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わが国における研究不正 公開情報に基づくマクロ分析(1)
松澤 孝明
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2013 年 56 巻 3 号 p. 156-165

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著者抄録

本報告は,研究不正に対する関心の高まりを受け,その低減を図る観点から,わが国の研究不正についてマクロ分析を行ったものである。筆者は,データの捏造,改ざんおよび盗用を含む科学における不正行為について公開情報を収集し,必要に応じて,不正行為の発覚から,調査,確定までのプロセスを整理することにより,わが国の研究不正の特徴について考察を行った。

1. はじめに

各国において研究開発が重視され,公的資金の投入が拡充される中で,近年,「研究不正」の問題が顕在化し,社会的にも大きな関心を集めている。わが国においても,2006年に文部科学省の「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」(以下,「ガイドライン」という)がまとめられ,研究不正に対する国の取り組みが強化されるとともに,各機関における体制や規定類の整備などが進められてきた1)

このガイドラインにおいて,「不正行為」とは「発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造(ねつぞう)と改ざん,及び盗用である」と定義されている。しかし,ここで不正とされた「捏造(Fabrication)・改ざん(Falsification)・盗用(Plagiarism)」(いわゆる「FFP」)以外にも,例えば二重投稿など「研究の公正さ」の観点から不適切である行為は存在する。ガイドラインにおいても,「得られたデータや結果の捏造,改ざん,及び他者の研究成果等の盗用に加え,同じ研究成果の重複発表,論文著作者が適正に公表されない不適切なオーサーシップなどが不正行為の代表例と考えることができる」とされている。これら不適切な行為も含めて「研究不正等」として捉え,その低減を図る観点から,わが国において発生した過去の事案を収集・分析することは,意味があるものと考えられる。

しかし,実際の情報収集には,いくつかの困難が存在する。まず,我々が知りうる情報は,機関などの公表や報道により表面化したもので「氷山の一角」にすぎず,わが国で発生している研究不正等の実態をすべて網羅することは困難である。さらに,収集された研究不正等の情報は,あくまで調査時点での「スナップショット」である。なぜなら,研究不正等に関する事案は,新たな事実の発覚や調査の進展,あるいは訴訟における判決や和解の結果,その内容や事実認定が変わる可能性があり,既に公表された調査結果や処分が覆ることも珍しくないからである。加えて,研究倫理の判断基準自体が時代とともに変遷し,過去においては研究不正とまでは見なされなかった行為が,今日の基準に照らして問題となる場合がある。その結果,過去に遡及して不正等が表面化し,事案数が変動することもある。

このような情報収集における制約はあるが,いまだ表面化していないものも含め,研究不正等の低減を図るためには,実際は,既に表面化した「氷山の一角」である事案を丹念に分析し,そこから得られた教訓に基づき,具体的な対策を検討せざるを得ない。そこで本稿と次号の2回にわたって,公開情報をもとに,わが国において発生した過去の研究不正等の事案を収集・分析し,その傾向や特徴について考察を行う。本稿においては,研究不正等の内容や分野など,主として研究不正等の「事案」を単位とした分析を掲載し,次号においては,研究不正等の発生した「機関」や不正等の申立てや処分の対象となった「人」を単位とする分析を中心に掲載する予定である。

なお,ここに示した分析や見解は,あくまで筆者が研究倫理業務に携わった経験から得られた個人的なものであり,国や所属機関の分析や見解を示したものではないことに留意願いたい。

2. 定義

最初に,「研究不正等」にはいかなる行為が含まれるのか,文献や,わが国で実際に起こった事案を参考にまとめてみた。

2.1 捏造,改ざん型

ガイドラインでは,「捏造」とは「存在しないデータ,研究結果等を作成すること」,また「改ざん」とは「研究資料・機器・過程を変更する操作を行い,データ,研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること」と定義されている。このように,「捏造」と「改ざん」とは,定義上,区別されているが,実際にはこれらが混在した複合的な事案等も存在するため,厳密な分類が難しい場合もある。そこで本稿では,各事案について,機関の発表や報道の表現に沿って整理した。

