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諸外国における国家研究公正システム(3) 各国における研究不正の特徴と国家研究公正システム構築の論点
松澤 孝明
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電子付録

2014 年 56 巻 12 号 p. 852-870

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著者抄録

わが国における研究不正の低減に向けた検討に資するため,すでに2回にわたり諸外国の国家研究公正システム(NRIS)の特徴とその背景を比較・分析した。今回は最終報告として,各国における研究不正の定義や情報公開の考え方を整理するとともに,各国の研究公正当局が取り扱う研究不正事案の年平均件数を推定した。また,不正の特徴を比較・分析した。最後に,3回の報告全体を通じた考察を行った。わが国の研究不正の特徴は,欧米先進国と共通性があるが,一方で,アジア諸国の特徴との類似性も一部に見られた。各国のNRIS構築の取り組みには,わが国にふさわしいNRISを構築していくうえで参考になるものが多い。

1. はじめに

本報は「情報管理」1月号,2月号に掲載した連載記事(以下,既報)1)2)の最終報である。1月号では,国家研究公正システム(National Research Integrity System: NRIS)のモデルと分類の考え方について,また2月号では国家研究公正システムの分類ごとに,主要国の特徴などについて説明した。

本報では,国家研究公正システムを構築するうえで考慮すべき要因について考えてみる。研究不正の効果的な低減を図るためには,研究不正の質的・量的特徴を把握することが不可欠である。研究不正の質的特徴は,研究不正対策として重点的に取り組むべき政策領域を確定するために必要な情報であり,研究不正の量的特徴は,研究公正当局の能力やそのために必要な人的・資金的コストを想定するうえで不可欠な知見となる。

しかしながら,これらの比較は思いのほか難しい。その理由は,第1に,研究不正の質的・量的特徴が,何を研究不正とするかという研究不正の定義に依存し,国により多様だからである。特に,捏造・改ざん・盗用(いわゆるFFP)以外の「不適切な行為(Questionable Research Practices: QRPs)」をどこまで研究不正として定義するかによって,実際に表面化する研究不正の発生数や,不正の内容も変化すると考えられる。第2に,研究不正事案の公表は国によりシステムが異なっている。研究不正事案を研究公正当局が把握し,個々の事案の概要を公表する国(米国,デンマークなど)もあれば,国レベルで研究不正事案を公表するシステム(以下,事案公表システム)が存在せず,民間団体が中心となって事案を公表している国(英国,インドなど)もある。事案の考え方も,その公表の仕方も国によって異なる。

本報では,このような研究不正の定義や研究不正事案の情報公開の考え方などにも言及しつつ,各国の研究不正の質的・量的特徴を比較・分析した。また,これまでの分析を踏まえつつ,国家研究公正システムの構築を図るうえでの論点や検討課題について考察する。なお,本報における分析や考察は筆者の個人的なものであり,国や所属機関の意見を示したものではないことに留意願いたい。

2. 定義・調査研究方法

2.1 研究不正のパイプライン・モデル

1は研究不正の調査プロセスを概念化した図である。一般に,先進国においては研究不正の調査は,火災警報器システム(Fire Alarm System)注1)を採用しており,研究不正の申し立て,すなわち告発(allegations)や問い合わせ(inquiries)などを契機に定められた手順書(procedure)に則り,調査プロセスが開始される。調査プロセスは各国により異なるが,申し立ては予備調査,本調査と段階的に絞り込まれ,最後に,本調査の結果,不正(Fraud)と認定される。この一連の絞り込みのプロセスを,本報では「研究不正パイプライン・モデル」と呼ぶ注2)

図1 研究不正パイプライン・モデルの概念図(筆者作成)

2.2 調査研究方法

各国の研究不正の特徴を調査するために,はじめに,各国における研究不正の定義や情報公開の考え方を比較した。各国が公開する「事案(case)」の考え方は,国により異なる。1のパイプライン・モデルにおいて,(1)「申し立て」が行われ審議の対象となったものを「事案」と呼ぶ場合,(2)予備調査を踏まえ,「本調査」の対象となったものを「事案」と呼ぶ場合,(3)調査の結果,「不正」が見つかったものを「事案」と呼ぶ場合,などがあるので,比較にあたっては注意が必要である。

次に,「研究不正パイプライン・モデル」にしたがって,各国の研究公正当局の発表資料や年次報告書などから,研究公正当局が取り扱った「申し立て」,「予備調査」,「本調査」,「不正あり」の件数について公開情報を収集・整理し,研究不正の件数やその特徴について定量的な比較を行った。

最後に,収集された情報から筆者の定める分類により,各国の研究不正の内容や発生分野について,わが国の研究不正の特徴3)4)と比較した。なお,研究不正の内容については,1つの事案が複数の不正の内容を含む場合,不正の件数を各不正内容に割り振る寄与率を考慮した換算を用いた。たとえば,1つの事案が捏造と盗用を含む場合,捏造0.5件,盗用0.5件と数えることで,各不正内容の件数の合計は,事案の総数に一致する。ただし,不正内容ごとののべ数の情報しか得られなかった国については,寄与率を考慮した換算が困難なので,のべ数で換算した。定量的な情報が得られなかった国々については,研究不正の特徴やその原因について記載された記事・論文等を収集し,研究不正の実態について定性的な分析を行った。

3. 調査結果

3.1 研究不正の定義の多様性

各国の研究不正の定義には多様性(multiplicity)が存在する。捏造・改ざん・盗用(FFP)については共通の不正行為としつつも,FFP以外の不適切な行為(QRPs)をどこまで研究不正の定義に含めるかは,国によって異なる。定義が広ければ,その分,表面化する研究不正の量も増え,研究不正の内容などの質的特徴も変化する。

HALレポート5)およびCSE白書6)をもとに主要国の研究不正の定義の比較を行った(1)。研究不正の定義には一般に,不正行為を具体的に定義する考え方と,「適切な研究行為(Good Research Practices: GRPs)」から逸脱した行為は原則として不正とみなす考え方の2通りがある6)。前者は,法律や規則などを厳正に適用するために,研究不正の定義を限定(明確化)している(米国,日本など)注3)のに対し,後者は研究不正の定義が広範である。たとえば北欧諸国では,研究不正を正確に定義することは実効性がないと考えられている6)。また,英国のように研究公正に関する機能が複数の組織に分散化している国では,組織間で研究不正の定義が必ずしも一様でなく,国内に定義の多様性が見られる注4)

