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リレーエッセー
つながれインフォプロ 第18回
日下 九八
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2015 年 57 巻 12 号 p. 928-932

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本稿の著作権は著者が保持し,クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植(CC BY-SA 3.0 Unported)ライセンスの下に提供する。

ぼくたちが住んでいる街には,ぼくたちが訪れる街には,さまざまな顔がある。歴史があり,自然があり,伝統があり,新しく生まれる建物や文化がある。これらは街の魅力として,住民の心の糧になり,あるいは観光資源にもなる。ありふれたもののようで,1つひとつに個性がある。当たり前のように知っているつもりでも,調べてみると新しい発見がある。そうしたものの中には,地元の人が知っているちょっとしたトリビアにすぎないものもあるし,身びいきで大層なものと思っていても,やっぱりありふれたものにすぎないものもある。だけど,百科事典の記述として,あるいは単独項目として取り上げるに足りるものだってたくさんある。

プロジェクトのはじまり

「ウィキペディアタウン」注1)と呼ばれるプロジェクトは,2012年にイギリス・ウェールズのモンマスで始まった。人口9,000人ほどの町に,無料のWi-Fiを設置し,博物館や学校など1,000か所の建造物・展示物に,ウィキペディアへの検索が行えるQRコードを付け,携帯電話,スマートフォンなどから簡単にアクセスできるようにした。ウィキペディアの編集者の提案によるもので,町議会の協力のもと,ボランティアが新たに約500項目の記事を執筆し,6か月かけて準備をしたという。続くプロジェクトがジブラルタルで始まったが,こちらは主導するウィキペディア編集者の中立性が問われ,ちょっとした騒動に発展した。

日本で行われている「ウィキペディアタウン」注2)という試みは,こうした動きとはあまり関係なく始まった。2013年1月13日Facebookで,本エッセーの第5回でLinkedData.jpを紹介している加藤文彦さん注3)から,こんなメッセージが飛んできた。

>ご存知かもしれませんが,2/23(土)にInternational Open Data Day(http://opendataday.org/)というのがあります.世界中の都市でOpen Dataについてのイベントを行おうというものです.

>横浜でもイベントを行うことになっていまして,その中の一つとして,横浜の地域資源をWikipediaにアップするワークショップの企画が挙がっています.内容としては,1. Wikipediaのレクチャー 2. チームで調査・街歩き 3. Wikipediaに実際にハンズオンで書いていくといったことを考えています.

>そこでご相談なのですが,Wikipediaについてのレクチャーやハンズオンについてくさかさんにお願いできないでしょうか.もし無理でしたら他に適任の方を紹介していただけると大変助かります.また,申し訳ございませんが,無給であることをご了承ください.

もちろん,「いいですよー。喜んで!」と返信した。

2013年といえば,行政のさまざまな情報を,いちいち許諾を得たり申請したりすることなく,改変や商用利用も認める「オープンライセンス」を付けて公開し,ネットで閲覧できるだけではなく,市民や企業もデータやコンテンツを自由に使えるようにすることで,透明性を高め,経済的な効果を期待するオープンガバメントとオープンデータの動きが形になり始めたころだった。オープンデータに取り組む世界同時多発的イベント「インターナショナルオープンデータデイ」の日に,横浜市で「分科会3」として試みられたのが日本でのウィキペディアタウンのはじまりということになる(1)。その後,2014年末までに二子玉川,京都,山中湖,奈良でも開催され,2015年には,岡山県笠岡市北木島(1月11~12日),北海道森町(1月17日),長野県伊那市(1月24~25日)ほか,高知,金沢,三陸沿岸の自治体でも計画があると聞く。

図1 最初に開催された横浜でのウィキペディアタウンで作成された記事のひとつ「インド水塔」

オープンなコンテンツ

ウィキペディアは,クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0非移植(CC BY-SA 3.0 Unported)というオープンライセンスで作られている百科事典なので,ライセンスを守るかぎり,写真も文章も自由に使うことができる。ウィキペディアを編集したり,ウィキペディアで使う写真などをまとめておくウィキメディア・コモンズに写真をアップロードすれば,それらは「オープン」なコンテンツになる。