なお,一部の機関の報告書や実際の報道では,捏造・改ざんに相当する行為に対して,「流用」や「使い回し」(あるいは「重複使用」)という表現が用いられることもある。これらの明確な定義を国のガイドラインなどに見いだすことは難しかったが,機関によっては独自に定義している場合もある。例えば,東北大学の報告書によれば,「流用」とは「1つの実験データまたはオリジナル画像を複写し,別の目的のためにデータや画像として使用すること」であり,「『捏造』と『改竄(かいざん)』及びそれらの複合に当たる」とされている2)

2.2 盗用型

ガイドラインによれば,「盗用」とは「他の研究者のアイデア,分析・解析方法,データ,研究結果,論文または用語を,当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること」と定義されている。この定義で「流用」という用語が出てくるが,実際の事案においては,上述のように捏造・改ざんの1つとして「流用」という用語を用いる場合もある。したがって,各事案の分類にあたっては内容をよく精査することが必要である。

また,盗用が疑われる場合,実際は「盗用」に当たるのか,それとも許容される引用の範囲なのか,明確な「線引き」をすることが難しい場合も多い。このため,機関の発表や報道においては,「盗用」や「剽窃」のほか,事案の背景や不正の程度を考慮しつつ,「引き写し」,「無断引用」,「不適切な引用」,「複製・転載」,「援用」,「著作権侵害」など,さまざまな表現を用いることがある。本稿では,明確に盗用とまでは言えない不適切なものも含め,「盗用型」として整理した。

2.3 二重投稿

ガイドライン上の不正行為とはいえないが,研究活動上,不適切とされている行為に,「二重投稿」(または「多重投稿」)がある。二重投稿とは「印刷物,電子出版物を問わず,原著性が要求されている場合に,既発表の論文又は他の学術雑誌に投稿中の論文と本質的に同じ論文を投稿する行為」3)であり,「科学への信頼を致命的に傷つける本来的な不正行為であるFFPとは異なり,学術雑誌のオリジナリティ(原著性)の主張や学術出版に費やすエネルギーやコストという観点から,比較的近年において自粛すべき行為と考えられるようになったもの」4)であると説明されている。

2.4 不適切なオーサーシップ

研究に貢献のない研究者を共著者に加えたり(いわゆる「ギフト・オーサーシップ」等),反対に,実際に研究に貢献した研究者を共著者から外したり,共著者の同意を得ないまま論文を投稿する行為(無断投稿)など,不適切なオーサーシップが問題になることもある。中には,自らが論文の共著者となっていることを知らなかったり,論文の内容について十分認識しないまま,共著者として論文が投稿された事案もある。

さらに,巨大研究開発プロジェクトにおいては,論文の共著者数が非常に多くなる結果,すべての著者が論文の内容すべてに責任を持つことが事実上,困難になる場合がある。今後,このような共著者数の多い論文における責任のあり方も,検討課題の1つとなる可能性がある。

2.5 臨床研究にかかる手続き違反

臨床試験において,倫理指針等にもとづく適正な手続きがとられなかったことが問題となった事案も存在する。具体的には,患者(被験者)に対する事前同意(インフォームド・コンセント)や,機関における倫理委員会の承認手続きなどを適切に行わなかったことが問題となる場合である。このような事案では,論文中では,あたかも適正な手続きがとられたかのように,事実と異なる記載がなされる場合もある。

2.6 その他の不適切な行為

上記のほか,例えば,大学教員としての採用や昇進,あるいは研究費獲得のために,申請書や業績調書に記載する研究業績を「捏造・水増し」する行為や,本来なら「一編の論文で報告できる内容を小分けして報告し論文数を増やすこと」2)(「サラミ出版」と呼ばれる)なども不適切な行為とされている。

また,研究活動のプロセスにおいて,物質の管理など,法令や規定等の遵守が適正に行われなかったり,実験の再現性の確認や,統計学など研究に必要な専門知識が不足していたことが原因で,研究不正が疑われた例もある。

