情報管理
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学会の役割を考える 電子情報通信学会論文誌による国際学術情報発信
今井 浩
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2013 年 56 巻 9 号 p. 602-610

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著者抄録

現代において,学術情報発信の形態はインターネット通信を通した電子ジャーナルなど多岐にわたっている。電子情報通信学会では通信・電子・情報の分野を推進する学会として,1976年の英文論文誌刊行以来,国際化を視野に入れた学術情報発信を着実に進めてきており,これを国際活動の軸として,さらなる発展を目指している。本稿では,著者の視点からこれまでの活動をまとめ,新たな取り組みについても若干触れたい。

1. はじめに

電子情報通信学会の理念は,本会Webページ注1)にもあるように

「本会は,電子情報通信および関連する分野の国際学会として,学術の発展,産業の興隆並びに人材の育成を促進することにより,健全なコミュニケーション社会の形成と豊かな地球環境の維持向上に貢献します。」

と謳(うた)われている。100年程前の学会設立時より,「日本」という国名を学会名に含めなかったことから,国際的に活動することは使命であったとも言える。このため,国際学術情報発信の核となる英文論文誌が国際活動における軸となり,国際会議開催,インターナショナルセクションなどの活動とも連携しながらさらなる展開を図っている。

通信技術の進歩は,国際交流の質を変えてきたことを,著者の学生時代から現在に至るまでの個人的経験からも強く実感している。1980年代半ばに,当時東大の一部で利用可能であった,今でいうインターネットメールを活用して,アメリカ西海岸の大学のグループと2週間で共同研究論文をまとめ国際会議発表にこぎつけたことがあり,その際にはplain TeXという今のLaTeXが普及する前の大本の清書システムを用いた。また一方では,UNIXオペレーティングシステムに付随していたtroff清書システムを利用して,大型計算機センターで印画紙に精細にプリントするといった行動もとっていた。当時こうしたことができたのは環境に恵まれていたからで,それが1990年代に入ってインターネット,Web技術の展開に広く用いられるようになり,大学ではpostscriptファイル形式を用いた情報発信が始まり,21世紀にかけてpdfの形式での論文情報発信が普及して電子ジャーナルが学術情報の中核となり,現在ビッグデータの情報の時代になるに至り,国際学術情報発信にさらなる新展開が期待されているところだと認識している。

著者の経験に限らず,インターネットの源流をたどれば,アメリカでは1970年頃にARPANETによって限られた研究大学間でメールのやりとりができるようになって以来,ネットの普及・通信の大容量化による通信ネットワークインフラストラクチャの整備が途切れることなく進み,学術情報の高次伝達を可能とする画像・ビデオなどのマルチメディア圧縮・伝送技術,最近ではWeb技術を普及させたhttpプロトコルからその先のものとしてXML技術がさまざまに展開されて,かつて冊子体による紙の上で提供されていた学術情報が,先進的情報技術によって構造化されて,たやすく必要情報にアクセスできるようになるとともに,ビッグデータとして解析できるようになってきている。現在の学術情報発信を支える情報通信技術は上記にあげたほかにも枚挙にいとまがない。

このように電子情報通信分野は学術情報発信の現在に至るまでの発展に貢献してきたところであるが,電子情報通信学会として自らの研究成果を情報発信する上では,地道に情報システム展開をしながら国際化を実現してきたといえる。これは,論文誌による学術情報発信が,学会全体の国際活動方針と直結しており,学会の国際活動というイナーシャ(慣性力)の中で一歩一歩足元を固めて進んでいくことが必要であったということでもある。本稿では,同会の論文誌編集に長く携わり,また元編集理事としての活動をもとに,このような情報発信と学会活動の両面からの観点も含め,電子情報通信学会が取り組む国際情報発信についてみていきたい。

2. 電子情報通信学会の現況:学会の出版ビジネスモデルとの関係

英文論文誌を軸にした国際学術情報発信の中核に論を進める前に,その情報発信を支える学会組織・財務体制について述べる。学会の出版ビジネスモデルという観点で読んでいただけると幸いである。