表1 各国の研究不正の定義比較
国名 主な特徴 FFP FFP以外の不正行為
限定的な定義 米国 ・もともと国内に定義の多様性があり,公衆衛生庁(PHS)研究公正局(ORI)と米国科学財団(NSF)総合監査局(OIG)は15年にわたり異なる定義を使用
・2000年に大統領府科学技術政策局(OSTP)が研究不正の定義を発行し,全連邦省庁がその定義に合わせた6)
研究機関レベルでは広い定義を推奨(オーサーシップ,アイデアの流用,虚偽申請,資金流用,その他)6)
オーストラリア 米国ORIの定義に,不適切なオーサーシップを追加6) オーサーシップ,利益相反,資金流用,その他6)
日本 文部科学省ガイドラインに基づき,国レベルの研究不正の定義はFFPに限定 各研究機関における規定においてFFP以外の研究不正を定義
広範な定義 デンマーク 北欧諸国では,研究不正は幅広く定義される。研究不正の正確(厳密)な定義は,望ましくなく,実効性もないと考えられている6) データ・結論の操作・歪曲,オーサーシップ,虚偽申請など6)
ノルウェー デンマークの経験をもとに発展させた広範な研究不正の定義を採用6) 結果の操作・歪曲・留保,統計・方法の誤用,研究搾取,二重投稿など6)
ドイツ 何が適切な科学活動であるかを想定し,それに合致しない行為を研究不正として考える5) ・知的所有権の違反(盗用,他人の方法・アイデアの流用,オーサーシップや共著の侵害,まだ公表されていないものの承認されない公表を含む)
・他者の仕事を損なう行為(研究妨害を含む)
・不正の共同責任(他者の不正,他者の改ざん,改ざんされた出版の共著,管理義務の放棄を含む)など6)
カナダ 公正の原則を規定し,「公正に合致しないいかなる行為もカウンシルは不正とみなす」と規定5)
混在 英国 研究公正に関係する機関によって研究不正の定義が異なる5)6) ・研究公正に関係する機関によって,研究不正の定義が異なり,限定的な定義と広範な定義がある(国内に多様性が存在)
・COPEは「デューケア違反」を研究不正に加えていない5)

出典:HALレポート5)およびCSE白書6)より筆者が作成

FFPに続き,研究不正の定義やその例示に登場するのは「不適切なオーサーシップ」である。デンマークやオーストラリアでは調査の対象となっており6),ドイツでは研究公正政策上の重要な関心領域となっている7)。さらに,不適切なデータ処理・研究方法,研究結果・解釈などの歪曲(わいきょく),好ましくない結果の秘匿・削除,なども不正行為とみなす国は多い。また,わが国ではあまり表面化していないが,他者の研究の進展を妨害したり(以下,研究妨害),他の研究者のアイデアや手法・結果を盗用・流用すること(以下,研究搾取)も,先進国では不正とみなされる注5)。このほか,他者の研究不正に対する共同責任・管理責任,研究資金獲得や昇進のための業績等の捏造(言い換えれば虚偽申請),研究資金の流用注6)などを研究不正と考える国もある。

さらに,「ヒト由来物質の規制違反」など,生命倫理に関する諸規則に違反した場合を,研究不正に含める国(英国,カナダ,デンマークなど)もある。特に,英国では「ヒト,脊椎動物,環境への非合理的リスクや有害性」や「個人情報の取り扱い」において責任ある管理(デューケア:Due Care)がなされない場合,研究不正として扱われるとの報告がある5)6)

3.2 諸外国における研究不正事案の公開の考え方

研究機関から研究公正当局等への研究不正事案の登録制度(以下,事案登録制度)および登録された事案の公表システムは,国により異なっている。HALレポート5)の調査結果や研究公正当局の年次報告書などの事案掲載状況から,各国の研究不正事案の情報公開の取り扱いを類型化した(2)。

事案登録制度について,HALは,(1)タイプ1の国家研究公正システム(調査権限を有する,国として立法化された集権システム)を有する国では,事案登録制度があり,申し立てや予備調査・本調査の結果などを研究公正当局に報告する仕組みがあること,(2)申し立てや調査結果を報告する仕組みがない国は,研究公正当局が存在しないため,報告を受け取る「インフラストラクチャー」がないこと,に言及している注7)2で事案登録制度があるのは,タイプ1およびタイプ2のうち集約化された国家研究公正システム(centralized system)を有する国(米国,北欧諸国,ドイツ)である注8)。一方,分散化された国家研究公正システム(decentralized system)を有する英国では,プライバシーや情報公開に対する法的・倫理的懸念から事案登録制度の導入に慎重であることが報告されている注9)5)

表2 諸外国における研究不正の事案登録制度・事案公表システム(○:制度あり,×:制度なし)

また,研究不正の事案公表システムについてみると,2にあげた国は何らかのシステムを有しているが,情報公開の考え方は国により異なっている注10)。特に,研究不正の事案には,被申立人の氏名や所属機関名などの個人情報が多く含まれ,被申立人の人権やプライバシーへの配慮,あるいはその後の社会更正の観点から慎重な取り扱いが求められる注11)。そもそも事案の公表を(1)被申立人に対する社会的制裁を意図して行うのか,(2)国レベルでの研究公正を普及・浸透させるための手段として行うのかによって,公開される情報の範囲や内容が変わってくる。また,軽微な事案もすべて公開するのか,代表的な事案や研究資金への応募停止など処分が継続中のもののみを公開するのかなど,さまざまな考え方がある。

各国の状況をみると,研究者の氏名や所属機関名など個人情報を事案公表システムの公表対象としているのは,米国公衆衛生庁(PHS)研究公正局(ORI)8)と途上国である注12)。これに対して,米国科学財団(NSF)総合監査局(OIG)や欧州先進国の多くは,個人情報の取り扱いに慎重である注13)。なお,英国の出版倫理委員会(COPE)10)では事案の概要に加えて,それぞれにアドバイスを記載している。ドイツやオーストリアでは事案の公表も行われているが,申し立てや事案の件数などの統計的な情報の公開が中心である7)11)12)

