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電子書籍がもたらす出版・図書館・著作権の変化 現状分析と今後のあり方の検討
植村 八潮
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2013 年 56 巻 7 号 p. 403-413

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著者抄録

電子書籍の登場と普及が,印刷技術と物流,物販を基本構造とした産業構造に変革を迫っていることは疑いもない。同時に出版物が担ってきた重要な役割である学術情報の流通や文化的蓄積にも影響を与え,ひいては図書館のあり方や制度設計も変わらざるを得ない。本稿の目的は,普及が進まないと指摘される電子書籍の現状について解説した上で,普及のためになすべき制度整備や検討が始まっている著作権法改正について述べ,さらに図書館サービスに及ぼす影響や求められる対応について検討することにある。電子書籍がビジネス競争の単なる道具として利用されるのではなく,学術と文化の発展に寄与するためにどのような方策をとるべきか。現状分析により課題を明らかにし,その上で目指すべきあり方を検討する。

1 はじめに

2010年の電子書籍ブーム以来,「電子書籍」という用語が一般化し,今では特別の注釈なく用いられている。当初は,マスコミを中心に米国における成功事例との対比や,出版不況の打開策として取りあげられることが多かった。あるいは巨大IT企業の参入による出版産業の激変として描かれることもあった。電子書籍の登場と普及が,印刷技術と物流,物販を基本構造とした産業構造に変革を迫っていることは疑いもない。同時に出版物が担ってきた重要な役割である学術情報の流通や文化的蓄積にも影響を与え,ひいては図書館のあり方や制度設計も変わらざるを得ない。

本稿の目的は,普及が進まないと指摘される電子書籍の現状について解説した上で,普及のためになすべき制度整備や検討が始まっている著作権法改正について述べ,さらに図書館サービスに及ぼす影響や求められる対応について検討することにある。

電子書籍がビジネス競争の単なる道具として利用されるのではなく,学術と文化の発展に寄与するためにどのような方策をとるべきか。現状分析により課題を明らかにし,その上で目指すべきあり方を検討する。また電子書籍ビジネスと情報流通基盤の変革を分けてとらえ,その上でビジネスと学術文化のつながりが,いつ,どのような局面で起こっていくのか,民間や行政レベルの活動について見ておくことにする。

2. 電子書籍の定義と市場動向

(1) 電子書籍の定義

はじめに本稿で取り上げる,「電子書籍」を定義しておくことにしよう。書籍や雑誌を電子化し,電子端末で読むコンテンツを電子書籍と呼ぶようになったのは,それほど古いことではない。出版業界で使われ始めたのは,1998年10月に設立された「電子書籍コンソーシアム」がきっかけである。それまでは「電子出版」という用語が一般的で,書籍や雑誌を含む電子的な出版物や電子化作業を総称していた。この電子出版という用語は,1980年代半ばにDTPが普及し,CD-ROMによる電子辞典が発売されたことを機に概念化されている。

1990年代半ばに情報流通基盤としてインターネットが普及し,次に携帯電話の利活用が若年層まで広がったことで,デジタルコンテンツをネットワークにより配信する「コンテンツ系電子出版」が主流になった。この「コンテンツ系電子出版」を現在では電子書籍と呼んでいる。従来の流通の違いによる出版分類にならって,書籍系だけを「電子書籍」,雑誌系を「デジタル雑誌(電子雑誌)」と呼び分けることもあるが,デジタルコンテンツとしてネットワークで流通しディスプレイで読まれる以上,書籍と雑誌を分ける意味はもはや失せている。

一方,デジタルコンテンツの流通量が増大し,ディスプレイで文字を読む機会が増えている。さまざまなデジタルコンテンツが流通する中で,新聞,書籍,雑誌などの印刷データから変換されたものは有償コンテンツが多いが,戦略的に無料公開されたものもある。

