第1回では,図書館の研究情報資源の活用,第2回では研究力分析のための各種情報の統合を取り上げた。最終回である今回は,研究評価と研究戦略における研究力分析について考えてみたい。
筆者はリサーチ・アドミニストレーター(University Research Administrator: URA)という立場で,研究戦略立案のための研究力分析を業務として行っている。研究力分析のための効果的な手法があれば参考にしようと探していたのだが,研究力分析に関する考察は,研究戦略よりも研究評価について記した文献の中で見つかる場合が多いようである。推測するに,機関が申請の主体となる大型競争的資金が顕著に増加し始めたのが2001年ごろ以降であり,大学全体の研究戦略が必要になってから日が浅いという背景が関係しているのかもしれない。
一方,大学の研究評価については,すでに2000年に大学評価・学位授与機構が発足して1),国立大学の研究教育の評価が制度として確立されている。また,2010年に第2期の国立大学法人の中期目標において「研究水準及び研究の成果等」に関する目標・計画が立てられ,実施状況を報告書として提出するようになった2)ことからも,評価のための研究力分析の必要性が高かったのではないかと考えられる。
研究評価における研究力分析に関する知見は多々あり,分析手法も発達している。藤垣,平川,富澤らによる著書「研究評価・科学論のための科学計量学入門」3)では,文献数等の単純集計から始まり,引用分析,共著分析,謝辞分析注1),共語分析注2),共分類分析注3)などの手法を詳しく述べている。また,根岸,山崎の著書「研究評価―研究者・研究機関・大学におけるガイドライン」1)では,研究評価に関する数値的諸指標について,実際の統計調査分析例を示しつつさまざまな角度から検討している。
研究評価のための研究力分析は,各機関の目標達成度を確認し,最終的には各研究機関の研究力を俯瞰(ふかん)し,よりよい制度を作っていくことが目的である。一方で研究戦略立案のための研究力分析は,特定の研究機関の研究力を強化し競争力を高めることが目的であるため,同じ研究力分析という言葉を用いていても視点は異なっているようである。
目的や視点が異なるとはいえ,研究評価で用いられる研究力分析は,研究戦略立案において大いに参考になるだろう。
基本的なところでは,引用索引,論文生産数を指標とした分析があげられる。根岸,山崎の著書において,研究者1人当たりの生産論文数(論文生産係数)から,医科大学・医学校ランキングを行った例が取り上げられている1)。この分析では,大規模機関より中規模機関の方が論文生産係数の高いことに着目し,研究機関の規模が拡大すると個々の研究者の能力が十分に発揮されなくなるという指摘と,大規模国立研究機関の論文生産における不振を示している。本書の中では,この分析を国の研究機関の在り方を「評価」するための例として取り上げているが,たとえば,同様の大学間比較分析が自大学の部局の研究力強化策を考えるきっかけとなり,分析結果から研究力強化策を提案するなど,研究戦略につなげることができるかもしれない。
論文数や被引用数をもとにした分析の応用としては,各機関の強み,弱み,特徴の把握のためのポートフォリオがあげられる3),4)。このポートフォリオの横軸は「アクティビティ指標」と呼ばれ,当該大学が日本の大学全体の平均と比べてどの分野に力を入れているかを示す(Relative Comparative Advantage: RCA)。縦軸は「相対引用率」と呼ばれ,被引用数が平均より高いかを示す(Relative Citation Rate: RCR)。この2つの軸により,大学が各分野でどのような特性を有し,どこに強みがあるかを把握できる。イメージ図を下記に示す(図1)。
引用分析も,研究評価,研究戦略の両方で多く用いられる手法の1つで,機関・部局・研究者・論文単位で,科学的業績の重要度や影響力を示すことができる3)。たとえば,被引用上位10%論文数の割合が,研究大学強化促進事業の採択機関決定のための研究力評価指標の1つとして取り上げられている5)。大学においては,分野ごとの被引用上位10%論文数により,どの研究者(研究グループ)の研究力が高いかを知ることができ,学内資源配分の参考にできるかもしれない。
共著分析は,たとえば包括協定を結んでいる機関との共同研究がどの程度行われているかという研究評価の指標の1つとなっているが3),さらに詳しい分析を行うことで,どの部局・どの分野で共同研究を促進していくかを考え,あるテーマでの合同シンポジウム開催を行うなどの戦略的なアクションにつなげることができるだろう。また,たとえば,学内の部局・分野を越えた共同研究を見つけ出し,異分野連携促進のための何らかの試みを考えることもできるだろう。
以上のように研究評価のために行う研究力分析は,大学の研究戦略立案に役立てることができると考えられる。
しかし現在の大学では,必ずしも研究評価が研究戦略に生かされていない可能性がある。多くの大学は教育研究,管理運営等を評価するための評価室を設けているが,評価室とは別に研究戦略室が設けられている場合が多い。前述のとおり,大学は評価機関の実施する評価を受けることが義務付けられているため,評価室は必然的に第三者評価への対応が主な目的となり,研究戦略立案そのものが目的とはなり難いと推察される。それは,多くの研究評価に関する文献が,研究力分析を研究戦略へ応用しうる可能性を示唆するにとどまり,具体的にどう研究戦略につなげていくかについてはあまり述べられていないことからも感じられる。研究力分析を行うという共通点があっても目的が異なるため,情報収集や分析が別々に行われ,評価を戦略に活用できていないのではないか。
実際,研究評価のために発達した研究力分析手法を戦略形成に結びつけることが研究者らから提唱されており,研究評価によって研究活動の改善が促進されることが指摘されている3)。しかし,評価のどのような要因が行動の改善に影響したかを調べるためのパス解析の結果,研究評価による「自大学の状況把握」(研究内容や水準の把握)は直接研究活動改善へつながっておらず,「組織の意識変化」(目的・目標設定の重要性認識等)という間接的な要因を介して研究活動が改善されることが明らかになっている6)。このことからも,評価における研究分析が直接研究戦略の策定・実施に活用されていないことが示唆される。
研究評価で発達した高度な研究分析を直接研究戦略に活用することができれば,効果的な研究戦略策定を行うことができるのではないだろうか。
そのためには,まず各大学における研究戦略策定と研究評価との関係性を明らかにし,もし研究評価分析が研究戦略に直接生かされていないのなら,その要因を調査・検証する必要があるだろう。たとえば,評価に用いた分析を戦略に生かすための情報伝達の仕組みがない,といった要因が見つかるかもしれない。
金沢大学の場合,URAが研究戦略支援のために行った研究力分析が,大学評価のための資料として活用されることもある。研究戦略と研究評価は,目的は異なるものの,研究力分析を通して相互に発展する可能性があるといえよう。今後は,双方で行った研究力分析を,研究環境や研究活動のマネジメントの改善,学内資源の配分,研究組織再編等のアクションに結びつけていくことが重要であろう。研究力分析の結果を検討して,課題を抽出し,改善策や強化策を導き出し,具体的な施策を設定する。そして,その施策を学内のどのようなメンバーで検討して実施を決定し,実行は誰が担当するのかという,分析-企画-実施のプロセスを確立することが,分析を単なる分析にとどめず有効に活用するために重要であると,最後に自戒の念を込めて述べたい。
鳥谷 真佐子(とりや まさこ)
2005年大阪大学大学院博士後期課程単位取得退学。同年自治医科大学医学部ポスト・ドクター。2008年より金沢大学フロンティアサイエンス機構博士研究員。2012年より同大学先端科学・イノベーション推進機構助教。