィキペディア同様に,誰でも参加できるものとして開放され,一定の成果を挙げている。両者は,「研究」を市民・民衆のものとしてとらえる上で,互いに補完する関係にある。続くライトニングトークでの発表群は,その具体的な実践とも言える。

ライトニングトークでは,プログラムのほとんどは日本語版ウィキペディアのことが中心となるものだったのを補うかのように,国際的なウィキマニアや,ウィキペディア以外の各プロジェクトの案内がなされた。埼玉県深谷市での「フカペディア」の紹介,「放射能」記事の分析から科学コミュニケーションのメディアとしてのウィキペディアを問い直すものなどが発表された。

おわりに

全体を俯瞰すれば,ウォルシュ,吉見,新井の3者の発表が示唆するものが他の発表とさまざまにつながり,また個々の発表同士もゆるやかにネットワークを構成するものとなったように思う。また,コーディネーターとしては,法やライセンス,ポピュラーカルチャー,生涯学習,認知言語学といった観点からの発表を組み込めるようにしたいとの思いも強まった。

なお,運営上は大きな問題こそ生じなかったとはいえ,至らないところは多々あったと思う。この場を借りてお詫びを申し上げたい。中山先生および知の構造化センターには多大な支援をいただいた。また前日と当日に手伝ってくれた優秀なスタッフのみなさんに感謝する。もちろん,このイベントに参加してくれたみなさん,関心を持っていただけたみなさんにも,感謝を。

また,ウィキペディアは,多くの人の参加によって発展するものだということを再認識し,執筆者を増やすためのワークショップ開催の必要性を痛感した。ジェイ・ウォルシュが,最後のスライドで示したメッセージ(図5)は,まだウィキペディアに参加していない,本稿の読者にこそ読んでほしい。

(ウィキペディア参加者 日下九八)

図5 ジェイ・ウォルシュからのメッセージ
 
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