これらのことから電子書籍を定義すると「既存の書籍や雑誌に代わる有償あるいは無償の電子的著作物で,電子端末上で専用の閲覧ソフト(ビューワー)により閲覧されるフォーマット化されたデータ」となる。技術的にはビューワーで読む,なんらかのファイルフォーマット・データである。

(2) 電子書籍の動向

流通チャネルの変化で分けると,1990年代後半のインターネットとパソコンの時代から,2000年代に入って電話通信網と携帯電話に移行して市場が成長した。2010年のいわゆる「電子書籍元年」以降,3G回線網とタブレット端末,さらには電子書籍専用端末がブームを形成している。

日本の電子書籍市場調査としては,インプレスグループによる『電子書籍ビジネス調査報告書』が毎年発行されている。これは,インターネットや携帯電話を通した有償のデジタルコンテンツ市場を調査したもので,電子書籍を狭義にとらえた際の市場である。

2012年度(2012年4月から2013年3月まで)は729億円であり,2011年度の629億円に対して15.9%増となった。2010年度で572億円まで成長し,電子書籍の売上げの約9割近くを占めた携帯電話向け電子書籍市場は,2年間で351億円まで縮小することになった(1)。

図1 日本の電子書籍市場1)

同調査報告書によると,2012年末の電子書籍配信タイトル数は推計38万点で,対前年で12万点の増加である。この増加分は大半が電子書籍端末など「新たなプラットフォーム」向け作品で,総計22万点となった。残りの16万点は大半が携帯電話向けのコミックである。また,一般読者が期待しているのは印刷書籍からの電子化であろう。これはメタデータにISBN情報が付与されていることでわかる。この点数は2013年7月時点でおよそ10万点であり,1年間で4万点の増加となった。なお,この点数には後述する「コンテンツ緊急電子化事業(緊デジ)」(4章(3))で制作された6万点強の電子書籍作品は含まれていない。

(3) 日本の電子書籍市場

2012年後半から,2013年前半の1年間を振り返ってみると,まず電子書籍制作を支援する「出版デジタル機構」の活動が本格化したことと,電子書籍制作に対する補助を行う経済産業省「コンテンツ緊急電子化事業」の実施を指摘できる。これらの出来事が起爆剤となって,今まで電子書籍を手がけてこなかった多くの書籍出版社が,既存書籍の電子化を始めることになった。また,楽天系のKoboやアマゾンが電子書店をオープンさせ,発売する電子書籍端末も新製品から値下げされ1万円以下の販売価格となった。

一方,電子書籍の技術的な環境としては,電子ペーパーなどの表示技術や,電子書籍フォーマットなどは,以前から開発が進んできたものである。むしろ制作の支援環境が整い,話題に追い立てられながら,やっと書籍出版社の重い腰が上がった年だったともいえよう。

3. 電子書籍に対する期待と課題

(1) 電子書籍販売の実際

日本においても環境が整ったかに見えるだけに,最近では「電子書籍の市場が期待ほどには立ち上がっていない」と指摘されることも増えた。電子書籍については,過熱気味の議論が続く一方で,一般の読書家の間では無関心な人も多い。読者の期待というより,産業構造の変化に直面した出版社や書店の危機感がブームを引き起こしたのである。デジタル技術の進展や情報革命に敏感なイノベーターが,必ずしも出版市場のマジョリティではない。電子書籍市場を立ち上げるためには,出版産業の中心であるコミックとベストセラーに頼らざるを得ない。米国における電子書籍売上げもベストセラーと連動しており,ミステリー,サスペンス,ラブロマンスなどのエンターテインメントが主である。

実際にタブレット端末の普及はめざましいものの,電子書籍専用端末は話題ほどには普及していない。米国でも専用端末の販売伸び悩みが指摘され始めている。電子書籍の読者はマーケティング概念で言うところの,イノベーター(革新者)とアーリーアダプター(初期採用者)で構成される初期市場にとどまっており,キャズム(大きな溝)を超えてメインストリーム市場に至るパワーが不足したままである。

