情報管理
Online ISSN : 1347-1597
Print ISSN : 0021-7298
ISSN-L : 0021-7298
聴覚障がい者向け手話サービスへの情報技術の応用~Tech for the Deaf~
大木 洵人
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2014 年 57 巻 4 号 p. 234-242

詳細
著者抄録

本稿では,情報技術を駆使した聴覚障がい者向けサービスを紹介する。日本の聴覚障がい者が直面している社会課題を取り上げ,その解決に情報技術がどのように役立つのかを著者が代表を務めるシュアールグループの事例を中心に説明する。(1)聴覚障がい者や手話に対する理解の低さ,(2)聴覚障がい者と聴者における機会提供の格差,(3)聴覚障がい者に向けたサービスの限界などの社会的背景から,(1)手話通訳者の不足,(2)手話から引く辞典の欠如,(3)手話による娯楽の不足といった社会的課題に直面している。これらの課題を解決するために,シュアールでは,(1)遠隔手話通訳,(2)手話キーボード,(3)手話ガイドアプリ,(4)手話ポッドキャストの4つのサービスを提供している。これらすべてのサービスは近年の情報技術の発展がなければ生まれなかったものであり,まさに情報技術が社会課題の解決に寄与する実例である。

1. はじめに

手話は聴覚障がい者を中心に,世界で7,000万人1)の人が利用している言語である。この人数は,世界で20番目に人口の多いタイの人口6,408万人(2011年)2)を優に超えている。

これだけの人が手話を使用しているにもかかわらず,依然として,聴覚障がい者が抱えている問題は数多く存在する。その中でも「手話通訳者の不足」「手話から引く辞典の欠如」「手話の娯楽の不足」は特に深刻である。手話は文字をもたない言語であり,紙で情報を残すことが大変に困難である。これまでも手話の書記化は試みられているが,普及されたものはない。一方,映像として情報を扱えるITとの相性は極めてよい。本書では,これら聴覚障がい者が抱えている問題がITによって解決に向けて着実に進んでいる事例として,私が代表を務めるシュアールグループの取り組みを紹介したい。シュアールグループ注1)は慶應義塾大学発の元学生ベンチャーで,2008年に手話の事業を展開するために創業した。Tech for the DeafをスローガンにさまざまなITサービスを世に送り出し続けている。

2. 日本における手話を取り巻く社会問題

日本で障害者手帳をもつ聴覚障がい者は約36万5千人である。また,約1,944万人が補聴器を必要とする難聴者と言われており3),8万人の人が手話を母語とする「ろう者」である4)と言われている。現状として,これらの人々に対するサービスは十分とはいえず,程度の差はあるが,不自由な生活を強いられている。この問題を生み出している要素は,大きく分けて3点あると考えている。1点目は,聴覚障がい者や手話に対する理解の低さ,2点目は,聴覚障がい者と聴者における機会提供の格差,3点目は,聴覚障がい者に向けた現状サービスの限界である。

まず,「聴覚障がい者や手話に対する理解の低さ」について説明していきたい。一般の人は,聴覚障がい者の中にも,さまざまなコミュニケーション方法があることを知らない。ろう者の中でも第二言語となる日本語の習得度合いは人によって開きが大きく,日本語をほとんど読めないろう者も少なくない。また,読唇術の習得度合いもさまざまであり,すべての聴覚障がい者が読唇できるわけでもない。一方,聴覚障がい者の中には,手話をまったくできない人も多くいる。たとえば,病気や事故によって日本語習得後に失聴した中途失聴者は手話を身につけていないことが多い。つまり,聴覚障がい者とのコミュニケーションにおいては,手話・筆談・読唇などの手段があり,1人ひとりに対して,もっとも適切なものを選んでいく必要がある。

手話が日本語とは異なる独立した言語であるということや,ろう者が固有のろう文化をもっていることも知られていない。手話は「手で話す」と書くことから,日本語をそのまま手で表しているだけのツールと勘違いされることが多いが,日本語と手話は大きく言語の構造が異なる。正確には,独自の文法をもつ手話を「日本手話」,日本語の文法に手話をあてた手話を「日本語対応手話」という。たとえば,「何」「どこ」「いつ」といった疑問詞は文の最後にもっていくのが日本手話における正しい文法である。つまり,「今日は何を食べましたか?」を表すときには,「今日+何+食べる+過去形」で表すのが日本語対応手話,「今日+食べる+過去形+何」と表すのが日本手話となる。また,手だけではなく,眉毛や口などの表情も手話における大切な文法である。たとえば,「兵庫」と「相模原」の手話に関して,手形(しゅけい)は2つとも同じである。この2つの違いは,「ひょうご」と「さがみはら」と口で表しながら手話を表現する。読唇が苦手な人でも,手形とセットであれば,2つのどちらの手話なのかは口形(こうけい)から十分に判断できる。