3.3 諸外国の研究不正の件数

3.3.1 各国の研究公正当局の事案取扱量

3は,各国の研究公正当局が取り扱う研究不正の件数について,年次報告書や記事などをもとに,研究不正のパイプライン・モデルに基づき,(a)申し立て件数,(b)予備調査件数,(c)本調査数(事案数),(d)不正あり(不正認定事案)の件数,の4つのフェーズに整理したものである。同一の研究公正当局についても,情報源やデータの取得期間の違いから,いくつかの「パイプライン」(データ系列)を設定できる。各国比較のため,パイプラインを形成する各フェーズの件数をデータ取得期間(年数)で割った年平均値に換算した。年平均値はデータ取得期間によりある程度変動するため,比較には5年平均値(またはそれに近い値)を代表値として用いた(2)。なお,比較に用いた年平均値のデータ取得期間が異なる場合はそれを明記した(3)。

表3 研究公正当局が取り扱う研究不正の件数
図2 年間平均あたりの研究不正の申し立て件数,本調査数および不正認定事案数の国際比較(筆者作成)

また,各パイプラインから「本調査移行率((c)本調査/(a)申し立て)」,「本調査に対する不正認定率((d)不正あり/(c)本調査)」,「申し立てに対する不正認定率((d)不正あり/(a)申し立て)」をそれぞれ計算し,比較した(3)。

図3 本調査移行率および不正認定率(表3より筆者作成)

(1)申し立て件数および予備調査数

米国ORIや中国国家自然科学基金(National Natural Science Foundation of China: NSFC)では,収集された記事等の情報から,年間約160~200件の申し立てがあるものと推定される。これは他国に比べて非常に高い水準にある。米国ORIの場合,このうち約20%(年平均約30~40件)が正式な照会調査(formal inquiry)(予備調査)に移行する13)14)。なお,今回の調査で,予備調査の件数が情報として得られたのは米国だけである。

一方,ドイツやオーストリアでは,研究公正当局が「問い合わせ」(ドイツでは「Anfragen」,オーストリアでは「enquiries」,本報では申し立てとして整理)を公表している。ドイツで年間約40~60件,オーストリアで年間15件である注14)。フランス(INSERM)およびオーストラリア(ARIC)については,それぞれ,年間9.5件,年間10件である。

(2)本調査数および不正認定事案数

「事案(case)」の考え方は各国で異なる。3で(c)本調査,(d)不正あり(不正認定事案)の両方の情報が得られた国は米国ORI,カナダ,フィンランドである。また,事案数として,本調査数(不正が認定されなかったものを含む)を公表していると考えられる国は,デンマーク,フィンランド,オーストリアであり,これらの国では年次報告書で個々の事案の審議状況・審議結果が公開されている。ドイツの場合,近年の報告書では個々の具体的な事案の掲載は見られないが,年次報告書の統計データの記載などにオーストリアの記載との類似性があるので,本報ではオーストリアと同様に本調査を事案としている国として整理した。したがって,3(c)の本調査数を年平均で比較すると,米国ORIが年間約30件,ドイツが年間約20件,北欧諸国(デンマーク,フィンランド)やカナダ,オーストリアは年間10件以下の水準である。

一方,「事案」として「不正あり」と認定された事案(不正認定事案)を公表していると考えられる国は,米国(ORI,NSF)と英国(COPE),インド(SSV),中国(NSFC)であり,これらの事案は各機関のWebサイトで閲覧できる。3「(d)不正あり」(不正認定事案数)を年平均で比較すると,英国(COPE)は年間約27件,米国(ORI,NSF)は年間約10~15件,インド,フィンランド,カナダは年間5件以下である。英国(COPE)の「不正あり」が多い理由は,研究不正の定義が広範であり,その分,掲載される事案数も多くなるからではないかと考えられる。したがって,定義がFFPに限定されている米国と単純比較はできない。また,インドは研究不正の発生率が高い1)にもかかわらず,SSVの公表する件数が3~5件と少ない。これは,SSVの活動が民間機関のボランタリーな活動であり,国レベルの研究公正当局のような研究不正事案を収集し公表する法的・制度的な権限がないからではないかと推察される。

なお,韓国の場合,今回得られた情報15)からは事案(case)についての考え方の詳細が不明なため,他国と単純比較はできないが,年平均約55件と非常に多い水準で,これはドイツの申し立て件数に匹敵する水準である注15)。また,わが国は事案登録制度や事案公表システムがないので,正式な事案数はわからない。しかし,筆者が報告した調査の発表・報道件数を事案数とみなす3)と,年平均約10件程度で,欧州諸国の研究公正当局の本調査件数と同程度の水準である。

(3)本調査移行率および不正認定率

米国ORIの場合,申し立てに対する本調査移行率(c/a)は低く(15%),本調査に対する不正認定率(d/c)は約50%と高い。すなわち米国の研究環境は,少しでも疑わしいと思われるものは直ちに申し立てられるが,本調査に至るまでの段階で不正の可能性の高い事案に絞り込みが行われる傾向がある。最終的に不正と認められるものは,申し立ての約6~7%程度である。

これに対して欧州では,たとえば,ドイツ,オーストリアでは申し立てに対する本調査移行率(c/a)は35~50%程度と高い。特にドイツの場合,各年の本調査移行率を計算すると,2006年頃までは約60~100%と非常に高い水準であったが,2006年以降,約40%弱で安定的に推移している。カナダでも分野によって異なるが,本調査移行率が約40~85%と高く,申し立てに対する不正認定率(d/a)は,科学・工学分野(NSERC)は8%程度で米国並みに低いが,医学分野(CIHR)では申し立ての約37%と高い水準にある。したがって,これらの国々ではある程度不正の疑いが強いと思われるものが申し立てられる傾向にあるのではないかと考えられる。

3.3.2 研究不正の年次変動量

4は各国が公表する研究不正の申し立て件数および事案数の3年移動平均を示したものである注16)

