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ゲームチェンジの時代に
高久 雅生
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2013 年 56 巻 9 号 p. 649-652

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ゲームチェンジ,つまり,従来からのパラダイムを変換させ,人々の行動様式や社会の制度を一から変えてしまうような技術的変革や社会的変革が起こる時代にわれわれは生きている。

1976年生まれの,というよりは,1994年春に大学に入学した筆者にとっては,Web(World Wide Web: WWW)の発生とその爆発的な発展はまさに歴史に残るゲームチェンジが目の前で繰り広げられたように思う。

世代論として言えば,モザイク世代(Mosaic:1993年にリリースされた最初期のGUI型Webブラウザ)を自認する私は,その続く時代の波を日本の片隅で,つくばで,インターネットを通じて見てきた。

これはWebだけでなく,WAISやGopherといった当時の次世代型情報提供システム1)が次々と出現してはあっという間に消え去る過程でもあり,NetNewsの時代が終わるとともに,ドッグイヤーの名のもとにそれまでの公共圏を形成していたルール(ゲーム)に変革が迫られる時代でもある。

このゲームチェンジの時代において,自らがゲームを作ろうとする気概を持つ者は重要なキープレーヤー足りうるが,結果として,その変革を起こせずに歴史の波間に消えていった者も多くあるのも必然である。

そして,昨日までの日常は一瞬にして変わるのではない。数年かけた変化は,ある日振り返ると日常が別の何かに置き換わっていることに気付く。

そう,ゲームチェンジには明示的な瞬間は訪れない。暗黙のうちに影ながら生まれ,気付けば急に立ち現れるかに見える。さまざまな偶然がこのような変化を生む要因となりうるが,結果としてのゲームチェンジは特定の誰かが企図したものではなく,社会的な流れによって生まれたと思われる。

キーワードは「シンプルさ」と「複雑さ」ではないか。

Webに関して,いま振り返れば,非常にドラマチックでダイナミックな営みの根源を考えるため,まず『Webの創成』(原題:“Weaving the Web”)を紹介したい。Webの発明者ティム・バーナーズ・リー(Tim Berners-Lee)が書いたこの自伝的なエッセイは,彼が超人などではなく,新しい情報環境を夢見つつ実装にも取り組む普通のエンジニアであり,きわめて現実的な実践家であったことを示している。

『Webの創成-World Wide Webはいかにして生まれどこに向かうのか』ティム・バーナーズ・リー著 ; 高橋徹監訳 毎日コミュニケーションズ(現マイナビ),2001年(絶版)

ただ一点違ったのは,複数人の共同による情報共有を考える機会が彼にはあり,その機会を,思い切りよくシンプルなハイパーテキストシステムの考案と提案,そしてソフトウェア開発につなげたことだった。

ただし,あまりにシンプルなシステムとして発明したがために,彼自身が当初は考案していながら実装に盛り込めなかった機能もある。コンテンツのオンライン編集や著作権管理などである。これらの機能は,彼自身が開発した最初のWebブラウザには盛り込めなかったが,強い思い入れを持ってそれを構想していた。そして,黎明期のWebはそれらの構想を置き去りにして,シンプルなアーキテクチャのもと,Mosaic,そしてのちにNetscapeをはじめとするブラウザの競争的開発と爆発的な普及とが起こった。『Webの創成』はまさにその時点において,発明者としての彼自身がもちえた万能感とフラストレーションとを同時に描写している点がユニークであり,このような発明者の構想すら超えて進んでいくゲームチェンジの様子と葛藤とを如実に描写している。

このように生まれ普及がはじまって間もないWebにおいて,オンラインでの編集というアイデアは再び生まれ出る。それも,元の構想とはまったく別の,シンプルに実装しなおした形で現れたのが印象的だ。しかも,それは当初に想定されていたような,Webのアーキテクチャ内に埋め込まれたものではなく,単にサーバーサイドで動作するインタラクティブなアプリケーションの1つとして表現された。それがウィキ(Wiki,もともとはWikiWikiWeb)である。