1に2012年3月31日時点の本学会の会員数を示す。学会全体として3万を超える会員を擁している。主要な構成員の正員・学生員について,国内と海外の会員は規定の上では同等の権利を有している。ただ居住地による違いとしては,電子情報通信学会誌における数ページのグローバルプラザという英語記事の提供の有無,と日本語の会誌送付の有無,発展途上地域に対するプログラムの適用の有無などがある。

表1 電子情報通信学会会員数
正員 学生員 特殊員 維持員 合計
会員数 27,859 5,493 305 172 93 33,922
海外
(内数)
2,381 864 他契約 0 0 3,245

(2012年3月31日時点)

海外在住の会員がほぼ1割近くを占めており,先にあげた学会理念がある面実現されていることを示している。このことには,2000年代初頭に電子ジャーナル化に伴うことなどさまざまな環境変化に応じて,投稿規程で投稿者のうち,少なくとも1名が本学会会員であることを要件とした改訂にある程度影響されていると思われる。当時,アジアも含め発展途上地域へのプログラムも立ち上げられており,海外在住会員の大半が日本語の会誌の送付を無用とすることも考慮して年会費が安価に設定されており,論文誌投稿の上での大きな制約とはならず,論文誌投稿のオープン性が確保されていたことも関係していると思われる。当時より海外からの投稿は盛んですでに英文論文誌が国際性を有していたが(後述の現論文誌の国際性の高さを示すデータも参照),上記改訂ののちも着実に海外在住の会員数は増えており,総じてこの論文誌投稿に関する規定更新はプラスに作用したと思われる。

特殊員は,「この学会の目的に賛同する個人以外の研究所,図書館など」と規定されている。本学会論文誌電子版は2000年代初頭より無償トライアルで公開されてきたが,2010年頃より有償サイトライセンスに移行した。その際,特殊員へのサービスがそれまでの冊子体配布主体であったところを,サイトライセンス費用を主として,冊子体をオプション有償サービスとしたことから,特殊員数がほぼサイトライセンス数となっている。なお,現状では,特殊員は国内図書館に限られており,海外への論文誌配布は代理店に販売を委託する従来の形態が継続されているので,特殊員数は国内サイトライセンス数に対応している。本学会論文誌の海外販売数は創刊以来の冊子体販売数がそれなりに継続されており,現在は代理店を通したサイトライセンス方式でのサービス提供となっている。

維持員は,「この学会を援助するため理事会の議決を経て推薦された人,または 会社などの団体」と規定されており,口数によって以前は論文誌冊子体サービスも行われていた。論文誌電子ジャーナル化によって,現在では維持員に対する論文誌の提供は行われていない。

3万人を超える会員を有し,電子情報通信という幅広い分野を対象としている学会として,ソサイエティ制を1995年より導入している。ソサイエティとは,その規程第2条による定義によれば,

「ソサイエティは,自ソサイエティの領域ならびに近傍領域における学問,技術の調査,研究,および知識の交換を行い,他ソサイエティと緊密な協力を保ちつつ,自ソサイエティの活性化を図り,学問,技術および関連事業の振興に寄与することを目的とする。」

である。1995年の当初より2にある4ソサイエティと,グループは準ソサイエティともいえるもので1グループが設置されている。学会の正員・学生員は少なくとも1つのソサイエティに属し,その他のソサイエティにも規定の会費を支払うことで登録することができる。2にある合計数が1の正員・学生員数和の33,352より多いことは,複数のソサイエティに登録している会員がそれだけ存在するということを示している。

表2 ソサイエティ(S)・グループ(G)登録会員数
ソサイエティ(S) ・グループ(G) 会員数
基礎・境界S 6,486
通信S 12,204
エレクトロニクスS 6,798
情報・システムS 11,852
ヒューマンコミュニケーションG 932
合計 38,272

(2012年3月31日時点)

