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電子実験ノートを用いた知的財産保護の最前線
原田 明彦間杉 奈々子
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2015 年 57 巻 10 号 p. 716-724

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著者抄録

特許係争に対して高い証拠能力をもつ実験ノートを作成することは,先発医薬品メーカーにとって重要な課題である。実験ノートが証拠として認められるためには,網羅性,検索性,保全性,実証性を満たしている必要がある。実験ノートを完全電子化し,書式のテンプレート化,検索機能,データバックアップおよび監査証跡ならびに長期署名サービスを活用することで,これらの要件を実現した。Computerized System Validationを適用することによって,電子実験ノートがFDA 21 CFR Part11に定める要件を満たすこと,および電子実験ノートが前述の要件を満たすシステムであることを担保し,電子実験ノートの知的財産保護への活用を果たしている。

1. はじめに

製薬企業にとって特許はもっとも重要な経営資産の1つであり,特許係争の結果は経営に大きな影響を与える。実験ノートは特許係争において主要な証拠であり,その証拠能力を確保する取り組みは非常に重要である。当初の目的として,研究業務の効率化を推進するために導入が進められてきた電子実験ノートに対して,近年の特許法制にかかわる変更や東日本大震災の発生による外部環境の変化により,知的財産保護のソリューションとしての期待が高まっている。

本稿では,実験ノートの電子化によって特許係争上の課題を解決する取り組みとその内容を紹介する。

2. 特許係争と実験ノート

昨今,製薬業界における特許の課題として,大型新薬の特許権の存続期間満了による売り上げと利益の激減(パテントクリフ)に焦点が当てられている。有望な新薬開発に成功した際にも,後発医薬品企業から特許係争を挑まれることによって独占販売期間の満了を待たず,先発医薬品企業が和解しなければならないリスクも高くなっている。1984年に米国で承認された簡略化新薬承認申請(Abbreviated New Drug Application: ANDA)のParagraph IVと呼ばれる申請では,後発医薬品メーカーは次のいずれかを証明することによって特許権の存続期間満了以前においても適法に後発医薬品を製造販売することが可能となる1)

1. もし,無効審判をかけられたら先発医薬品に係る特許権が無効であると認められる

2. 自らの後発医薬品の製造行為が特許権を侵害しない

Paragraph IVの申請が受理された際に,最初に申請した後発医薬品メーカーには,180日間の後発医薬品販売市場の独占が認められるため,後発医薬品メーカーはこぞってParagraph IVの申請を行う。このため,1で示すように先発医薬品メーカーと後発医薬品メーカーとの間にParagraph IVをめぐる特許係争が相次いでいる2)6)

表1 近年の米国におけるParagraph IVをめぐる訴訟の例
先発医薬品メーカー 先発医薬品名 後発医薬品メーカー
武田薬品工業 アクトス Alphapharm社 他8社
塩野義製薬 クレストール Mylan社 他7社
エーザイ アリセプト Teva社
アステラス ベシケア Teva社
大塚製薬 エビリファイ Teva社 他4社

先発医薬品メーカーが自らの特許権の有効性を主張する際,実験ノートの証拠能力の高さは,特許係争上,不可欠な要素の1つである。医薬品化合物の物質特許出願の際に,「当該化合物が,いつ,誰によって発見されたか」を証明できる証拠が実験ノートである。実験ノートの記録や管理が不完全であれば,特許係争時に後発医薬品メーカーは必ず実験ノートの不正確さや改ざんの可能性を指摘するため,先発医薬品メーカーにとっては不利な条件での和解または敗訴のリスクが高まる。その結果,後発医薬品の販売が承認され,市場シェアを後発医薬品に奪われて,多額の損失を招く可能性がある。

したがって,実験ノートはその証拠能力に欠ける点がないよう,記述方法の指導から記述後の実験ノートの安全な保管実施に至るまで,製薬企業によって厳重に管理されている。

一方で,実験ノートを電子化する動きも大手製薬企業を中心に進められてきた。化合物合成研究の実験ノート作成に積極的にソフトウェアが導入されたきっかけは1990年代からPerkinElmer社製「ChemDraw」などの化学構造式描画ソフトウェアが提供され,化合物の描画が正確かつ美しく記述できるようになったことであった。当初の電子実験ノートは手書きによる実験ノートの記述をより容易にする役割を担ったが,ソフトウェアの発達とともに化合物構造と関連情報(化合物名,分子量等)をデータベースとして取り扱うことが可能になり,研究業務の生産性向上にも寄与し始めた。これらの機能は電子実験ノートの要素技術となり,2000年代から手書きの実験ノートに代わるものとして電子実験ノートの普及が始まった。この段階では,電子実験ノートに記述した内容のレイアウトを再構成し,印刷した紙媒体を手書き同様の実験ノートとして取り扱う運用が主流であった。したがって,手書きの実験ノートに行う直筆での署名や押印を印刷して行っており,電子実験ノートが紙媒体であることに変化はなかった。