ウィキペディアのテンプレートから情報を抽出して,よりデータとして扱いやすいものへと変換するDBペディアというプロジェクトもある。いろんなデータを,結びつけたり,分析したり,意味としてわかりやすいものにするためには,地方自治体がもつ統計情報や地理情報だけでは足りない。これを補うのが,DBペディアで作られるデータだ。

こうしたオープンなコンテンツやデータは,自由に使えるもので,その使いやすさから,拡散も速い。ウィキペディアは,多くの人に利用されているのだから,より充実させ,より正確になることだけでも,大きな社会的貢献となる。できあがったコンテンツは,さらにさまざまに活用されることだろう。Googleの検索結果の右側に表示される要約や写真は,ウィキペディアから再利用されていることも多い。緯度経度情報から地図に取り込むこともできる。2020年の東京オリンピック/パラリンピックの開催時には,世界中からたくさんの人々が日本を訪れる。ウィキペディアの記事は,翻訳だって自由にできる。

ほかのプロジェクトとの連携

街歩きを基本として,地域の文化財,文化施設,歴史的建造物などを訪れる。実物に触れ,写真を撮る。図書館の協力を仰ぎ,資料をあたって,百科事典の記事を作る。撮影した写真をアップロードする(24)。ウィキペディアに掲載する情報は,情報源を明らかにしなければいけない。その情報となる書籍や雑誌は,図書館にある。せっかく街歩きをするのだから,オープンライセンスで地図を作るプロジェクトの「オープンストリートマップ」注4)や,地理情報と古地図を使ったアプリ「ちずぶらり」注5)を活用するコミュニティ「図書館ぶらり部」注6)と連携することも増えてきた。ウィキペディアで書きにくい情報については,localwiki注7)や,深谷市のフカペディア注8)のような独自のプロジェクトとも連携していく余地がある。二子玉川では,地域の保存会の方々が参加し,貴重な写真(5)を提供してくれた。横浜みなとみらいホールや横浜能楽堂では,普段は入れない楽屋(6)や準備室などバックヤードツアーが行われた。図書館,文書館,博物館,美術館など文化施設とウィキペディアの編集者の共同プロジェクトは,GLAM-WIKI注9)と呼ばれ,バックヤードツアーのほかにもさまざまな取り組みがある。また,地域の風景や建物を撮影するイベントはWikipedia takes your townと呼ばれる。日本のウィキペディアタウンは,GLAM-WIKIとWikipedia takes your townを合わせたような企画注9)ともいえる。

図2 北木島での街歩きから
図3 地域の文化資源に触れる 二子玉川での第2回ウィキペディアタウン
図4 伊那・高遠図書館での共同編集
図5 建築時の駒沢給水塔(竣工は1923年)
図6 横浜能楽堂の楽屋 バックヤードツアーでの撮影

コラーニングの実践

ウィキペディアの地元に関係する記事を執筆する,と考えれば,1人でもできる。図書館の協力がなくても,住人として図書館から借りたり,手持ちの資料を使ったりしてもいい。そういう気軽なものでもある。でも,インフォプロの皆さんがいれば,このウィキペディアタウンという取り組みは,さまざまに活用できそうではないですか?