一方で,電子書籍に強い関心を寄せる人にとって,日本語コンテンツが少ないのは事実である。各種のアンケートでも,電子書籍を読まない理由の一番にコンテンツ不足があげられている。また,米国のように紙と電子の同時刊行や,特にベストセラー作家の新作を期待する声もある。ただ,米国が電子書籍で成功し,日本で遅れている理由をコンテンツの数だけにすると,実態を読み間違えることになり,解決策が見いだせなくなる。

(2) 日米の出版環境の違い

1つには日米の出版環境の違いに起因することがある。書店へのアクセスを考えると,日本は米国に対しはるかに優位で,国民1人当たり書店数が30倍,国土面積で比較すると書店1店舗あたりの面積では60分の1の開きがある。一方,米国の図書館は数にしておよそ3倍だが,蔵書の充実や利用率の高さはよく指摘されるところである。また,ブッククラブも発達していて,日常的に書店に立ち寄る人の率は日本に比して米国ではかなり低いことになる。書物に対する愛着や読書感なども異なっている。米国では書籍は読み捨てることもあり,借りて読むものでもある。米国には電子書籍が普及する下地が強くある。

また,電子化する資金力では,日本は極めて乏しい零細経営が多く,大手出版社でも従業員は千人以下である。書店の収益源はコミックと雑誌であり,低価格の文庫,新書の比率が高い。これに対し米国では出版社はメディア・コングロマリットの傘下に集約されつつあり投資力もある。書店での販売はトレードブック(一般書,多くは娯楽)の比率が高く,その価格は日本の倍近くである。米国では印刷書籍の価格が高いことで,電子書籍との価格差にメリットを出しやすい。また学術書,教科書出版社は,さらに高価格帯の別な市場を形成している。

電子書籍の制作コストでは,英語書籍はOCRの精度が高く自動化できるが,日本語書籍は表意文字や外字,ルビなどがあり,高コストである。総じて日本は電子書籍の制作コストが高く,安い印刷書籍との価格差を演出できず,また,読者のニーズも限定的である。

また,何をもって“成功”とするのか。たとえば,新たな市場創出と指摘される「自己出版」は,玉石混淆(こんこう)どころか良い作品に出会うことはまれである。自己出版における作者と読者を橋渡しする出版社の不在は,ゲートキーパーの不在であり,売り手の自己満足は必ずしも読み手を充足させるものではない。

米国においても電子書籍の利便性,価格破壊と引き替えに,巨大IT企業による市場独占と価格支配,出版経営の脆弱化,エンターテインメント系書籍の拡大,信頼性や品質が担保されていないコンテンツの増大などを引き起こしている。アンドレ・シフリンは,良書の出版が20世紀末にメディア・コングロマリットによって切り捨てられたことを指摘しているが2),2010年代における電子書籍の成功が,それをよりいっそう厳しい環境に追いやったといえよう。

もちろん,情報流通の大変革が起きていることは疑いようもない。学術情報の流通や大学図書館などの基盤にかかわる人々にとって,学術情報の地殻変動としてとらえることは当然であり,高い関心と期待を持たれていることと思う。おそらく90年代から電子図書館や電子ジャーナルなどに携わってきた人も多いだろう。日本語電子ジャーナルや電子書籍の不足は当時からも指摘されていた。

海外への情報発信やナショナルアーカイブの観点からみると,日本語書籍の電子化が遅れると,世界の潮流に取り残されることになる。海外の日本研究者,大学図書館司書,日本語を学ぶ学生たちからの不満や要望も耳にする。江上敏哲は北米・東アジア図書館での図書・電子書籍・電子ジャーナル所蔵数を示し,日本資料のデジタル化が進んでいないことと海外における日本研究・教育の“退潮傾向”が無縁ではないと指摘している3)1)。学術研究や教育の利便性を考えれば,電子書籍の普及は早急に推進すべきである。ただこれは,現状の電子書籍ビジネスにかかわる出版界など民間セクターだけで解決できる問題ではなく,国の支援や制度設計,法改正を視野に入れなければ実現できない。