3. 調査方法

3.1 情報収集の対象となる事案

収集・分析対象とした研究不正等の事案は,わが国において「研究の公正さ」が問題となった事案で,かつ,論文や著書の執筆等,学術研究活動に関するものに限定した。したがって,たとえば研究費の不正使用(経理不正)や,企業が行政庁に提出した許認可データにおける捏造・改ざんなどは含まれていない。なお,調査は2012年11月に行い,同年10月31日までに公表された事案を対象としている。

3.2 事案に関する情報収集の方法

はじめに,いくつかの代表的な研究不正に関する報告書や解説記事などを参考に,研究不正等の事案の進展プロセスを,事案の発覚,調査委員会の設置,調査結果の取りまとめ,研究者等の処分,及び訴訟の5つのフェーズに分け,情報の整理を行った。

それをもとに,過去の事案の発掘と,各フェーズの情報の充実を図るため,入手した文献等に加え,必要に応じてインターネットによる検索を行った。検索には,Yahoo!などの一般の検索エンジンのほか,全国紙(朝日新聞,読売新聞,毎日新聞,日本経済新聞,産経新聞,時事通信)及び「47NEWS」(共同通信と地方紙52社のニュースサイト)のホームページ上での記事検索,及び各大学のホームページ上での検索を利用した注1)。また,検索のためのキーワードとしては,不正等の対象に関するもの(「研究」,「論文」など),不正等の内容に関するもの(「不正」,「捏造」,「改ざん」,「盗用」,「二重投稿」など),及びこれらの組み合わせなどを用いた。得られた情報の中から,今回の調査の対象となる研究不正等に関する情報だけを抽出し,それらに含まれる機関名や研究者名をキーワードに,再度検索を行い,情報の充実を図った。

これらの操作を丹念に繰り返し,得られた情報を「情報の精度」の観点から,出典をもとに以下の4つのカテゴリーに分類した。なお,カテゴリー4の情報しか得られなかった事案(11件)については,「情報の精度」が低いと判断して分析対象から除外した注2)

  1. ①   カテゴリー1: 機関や学会の発表した報告書,公式発表資料等(公式文書)
  2. ②   カテゴリー2: 機関等の発表や記者会見等(公式発表)に基づく報道等
  3. ③   カテゴリー3: 報道機関の独自の取材に基づく報道,または解説記事等
  4. ④   カテゴリー4: インターネット上に公開された個人のブログ等の情報(発表・報道が行われていないものを含む)

最後に,カテゴリー1,2及び3の情報を,上述のフェーズごとに系統的に整理し,事案間の相互比較を可能とした。

本稿における分析対象は,1977年以降,2012年10月31日までに,わが国で発生したカテゴリー1,2及び3の情報が得られた114件の事案とした。これを,1年間に公表・報道された事案数としてみた場合,多い年でも年間20件程度である。なお,今回,1つの事案を取り上げるに当たって,使用した文献(報告書,記事等)は,事案によっても異なるが,おおむね5~10件程度である注3)

4. 分析及び結果

4.1 わが国における研究不正等の概観

今回の調査で分析対象とした114件の事案は,延べ117の機関(重複を排除した実数では79機関)において発生し,「被申立人」(申立て等により調査対象になった者)及び「被処分者」(機関の調査の結果,何らかの処分・注意等を受けた者。軽微な処分・注意等を含む)を合わせると,調査時点で判明しているだけでも203人に上る。

これらの事案の中には,機関などの調査の結果,「不正とまでは言えない」と判断されたものや,「調査中」または「調査結果の情報が得られなかった」ものなども,一部含まれている。しかし,収集された情報を見る限り,93件(82%)の事案については,機関等により「不正等の認定」が行われている注4)

114件のうち,自然科学系は58件(50.8%),それ以外(人文・社会科学系ほか)は56件(49.1%,ただし,人文・社会科学系のほか,自然科学系か人文・社会科学系か不明な2件を含む)で,両者の不正等の件数は,ほぼ拮抗している。

