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地方消滅
結城 章夫
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2015 年 57 巻 11 号 p. 861-863

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日本の人口構成の高齢化が進むとともに,総人口は,2008年の1億2,808万人をピークに,減少に転じた。地方では,中心市街地のシャッター街化など,経済の衰退が目立つようになってきている。筆者が住む山形でも,人口減少対策と地域経済の振興は,県政上の最重要課題となっている。筆者が会長を務める山形県総合政策審議会では,現在,人口減少問題の集中審議に取り組んでいるところである。

このような中で,増田寛也氏が座長を務める日本創成会議・人口減少問題検討分科会は,2014年5月,「消滅可能性都市896のリスト」注1)を発表した。将来消滅する可能性がある市町村の実名リストは,多くの人に衝撃を与え,人口減少問題に対する関心が急速に高まった。

2014年8月に,増田氏の編著により,『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』と題する書が中公新書2282として発行された。前記のリストを公表するに至った考え方やその裏付けとなるデータ,そしてこの事態にどう対処すべきかの処方箋がとりまとめられている。

人口の動態は,地域間の人口移動という「社会増減」と,出生・死亡という「自然増減」の2要素によって決定される。「社会増減」は,経済の状況によって変動を繰り返す短期的要素であり,「自然増減」は,ある程度の期間にわたって一定方向に変化する長期的要素の性格を有している。本書では,この2つの要素を切り分けて将来の人口動態を予測し,それぞれに対する対策を提示している。市区町村によって,2つの要素のどちらが人口減少の主な原因になっているかが異なっており,とるべき対策も違ってくるからである。

それにしても,本書の末尾に掲載されている「全国市区町村別の将来推計人口」の表は,衝撃的である。全国の市区町村ごとの2010年の総人口と若年女性(20~39歳)の数の現在値,そして30年後の2040年の総人口と若年女性の数の推計値が,都道府県別に,若年女性の減少率が大きい順番に並べられている。全国1,799の市区町村のうち,約半分にあたる896自治体は,この30年間に若年女性の数が半分以下に減少する。次世代の子どもの95%がこの年代の女性の出産によるものだから,若年女性が半減する自治体は,「消滅可能性都市」とみなされることになる。さらに,その中の約6割の523自治体は,総人口が1万人以下になると推計されている。自治体としての機能の維持が難しく,消滅の可能性が特に高いと言わざるをえない。さまざまな前提や仮定をおいての推計ではあるが,人口予測は,経済予測などと比べて精度が高いといわれている。この予測結果は,重く受け止めるべきであろう。

日本社会に何が起きているのであろうか。増田氏らは,「第1章 極点社会の到来」で,日本特有の人口減少の構造として,人口が東京一極に集中する問題があると指摘する。未婚化や晩婚化が進み,1組の夫婦当たりの子供の数が減ってきて,現在の日本の出生率(合計特殊出生率)が1.4程度であること,これが人口を維持するために必要な出生率である2.0を大きく下回っていることは,多くの人が認識していることである。増田氏らは,もう1つの問題として,東京をはじめとする大都市圏に地方から若年人口が流入することが,日本全体の少子化を加速させていると指摘する。

東京には,地方から若者が流入し続けているが,大都市での結婚・出産・子育ての条件は,地方に比べて格段に厳しい。2013年の出生率をみれば,全国平均が1.43だが,東京都のそれは1.13であり,都道府県の中で最低になっている。若者の東京への流入は,国全体の出生率を低下させ,結果として日本の人口減少を加速させているのである。増田氏らは,ここからみえるのは,東京がブラックホールのように人口を吸い寄せ,地方が消滅していく姿だという。その結果現れるのは,限られた地域に人々が凝集し,高密度の中で生活している社会であり,これを「極点社会」と呼んでいる。

「極点社会」になると,地方が収縮し,その結果地方から大都市へ流入する人口も減少し,いずれは大都市自体も衰退していくことになる。東京は,これから地方を上回る超高齢化社会を迎え,その対策に追われることになるので,少子化対策に当てられる余力は多くない。このほか,首都圏直下型地震などの大規模災害が日本全体を麻痺(まひ)させかねないというリスクも抱えている。このようなことから,「極点社会」の到来をなんとしても回避していく必要があると強調している。