手話は世界共通だと勘違いしている人も多い。ジェスチャーのイメージが強いからであろうが,手話は各国ごとにまったく違う。それは音声言語と同じように文化や歴史が深く関係しているからである。たとえば,日本手話の「ありがとう」(12)とアメリカ手話の「Thank you」(34)は語源がまったく違う。日本手話のありがとうは,力士が手刀を切る動作をもとにしているが,アメリカ手話では投げキスをもとにしている。力士が礼を言うのか,投げキスで感謝を表すのか,これは文化の違いである。

「ありがとう」の日本手話
「Thank you」のアメリカ手話

以上のような聴覚障がい者や手話に関する正しい理解が,一般に広がっていないため,必要な支援が十分に実施されていない現状がある。

次に,「聴覚障がい者と聴者における機会提供の格差」について説明する。まずは,職業に関して取り上げる。聴者社会の中で,聴者との言語の違いやコミュニケーション方法の違いから,聴覚障がい者の職業の選択肢は大きく制限されている。現状として聴覚障がい者に対する情報提供を職場で行うといった考えは広まっておらず,聴覚障がい者の中には十分に働く能力があるにもかかわらず障害者年金に依存した生活を余儀なくされている人も少なくない。よって,彼らの生活は非常に不安定で,将来に備えて貯蓄をしたり,家族を扶養したりすることが非常に困難な状況となっている。特に,これまでは仕事においてコミュニケーションが少なくて済む技術職(歯科技工士や鉄筋工など)が圧倒的に多かったが,これらの職業そのものの人口が減るにつれて聴覚障がい者の職自体も縮小する傾向にある。もともと職業選択の幅が著しく狭かったにもかかわらず,技術革新によってさらに厳しい状況に追い込まれている。しかし,情報を伝達する手段が十分に確立されていれば,社会の中で能力を発揮する機会は十分に存在する。

また,機会格差は職業だけではない。情報格差も非常に大きな問題である。社会にはさまざまなメディアが存在するが,音を使った情報伝達が多い。また,手話を使ってリアルタイムに情報配信をしているメディアはテレビだけであるが,テレビからの情報も非常に限られている。たとえば,NHKの手話ニュースは,昼と夜の2回しか放送されないため,朝,最新の情報を得ることは難しい。ほぼすべての放送局が朝の時間帯にニュースを放送しているにもかかわらず,聴覚障がい者向けの情報提供は行われていない。また,手話を題材にしたドラマやアニメなどが放送されることもあるが,明らかに聴者をターゲットとして手話や聴覚障がい者をテーマに制作されたものであり,聴覚障がい者向けの情報提供はほとんど行われていない。手話を扱ったドラマにもかかわらず,手話をしているシーンで手話自体が画面から見えないことがあることからも聴覚障がい者に情報を伝えようという意思の薄さがうかがえる。ビジネスにおいても日ごろの生活においても,情報の入手は死活問題であり,現状のままでは聴覚障がい者が社会から取り残されてしまう危険性が極めて高い。

そして最後に,「聴覚障がい者に向けた現状サービスの限界」について考えていきたい。現状として,手話サービスの多くを担っているのは,行政である。行政のサービスとして,手話通訳や聴覚障がい者に必要な日常生活用具給付制度等があげられる。これらのサービスは聴覚障がい者の生活に欠かせないものになっている。その点,これらのサービスは成果を上げていると言えるが,税金が限られている以上,ニーズに対して供給が少ないという問題が生じている。たとえば,手話通訳を利用するためには,事前予約などの煩雑な手続きを経なければならず,加えて,公共的な目的に限ってのみ使用できるなど利用範囲を限定している場合が多い。そのため,仕事やプライベートなど,日常的に気軽に利用することができない。また,このシステムは緊急性に対応できていないことも難点である。たとえば,聴覚障がい者が急な体調不良を起こした場合,すぐに手話通訳者を派遣することができず,自力で筆談によって医師とコミュニケーションを図らなければならない。よって,診察に時間がかかるなどの理由から,医師から診断を断られたり,粗雑な診断で済まされてしまったりするケースも少なくない。