今日では「ウィキ」と言えば,そのシステムを用いた百科事典ウィキペディアの方が著名になっているが,ブラウザ上で誰もがテキストを編集するだけでページが作れ,ハイパーテキストとして実現するという,シンプルなアイデアで構築されたウィキシステムもまた偶然から生まれたようにも思える。ウィキは,ソフトウェア開発のコミュニティーの最先端から生まれたシンプルなシステムだった。『Wiki Way』はそれを伝える好著だ。

『Wiki Way-コラボレーションツールWiki』Bo Leuf ; Ward Cunningham著 ; yomoyomo訳 ソフトバンク クリエイティブ,2002年,3,990円(税込)

システムとしてのウィキはシンプルで解説の余地すらないほどだが,その上でのコミュニティーのありようはそれとは対照的に意外と複雑な様相を見せている2)。『Wiki Way』は,複数の事例を取り上げることによって,この結果的に現出するコミュニティーの複雑性を的確に描写している。このような技術的な仕掛けとそれにより形成されるコミュニティーのあり方を考えることは,情報専門家にとっても参考になるだろう。

話をゲームチェンジに戻そう。

上述のような,非連続的な技術革新を解説する名著が『イノベーションのジレンマ』である。特に技術分野におけるパラダイムの転換,評価軸の転移を,事例とともにうまく分析し,ベストセラーとなった。

『イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(増補改訂版)クレイトン・クリステンセン著 ; 玉田俊平太監修,伊豆原弓訳 翔泳社,2001年,2,100円(税込)
http://books.shoeisha.co.jp/book/b72918.html

ハイパーテキストシステムとしてWebが持つ非連続性は,まさにイノベーションの典型と言えるだろう。シンプルなアーキテクチャと,その発明者の思惑すら乗り越えた実装の数々とが,結果的には,相乗的にうまく交差することにより普及が進んだ点もそれを裏付けている。

ゲームチェンジをどのように起こすか,誘発するかが,これまで,そしてこれからも問われる課題となるだろう。

学術情報流通の分野においても,イノベーションは確実に忍び寄っている。Web上におけるフリーミアムの興隆とその典型であるMendeleyの登場3)は,それを示す事例であると思われる。また,クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』で述べたように,持続的な改善に取り組む当事者である旧来側の人間が非連続的なイノベーションを起こすのは容易ではない。ベンチャーマインドを称揚し,新しい試みとそれに伴う失敗を覚悟して初めてイノベーションは眼前に現れる。内に外に問わず,そのような新しい取り組み,非連続的な発想を称揚するのは口で言うほど簡単ではない。単にイノベーションの招来を歓迎するだけでなく,守旧側が問われるのは滅びさる覚悟である。例えば,多くの図書館では一部の例外を除き,カード目録を滅ぼしてきた。それは,安価で便利な計算機とネットワーク技術の進展に伴う,電算化の急速な普及によるものであったし,それこそが非連続的なイノベーションの事例である。あるマーケット(ここではカード目録)が縮小し,消えていくことはイノベーションの観点からはいつでもありうる日常である。

最後に,日常的にこのような破壊的イノベーションを称揚できることの幸運と葛藤とが同居する現代に感謝しつつ,そして,次のイノベーションをひそやかに図ろう。次のイノベーションは確実にやってくるのだから。そうなのだ。あえて言おう,ゲームチェンジの時代に生きるわれわれは幸運であると。

執筆者略歴

高久 雅生(たかく まさお)

1976年生まれ,東京都北区出身。図書館情報大学卒業,図書館情報大学大学院図書館情報学研究科修士課程修了の後,2004年に筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程を修了。博士(情報学)。その後,国立情報学研究所においてポスドク研究員としてWeb情報検索およびその評価手法や研究者情報サービス等を研究開発。のち,物質・材料研究機構においてライブラリエンジニアとして研究者総覧,図書館情報システム等の開発にそれぞれ従事。2013年4月より筑波大学図書館情報メディア系准教授。専門は,電子図書館,情報検索,情報探索行動,学術情報流通。情報知識学会理事,ACM,情報処理学会,日本図書館情報学会等の学協会に所属。加えて,Project Next-LやCode4Lib JAPAN, saveMLAK等の活動にも参画している。

参考文献
 
© 2013 Japan Science and Technology Agency
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