表1 北米・東アジア図書館での図書・電子書籍・電子ジャーナル所蔵数 (2010年)

4. 出版産業の国際化と関連行政

(1) 立ち後れた日本の出版産業政策

電子書籍市場が拡大しない理由の1つに,電子書籍流通の制度的整備の遅れがある。ヨーロッパ諸国やアジア主要国では,出版産業に対する文化保護政策の色合いが強く,その伝統が電子書籍にも拡張されている。ドイツでは,書籍価格拘束法(日本における再販売価格維持)による保護をさらに強化し,電子書籍も対象とした。また,フランスでも2011年に「電子書籍価格規制法」を新たに制定している。両国とも電子書籍市場は極めて小規模で書籍市場の数%の段階であるが,自国の文化政策・出版産業育成策として強く打ち出したものである。また,英国同様,最近の中国でも書籍版面を権利保護対象とした。

書籍に対する消費税の軽減税率も,韓国での0%を筆頭に積極的な対応がある。一方,残念なことに日本の公正取引委員会は,米国に追従するかのように再販制度の対象は「物」であり,無体物の「電子書籍は含まれない」という見解を示している。

さらに,国境を越えた経済活動に対する課税問題についても,日本は後れをとっている。海外サーバーからの電子書籍配信は,サービス提供地が国外にある「国外取引」となり,消費税の課税対象となっていない。この結果,国内事業者の紀伊國屋書店と海外事業者のアマゾンの間では,同じ電子書籍商品でも消費税分の価格差が生じているのだ。すでに「公平な競争の阻害」が生じている以上,国としての対策を急ぐべきである。

これまでは,日本の出版産業に対する法的保護や産業育成策はなかったといってよい。最近になってコンテンツ産業の育成,著作物の海賊版対策などの点から,いくつかの政策が行われるようになってきた。なかでも大きな転機となったのが,2010年度に開催された総務省,経済産業省,文部科学省「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会(三省デジ懇)」である。

この報告を具体化するために,総務省では2010年度中に「新ICT利活用サービス創出支援事業」として10事業を行った。さらに文化庁は「電子書籍の流通と利用の円滑化」の検討を行い,また,経済産業省は2011年度に「書籍等デジタル化推進事業」で4事業を行っている。

(2) 文化庁eBookプロジェクト

文化庁「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」の報告書(2011年12月)では「(国立国会図書館の)デジタル化資料を活用した新たなビジネスモデルの開発が必要」であり,「事業化に意欲のある関係者による有償配信サービスの限定的,実験的な事業の実施なども検討することが必要」とされている。

そこで電子書籍制作・流通について,権利者の捜索や著作権処理などを行う実証実験を実施し,契約における課題発見や新たなビジネスモデルの可能性を検証することとなった。この「文化庁eBookプロジェクト」では,2013年2月に電子書店から一般に無料配信実験を行っている。ダウンロード件数の合計は,わずかな期間にもかかわらず10万件に近づくほどで,大きな潜在的市場ニーズを確認することができた。

(3) コンテンツ緊急電子化事業

経済産業省の補助金事業である「コンテンツ緊急電子化事業」が2013年3月末に終了した。事業趣旨は「電子書籍市場の拡大と東北大震災被災地域の雇用促進に向けて,書籍の電子化作業に要する製作費用を国が補助する」ものである。補助金額約10億円(事業総額約20億円)である。

報告書によると補助金の適用は9億5,063万円(99.7%)になり,参加出版社数は460社,電子書籍制作タイトル数は,6万4,833点になった。この冊数は,これまで制作された文字系電子書籍とほぼ同規模である。また,この事業により参加した多くの専門書出版社が初めて電子書籍を手がけたと推測している。さらに東北関連企業に加え,書籍系出版社と取引のあった数多くの制作会社,印刷会社も初めて電子書籍化に取り組んだ。残された課題や問題点もあるが,それらを超えた大きな成果として,数多くの文字系電子書籍が,わずか1年で生み出されたのだ。