4.2 「研究不正等の内容」による分析

わが国の研究不正等の特徴を表す指標の1つとして,上述の「研究不正等の内容」の構成比に着目し,分析を行った。114件のうち,「学位取り下げ」事案1件については,得られた情報から研究不正等の内容を判定することは困難であったので,残りの113事案を分析対象とした。なお,1つの事案が2つ以上の内容にまたがる場合は,事案に対する寄与率を考慮した換算を用いて集計した注5)

その結果,「盗用型」が約6割(58%)を占め,捏造・改ざん型(「捏造」「改ざん」,及びこれに該当すると考えられる「流用・使い回し」の合計)が全体の約3割(29%),残りは,二重投稿が4%,倫理規定違反が3%であった(図1)。また,自然科学系と人文・社会科学系のそれぞれについてみてみると,人文・社会科学系の場合,不正等のほとんどが「盗用型」(約90%)であるのに対し,自然科学系の場合は,研究不正等の56%は捏造・改ざん型で,盗用型は26%程度であった。

図1 わが国における研究不正等の内容

4.3 研究不正等が発生した専門分野

研究不正等が発生した専門分野については,事案によって,研究者の専門分野が公表されている事案もあれば,所属部門や不正論文のタイトル・内容等から専門分野を推定するしかない事案もあった。また,近年,学際領域の研究も多く,専門分野を判定しにくいものもあるが,あくまで1つの参考として,収集された情報をもとに研究不正等が発生した専門分野を推定し,114件の事案を独自の分類に基づき,割り振ることを試みた。

2は,「研究不正等の件数」の「専門分野別構成比」を示している。なお,研究不正等の発生件数は,一般に,当該専門分野の研究者数に依存するものと考えられるので,参考として総務省「平成24年科学技術研究調査」の「大学等の研究本務者数(平成24年調査)」をもとに計算した「専門分野別構成比」も掲載した注6)。ただし,今回,分析対象とした114件の事案が発生した117機関の約86%は「大学」であるが,残りは国公立研究機関(独立行政法人を含む)や民間企業など,「科学技術研究調査」の「大学等」には含まれない機関もあることや,事案の中には大学等の研究本務者ではない者が起こした事案もあること,さらに研究不正等の件数(114件)は1977年以降の累積値であるが研究本務者数は2012年の値であることなど,両者を単純に比較することはできないことに留意する必要がある注7)。各専門分野で活動する研究者の「規模の効果」を考慮するうえでは,1つの参考となるのではないかと考え記載した。

図2 「研究不正等の件数」及び「大学等の研究本務者数」の専門分野別構成比(単位:%)

研究不正等が多く発生している専門分野としては,第一に「医学・歯学・薬学」が挙げられ,全体の約3割(35件,30.7%)(自然科学系の約6割(60.3%))を占めている。さらに,これに「農・獣医学」(4件,3.5%)及び「生命・生物」(4件,3.5%)を加えると,全体の37.7%(自然科学系の約75%(43件,74.1%))がライフサイエンス関連分野で発生していることになる。しかし,この結果は必ずしも当該分野が研究不正等の発生率が高いことを意味するものではない。なぜならば,この分野は研究者(大学本務者)数も多く,それにともなって研究不正等の件数が多くなると考えられるからである。

実際,「医学・歯学・薬学」や「その他の工学」などでは,「研究不正等の件数」の構成比が,「大学等の研究本務者数」の構成比を下回っていた。これに対して,「医学・歯学・薬学」の次に「研究不正等の件数」が多い商学・経済学分野注8)(13件,11.4%)及び教育学分野注9)(13件,11.4%)では,「研究不正等の件数」の構成比が,「大学等の研究本務者数」の構成比を上回っていた。(この点については以下,「5. 考察」で検討する。)