図4 各国の研究不正事案数等の年次変動の3年移動平均(筆者作成)

(1)ドイツ

2000年初頭から申し立て件数,事案数ともに増加してきたが,申し立て件数は2006年(3年移動平均で2008年頃)をピークに横ばい,ないし微減に転じ,事案数も2004年をピークに減少に転じている

(2)英国,インド

同様に,英国のCOPE10)やインドのSSV9)が公表した不正事案数も,2007年から2008年頃をピークに,増加傾向から横ばい,ないし暫減傾向に転じている。英国の事案数が他国と比べて多い(年間20~40件前後で変動)のは,前述のとおりCOPEの研究不正の定義の広さによるところが大きいと考えられる。また,インドのSSVが公開する事案が少ないのは,前述のとおり民間のボランタリーな活動で,すべての不正事案の把握・公表が難しいからではないか,と考えられる。

(3)日本,オーストリア

3年移動平均が一貫して増加傾向にあるのは日本,オーストリアである。わが国は2000年代に入り,研究不正の発表・報道件数が急増し,科学技術政策の変遷との関係が推定されることは,すでに報告したところである3)

これに対して,オーストリアの場合は,2008年に研究公正当局としてオーストリア研究公正機構(OeAWI)が設置されたことが申し立て件数等の一時的な増加に影響しているものと考えられる注17)。OeAWIの2012年の年報では,申し立て件数,事案数ともに前年(2011年)を下回ったことが報告されている。

(4)フィンランド

事案数が2007年頃を境に,暫減傾向から増加傾向に転じている。この原因はわからないが,この時期は,ノルウェーにおいてサボー事件を契機にノルウェー国家研究不正調査委員会(NCISE)が設置されるなど,北欧諸国で研究不正に対する関心が高まり国家研究公正システムの見直しなどが行われている4)

3.4 諸外国の研究不正の内容

3.4.1 各国の研究不正の内容比較

5は,公開情報(電子付録参照)をもとに,各国の研究不正の内容を比較したものである。各国において研究不正の定義や分類が異なるので,筆者の分類により比較した。また,換算法については2.2で述べたが,原則として,寄与率を考慮した。重複する事案数がわからない場合は単純にのべ数に対する比率を求めた。換算方法が異なるものを単純比較はできないが,5の中の米国ORIのデータに対する検証から,主たる傾向についてはおおむね一致するものと思われるので比較は可能と考える。

図5 各国の研究不正の内容比較(筆者作成)

研究不正の内容は国により違いがある。このうち,「自己盗用・使い回し」は一般にFFPの一部とみなされるので注18),「捏造・改ざん・盗用」に「自己盗用・使い回し」を含めてFFPとする。FFPが多い国は,米国(ORIのほぼ100%,NSFで約60%以上),日本(全体の約90%弱,自然科学の約80%以上),韓国(約90%弱),インド(約85%)であり,非欧州諸国が多い。この原因は米国やわが国などの非欧州諸国では,FFPに限定した研究不正の定義が採用されているが,欧州諸国ではFFP以外の不適切行為も含む広範な定義が採用されているためであると考えられる。以下,地域別に研究不正の特徴を分析する。

3.4.2 米国の研究不正の特徴

米国ではORIが取り扱った事案(バイオメディカル分野)では,いずれのデータでも約9割が捏造・改ざん型である。一方,NSFの取り扱った事案(バイオメディカル以外の分野)の場合,6に示す28項目(2013年12月23日現在,1989年2月16日から2013年11月20日までの2,332件)の不正(研究不正以外の不正を含む)がインターネット上で公開されている16)。このうち15項目を研究不正(のべ1,358件,ただし不正項目ごとの事案の重複を含む)として選び計算したところ,FFPは全体の約6割であった。研究不正として最も多いのは盗用(約45%),次に多いのが研究搾取(原文は知的窃盗(intellectual thief))で約3割を占め,盗用と知的搾取を合わせると約7割となる。捏造・改ざん型は全体の2割弱(盗用の約3分の1)である。すなわち,NSFの取り扱う事案はORIの取り扱う事案と異なり,盗用が中心と考えられる。この結果は,NSFの扱う「不正の疑いのある件数は,過去10年間で3倍以上に増加しており,2003年以降に発覚した120件の研究不正のうち,80%以上が盗用である」17)との記事と内容的に一致する。このように米国では,バイオメディカル分野とそれ以外の分野で研究不正の特徴が異なっている。

図6 NSFのデータベースに登録された不正事案(28項目)の登録事案数

3.4.3 欧州諸国の研究不正の特徴

欧州諸国では,一般に研究不正の定義が広いため,全体に占めるFFPの比率は相対的に小さくなる。この中で,捏造・改ざん型の比率が相対的に高いのはデンマークで,約4割弱(FFPとしては約55%)である注19)。ただし,これは全48件中,捏造(5件),改ざん(2件)のほか,「データ・結果の操作」「好ましくない結果の破棄」「間違った方法・解釈」など,主にデータや結果の取り扱いや方法論の適切性が問題視された事案11件(全体の23%)を改ざん型に含めて分類したからである。また,デンマーク18)やフィンランド19)では,「科学的な誤り」に対して評価を求める申し立て(5の「科学的成果」,デンマークでは「scientific product」,フィンランドでは「misconduct in science」と記載)が多いことが特徴である注20)

これに対して,ドイツやオーストリアの場合,研究不正として特に深刻なのは,急増する「不適切なオーサーシップ」の問題である7)。ドイツ研究オンブズマンの公表した資料では,ドイツではオーサーシップ問題が研究不正の約4割を占めている7)。また,オーストリアでも盗用(約4割)についで「オーサーシップ」の事案が約35%と多い12)

また,欧州諸国では「研究妨害」(他者の研究活動の妨害をすること)や「研究搾取」(他者の研究のアイデアや成果を盗用・流用すること)注5)が問題として顕在化している。たとえば,ドイツでは研究妨害が約3割とオーサーシップ問題についで多く,オーストリアでも13%を占めている。また研究搾取については,オーストリアでは約13%,フィンランド(原文「他者のアイデア・計画・発見の流用」)では約2割を占めている。このように,研究者のアイデアや研究活動の保護については,欧米先進国では関心が高いものと考えられるが,わが国を含むアジア諸国では観測されていない。研究のオリジナリティに対する欧米先進国とアジア諸国の意識の違いが感じられる。