5. 電子書籍を巡る著作権問題

電子書籍市場が急速に立ち上がる中で,海賊版対策や健全な市場育成のために,法制度のあり方について検討が進んできた。現状では,日本の出版社は著作権上の出版契約をしたとしても,電子書籍については新たに契約しなおさなければならない。米国では信託的譲渡という形で著作権が著者から出版社へ譲渡されている。このため出版社の判断で電子書籍を制作できることが,スピード感あるコンテンツビジネスの背景にある。

出版社の権利についての検討は,三省デジ懇の報告書にあった「出版社への権利付与の必要性」提言がきっかけとなっている。これを受けて文化庁が「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」を開催したものの継続検討となった。

この間,インターネット上における海賊版問題は深刻さを増していった。海賊版や違法コピーに対して,作家が出版社に取り締まりを期待することは至極当然のことであり,出版社もその使命を十分意識している。しかし,従来の出版制度のままでは,出版社はインターネット上の海賊版に対して訴訟ができないのだ。

対策の必要を感じた中川元春元文部科学大臣が座長となり,超党派の国会議員,作家,出版社のトップ,図書館関係者らにより,2012年2月「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(中川勉強会)が発足した。

勉強会では,デジタル・ネットワーク環境により出版物にかかわる権利の必要性が新たに高まったと認識した。印刷の時代には,書籍の違法複製の量はたかがしれており,著作隣接権がなくても,安定的・慣用的処理でなんとかなった。しかし,電子書籍ではデジタル複製の容易さ,ネットワークの拡大速度は印刷の比ではなく,現行法制度では対応できない状況となったのだ。

歌曲に限らずテレビドラマなどの作品は,一度生み出されたあと,何度も再利用,再放送されている。その際,著作権者だけでなくレコード会社や放送会社なども,勝手に複製されない権利として著作隣接権を持っている。一方,出版社は発行書籍に対して著作権者と何らかの契約をしない限り,特段の法的権利を持っていない。出版物を編集して世に送り出していくという「出版者の機能」をどのように法的に評価するのかが議論になった。

しかし,出版社に著作隣接権を付与することは,関係団体からの異なる要望や,文化庁の強い抵抗を生むことになった。そこで著作権法の泰斗である中山信弘東京大学名誉教授を中心としたグループ「中山研究会」に法学的立場から検討を諮問し,あらたな提案として,「出版権の拡大」を法案として提案することとなった。

中川勉強会は発展的に解消し,2013年6月13日の衆議院・参議院の議員36人による「電子書籍と出版文化の振興に関する議員連盟」(会長は自民党の河村建夫衆議院議員)の設立につながった。この実行策として,5月に始まった文化庁文化審議会著作権分科会出版関連小委員会での審議経過を待つこととし,状況によっては議員連盟による議員立法を視野に残したのである。どのような手続きであれ,2014年度の通常国会での法改正を目指している。

6. 図書館の電子書籍利用モデル

(1) 図書館における電子書籍の利用注1)

米国では大半の公共図書館に電子書籍が導入されている。一方,日本では全国3,000館以上の公共図書館のうち,何らかの形で電子書籍が利用できるのは,まだ10館を超える程度である。図書館における電子書籍利用の重要性について考えてみたい。

図書館が場所と空間の制限下にある以上,蔵書スペースにも利用にも限界がある。閉架書庫に収納されただけでも利用者のアクセスは悪くなるのだ。一方,出版物は新刊発行後,ほどなく売れなくなり,印刷書籍であれば品切れ絶版になり入手不可能になる。

それに比べ,デジタルアーカイブはいつまでもアクセスできる利点がある。紙とデジタルを融合することで,ビジネスとしての市場規模も拡大できるしサービスも高まるだろう。電子書籍の利用が図書館サービスを補完することは疑いもない。その際,図書館での電子書籍利用が,市場の普及を促進するように検討しておくことが重要である。