4.4 研究不正等にかかる時系列分析

研究不正等の発生件数が,どのように推移しているのかについて知見を得ることは,政策的関心事項の1つである。一般に,研究不正等に関する情報の収集・整理は,各事案の発表・報道年を基準とする方法が広く普及している。この方法は,機関等の発表や報道記事を逐次,蓄積していくので比較的単純であり,また,情報源となる出典(記事や発表)や,それらを収集した記事データベース等との比較が容易である。また,発表・報道件数の推移は,研究不正等に関する社会的関心を示す1つの指標と考えることもできる。

しかし,実際は,研究不正等が行われてから,それが発覚するまでに,一定の時間(タイムラグ)があり,またこれらの事案の発表・報道がどの段階で行われるのかについては決まりがないことなどから,発表・報道件数の増減は,研究不正等の増減について,必ずしも正確な情報を与えない。このため,収集された情報をもとに,実際に研究不正等が行われた「発生年」を推定し,推定された発生年ごとの研究不正等の発生件数(以下,「推定発生件数」という)の推移を分析することは,研究不正等の増減を知る手がかりとして一定の意味があると考えられる。そこで114件の事案のうち,106件について,得られた情報から「発生年」を推定し,時系列分析を行った注10)

3は,「発表・報道件数」(114件)の推移,図4は「発表・報道件数」(106件)と「推定発生件数」の推移とを比較したものである。わが国における研究不正等の発表・報道件数は近年,研究不正等に対する社会の関心の高まりを背景に,増加の一途をたどっている。1990年代は,年間0~2件程度で推移していたが,1990年代末から2000年ごろにかけて,研究不正等に関する発表・報道件数は徐々に増え始め,2003年ごろから急速に増加し,2006年には年間10件の大台を超えた。

図3 研究不正等の発表・報道件数の推移(114件)
図4 研究不正等の発表・報道件数と推定発生件数との関係(106件)

これに対して,推定発生件数については,1990年代初期までは,発表・報道件数同様,年間0~2件と横ばいであったが,1994年ごろから年間3件程度に微増し,1990年代末まで横ばいが続いていた。2000年代に入ると,推定発生件数は年間約10件程度の水準まで急速に増加し,2001年~2003年ごろをピークとして,その後は減少に転じ,2005年ごろからは年間5~6件程度の水準で推移している。

両者の違いは,主として事案の発生から発覚し発表・報道されるまでの時間的遅れ(タイムラグ)に依存している。106件の事案のうち,不正等が発覚した時期が推定可能な84件についてみると,事案の発生から3年以内に発覚したものは全体の約63%であったが,発覚まで10年以上かかったもの(最長24年)も15%含まれていた。筆者の計算では,発覚までのタイムラグの平均は約3.4年であった注11)。これらを考慮すると,今後,新たな事案が発覚すると,推定発生件数も遡って増えることになるので,ここに示したデータはあくまで調査時点での「スナップショット」である。

5. 考察

5.1 研究不正等の推移とわが国の科学技術政策との関係

4で興味深いのは,研究不正等の推定発生件数の変動傾向が,わが国の科学技術政策の変遷に比較的よく一致していることである。

例えば,推定発生件数が増加し始めた1990年代中期は,わが国において「科学技術基本法」が制定され(1995年),第1期科学技術基本計画(1996年~2000年)に基づく,科学技術政策が開始された時期に当たり,「競争的資金の倍増」や,「ポスドク1万人計画」に代表されるように,科学技術に対する「量的」な資源投入が増大した時期と重なる。また,推定発生件数が急激に増加する2000年代前半は,2001年からはじまる第2期科学技術基本計画の下で,競争的資金の増加と,「重点4分野」(ライフサイエンス,情報,環境,ナノテク・材料)への重点化が進められた時期と重なる。任期制の普及や,研究評価の浸透など,競争的環境が一層整備された時期でもある。

さらに,2005年以降は,研究不正等の推定発生件数が年間5~6件程度で推移しているが,この時期は,第3期科学技術基本計画(2006年~2010年)の時期に重なる。科学技術基本計画のレビュー等から,これまでの政策についての評価・検証が進められる中,科学技術に対する量的な投入量だけでなく,人材政策等,「質的」な側面が重視されるようになった。一方で2005年以降,東京大学などの著名な大学でも研究不正等が発生し,社会的関心が高まった時期でもあり,2006年には国のガイドラインも整備された。