なお,英国のCOPEが公開する研究不正事案では,47種類以上の不正が項目として列挙されている。他国との比較を可能とするため,同種の不正を1つにまとめるなど工夫をしたが容易ではなかったので,4においては,あくまで参考として示した注21)。FFPは全体の2割弱で,オーサーシップの問題が2割強と不正としては最も多い。また,科学雑誌の編集者が設立したCOPEの性格もあるのか,評価や編集・出版に関する不適切行為などが比率として高い。

3.4.4 アジア諸国等の研究不正の特徴

アジア諸国で深刻なのは,自己盗用を含む盗用の問題である。韓国では,捏造・改ざんが1割程度,盗用が全体の3割であるのに対し,自己盗用が約5割と非常に多いのが特徴である。インド1)においても,科学価値学会(SSV)の公開する事案の約7割が盗用である。また,今回の調査では定量的なデータを得ることはできなかったが,インドと同様に研究不正の発生率の高い中国1)においても,深刻な盗用問題が報告されている。たとえば「ネイチャー(nature)」誌では「中国の雑誌が投稿の31%に盗用を発見した」という表題の記事20)が話題になったこともある。

3.5 諸外国の研究不正の発生分野

3.5.1 ライフサイエンス分野

わが国の場合,自然科学系と人文社会系の研究不正の割合は約半分で,医・歯・薬が全体の30.7%,ライフサイエンスが全体の37.7%(自然科学だけでみると74.1%)を占めている3)。諸外国でもライフサイエンス分野における研究不正は多く,たとえば,ドイツでは,2012年の予備調査件数59件のうち約5割注22)7),オーストリアでは2009年から2012年ののべ23件(重複あり)の事案のうち約5割(医学29%,ライフサイエンス24%)がライフサイエンス分野で発生している12)。また,デンマークでも筆者の分類によれば調査した48件中,医学が15件(31%)(自然科学11件,人文社会科学9件,不明13件)と最も多い。さらに北米では,3および2の結果から,年平均に換算すると,カナダは不正認定件数は医学が最も多く,また米国においてはORI(バイオメディカル分野)とNSF(それ以外の分野)の年平均不正認定件数がほぼ同数(約10件)で拮抗(きっこう)している。このように,医学・バイオメディカルを含むライフサイエンス分野は研究不正の発生件数に占める割合が多くの国で相対的に高い。

3.5.2 人文社会科学分野

これまで研究不正については,米国ORI(バイオメディカル分野)を中心に自然科学分野の捏造・改ざんなどの情報が多く紹介されてきた。しかし,今回の国際比較では,(1)途上国だけでなく先進国においても盗用がかなりの比重を占めることや,(2)先進国においてはオーサーシップの問題がFFPと並ぶ深刻な問題であることなどが明らかとなった。

人文社会科学の場合,自然科学の実験等で発生する捏造・改ざんとは異なり,研究不正の中心は盗用やオーサーシップであると考えられる。実際,わが国では,研究不正の約半分は人文社会科学分野で発生し,その約9割が盗用である3)。また,今回の文献調査によれば,オーストリアでも研究不正の約4割(42.9%)が人文社会科学で発生し(全21件(重複なし)のうち,社会科学・人文学7件,法学2件),ドイツでも人文学(Humanities)は科学・工学と拮抗,もしくはそれを上回っている注22)

4. 考察

既報1)2)も含めて,総合的な考察を行いたい。

4.1 研究不正を考える機軸:欧米先進国型とアジア諸国型

既報1)において,研究不正の強度と研究不正の発生率の関係では,研究開発の強度が大きなグループと研究開発の強度が小さなグループが存在し,両者の傾向は異なることを示した。「研究開発の強度が大きなグループ」にはわが国をはじめ欧米先進国が含まれ,「研究開発の強度が小さなグループ」にはインド,中国などのアジア諸国が含まれる。したがって,研究不正の実態については,これらのグループを分けて議論したほうがよい。ここでは,「研究開発の強度が大きなグループ」を「欧米先進国型」,「研究開発強度の小さなグループ」を「アジア諸国型」と便宜的に呼ぶことにする。

4.1.1 「欧米先進国型」の研究不正からの教訓

(1)先進諸国の研究不正の実態

欧米先進国に関する研究不正については多くの研究が行われてきたが,これまでは米国ORIについての議論が中心で,バイオメディカルを含むライフサイエンス分野が対象であった。米国ORIの事案の分析から,米国のバイオメディカル分野では捏造・改ざん型が約9割を占めており,このような事実から先進国の研究不正の特徴が捏造・改ざん型であると考えられることがある。しかし今回の調査では,米国においても,NSFの事案(バイオメディカル以外の分野)のように研究不正における盗用は深刻であり,またわが国や欧米諸国(フィンランド,オーストリア)でも盗用が大きな比重を占めている実態が明らかになった。

(2)分野特性を考慮した対策の必要性

研究不正対策は分野特性を考慮した対策が必要である。ライフサイエンス分野は,各国において研究不正の割合が相対的に高い分野であり,わが国の事案を見る限り,写真の流用・使い回しなど分野特有の不正行為が多いことから3),研究公正政策上,重点的な対策が求められる分野であると考えられる。また,人文社会科学は,研究不正対策が盗用やオーサーシップに重点化しやすく,効果が期待できる分野であると考えられる。

(3)研究者の権利や研究の自由に対する配慮

研究不正に対する考え方において欧米先進国では,盗用も含め,不適切なオーサーシップや研究搾取など,研究の成果やアイデアの保護に対して,強い関心が払われている。また,研究妨害など研究活動への他者の介入・妨害に対しても強い問題意識がある。研究活動は,研究者の個性とオリジナリティに基づく知的活動であり,欧米諸国では研究者の権利や研究の自由に対する配慮が研究公正を支える文化的基盤となっているように感じられる。