これまで,主催・運営にかかわってきたのは,地域に根付いた活動をしているNPO,公共図書館関係者が多い。参加者は,地元を愛する人もいれば,オープンデータに興味をもつ人もいる。共同で執筆する百科事典であるウィキペディアにはウィキペディアの方針やガイドラインがあり,独自の記法がある。編集への躊躇(ちゅうちょ)を振り払い,あるいは削除を回避するには,ウィキペディアの編集・執筆にかかわる人の参加が好ましい。宣伝やお国自慢にしないためには,検証可能性や特筆性といった方針に目を通す必要がある。もちろん,団体で図書館の資料を使うためにも,資料を使いこなすにも,司書・図書館関係者の存在は力強い。地域の保存会やNPO,研究者や学芸員のほか,取り上げる記事についての知識がある人たちに参加いただけると,なお助かる。人を介して情報をつなぎ,情報を介して人をつなぐ。

ウィキペディアという広く知られた便利なツールの編集への参加,オープンガバメントやオープンデータという話題の取り組みへの参加は,人目を引くキーワードだし,図書館や地域の文化施設の活用,情報リテラシーと情報収集力の涵養(かんよう),住人の地域への関心の掘り起こしと世代を超えた交流,観光情報の発信といったものも参加への動機付けにもなる。編集を始めると,地域の歴史,地理,文化を核に,いろいろな世代のさまざまな得意分野の知識や経験が入り乱れていく。能動的な情報の発信や修正ができる人が増えることは,インターネット社会で重要な変化であり,ウィキペディアタウンは,著作権,インターネットを介した情報の取得と発信のリテラシー,図書館や自治体などのサイトの活用方法,学術・科学の方法論を踏まえた文章作法が,実感とともに身につく機会としても機能する。百科事典としての中立性を保つために,宣伝的な文句を削ることで,逆に魅力が浮かび上がる。現地で目にとまり撮影した建物の出っ張りに意味のあることが,図書館で調べているうちにわかる。1つの給水塔の記事を調べ始めれば,より広範囲の水道事業にたどり着き,地元の能楽堂の魅力を伝えるには,「能」の記事そのものの充実が不可欠だと知る。そうして,ぼんやり理解していたことが,膨大な背景を抱えていたことを知る。「経験」や「蓄積」を書誌情報を示しながら,正しく後世に伝えられるようにしたり,ネット上の論文の調べ方を教えあったり。何年も前にやっと探しあてた複写資料の曖昧な奥付から書誌情報をWebOPACで確認したり。かと思えば,パソコンを使うのが苦手だと言ってる人たちが,地図ができていく様子を,じっと見つめていたりする。

知ることと,伝えることに夢中になった大人たちは,時間ギリギリまで駄々をこねて作業を続けようとする。これはまさに地域の知の拠点であり,世代を超えたコラーニングの実践なのだ。

執筆者略歴

日下 九八(くさか きゅうはち)

ウィキペディア日本語版の参加者(User: Ks aka 98)。コミュニティの信任を得て,2006年から管理者。2009年から断続的に開催しているウィキメディア・カンファレンス・ジャパンのスタッフ。東京ウィキメディアン会,OpenGLAM Japanのメンバー。

本文の注
注1)  ウィキペディアタウンについての解説は,日本語版の項目「ウィキペディアタウン」

http://ja.wikipedia.org/wiki/ウィキペディアタウン

注2)  日本で開催したウィキペディアタウンのアーカイブは「プロジェクト:アウトリーチ/ウィキペディアタウン/アーカイブ」

http://ja.wikipedia.org/wiki/プロジェクト:アウトリーチ/ウィキペディアタウン/アーカイブ

注3)  加藤文彦氏の記事については以下を参照 「つながれインフォプロ 第18回」情報管理

56(11), 794-796, doi: 10.1241/johokanri.56.794

注4)  オープンストリートマップ. https://openstreetmap.jp/

注5)  ちずぶらり. http://atr-c.jp/burari/

注6)  図書館ぶらり部. http://alpha3.chizuburari.com/clubs/24

注7)  localwiki. http://localwiki.jp/

注8)  フカペディア. http://fukapedia.com/

注9)  GLAMとウィキペディアの連携については,日本語版のプロジェクトページ「プロジェクト:GLAM」.

http://ja.wikipedia.org/wiki/プロジェクト:GLAM 

英語版「Wikipedia:GLAM」. http://en.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:GLAM

 
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