上述のとおり,われわれの収集可能な事案は氷山の一角で,かつ推定発生件数等の推移も,あくまで調査時点でのスナップショットにすぎない。今後,新たな事案の発覚により,増加する可能性もある。しかし,この図の示す傾向が,研究不正等の抑止・低減という点で,2005年以降のわが国の取り組みが一定の成果を表しつつある兆候であることを筆者は期待したい。

5.2 米国の研究不正等との比較

山崎は,米国公衆衛生局(USPHS: U.S. Public Health Service)研究公正局(ORI: Office of Research Integrity)が1993年から1997年に行った研究公正局自身による「本調査(investigation)」150件について分析を行った。それによると,「不正行為が明らかにされたのは76件であり,1年間の平均は約15件」で,「プロジェクトに占める不正行為の発見率はわずか0.05%にすぎない。つまり,1万件当たり5件ということになる」と述べている5)。これらの分析は,バイオメディカル関連分野が中心であるなど,今回の調査結果と単純比較はできないが,米国の研究規模を考慮しても,年間に表面化した研究不正等の件数としては上述の程度の規模である注12)

また,研究不正等の内容について,山崎は「『捏造・偽造・盗用』(FFP: Fabrication, Falsification, Plagiarism)以外の不正は少なかった」,「もっとも多く見られるタイプは偽造であり,150件の事例の79%(119件)に出現し,捏造は68件(45%),そして盗用は18件(12%)という低い比率になった」と述べている6)。集計方法は異なるものの,今回の調査では,研究不正等の内容はFFPが中心であることは類似しているが,盗用型が最も多い(図1)点が,米国の場合と相違する。この理由は,今回の調査は,自然科学系だけでなく,人文・社会科学系を含んでいるからである。自然科学系のみを比較すると,わが国も捏造・改ざん型が中心であり,米国の状況と類似している。

5.3 自然科学系と人文・社会科学系との比較

自然科学系では捏造・改ざん型が多く,人文・社会科学系では盗用型が多いのは,主として両者の研究方法の違いによるところが大きいと思われる。

自然科学系の場合は,実験を通じてデータを生産することが中心となるため,その過程で捏造・改ざん型の不正等が発生するリスクが生じるものと考えられる。また,「生物」を除く自然科学系では,「研究不正等の件数」の構成比が,「大学等の研究本務者数」の構成比を下回っていた(図2)。これは,自然科学系では,(1)1つの研究に複数の研究者が参加することが多いため,研究者数の規模に比べて研究不正等の事案の数が相対的に小さくなることや,(2)論文を複数の共著者が相互にチェックすることで研究不正等の発生が抑えられていることなどが考えられる。

これに対して,人文・社会科学系の場合,盗用型が発生しやすい理由として,(1)研究方法として比較研究など他の文献を参照することも多く,引用の際にミスなどが発生しやすいことや,(2)実験データに基づく定量的な議論が難しく,調査により得られた概念やアイデアを自らが考えたものと思い込んでしまう場合もあること,さらに(3)論文を単独で執筆する機会も多く,他者によるチェックが必ずしも十分機能しない場合もあることなどが考えられる。さらに,「社会学」と「その他の人文科学」をのぞくと,「研究不正等の件数」の構成比が「大学等の研究本務者数」の構成比を上回っていたが,その原因としては,上述の研究方法に加えて,「大学等の研究本務者」に該当しない者が論文執筆に携わる機会が少なくないことも考えられる。例えば,教育学においては学校の教師,商学・経済学においては会計士を目指す社会人学生などが引き起こした事案も存在した。