ソサイエティ規程では,各ソサイエティは和文論文誌・英文論文誌の発行を行うこととなっている。逆に言うと,後述の先行した英文論文誌4分冊化を組織活動レベルまで拡張したものがソサイエティ制度という面もある。このことから,ソサイエティが本学会では論文誌を発行する単位となっており,ソサイエティの独立採算化方針の徹底とともに,ソサイエティが発行する論文誌の財務はそのソサイエティが責任を持っている。現時点では英文論文誌の論文数が和文論文誌のものを凌駕しており,国際学術情報発信の点も含め英文論文誌がソサイエティ活動の軸となっている(1参照)。

図1 電子情報通信学会の2012年主要出版物 7英文論文誌と国際会議論文集を図示。他に,4和文論文誌(525論文,5,294ページ/2012年)と会誌・技術報告・大会などがある。

このような体制を学会出版ビジネスの立場から考えてみると,ソサイエティにとって,活動の軸となる英文論文誌の財務面での責務を果たしつつ,それに加えて新たな学術情報発信事業を模索することにつながっている。

これは本学会と活動が重なるアメリカ発の国際学会IEEE(Institute of Electrical, and Electronics Engineers)の出版と対比できるものとなっている。IEEEにおいても,ソサイエティという学会全体分野に対する分科会を単位として出版活動を行い,さらには国際会議を企画運営している。ただ,会員数のスケールについて次の2つの違いがある。

  • •   IEEEの会員数は40万超と言われているのに対し,本学会はその1割弱。
  • •   IEEEのソサイエティの会員数は,本学会ソサイエティサイズより大きなものも小さなものもあり,ソサイエティごとの差が大きい。IEEEはソサイエティ数も38と多く,比較すると本学会はその1割程度である。

こうした事情から,本学会においてもソサイエティのサイズについて大小問わず許容して,新規開拓分野などの新展開を検討してみては,という提案がなされている。

3. 電子情報通信学会英文論文誌の現況

いよいよ本題である本学会英文論文誌のこれまでの歩みと現状を紹介しよう。まず,1に本学会が出版している7英文論文誌を示している。以下,これらの論文誌の説明を,IEICE Transactions(IEICE Trans.) の4論文誌,および他の3つの電子ジャーナル誌について,それらの刊行以来の経緯を含めて行う。

3.1 英文論文誌IEICE Transactions

本学会は1976年の英文論文誌の刊行以来,着実にそれを育成し,1991年から現4ソサイエティに対応する4分野それぞれに1分冊を出すという4分冊化を実施した(冊子体での分冊化は1992年)。1にある論文名を念のため文中で記しておく:

  • •   IEICE Trans. on Fundamentals(基礎・境界S)
  • •   IEICE Trans. on Communications(通信S)
  • •   IEICE Trans. on Electronics( エレクトロニクスS)
  • •   IEICE Trans. on Information & Systems(情報・システムS)

前章にあったような1995年の4ソサイエティ化によって,独立採算化もより徹底したものになった。4分冊化の当初,基礎・境界ソサイエティの英文論文誌では,小特集号企画をほぼ毎月導入することで,英文論文誌の強化育成を実現しており,国際活動の進展も伴ってアジア地域からの多数の投稿も獲得し始め,21世紀に入ると和文論文誌より英文論文誌の方が論文を多く集めるところまで成長した。

このような英文論文誌の拡大は,各ソサイエティで論文誌編集委員会を立ち上げ,当初8年間は各論文誌Editor(編集幹事)が論文投稿を受け付け,Associate Editors(編集委員)に割り当てるという立ち上げ努力によって実現されており,投稿論文の増加とともに20世紀末にさしかかる頃には限界に達しつつあった。

一方で,当時の投稿数の増大は和文論文誌においても課題であり,対策として1997年から1998年にかけて和文論文誌用の投稿論文管理システムを開発していた。それを英文論文誌用に拡張し,1999年より英文論文誌の投稿も事務局で受け付けるようになったことが,その後の英文論文誌への投稿数の増大を支える大きな柱となった。さらに,この投稿論文システムは,21世紀初頭に論文pdf投稿受付機能を増強し,さらに日本語以外に英語インターフェースを用いての海外Associate Editorsの導入を可能としている。現代では,ScholarOneなど,論文査読システムもシェアが大きいものが出ているが,学会制度に基づく査読員データベースも充実しており,IEICE Trans. 4誌に加えて電子ジャーナルのみの論文誌として3つの論文誌を刊行する際にも同じプラットフォームを用いて実現することができた。