わが国においては,研究搾取や研究妨害など先進国型の研究不正については,公開情報を見る限りあまり表面化していない3)。しかし,わが国においても個々の事案を見ると,たとえば教え子の研究成果を教員が自分の論文として発表したり,安易な共同研究者意識から研究不正のトラブルに発展する事例も観測されており4),他の先進国同様,これらの研究不正が潜在的に存在するのではないかと考えられる。欧米の研究公正文化との違いから,わが国ではこれらの研究不正にあまり関心が払われていない可能性があるので,FFP以外の研究不正についても,実態の把握と分析が必要であると考えられる。

(4)研究公正政策としての「研究評価の再検討」

韓国は,わが国同様「欧米先進国型」に属している1)。しかし,研究不正の発生率が高く,研究不正の中心は自己盗用である。自己盗用や二重投稿(または多重投稿)は研究業績の定量評価主義と密接に関連する指標性の高い研究不正の1つであると考えられる。研究開発の推進を含む国家イノベーションシステム(National Innovation System: NIS)と国家研究公正システム(NRIS)は「車の両輪」であり,相互のバランスと適合性が効果的な研究不正の低減を図るうえで重要である2)。研究開発がイノベーションの原動力である以上,適切な評価が求められることは言うまでもないが,過度な競争主義や成果主義が研究業績の安易な定量評価主義に陥ると,そのひずみが研究不正の問題として表れる危険性がある。

韓国の研究不正の原因として研究不正に対する大学の温情主義や,学会に研究公正よりも研究成果を重んじる風潮があることが指摘されている21)。しかし,この問題はいかなる国にも内在している。わが国においても,科学技術政策と研究不正の発生には一定の関係があることが推定でき3),研究不正の原因として競争的環境の要因を被申立人等の約2割が言及している事実がある4)。したがって,研究評価の再検討は,発展期から成熟期に移行する先進諸国の科学技術政策の問題として,研究公正に取り組む関係者が認識すべき課題であろう。

4.1.2 「アジア諸国型」の研究不正からの教訓

(1)アジア諸国の盗用問題の原因

急速な成長を遂げるアジア諸国は,深刻な盗用問題に直面している。これは他のBRICS諸国(ブラジル,ロシア)でも報告されている22)23)。この原因として,

  • 1)著作権・知的財産に対する意識の違いや,アカデミズムの体質22)
  • 2)研究倫理教育の欠如
  • 3)英語論文を書くうえでの言語障壁(たとえばブラジルのポルトガル語23))。
  • 4)国家研究公正システムの構築の遅れ(中国以外は国家レベルの研究公正システムが整備されていない)2)などさまざまな要因が考えられる。

加えて,これらの国々は,経済発展とともに研究開発分野においても,その存在感が急速に増大している。中国の成長は言うに及ばず,インドやブラジルは,1990年代中期から2000年中期にかけて研究開発パフォーマンスのレベルが倍に成長した注23)24)。すなわち,科学技術・イノベーション政策において,研究開発政策と研究公正政策とのバランスが十分保たれないまま,研究活動量が急速に成長を遂げてきた「ひずみ」が,研究不正の問題として表面化している可能性が考えられる。

(2)わが国とアジア諸国の類似性

今回の調査研究結果から,わが国とアジア諸国との共通性を考えると,研究不正の特徴として,(1)全体的に見ると盗用の比率が高く,(2)「二重投稿」の問題が顕在化していることがあげられる。「二重投稿」は自分の研究成果を複数回使用することで研究業績を過大に見せようとする点で「自己盗用・使い回し」と類似性があり,指標性が高い研究不正である。調査対象国の中で,二重投稿の比率が高いのは日本とインドである。また,「自己盗用・使い回し」と「二重投稿」の合計は,わが国では全体の約10%(自然科学の約15%),インドでは約15%,韓国では約50%である注24)

(3)国家研究公正システムにおける規制強化・厳格化について

今日,研究公正は国内の問題だけでなく,研究活動における国際協力を進めるうえでの前提となる。今回の調査でも,研究不正の実態が深刻な国では,対外的な関係を意識してか,研究不正に対する規制強化や厳罰化を強調する論調の記事などが多いように感じられた。しかし,タイプ1(規制的アプローチ)の国家研究公正システムを構築した国の研究不正の発生率が必ずしも低いわけではなく1),研究不正に対する「厳格な制度が存在する」ことと,その制度が「十分機能している」こととは,必ずしも同義ではないことに留意する必要がある。すなわち,研究不正の効果的な低減には,画一的な規制強化や厳罰化だけでは,必ずしも十分な効果が期待できない点があると考えられ,各国の実態を考慮した対応が必要である。

5. まとめ:効果的な研究不正の低減に向けて

全3回にわたり,各国の国家研究公正システムの特徴や研究不正の実態について分析した。これらの結果を踏まえ,今後,わが国として国家研究公正システムのさらなる充実を図り,研究不正の低減に取り組むにあたって,いくつか参考となる論点をまとめておきたい。

わが国では,これまで研究不正に対して限定的な定義を採用し,FFP対策を中心とする研究不正対策が講じられてきた。これについては着実に進める必要があり,さらにライフサイエンス分野や人文社会科学など,研究分野の特性を考慮したきめの細かい重点対策を講じる必要があると考えられる。その意味では,研究不正に対して一義的な責任を有する研究機関はもとより,研究公正政策における学会の役割は大きいと考えられる。

わが国の研究不正の特徴としては,欧米先進国型に属すると考えられるが,二重投稿など研究業績の水増しを中心とするアジア諸国型の特徴も顕在化している。こうした特徴は,研究評価制度や科学技術政策の競争主義などと密接な関係があると考えられる。したがって,国レベルでの科学技術政策の検討において研究成果と研究公正のバランスが今後一層重要となると考えられる。

また,オーサーシップや研究搾取,あるいは研究妨害など,他の先進諸国において顕在化している研究不正については今後,実態把握に努める必要がある。特に,研究不正に対する欧米諸国の関心は,研究活動を支える「創造性への敬意」や,それを保証するための「研究者の権利」や「研究の自由」に対する配慮を背景とする「研究倫理文化」とも関係があるように思われ,今後,わが国の研究倫理教育を進めるうえで,参考となる点も多いと思われる。