電子書籍と図書館のコラボレーションは,双方にとって極めて効果的である。その1つとして,いわゆるDiscoverability(発見可能性)の問題がある。電子書籍は,狭いディスプレイ上に展開されることから,認知度が極めて低い。存在がわかっているなら検索すればよいが,印刷書籍は偶然の出会いによって発見され,購入に結びつくことが多い。まさに書店や図書館はSerendipity(偶然に発見する力)な場を提供しているのだ。そこで,図書館に電子書籍を導入することで,空間的な場をステップにして電子書籍との出会いを作り出すことが期待できる。

一方,全文検索によるFindability(発見)ができるのが電子書籍の利点でもある。埋もれた印刷資料の活用も期待できる。さらには,全文テキスト化されている電子書籍であれば,文字の拡大や読み上げなどが可能となる。このようなアクセシビリティ向上も公共図書館の果たす重要な役割である。そのためには,印刷書籍のスキャニングによる画像系電子書籍ではなく,XML系電子書籍でなくてはならない。ファイルフォーマットとしては,前者がTIFFやPDFであり,後者には今年,国際標準の手続きが進んでいるEPUBがある。なお,DTPデータから変換した透明テキスト付きPDFであれば,本文検索や読み上げは可能である。

もちろんマルチアクセスができるからといって,利用契約なく実現することはできない。一方でコンテンツの増加と使用料金をどのようなモデルで解決するのか,試行錯誤の段階である。ネットアドバンス社のジャパンナレッジは,年間購読契約が中心である。利用するコンテンツと同時アクセス数により使用料金が決まるモデルである。

閲覧数による課金モデルも理論上はあるが,図書館は年間予算が決まっているため,閲覧数により請求額が変わるモデルでは,契約できないだろう。電子ジャーナルは構成員規模によりアクセス料金が設定されることが多いが,大学図書館と異なり公共図書館は利用者人数を特定することは困難である。

(2) 公共図書館のための電子書籍ビジネスモデル

図書館と電子書籍の契約を考えるヒントとして,2012年8月に米国図書館協会(ALA)デジタルコンテンツと図書館ワーキンググループ(DCWG)が大変興味深いレポート4)を発表した。米国における電子書籍環境の特徴や動向,図書館における電子書籍の利用契約などがまとめられており,日本におけるモデルを考える上で大変参考になるものである。

同レポートでは,電子書籍ビジネスに対して,市販されているすべての電子書籍タイトルを図書館で利用できるようにすることや,図書館が購入した電子書籍を,ほかの電子書籍プラットフォームに移行できるようにすること,無制限に貸出しができるオプションを図書館が持つようにすること,さらに電子書籍を見つけやすくするために,出版社が提供するメタデータやマネジメントツールに図書館がアクセスできるようにすることを提言している。

また,図書館に提供されている電子書籍利用モデルを分類している。印刷書籍と同様に1ライセンスで1度に1人に貸し出すシングルユーザーモデル,貸出し回数の利用制限モデル,新刊発売から一定期間貸し出せないモデル等では,再販制度のない米国らしく,制限に応じた利用価格を提言している。また,主に出版社からの要望がある館内のみの貸出制限やコンソーシアムや図書館間相互貸借(ILL)の制限等に対しては,図書館として電子書籍の利用を著しく損なうと考えている。

契約は双方の合意に基づくものであり,利用制限を安易にせず,利用者の利便性を高め,ビジネスとのバランスを図るべきである。図書館は出版社にとって大手購入者であり,出版社にとってメリットのある提案ができる組織である。電子書店が書評やソーシャルリーディングのシステムを導入して購入の参考にしているが,図書館ユーザーによる読書アドバイスなども有効な手段である。

米国では図書館界から積極的なビジネス提案があることは,必ずしも良好とは言えない日本の図書館界と出版界の関係を見直す意味でも参考になる。特に興味深いのは,図書館の電子カタログに「購入(Buy it)」ボタンを付ける提案である。ユーザーが借りようとした電子書籍が貸出し中の場合,さらには予約者が多数の場合など,すぐにでも読みたいユーザーに購入を勧めるのだ。