IEICE Trans. 4誌の電子化は,1990年代後半で論文誌をスキャンして作成したpdfをCDに年ごとにまとめて販売することから始まった。2000年代に入り,2006年までトライアル期間として全世界にフリーアクセスの無償電子ジャーナル公開を行った。トライアル期間の間に,無償のままで誰でも登録できる方式からアクセス管理を導入し種々データ収集に努めた上,2006年より会員に対するユーザーID,パスワードによるアクセスモデルに切り替えた。この際,従来会員に対して所属ソサイエティの和英論文誌のうち1冊を配布していたところを,冊子体配布に替えて所属ソサイエティの発行する和英論文誌へのアクセスを可能とし,3万強の会員に対する冊子体から完全な電子ジャーナルモデルへと転換した。引き続き,国内外図書館等への冊子体販売は継続していたが,2010年より図書館向けサイトライセンスによるアクセスサービスを開始している。国内サイトライセンスに関しては,学会組織に関する前章で述べたように,国内図書館に対しては特殊員制度で運用しており,和文論文誌と対で和英のソサイエティ発行論文誌を1セットとして4セットまとめてまで選択でき,また費用が事前の3年間のアクセス数を基本としたものになっている。一方,海外では代理店を通してのサイトライセンス対応となっている。国内図書館サイトライセンスの利用状況の特徴として,本学会の研究会は分野が多岐にわたることから,企業研究所などの大学・国立研究所以外の利用者が多いことがあげられる。2014年4月より論文誌の冊子体を廃止することが通知されており,完全な電子ジャーナル化が達成される予定である。

なお,IEICE Trans. 4誌の電子化については,国立情報学研究所(NII)との連携でNII CiNii Articles注2)において他の会誌・技術報告などとともにスキャンデータの公開を行っている。またNII SPARC Japan注3)初期の活動で1996年までのスキャンアーカイブpdfを構築し,刊行以来の全論文を本学会の論文公開システムで公開している。なお,海外サイトライセンスのみ,科学技術振興機構(JST)J-STAGE注4)よりのアクセスとなっている。

3.2 電子ジャーナル誌

IEICE Trans. の各誌は,近年でも多数の投稿・掲載がある一方,電子ジャーナルという形態の出現によって,各ソサイエティでそれぞれの分野の特性も踏まえて,独自の案が出てきた。以下,そのように刊行されてきた3誌について述べる。

3.2.1 ELEX

物理系分野ではレター論文誌による速報性が重要であることから,エレクトロニクスソサイエティは,IEICE Electronics Express(ELEX)をJSTのJ-STAGEプラットフォーム上で2004年より刊行している。刊行立ち上げではNIIのSPARC Japanの支援も得て,電子ジャーナルのみで冊子体がないジャーナルに関する先行例となった。従来の冊子体発行では物理的に物として論文が存在したが,電子版オンリーの刊行形態では論文は電子的情報としてのみ存在するため,法律やその他の事項に関して新たな注意が必要である。ELEXにおいては,原本性の担保など国内外の特許制度や輸出管理に関する公知技術を確固たるものにするため,公正証書利用の立ち上げ期間での試行を経て,pdfのチェックサムによる確保継続が行われている。またpdfへの色・動画などマルチメディアファイル埋め込み等,電子版のみのレター論文誌として独自の取り組みがなされている。数ページのレター論文であることも活かし,査読過程を速報性の観点で整備した。その結果,速報性に関しては,投稿受付後およそ1か月での電子ジャーナル掲載という目標達成についても優れた実績を有している。