わが国の場合,研究不正等が起きた原因として被申立人等の約3割が意図的ではない「過失」をあげている4)。すなわち,実態として規制強化や厳罰化では対応できない原因が研究不正の原因のかなりの割合を占めていると考えられる。したがって研究不正を「研究者のモラル」という専門的な職業に従事する者の倫理教育の問題,あるいは被申立人個人の責任の問題と捉えるだけでなく,研究活動の拡大にともない,今日,研究者としての行動規範に詳しくない者も研究活動に多数参加している現実を直視して,研究不正を社会的な潜在的リスクと考え,社会インフラの整備などに取り組む必要がある。たとえば欧米先進国では,研究公正や研究不正についての疑問や相談に答えるヘルプラインやメンタリングシステムなどの整備に取り組んでいる。研究機関内の近接的な人間関係の中では,研究不正に関して疑問があっても,周囲にはなかなか相談しにくい状況があるのではないかと考えられる。「小さな疑問」や「小さな疑惑」を初期の段階で解決するためには,(1)研究機関内の研究倫理教育,(2)研究管理者の教育の必要性,は言うに及ばず,(3)研究公正や研究不正に関する疑問を,研究機関とは利害関係のない専門家に気軽に相談できる仕組みを整備していく必要があるのではないかと考える。

先進諸国では,(1)研究機関が一義的な調査責任を有し,(2)申し立てをベースとする「火災警報器システム(Fire Alarm System)」を共通の仕組みとしている1)5)。しかし,各国では研究機関の調査結果を一方的に信頼するのではなく,申立人や被申立人の主張にも配慮しつつ,それらをチェックし,公正性を保証するために「上訴機能」や「レビュー機能」などを導入している2)。わが国の現状は研究機関の評価に不服がある場合は司法の場で争うしかないワンスルー(一方通行)方式である。しかし,研究公正という専門的な内容については司法の場で扱うことがなじまない場合もあるので,各国のシステムは参考になると考えられる2)

最後に,わが国で表面化している研究不正の発生量は,今のところ欧州諸国の研究公正当局が取り扱う事案数と大きな乖離(かいり)が見られない。したがって,現実的な不正事案の処理能力という点から評価すると,極端に不正件数の多い途上国の事例を除けば,各国の経験は実務上,参考となるものが多いと考えられる。しかし,「制度が存在する」ことと,「制度が機能すること」は異なることに留意する必要がある。米国の国家研究公正システムのみをキャッチアップ・モデルとして参考にするのではなく,他の先進諸国の国家研究公正システムに見られる多様な機能にも目を向けながら,その特徴や国情の違いを理解しつつ,関係機関の協力により,わが国にふさわしい国家研究公正システムを構築していく努力が必要である。

謝辞

既報および本報を執筆するにあたり,当室(科学技術振興機構 研究倫理・監査室)の主幹である御園生誠先生,および小原英雄参事役には示唆に富むご指導,ご鞭撻をいただいた。また,木村美実子氏をはじめ「情報管理」誌編集部の方々には,膨大な資料や原稿をまとめるうえで細部にわたりお力添えを賜った。このほか研究倫理・監査室の伊藤洋一室長をはじめ,同室の皆様には力強い励ましを賜った。あらためて感謝の意を表したい。

本文の注
注1)  前報1)参照。HALレポート5)では,先進国の共通性として「主要国では,正式な申し立てを受けたことを根拠として研究不正の調査を行う受動的なシステム(いわば,「火災警報器(fire alarm)システム」)が採用されている」「研究公正当局などによる能動的なサーベイランス(いわば,「警察巡回(police patrol)システム」)は採用していない」ことが説明されている。

注2)  パイプライン・モデルは,欧米では人材育成政策などで用いられるモデルであるが,本報ではその絞り込みの概念を研究不正の調査過程に応用したものである。

注3)  米国ではFFP以外の不適切な行為(QRPs)は,各研究機関の自己管理システムで担保することが奨励されている6)。したがって,国家研究公正システム全体としてはQRPsを含む広範な研究不正に対処している。

注4)  CSE白書6)では,たとえば,「英国薬事産業協会」や「王立医科大学」では研究不正の定義が限定的であるのに対し,MRC,ウエルカムトラスト,UKRIOでは定義が広いことが示されている。また,HALレポート5)においても,研究評議会(Research Council UK: RCUK),英国研究公正局(UK Research Integrity Office: UKRIO),ウエルカムトラスト,出版倫理委員会(Committee on Publication Ethics: COPE)の定義の比較が行われている。

注5)  本報に示した「研究搾取」や「研究妨害」の定義は,本報における筆者の定義である。これらの行為について研究不正とみなす国は多いが,国により不正行為の名称に違いがある。たとえば,「研究妨害」については,ドイツでは「Impediment of research」7),オーストリアでは「research hindrance」12)と記載されている。また,「研究搾取」については,オーストリアでは「the exploitation of other persons' research」(他人の研究の利己的な利用・搾取)12),フィンランドでは,「Misappropriation of an original research idea, plan or findings((他人の)オリジナルのアイデア,計画,発見の着服)」19),米国では「intellectual thief(知的窃盗)」16)という不正項目がある。

注6)  「研究資金の流用」など,「研究費の不正(経理不正)」は,わが国では一般に「研究不正」とは異なる不正問題として扱われている3)4)。一方,米国の場合,NSFのデータベース16)では研究不正とその他の不正の区別はみられない。

注7)  HALレポート5)では調査した8か国(デンマーク,ノルウェー,米国,ドイツ,英国,日本,オーストラリア,フランス)のうち,4か国(原文には具体的な記述はないが英国,日本,オーストラリア,フランスと思われる)は,「告発および発見(findings)の両方を報告する要求も手順書もない(中略)これらの国は中央当局(central body)が存在しないため,報告を受け取るインフラストラクチャーがないという事実に関連している」と述べており,事案登録制度が研究公正当局の整備と関連していることを示唆している。なお,HALが調査を行った当時は,オーストラリアは「オーストラリア研究公正委員会(ARIC)」を設置しておらず,同国はタイプ3に分類されている。