本書の「第3章 東京一極集中に歯止めをかける」は,人口減少の2要素のうちの「社会増減」をテーマにしている。人口減少社会は確実にやってくるので,それは避けられないことだが,人口が急減していく「極点社会」だけは避けなければならないとして,そのための対策を提案している。具体的には,地方からの人口流出を食い止める「ダム機能」を地方に構築する必要があり,「若者に魅力のある地方中核都市」を軸にした新たな集積構造を構築すべきだと主張する。それを人口減少の「防衛・反転線」にすべきとして,その実現のための課題と解決策が丁寧に論じられている。

次の「第4章 国民の『希望』をかなえる」は,人口減少のもう1つの要素である「自然増減」を改善させることがテーマである。子どもを産みたい人の希望を阻害する要因の除去に取り組み,国民の希望する出生率(希望出生率)を実現するとし,当面の「希望出生率」としては,1.8という水準を想定している。将来,対策が効果を上げて出生率が向上していった場合には,人口を安定的に維持できる水準である「人口置換水準(出生率=2.1)」を視野に入れていくと述べている。日本の人口は,出生率2.1が実現されてはじめて減少が止まり,安定していくことになる。この章では,出生率を高めるために考えておくべき論点をほぼすべて取り上げ,詳細に論じられている。

「第5章 未来日本の縮図・北海道の地域戦略」では,北海道総合研究調査会理事長の五十嵐智嘉子氏が北海道の人口動態を分析し,これからの戦略を論じており,極めて興味深い章である。北海道は,全国平均より速いペースで人口が急減すると予測され,札幌圏への集中度は,東京圏への集中以上に激しいと予想されている。北海道は,日本の縮図であり,将来の日本社会のモデルである。この章では,札幌圏の分析にとまらず,釧路圏,旭川圏,北見圏および帯広圏のそれぞれについて,人口動態のメカニズムを分析し,地域の特性に応じた処方箋を描き出している。

最後の「第6章 地域が活きる6モデル」では,全国で若年女性の数が増加している市町村,あるいはわずかな減少にとどまっている市町村を数多く取り上げている。これら成功している市町村を産業誘致型,ベッドタウン型,学園都市型,コンパクトシティ型,公共財主導型および産業開発型の6つの類型に分類し,人口が増加している理由,または余り減少しないで済んでいる理由を分析・評価している。

本書を読んで感じることは,人口減少問題の複雑さと,そのモメンタムの大きさである。この問題は,社会,経済,保育,教育,医療,福祉などが複雑に絡み合い,その総合的な結果として生じてきているものである。その流れの方向を変えるためには,膨大なエネルギーと長い時間が必要である。中央政府の関係省庁,地方自治体,国民の1人ひとりが認識を共有し,その力を結集して長期的に取り組まなければ解決できない,実に重たい課題であることを痛感する。

増田氏は,「根拠なき『楽観論』で対応するのは危険だが,だからといって『もはや打つ手がない』というような『悲観論』に立っても益にはならない」と繰り返し述べ,「未来は変えられる。未来を選ぶのは,私たちである」との言葉で,本書を結んでいる。

少子化対策や地方創生に取り組む中央政府や地方自治体の関係者の手引書として,また,この問題に関心をもつすべての方々の入門書として,ぜひともお勧めしたい良書である。

『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』 増田寛也編著 中公新書,2014年,820円(税別) http://www.chuko.co.jp/shinsho/2014/08/102282.html

執筆者略歴

結城 章夫(ゆうき あきお)

1971年東京大学工学部卒業,科学技術庁に入庁。科学技術庁研究開発局長,文部科学省大臣官房長,文部科学審議官などを経て,2005年文部科学事務次官。2007年に退官し,国立大学法人山形大学の学長に就任。2014年に学長を退任し,山形大学名誉教授。現在は,科学技術振興機構上席フェロー,科学技術・学術審議会委員等。

本文の注
注1)  人口再生産力に着目した市区町村別将来推計人口について. http://www.policycouncil.jp/pdf/prop03/prop03_1.pdf

 
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