しかし,2010年代からの実験ノートを取り巻く外的環境の大きな変化により,実験ノートの知財的価値を保全し続けるための手段として電子実験ノートに注目が集まり始めている。2009年に国内初の実験ノート完全電子化事例が発表されたことにより紙媒体から電子媒体に実験ノートを移行する道筋が緒に就いた。2010年代に入り,米国特許出願の先発明主義から先願主義への変更による実験ノートの証拠性の変化,東日本大震災によるデータ消失リスクの顕在化,および実験ノートの信頼性にかかわる出来事までの一連の流れは,電子実験ノートを知財管理上のツールとする位置づけを強めている。

本稿では紙媒体から電子版に実験ノートが代わることによって生じる諸課題のうち,完全電子化による特許係争対策にかかわる課題に焦点を絞り,その課題解決への取り組みを紹介する。

3. 完全電子化への課題

特許係争の観点から,実験ノートの課題および実験ノートの完全電子化における課題について本章で述べる。

3.1 実験ノートに求められる要件と課題

実験ノートが特許係争時の証拠として認められるためには,網羅性,検索性,保全性,実証性の4つを満たす必要がある。これらを満足させる実験ノートを作成するために,医薬品メーカーは各々Standard Operating Procedure(以下,SOP)を定めている。これらの要件の実現に向けた課題について述べる。

3.1.1 網羅性

実験情報は抜けなく,客観的な事実に基づき,正確に記載されているという網羅性が必要である。特許となりうるために,実験は誰にでも再現できなければならないからである。

特許出願上,不可欠な項目の記載漏れを防ぐには,記載すべき項目をリスト化することや,テンプレート化することが有効であるが,研究者にはこのような手間のかかることは受け入れ難い。研究者が手間を感じずに,記載すべきことをすべて記載できるような仕組みづくりが課題となる。

3.1.2 検索性

必要なときに必要な情報が,速やか,かつ正確に読み出せ,文書の所在がわかり,検索・提示ができる検索性が必要である。なぜなら情報開示の誠実義務に違反すると不公正行為として特許権が行使できなくなる場合があるためである。

米国特許係争時については特許性にかかわりのある情報を特許商標庁に対して開示するという誠実義務(duty of candor and good faith)がある7)。必要な情報の開示を行わなかったという情報開示義務違反による不公正行為の訴えは特許係争の約80%において行われており,もっともポピュラーな攻撃手段である8)

紙の実験ノートでは,特許係争時に提出すべき情報が複数のノート,さらには複数人の研究者のノートにわたりうる。たとえば,社内で作られた化合物をもとに,別の誰かが新たな化合物を合成することは頻繁に行われている。したがって,最終的な化合物だけでなく,起点となる化合物についても,その合成方法を記述する必要がある。

実験の関係者が化合物情報も含めた研究情報を,効率的かつ正確に検索できるような仕組みづくりが課題である。

3.1.3 保全性

特許係争時には実験ノート原本の提出が求められる。そのため,実験ノートには下記の2点の保全性が必要である。

1. 原本管理がされていること

2. 長期にわたって見読性注1)9)が確保されていること

実験ノートの原本は世界に唯一1冊である。そのため災害時などに原本が消失してしまうリスクがある。コピーを作ることはできるが,複数のコピーを作成することにより信頼性に問題が生じうるリスクも高い。

測定データのうち,ノートに貼付できない大きなデータの出力は一般的には電子データのリンク情報をノートに記載するが,実験機器から出力されるデータフォーマットは見読性が必ずしも高いとはいえない。なぜなら機器メーカー独自のフォーマットが用いられているケースがあり,その場合,専用のアプリケーションがないとデータを確認できないためである。