6. おわりに

公開情報をもとに,わが国で表面化した研究不正等の情報を収集・分析した。その結果,114件の事案を収集し,それを対象に分析を行った。

研究不正等の内容を分析すると,図1のように,盗用型が全体の約6割,捏造・改ざん型が全体の約3割を占め,自然科学系では捏造・改ざん型が多く,人文・社会科学系では盗用型が多かった。また,研究不正等が発生した専門分野を分析すると,図2に示したように,研究不正等の事案は,自然科学系ではライフサイエンス分野,人文・社会科学等では教育学分野や商学・経済学分野で多かった。自然科学系と人文・社会科学系の違いは,研究方法の違いによるところが大きいと考えられる。

さらに,研究不正等の発表・報道件数は,図3のように,2003年ごろから急速に増加していた。また,研究不正等の推定発生件数の推移は,図4のようにわが国の科学技術政策の変遷とよく一致していた。

今回の調査結果を,山崎が行った米国の研究不正等の分析と比較すると,1年間に発生する研究不正等の件数や,研究不正等の内容において,いくつかの類似性が見られた。このことから,今回の調査結果は,情報収集の限界はあるものの,一定の妥当性があるものと考えられる。したがって,このような研究不正等の事案の収集・分析は,研究不正等の低減対策や,そのための科学技術政策の立案等に資するものと期待される(7月号に続く)。

本文の注
注1)  新聞・通信各社のホームページ上での記事検索は,本来,有料検索が基本であるが,今回の調査では無料検索を利用した。共同通信及び地方紙(52紙)の情報サイト(47NEWS)では,無料検索でも古い事案に遡っての検索が可能である。実際の研究不正等の事案の発見には,新聞・通信各社以外のサイト等も必要に応じてチェックしているので,新聞・通信各社のホームページ検索は,あくまで補助的な手段に過ぎず,調査結果への影響は少ないものと考えている。

注2)  今回の調査の情報収集過程で「カテゴリー4」のみの情報しか見つからなかった事案11件は分析対象としないことを決めたため,それ以上,「カテゴリー4」のみの事案の収集を行わなかった。これ以外にも,さらに十数件程度の「カテゴリー4」のみの事案を情報収集過程で確認している。

注3)  今回の調査では,研究不正等の行われた原著論文にはあたっていない。

注4)  「不正等」には,機関等により,不正とは言えないが「不適切」と認定されたものを含む。

注5)  例えば,1つの事案が2つの種別の研究不正等にかかわる場合,それぞれ0.5(合わせて1事案)と換算する方法。

注6)  総務省統計局「平成24年科学技術研究調査」の「第15表 組織,大学等の種類,学問,専門別研究本務者数(大学等)」の「総数」を用いた。

注7)  「研究本務者」とは研究者のうち「内部で研究を主とする者」をいう。総務省統計局「平成24年科学技術研究調査」の「用語の解説」(http://www.stat.go.jp/data/kagaku/2012/)を参照。

注8)  商学・経済学分野には,経済学,経営学,商学,ビジネスなどが含まれる。

注9)  教育学分野には体育2件が含まれる。

注10)  「推定発生年」は,(1)研究不正等が行われた期間が判明しているものは,その初年,(2)不正等の時期は分からないが不正論文等の投稿,発表時期が特定できる場合は,投稿又は発表の早い方の年,(3)学位論文等の場合,論文の投稿・発表日が分からない場合は,学位取得日の年とした。(4)記事等の中で,「過去5年にわたり」と表記されている場合は,報道・発表日から5年逆算した年とした。なお,「数年にわたり」と記載されていた1件については,便宜的に「3年」逆算した年を「推定発生年」としたが,全体の傾向への影響は小さいものと考えられる。

注11)  発生から発覚までは事案によって長短あるので,平均を取ることにあまり意味がないかもしれないが,ここではあくまで1つの参考として記載した。

注12)  山崎は米国国立医学図書館の「MEDLINE」による撤回論文の分析も行っている。これによると,世界中で撤回された論文は1970年代は,0~8件程度,1980年代は6~15件程度の規模で推移している(山崎茂明. 科学者の不正行為:捏造・偽造・盗用. 丸善. 2002, p. 53 図4.1)。

参考文献
 
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