情報管理
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情報を身につける
高田 高史
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2014 年 57 巻 2 号 p. 139-142

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情報をいかに早く的確に入手し,ビジネスや研究等に活用していくかが注目される時代である。本誌に掲載されている論考も,そうした内容が多くを占めているし,公共図書館の司書としての私の仕事も,この範疇(はんちゅう)に含まれる。しかし,近年,情報が勢いよく流れる中に身を置き,はたして情報をしっかり受けとめ,身につけられているのかと気になるようになった。

そんな思いを含めて書いたのが自著『図書館で調べる』である。インターネットをはじめとしたツールで,容易に情報と接することができる時代に,「今の時代に図書館は必要か」という「プロローグ」から書きはじめた。本書は,わかりやすさを心掛けた図書館での調べ方ガイドであるが,図書館で調べることの利点にも多くのページを割いている。

書架での調べものは,目の前の本に何が出ているかと考え,本を抜き出し,めくって,どのページに載っているのかを探す行為が基本となる。パソコンの前に座って検索するのに比べると,正直,面倒である。しかし,その手間があるからこそ,自分の考えを整理したり,「どこに出ているのか」と簡単な推理をしたりして,自然と情報が身についていくのではなかろうか。また,検索ではキーワードによって求める情報がダイレクトにヒットする。それに反して図書館では,いろいろな分野の書架を歩きまわって本を探し,何冊かを積み上げるような行為がともなう。ハズレも多いが,思いもよらなかった関連情報に触れるきっかけとなり,知識の幅を広げやすい。

ひとつ屋根の下に森羅万象,あらゆる分野の情報が,視覚的に把握しやすい本というかたちで詰まっているのが図書館である。そして,通読に限らず,一冊の章立てや書架の配列などを知ることにより,知識の体系的な理解にもつながる。手早く簡単に,が求められる時代だからこそ,一呼吸おいて知識を身につける魅力が引き立つのではないか,それが図書館という空間の持ち味でもあるという自分の考えで結んだ。

『図書館で調べる』 高田高史 筑摩書房(ちくまプリマー新書),2011年,760円(税別) http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480688644/

一呼吸どころではなく,深呼吸の例もあげたい。メディアでも数多く取り上げられているから,ご存知の方も多いと思う。進学校の灘中学・高校の国語教師・橋本武氏(故人)の授業と人柄を,教え子の視点で記した『灘中 奇跡の国語教室』である。

橋本氏は検定教科書を使わず中勘助『銀の匙』注1)を中学生の3年間をかけて徹底的に読み込んでいく授業をしたという。文中に出てくる言葉や事柄を詳しく教えたり考えたりしただけではなく,「寿司」だったら,各地の寿司,言葉の由来,女房ことば……,などと展開していったそうだ。また本書に紹介されているエピソードでは,駄菓子が出てきたらみんなで作中の駄菓子を食べ,凧(たこ)あげの場面だったら凧を作って授業中に凧あげ大会を行ったとある。橋本氏の授業を見学した高名な大学教授からは「横道に外れすぎる」とも評されたそうだが,物事の奥行きを知ったり体感したりすることで,生徒たちは自分なりの解釈へとつなげられたであろう。そうした断片を通じ,物事は表面的でないことを,橋本氏は伝えたかったのではないかと思えた。

私は司書なので,つい図書館での調査にあてはめて考えてしまう。駄菓子であったら,当時,どういう駄菓子が食べられていたのかがわかる本を探すところから調べ始める。地域や貧富の差によって口にした駄菓子は異なるであろう。当時の値段はいくらくらい,やっぱり3時のおやつだったのか,再現できるレシピを記録したものはないか,などを図書館のさまざまな資料で探していくことになる。あれこれと調べることによって知識は広がりもすれば深まりもする。凧あげを調べ始めたら,世界の凧が気になって民俗学に興味が移ることもあれば,高くあげることを追求して物理学に興味が移っていくかもしれない。好奇心をともなう興味の脱線は楽しい。教育論として書かれた本であるが,図書館や情報という観点から読んでも味わいのある一冊であった。

『灘中 奇跡の国語教室 橋本武の超スロー・リーディング』 黒岩祐治 中公新書ラクレ,2011年,740円(税別) https://www.chuko.co.jp/laclef/2011/08/150394.html

私の勤務先の神奈川県立川崎図書館は,科学技術,産業関係に特化した日本でも類のない公共図書館である。私は科学技術系のサービス部門に加え,ここ2年間は会社史も担当している。その関連で読んだ本から『なぜ、社員10人でもわかり合えないのか』を紹介したい。ビジネス書に分類される内容であるが,やはり情報という視点からも読み進めることができる。