リスクを回避し,信頼性を損なわずに唯一の原本を保存すること,また将来にわたってデータの確認ができる形で電子データとして保存することが課題となる。

3.1.4 実証性

証拠としての価値があることが実証性として必要である。ここではさらに3つに分類する。

(1) 認証

誰によって書かれた実験ノートであるかを将来にわたって確認できることが必要である。特許権は多くの場合,特許権者となる医薬品メーカーに帰属するが,出願時に記載する発明者はあくまでも研究者個人であり,その特定が必要となるためである。

紙の実験ノートでは自署(直筆のサイン)において実験ノートの作成者認証を担保するが,この点では,紙の実験ノートの運用には大きな問題は生じていない。

しかし,完全電子化の際に課題が生じる。その課題については3.2で述べる。

(2) 証跡

記述に対して変更が加えられる際には,いつ,誰がどのような理由により変更を行ったかの履歴を保存することが必要となる。これは次の(3)改ざんと誤認されないためである。

実験ノートの修正についてはSOPで定められた厳格なルールのもとで行う。実験ノートの製本後に修正箇所が見つかった場合は,製本の貸し出し処理,修正,再サイン,Witnessの再サイン,製本返却といったプロセスを経るが,一連の煩雑な作業の中で,自署またはWitnessのサイン漏れ,日付誤りなど不整合を招くリスクがある。履歴の管理や手順について信頼性を保ったまま,より簡便にすることが課題となる。

(3) 改ざん

証拠となる実験ノートは改ざんされたものであってはならず,改ざんされていないことの証明が必要となる。

紙の実験ノートにおけるデータ保証は性善説に立った運用基準に基づいているため,実際には実験ノートの記述を変更したり,書き足したりすることが可能である。さらに,改ざんされていないことを証明することは難しく,特許係争時の争点となる。改ざんされていないことを第三者によって客観的に証明することが課題となる。

3.2 実験ノートの完全電子化への課題

電子化された実験ノートが確かな法的証拠能力をもつ必要がある,という課題がある。

これに対しては米国のFood and Drug Administration(以下,FDA)が明確に基準を定めている。1997年に発効された米国FDAの連邦令21条「食品および医薬品」11章「電子記録,電子署名」(以下,FDA 21 CFR Part11)において,電子記録,電子署名が紙の記録および手書きの署名と同等であり信頼できるとFDAが考える評価基準が規定されている。基準は4つに大別できる。真正性,信頼性,完全性,利用性である。これらは前述の実験ノートに求められる要件と対応しており,2のようにまとめられる。

表2 FDA 21 CFR Part11で求められる要件と実験ノートに求められる要件の対応
FDA 21 CFR Part11で求められる要件 実験ノートに求められる要件
真正性 実証性(1)認証
信頼性 網羅性
完全性 実証性(2)証跡,(3)改ざん
利用性 検索性,保全性

実証性の(1)認証については紙の実験ノートにおいて課題はないと判断したが,電子化にあたっては,自署のサイン(署名)に代わる認証行為が必要である。一般的にセキュアな認証は導入・運用コストも高い。また研究者はできるだけ認証行為の回数を少なくしたいと考えているが,認証の回数が少ないことは真正性の信頼を損なう。これらのバランスをとった認証形式を選択することが課題である。

3.3 Computerized System Validation

構築したコンピューターシステムが正しく開発され,意図したとおりに動作し,その状態が維持されていることを検証し,保証することが必要である。なぜなら,あるコンピューターシステムによって生成された電子データがFDA 21 CFR Part11の要件を満たしていることは,正しく設計され,意図したとおりにコンピューターシステムが稼働しているということが前提となるからである。具体的にはシステム開発・運用・検証の基準を定め,そのすべての活動について文書に残し,要件を満たしているコンピューターシステムを構築したことを後から第三者によって検証可能とするComputerized System Validation(以下,CSV)という取り組みを行うことにより保証する。

したがって,完全電子化された電子実験ノートシステムを構築するためには,品質の高いCSVの取り組みを行うことが課題である。

4. 課題の解決

本章では,知財的価値を備えた電子実験ノートシステムを実現するために3章で述べた課題の解決を果たす方法について述べる。

4.1 実験ノートの現状の課題解決

われわれは3.1で述べた実験ノートの証拠能力に関する課題に対する解決策について検討している。

4.1.1 網羅性

網羅性を担保するためには,研究者が手間を感じずに,記載すべきことがすべて記載できるような仕組みづくりが課題となる。これに対してわれわれは,SOPに基づいて,1に示すような簡単に入力ができるテンプレートを作成することで課題解決を図った。