図書館と電子書籍ビジネスの良好な関係を物語るものとして,米国オーバードライブ社の「Buy it」ボタンが,Amazon.comにリンクされていることがよく知られている。これに対し,国会図書館蔵書検索・申込システム(NDL-OPAC)にあるDatabase Linker注2)も,すでに電子書店にリンクが張られているのだが,この事実はあまり知られていない。むしろ積極的に広報もしていないようである。しかし出版社だけでなく,ユーザーにとっても有効なサービスである。図書館と出版社の連携を強めるために,遠慮せずもっと積極的に宣伝したらよいと思う。

(3) 公共図書館の電子書籍利用状況

公共図書館における電子書籍サービスをめぐる検討状況について,一般社団法人電子出版制作・流通協議会が社団法人日本図書館協会の協力により,2013年4月3日~5月31日に,全国の360の公立図書館にアンケートを実施している5)。同アンケートによると225件の回答中すでに電子書籍サービスを実施している図書館は17館(8%),具体的に実施する予定がある館が7館(3%)とわずかだが,実施検討中が79件(35%)と高い関心を示している。

政令市および区立図書館で,関心が高い一方で,市町村立図書館においては,半数以上が「未検討」と回答している。その理由として半数以上が「議員や住民からの問合せ」がないため公共投資の検討対象としていないというのだ。電子書籍サービスは,図書館利用者にとって必ずしも関心が高いわけではない。むしろ日頃図書館を利用しない人の利用促進として電子書籍サービスを考えるべきである。

その点,アンケートによるとサービス対象者としては,非来館者(68%),ビジネスパーソン(62%),障害者(61%)をあげている。さらに,電子書籍に期待する機能としては,文字拡大機能(76%),音声読み上げ機能(73%),文字と地の色の反転機能(読書障害対応)(57%)と,アクセシビリティ機能に注目が集まっている。なお,国立国会図書館が予定している「入手することが困難な資料(絶版等資料)」の図書館等への限定送信については,74%の図書館が対応未検討と回答している。

アンケートでは抽出されていないが,筆者が公共図書館の管理職研修などで講師をし,質問を受けた経験では,電子書籍への期待としてコストダウンがある。印刷書籍より電子書籍の価格が安く,結果的に予算削減ができるなら検討したい,というのである。たびたび質問を受け,そのたびごとに軽い失望を覚えながら回答することになる。電子書籍により図書購入費が削減できるということは,図書館の出版市場規模が小さくなるということである。それでは出版社が電子書籍を図書館に提供することはないだろう。むしろ,同額の予算でも,契約を工夫することでより多くの図書へのアクセスが可能になるのだ。よりよいサービスが提供可能になるととらえなくてはいけない。

(4) デジタルアーカイブの構築

国立国会図書館に納本されている図書は年間11万タイトルだが,そのうち8万タイトルは民間出版物であり,一部の出版助成金を除いて,出版や流通に公的資金は投入されていない。著者による執筆に始まり,出版社による制作,取次流通,書店販売と,すべて読者が本を買った経費だけで賄われている。出版流通は,国家に依存しない,自立的な情報流通システムである。これがとても重要なのは,「表現の自由」を確保する唯一絶対の方法だからである。一方,公共図書館の役割は,表現の自由の中に組み込まれている「知る権利」を保障することである。誰もが知識や情報にアクセスできることは,公共機関の果たすべき仕事である。印刷出版の時代は,出版と図書館は車の両輪のように,補完しあってバランスをとってきていた(2)。

図2 従来の出版流通と図書館

電子書籍の制作・流通・消費のサイクルも,原則的に民間事業として行われていくべきである。もちろん,ナショナルアーカイブの運営は国の重要な役割であり,電子書籍の納本は出版者の義務として今後も運営されていくだろう(3)。