この本で扱われているコミー株式会社注2)は,埼玉県川口市が本社の中小企業で,特殊なミラーを作っている。駅の券売機や銀行のATMの覗(のぞ)き見防止用ミラー,店舗の万引き防止&気配り用ミラー,航空機の手荷物入れの忘れ物防止用ミラーなどで,いずれもほぼ独占的なシェアを占めている。

コミーは「なぜ?」の追求を社風としている。たとえば,第4章の「小さな組織をむしばむ「ヌシ化」」では「社員が少ないのにも関わらず,社内で情報が共有化されないのはなぜだろう?」を考える。結果,社員が少ないがゆえに,その仕事のヌシ的な担当が存在することになり,効率化を妨げていることが判明した。この案件については,ただ担当を変えるだけではなく,試行錯誤しながら,誰もが対応できるような体制を作り,業務の改善につなげていったのである。

また,第6章の「「物語化」し、何度も追体験」には,仕事のプロセスを物語として記録する実践例が出ている。会社や商品のキャッチコピーを採用した際,おそらく多くの会社では,事務的な文書を残して記録を終えているのではないか。コミーでは「死角に気くばり KomyMirror」のキャッチコピーを採用するが,「死」という文字の賛否,どういう問題点があるか,議論による変更など,決定までの経緯を読みやすく物語として記録した。そんな物語づくりを「なぜ?」するのかといえば,会社で起こった大小のプロセスを追体験し,経験の伝承につなげたいという意図がある。

こうして作られていった多くの物語は,同社のWebサイトで公開もされているし,創業40周年記念として刊行された『コミーは物語をつくる会社です。』にもまとめられている。電話番号のゴロ合わせや給湯室の効率化の物語だけで数ページを割いているなど,ユニークさに目がいきがちだが,そのユニークさは真面目さに裏打ちされているのである。

『なぜ、社員10人でもわかり合えないのか』 日経トップリーダー編 日経BP社,2011年,1,400円(税別) http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/191870.html

多くの企業がさまざまな方法で,社史の刊行,自社の歴史の収集・保存,そして活用をしている。『企業アーカイブズの理論と実践』は近年の企業の取り組みがまとめられている一冊である。「理論編」と「実践編」で構成され,企業史などの研究者および企業の社史編さんや企業アーカイブズの担当者らが分担執筆している。

特に企業の担当者による事例の紹介は,表面には見えない苦労や気づき,そして活用法などが載っているので,情報担当者の参考になる点も多いだろう。「実践編」に掲載されているのは,ダイキン工業,森永製菓,味の素,トヨタ自動車などの例である。各社によって取り組み方はまちまちである。会社としての考え方や担当者の手腕が大きく反映されていることがわかるし,行間から,会社の枠を超えて工夫や経験などのノウハウを伝えたいという姿勢もうかがえる。大企業の事例が大半であるが,企業の規模・業種に限らず,組織の歴史を扱う立場の誰にも参考になるであろう。

本書は企業の情報部門担当者を念頭に出版されたと思われるが,こうした事例を参考に,自分の職場や業界(私なら図書館)に活かせる点はないか,社史や企業アーカイブズに限らず仕事そして人生に応用できる部分はないか,と考えてみてはいかがだろうか。

情報は人類活動そのものなので,あらゆる事象と結びつく。直接的ではないにせよ,思考をめぐらすことによって,いろいろなヒントが見つかっていく。そうして身につけられた情報は流れ去ることはないと思う。

『企業アーカイブズの理論と実践』 企業史料協議会編 丸善プラネット,2013年,2,000円(税別) http://pub.maruzen.co.jp/shop/9784863451766.html

執筆者略歴

高田 高史(たかた たかし)

1969生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科修了。司書として神奈川県に入庁,現在は神奈川県立川崎図書館に勤務。科学技術系のレファレンスサービス,社史室,広報・企画などを担当。著書に『図書館で調べる』(ちくまプリマー新書),『図書館が教えてくれた発想法』(柏書房),共著で『図書館のプロが伝える調査のツボ』(柏書房)などがある。

本文の注
注1)  『銀の匙』:中勘助の自伝的小説。夏目漱石にも絶賛される。新聞連載後,1921年に岩波書店から刊行される。

注2)  コミー株式会社. http://www.komy.co.jp/

 
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