注8)  オーストリアについては,年次報告書12)における研究不正事案の集計や公開方法などがドイツと類似しており,また参考文献7)においてもドイツとオーストリアの説明に類似性があることなどから,事案登録制度についてもドイツと類似しているのではないかと推察されるが,今回の文献調査では確認できなかった(表2には「詳細不明」と記載)。

注9)  英国では民間機関レベルでCOPEによる研究不正事案の公開が進んでおり,分散化された国家研究公正システムの中で,官民の有効な機能分担が行われていると考えることができる。

注10)  表2は研究不正の特徴を調査するために研究不正事案の公表が行われている国を列挙した。事案を公表していない国や事案の公表について情報が得られなかった国も多い。

注11)  事案によっては,研究機関や研究公正当局の調査結果に対し,被申立人が不正の事実を否認しているものや,研究公正当局への上訴や司法への提訴など係争中の事案もある。実際,わが国でも裁判の結果,研究機関側が敗訴したり和解に応じる例もあり,事案の公表内容が削除された事例もあるので,情報公開の考え方や掲載のタイミングなど,社会的コンセンサスが必要である。

注12)  ORIのWebサイト8)では,応募停止期間中の事案について,被申立人の氏名を含む事案の概要を公表し,また,インドの民間団体SSVは,代表的な事案について被申立人の氏名を含む簡単な概要を公表している9)

注13)  NSFの不正事案(研究不正以外の事案を含む)はWebで検索が可能である。2013年12月23日現在,1989年2月16日から2013年11月20日までの2,332件が登録されているが,研究者名や研究機関名は匿名化されている16)。また,北欧諸国や英国(COPE)でも,事案の公表は行われているが,研究者の氏名等は匿名化されている。

注14)  事案の調査プロセスや公開の考え方は,各国ごとに異なっている。このため,「調査(inquiry)」や「事案(case)」などの意味する概念は国により一様ではなく,単純比較は難しい。今回の調査対象国については,(1)米国ORIのプロセスにおいて「調査(inquiries)」はORIが研究機関に問い合わせた「照会調査」を意味している13)。(2)多くの国で,「申し立て」に相当する概念は「allegations」が用いられている。しかし,オーストリアは「enquiries(英語)」12),ドイツでは「anfragen(独語)」11)が公表され,これが各国の申し立てに近いのか,米国の照会調査に近いのか,詳細はわからないが,本調査では申し立てに分類した。(3)「事案(case)」という用語は,デンマークなどではDCSDに対して「申し立て」が行われたものを「事案(case)」として年次報告書で公開しているが,英国(COPE),インド(SSV)では研究不正があると認定されたものを「事案(case)」として公表しているようである。

注15)  韓国について,3では「期間5年」の平均として計算しているが,参考文献15)を見ると2006年データは厳密には「2006年以前」を含むので,実際の平均値はこれより小さくなると考えられる。

注16)  申し立て件数および事案数は年次変動があるので「移動平均」は全体的な傾向をみるのに有益である。

注17)  研究公正当局の整備は,研究不正の社会的関心に影響を与える。山崎は,米国に関する調査から,「科学研究の不正行為について発表された論文数は,1992年の研究公正局(ORI)設置の翌年2年間に多くの文献が集中していた」と述べている13)

注18)  本報では,「自分の過去の成果を再利用する」との趣旨で,「流用・使い回し」と「自己盗用」を同じ分類としたが,これらを「捏造・改ざん型」に近い不正とするか,盗用の一種とするかは,各国ごとに注意が必要である。わが国の場合は,ライフサイエンス分野での図の使い回しなどが問題となっており,捏造・改ざん型の一種とみなす大学などが多い3)。これに対して,アジア諸国の場合,業績を多く見せるため論文や結果を使いまわすことも多く,自己盗用として盗用の一種と考えられているようである。

注19)  デンマークの場合,自然科学だけに限ると,捏造・改ざん型の比率は上がるのではないかと考えられるが,発生した分野を特定できない事案もかなりあるため,今回の調査では特に分類していない。

注20)  「科学的成果」に関してデンマークとフィンランドの概念が一致しているか否かについては詳細な情報はない。なお,5のフィンランドについては,TENKの年次報告書から1998年から2012年までを調査したうえで,連続して事案の内訳が測定できる1998年から2004年のデータを利用した。このうち,2000年の合計数は10件であるが,各内訳を合計すると「11件」となる。このため,全事案数は「67件」であるが,本調査では内訳の積み上げである「68件」として計算している19)

注21)  COPEの研究不正の分類は多岐に及んでおり,たとえばオーサーシップに関するものだけでも6項目も存在する。また,研究者に由来するものだけでなく,編集や出版,評価,スポンサー等,多面的な視点から不適切な研究活動を特定している。したがって,他国との比較のためには工夫が必要であり,本報では筆者の分類にしたがって類似項目をまとめ比較している。

注22)  参考文献7)はドイツ研究オンブズマンの発表資料であり,その中で研究不正の発生した分野の棒グラフが示されている。それによると,2012年の59件(申し立て)の50%が「ライフサイエンス(Life Science)」,30%が「科学・工学(Science and Engineering)」,約28%が「人文学(Humanities)」となっており,合計が100%を超える。詳細な説明がないため理由が定かではないが,本文中には棒グラフの値をそのまま記載した。

注23)  参考文献24)には以下の記述がある。「インドとブラジルは世界の大きなR&Dパフォーマーである(中略)ユネスコの統計によればインドは2004年にR&D150億ドル(現在のUSドル購買力平価換算)を達成し,ブラジルは2005年に130億ドルを達成した。両者の特徴は1990年代中期に個々の国が報告したR&Dパフォーマンスのレベルの約2倍である。これらのR&D支出のレベルはインド,ブラジルを世界トップ15のR&Dパフォーマーにした。」

注24)  欧米の研究では,わが国を「アジア諸国」として,中国やインド等と同じグループとして考えているものもある。たとえば,Steenは研究不正の発生率についてわが国を,中国やインド等と同じアジアに分類し比較しているが,Steenの分析についてはNoordenやO'Haraが検証を行っている1)

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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