図3 電子書籍の流通基盤

その際,デジタルアーカイブが自立的な情報流通を妨げないように作り上げなくてはならない。筆者は,出版物のデジタルアーカイブや電子図書館サービスは民間が主体となって普及することが望ましいと考えている。しかし,民間事業における電子書籍ビジネスや電子図書館サービスは,サービス中止,倒産・買収による喪失の危険が常につきまとっている。この対策の1つとして,国立国会図書館に納本しておいて,民間事業が立ちいかなくなった時に利用できるようにする「ダークアーカイブ」契約での対処があげられる。

7. おわりに:今後の電子書籍サービス

2013年度上半期の芥川賞を受賞した藤野可織の『爪と目』は,7月に新潮社から単行本と電子書籍が同日刊行されている。大手中堅出版社では,印刷書籍と電子書籍を同時に新刊発行する体制を整えつつある。当面は,売れ筋を中心に同時刊行(サイマル出版)か,電子書籍を数週間から数か月遅らせる遅延刊行(ディレイ出版)が試みられることになる。

今後,印刷書籍と電子書籍を併売するハイブリッド販売も本格化していく(4)。再販商品の出版物や新聞に対して,電子書籍は非再販扱いが公正取引委員会の見解である。電子新聞で試みられているような,紙と電子を併読した場合のセット割引などが可能であり,種々の販売促進策により,市場の拡大が図られることになる。

図4 ハイブリッド型電子書

今は印刷書籍を先に編集し,その後に電子書籍化する出版が主流だが,今後,電子書籍向きに企画されたボーンデジタルコンテンツも次第に増えていく。その際,電子書籍という呼称がふさわしいか疑問である。日本では雑誌は書店販売が中心であるが欧米の書店は雑誌をほとんど扱っていない。雑誌は新聞と同じニュースメディアとしてスタンド(キオスク)販売である。書籍,雑誌,新聞は,パッケージ形態と流通チャネルの違いで便宜的に分けられていたものに過ぎず,ネット流通上のデジタルデータに統合され,ディスプレイで表示されることで,その区別がつかなくなる。ほどなく,書籍,雑誌,新聞が再編され,三大メディアの境界が曖昧になるだろう。

これまでの解説で,電子書籍に対する現状の関心は,教養娯楽書の読者の立場と,学術情報や図書館,アーカイブスの利用者の立場では,大きな隔たりがあることを述べてきた。さらに出版社と図書館の間も同様である。読者,図書館利用者,著者,あるいは出版社,図書館の立場を変えることで電子書籍の未来の見え方も変わってくる。

今後,電子書籍が普及していく中で,学術と文化の発展や,個人の利便性とビジネスの両立を図っていくことになる。そのためには,立場を超えた連携により,技術の共有,情報流通基盤の共通化が必須である。よりよい変革をもたらすため,その視座の違いを超えていくコミュニケーションが求められているのである。

本文の注
注1)  本項は,2013年7月30日に「公共図書館等への電子書籍配信に係る課題整理研究会」が主催した「これからの公共図書館の電子化モデルを考える」フォーラム報告書を参考にした。

注2)  書誌詳細画面の「よむ!さがす!」リンクボタンをクリックすると表示される。

参考文献
  • 1)  インターネットメディア総合研究所編. 電子書籍ビジネス調査報告書2013. インプレスR&D, 2013, 180p.
  • 2)   シフリン・ アンドレ. 理想なき出版.  勝 貴子訳. 柏書房, 2002, 272p.
  • 3)   江上 敏哲. 本棚の中のニッポン:海外の日本図書館と日本研究. 笠間書院, 2012, 296p.
  • 4)  American Library Association. Ebook Business Models for Public Libraries. http://americanlibrariesmagazine.org/sites/default/files/EbookBusinessModelsPublicLibs_ALA.pdf, (accessed 2013-07-30).
  • 5)  一般社団法人電子出版制作・流通協議会. 「電子書籍に関する公立図書館での検討状況のアンケート」実施報告書. インプレスR&D, 2013.
 
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