実験ノートの電子化によって,書式を統一したテンプレートの作成と管理が可能となる。そこで顧客のSOP策定者らとともに実験プロトコルや試験方法を,抜けなく客観的に記述できるようなテンプレートを利用している。また化合物名は反応式描画画面から自動入力されるようにし,実験条件なども,あらかじめSOP策定者らと定めたリストから選択するだけで,プロトコルや試験方法の記述が可能である。紙の実験ノートと比べると記載の手間が格段に省け,正確かつ客観的な記述を行うことができる。

4.1.2 検索性

検索性を担保するためには化合物情報も含め,効率的に検索できる仕組みづくりが課題である。これについては実験ノートの電子化自体が解決策になる。電子実験ノートの機能として,記載したテキストや数値,化学構造式などの情報を検索することができるためである。

ただし化学構造式の検索はシンプルな構造の場合,ヒット件数が膨大となることがあり,そこから必要な反応式が記述された実験ページを見つけるのは電子化されたシステム上でもかなりの手間がかかってしまう。2のように反応式の一連の流れが検索できる機能によって,特許に係る反応式の前後の情報も容易に検索することが可能になり,課題の解決に有効であると考えている。

これらによって特許係争時に提出すべき情報を以前よりも容易に読み出すことが可能となった。

4.1.3 保全性

保全性を担保するためには,唯一の原本の消失リスクを回避し,信頼性を損なわず保存すること,および将来にわたってデータの確認ができる形で電子データを保存することが課題である。

前者に対しては電子化で解決できると判断している。電子化された実験ノートは,バックアップの取得,すなわち原本を複数もつことができ,持ち運びも可能となる。具体的な手段の一例として,定期的にテープにバックアップを取得し,バックアップを取得したテープは遠地に保管することで,災害などによるデータ消失のリスクを回避することがあげられる。

後者に対しては実験ノートにおける自署後のファイルの保存形式で解決を図っている。紙の実験ノートでは1つの実験の記述が終了した際には,実験者およびその証人の署名を行う。電子実験ノートにおいても,同様の操作が可能であり,電子証明書を用いて電子自署を行う。その際に,ノートページがPDFとして,署名情報がXMLdSigで出力される。証人の自署時にも署名情報がXMLdSigで出力される。PDFは国際規格(ISO 32000)フォーマットであり,XMLdSigもXML形式であるため,将来にわたって見読性が保たれる可能性が高いと判断している。

4.1.4 実証性

(1) 認証

前述したとおり,自署による署名を行うこととしており,認証における課題はないと判断しているが,完全電子化としての課題に対する解決策は4.2に述べる。

(2) 証跡

履歴の管理や手順について信頼性を保ったまま,より簡便にすることが課題である。これも電子化によって解決できる。電子実験ノートの機能に備わっている監査証跡機能によって,ユーザーが意識しなくても作成日時や修正履歴を正確に保存することを可能としている。

(3) 改ざん

改ざんされていないことを第三者によって客観的に証明することが課題である。これに対しては,長期署名サービスを導入することで解決している。3に示したように,フローは以下のとおりである。

1. 電子実験ノートからPDF,XMLdSigが出力される。

2. 出力されたファイルに対して長期署名サービスからタイムスタンプを付与したES-Tと呼ばれるファイルが作成される。

3. ファイル原本とES-Tに対して,長期署名サービスから長期署名を付与したES-Aと呼ばれるファイルが作成される。

ES-Tでは原本ファイルの署名,時刻の正当性を証明できる。原本とES-Tをペアにし検証にかけることで,原本あるいはES-Tに改ざんがあった場合には検知が可能である。ただし検証が可能な期間は署名鍵の有効期限に依存しており,おおむね数年間である。検証できないことで証拠能力を失うわけではないが,改ざんされていないことの証明がデータベースの証跡を直接参照しないかぎりできなくなってしまうため,特許係争時の証拠提出が困難となる。

そこでわれわれはES-Aを用いる運用とした。署名鍵の失効前に原本とES-Tに対してES-Aを作成することで,検証が可能な期間を延長できる。ES-Aにももちろん期限があるが,これに対しても失効前にさらにES-Aを作成することができる。これによって恒久的に改ざんされていないことを客観的に証明することが可能となり,前述の課題が解決できると判断している。