3.2.2 NOLTA

基礎・境界ソサイエティでは,非線形問題とその応用(Nonlinear Theory and Its Applications: NOLTA)の分野で,世界をけん引する活動を行っており,NOLTA国際会議を世界各地で毎年開催してこの分野における世界規模のネットワークを構築してきた。そのような活動をもとに,2010年より電子版のみのジャーナルとしてNOLTA,IEICEジャーナルを刊行している。ELEXとは対極的に,NOLTA,IEICEでは長文の論文の掲載を可能とし,また国際性豊かな編集委員会によって編集を行っている。

3.2.3 ComEX

通信ソサイエティにおいては,従来から刊行していたIEICE Trans. on Communicationsにおいて多くのレター論文の投稿を受けていたところであり,その投稿者の研究成果の迅速な出版要望に対応して,IEICE Trans. on Communicationsでのレター論文受付を2012年6月より停止し,同時に電子版のみのレター論文誌(IEICE Communications Express: ComEX)を刊行した。速報性も重視し,半数のレター論文については19日以内で査読が完了し,受理と同時に掲載となっている。

3.3 英文論文誌に関するデータ

上記の節で説明した7つの英文論文誌に関する論文数などの基礎データを3に示す。また,IEICE Trans. on Communications,ELEXについて,掲載論文あたりの著者国別割合の円グラフを2に示す。

表3 電子情報通信学会7英文論文誌の2011年発行実績
2011年発行実績 IEICE Transactions on ELEX NOLTA ComEX 総和
A B C D
論文数 379 526 294 306 319 42 N.A. 1,866
ページ数 2,899 3,634 1,916 2,560 2,117 561 N.A. 13,687
編集委員数 55 68 40 64 44 61 16 348
 内海外委員 0 3 8 6 7 37 1 62
海外Advisory Members 15 11 12 11 0 0 9 58

A: Fundamentals, B: Communications, C: Electronics, D: Information and Systems. ComEX は,2012 年6 月刊行のため編集委員数のみ N.A.: not applicable(該当せず)

図2 IEICE T.Comm. ELEXの2011年論文当たり著者国別割合

NOLTA,IEICEのEditorial Boardの国際性の高さが明確に見て取れる。現在,他ジャーナルにおいても,海外編集委員の増員に取り組んでいるところである。また,2はジャーナル掲載論文の国際性を示している。本稿「1. はじめに」に本学会の理念を掲げたが,これら論文誌のたゆまぬ努力により多様な形で実現できていることがご理解いただけるかと思う。

3.4 オープンアクセス

これら7英文論文誌に関して,電子情報通信学会としては,オープンアクセス実現に向け2つの方向から取り組んでいる。

IEICE Trans. の4誌については,機関リポジトリフレンドリーな著作権規程により,著者の立場を最大限尊重して,IEICE Trans. 出版pdfを,著作権に関する表示をする条件のもと,公開猶予(embargo)期間なしで所属機関リポジトリへの掲載を認めている。2003年の著作権規程制定時より,1つの論文について種々の版がでることを避けるため,採択され出版された学会出版版を著者が使うことを想定した。このような対応は,Budapest Open Access Initiative注5)のオープンアクセス分類でいうところのグリーン,ゴールドのアプローチに関して,これら4誌は機関リポジトリを通じてのオープンアクセス実現を目指し,完全にグリーンな対応をしていることとなる。

IEICE Trans. のビジネスモデルについては2章に述べた通りである。本学会の重要な活動単位である各ソサイエティの財務と直結しており,論文投稿を学会活動の主な目的としない会員に対するサービスの観点も考慮して,これまで着実にグリーンロードを歩んできた。そこでは,情報システムとして会員認証基盤の開発が不可欠であり,さらに広く学会員サービス実現のためシングルサインオン認証を導入している。これにより,会員は論文にアクセスするのと同時に,投稿時に会員情報連携を通してより容易に投稿可能であり,他のマイページサービスなど今後より充実する予定のサービスを受けることができる。