図1 電子実験ノートのテンプレート機能
図2 反応式の一連の流れを検索する機能
図3 長期署名

4.2 実験ノートの完全電子化の課題解決

信頼性,完全性,利用性については4.1.1~4.1.4で記述した解決策によってFDA 21 CFR Part11の評価基準を満たすことができる。

真正性については,研究者の手間と,認証の信頼性のバランスをとった認証形式を選択することが課題である。これに対しては,LDAP注2)サーバーが運用されている環境であれば,LDAP認証を採用することで解決できる場合がある。

セキュアな認証としては生体認証,スマートカードなどを用いたPKI(Public Key Infrastructure)認証などがあるが,導入および運用のコストがかかり,採用できないケースも少なくない。当社では,研究者個人のPCのログオン認証にLDAP認証を用いるケースにおいて,高い信頼性が担保されていると考え,電子実験ノートシステムへのログイン認証も,既存のLDAPサーバーでのLDAP認証を採用することとしている。電子実験ノートシステムのために新たにパスワードを覚える必要はなく研究者への負担が少ないことや追加コストが発生しないという利点がある。

4.3 CSV

品質の高いCSVの取り組みを行うことが課題である。次の2点の取り組みでこれを解決している。

1点目は当社内の関係部門からテンプレートとして実績のあるCSV文書の提供を受け,電子実験ノートシステムに適用している。これによって書式および内容,ともに品質の高いCSV文書の作成を行っている。

2点目はCSV文書の信頼性を確かなものにするために,顧客を含めた関係者が参加するCSV体制を運営するよう努めている。体制メンバーによる文書の作成,レビュー,承認までのプロセスを経て,運用中に生じる改修,障害対応にも継続的に適切に対応できる。

5. 今後の課題

知財的価値を損なわない対策を講じた電子実験ノートの構築と運用を継続してきたが,今後の課題を特許制度上の観点とITの観点から述べる。

1点目は電子実験ノートの先願主義対応である。2章で述べたように米国特許制度が先発明主義から先願主義へ変更になったことにより,実験ノートがかかわる特許係争の争点は,インターフェアレンス(抵触)手続きから冒認出願・共同出願違反に対する真の権利者の証明へと移行する10)。従来導入してきた電子実験ノートにおいても3.2の要件を満たすことで対応しているが,今後は,特許係争の判例を電子実験ノートの使用にフィードバックすることにより,証拠能力の向上に努める。

2点目は電子情報の超長期保存をIT的に実現することである。特許権の存続期間は出願日から20年であり,医薬品については特許権の存続期間延長制度により,さらに最大5年の延長が認められる。したがって,特許権存続期間満了後の損害賠償請求権の時効を考慮すると約30年以上の電子情報の保全が必要となる。昨今では,1000年単位の保存を目指した電子データの超長期保全に対する取り組みが進められている11)。この技術が広く普及し,電子実験ノートのデータの保全に対しても有効なソリューションとすることが長期的な課題である。

6. おわりに

製薬企業の事業構造は,特許権で保護された物質を用いて医薬品を製造し,独占販売権を有することで大きな利益を得る仕組みである。したがって,実験ノートは重要な企業資産であり,電子化によってその価値が損なわれることは許されない。われわれの主戦場であるITを中心に創薬研究,さらには特許制度にも関心をもって日々改善に努めている。

電子実験ノートの推進が,多くの研究者の努力と成果を正しく長期的に保証することの一助になるように今後も取り組んでいきたい。

本文の注
注1)  見読性とは,1999年4月に当時の厚生省局長により各都道府県知事に対し交付された「診療録等の電子媒体による保存について」という通達の中で指摘された,医療機関で発生した検査や診断等の情報を電子保存するについて掲げられた,守るべき3つの要素のうちの1つで,情報の内容を必要に応じて肉眼で見読可能な状態に容易にできること,情報の内容を必要に応じて直ちに書面に表示できることを意味する。(“専門用語集「見読性」”. 株式会社浅沼商会. http://www.asanumashoukai.co.jp/sanki/dictionary/detail/word0226.php, (accessed 2014-10-27))

注2)  Lightweight Directory Access Protocolの略。ディレクトリデータベースへアクセスするためのプロトコルを指す。ディレクトリサービスはキーとなる値からさまざまな情報を取得することを可能とし,Domain Name System(DNS)が例としてあげられる。

参考文献
 
© 2015 Japan Science and Technology Agency
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