他のELEX,NOLTA,ComEXは当面読者に無料でのフリーアクセスを実現しており,ゴールドの道を歩んでいる。現時点のビジネスモデルとしては,著者からの論文掲載料負担(かつての冊子体の論文別刷費でない)と,学会出版側からの支援によってどうにか収支が釣り合う形での運用となっている。ELEX, ComEXでは著者のうち1名が会員であることが要件とされており,NOLTAでは会員向けに若干の論文掲載料減がされている。ELEX,ComEXのレター論文誌では,レターでページ数が限られる一方,論文の書誌情報は通常のフルペーパーと同程度の負担になることが確認されている。NOLTAではフルペーパーを主体としており,編集過程の検討などによって,電子ジャーナルであることを活用して論文の長さによらず定額の論文掲載料が設定されているという特徴がある。

3.5 IEICE Proceedingsジャーナル

電子情報通信の分野では,ジャーナル論文の投稿から掲載まで時間がかかる点もあり,研究成果を速報してまた国際交流するための国際会議の会議録論文が非常に重要な役割を果たしている。この分野の2大電子図書館IEEE Xplore注6),ACM Digital Library注7)では,通常のジャーナル以外に多数の国際会議録が収録され(IEEE Xploreでジャーナル160・国際会議1,200・標準3,800・電子ブック1,000・教育課程300など),国際会議でもいわゆるトップコンファレンスと認識されるものの会議録に論文が採択・掲載されることが高い評価を受けることになる。このことは,違う分野の論文誌のインパクトファクターを比較するのはあまり意味がないように,電子情報通信分野の研究開発成果を評価する上で忘れてはならない点である。

また,メガジャーナルや会議ジャーナルなどの活発な取り組みも注目に値する。生物系分野のPLOS ONEをはじめとした種々のメガジャーナルに加えIEEE Accessも刊行され,arXivプレプリントサーバーなど巨大なサービスも出現している。また,電子情報通信分野では国際会議に連動したジャーナル(データベース分野VLDB会議に対するVLDB Journalやグラフィックス分野SIGGRAPHに対するACM Trans. on Graphicsなど)もあり,さらに分野を広げてみれば英国物理学会のJournal of Physics: Conference Series(The open-access journal for conferences),World ScientificのInternational Journal of Modern Physics: Conference Seriesも刊行されている。

本学会においては,本会が主催・著作権を有する国際会議の論文を軸に学会の国際展開を図る基盤としてIEICE Proceedings Archivesを運用中であるが,現状では国際会議の際に配布するDVD会議録をそのままインターネットに展開している現状であり,それぞれの論文個別の書誌情報などが独立しておらず,ジャーナル的情報発信機能が具備できていないのが弱点になっていた。上記動向も踏まえ,電子情報通信分野における日本発の新形態ジャーナルとしてIEICE Proceedings(仮称)の新規刊行の実現を目指している。これにより,アジアを中心に世界規模で開催している本会の査読付き会議論文を包括的に情報発信することが可能になり,分野特有の国際学術情報発信がさらに促進されることが期待される。

4. おわりに

電子情報通信学会からの国際学術情報発信について,多くの学会員が尽力している。学会組織・活動と直結した学術情報発信のビジネスモデル展開と,実際の電子ジャーナル展開とについて,その過程とともに筆者の限られた見聞に基づいてであるが記してきた。これまでの学会の取り組みとして,著者の立場に配慮し,また社会における広範囲の読者・ユーザーのニーズも常に意識しながら,将来にわたり長く持続可能なビジネスモデル・情報技術を模索してきた実績が,何らかの役に立つことを期待している。

本文の注
注1)  電子情報通信学会. http://www.ieice.org/

注2)  国立情報学研究所. CiNii. http://ci.nii.ac.jp/

注3)  国立情報学研究所. SPARC Japan. http://www.nii.ac.jp/sparc/

注4)  科学技術振興機構. J-STAGE. https://www.jstage.jst.go.jp/

注5)  Budapest Open Access Initiative. http://www.soros.org/openaccess/

注6)  IEEE Xplore. http://ieeexplore.ieee.org/Xplore/home.jsp

注7)  ACM Digital Library. http://dl.acm.org/

 
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