民間企業や市民団体によっても,聴覚障がい者向けに多様なサービスが展開されているが,どのサービスも「収益性を考えたビジネス」ではなく,ほぼすべてが慈善事業としての位置づけである。そのため,市場ニーズから乖離(かいり)したものが多く,満足度の低い非持続的なサービスが多いのが現状である。また,近年,大手電話会社の中にはCSR(Corporate Social Responsibility,企業の社会的責任)として携帯テレビ電話を使った電話リレーサービス注2)を導入し始めたところもある。このサービスの特徴は,携帯電話を使用しているため,手話通訳のサービスをいつでもどこでも受けられることである。しかし,このサービスはあくまで自社サービスの補完という位置づけでしかなく,聴覚障がい者の生活を支えるために作られたものではない。そのため,その会社以外のサービスを利用する際に利用できるものではない。

また,市民団体や大学生らによって,聴覚障がい者との交流やサポート活動などが展開されているが,あくまでも一過性のボランティア活動で終始するケースが多い。そして,手話歌や手話劇など,芸術活動としての側面に特化して手話が活用されがちであり,言語として実用的に活用されることが少ない。

以上が,聴覚障がい者が不便な生活を強いられている主要な要素である3つの側面である。このような状況の中で「手話通訳者の不足」「手話から引く辞典の欠如」「手話による娯楽の不足」の3つの問題は早急に対応が求められている課題である。

3. ITを駆使した解決方法

これらの問題を解決するためにシュアールグループが提供しているサービスは4つある。手話通訳者の不足を解決する「遠隔手話通訳」,手話から引ける辞典を実現する「手話キーボード」,手話での娯楽を提供する「手話ガイドアプリ」「手話ポッドキャスト」である。

3.1 遠隔手話通訳

遠隔手話通訳はテレビ電話を用いて,離れた場所から手話の通訳を行うサービスである。前述のように聴覚障がい者の中には手話を母語とし,日本語が苦手な人も少なくない。彼らが日々の生活の中で手話通訳を必要とするシーンは数多く存在する。たとえば,携帯電話を電車の中に忘れてきた際に,携帯の機種や色,乗っていた車両の場所などを駅員に筆談で伝えるのは困難である。時間がかかり,その間に盗まれてしまうリスクもある。そういった状況で,テレビ電話を使って待機している手話通訳者を呼び出し通訳を行うのが,遠隔手話通訳である。手話は筆談に比べてスムーズな会話が可能であり,母語で対応してもらえる安心感も高い。

サービスの種類は大きく2つある。1つ目が対面の通訳である。これは,先ほどの駅の例のように,現場に聴覚障がい者と聴者の両者がいる場合に,手話通訳者だけが遠隔地から通訳を行うものである。

現在,この対面通訳サービス(5)はJR東日本に導入され,山手線内のすべてのインフォメーションセンターに設置されている。また,ホテルや全国の区役所などへの導入が進んでおり,急な聴覚障がい者の来客に利用されている。

図5 遠隔手話通訳「VRS」

もう1つが,電話の代行である。聴覚障がい者は電話を利用することが難しいため,シュアールのコールセンターに手話で連絡したうえで,シュアールから先方に電話を行うサービス(6)である。この場合,3者間通話となるのですべての人が異なる場所にいる。

遠隔手話通訳のメリットは,短時間利用が可能なことと緊急事態に対応できることである。今までの手話通訳では実際に人が移動するため,短時間での利用が難しかった。移動に1時間かかるのに通訳が必要なのは5分では大変非効率である。その点,遠隔手話通訳の場合は必要な瞬間だけ呼び出すことが可能である。実際にシュアールが行っている通訳の8割以上が15分未満の利用である。これらの通訳は実際に出向いて対応するには難しい案件である。また,常に手話通訳者が聴覚障がい者と行動をともにすることは難しく,すべての施設の窓口に手話通訳を設置することも難しい。そのため,聴覚障がい者にとっても施設にとっても,手話通訳を必要とする事態は緊急事態である。遠隔手話通訳の場合,端末とインターネットさえあれば,常に手話通訳者を呼び出すことができるので,急に手話通訳が必要になった場合でも対応できる。

将来的には110番と119番に対応できるように,24時間365日体制を目指している。2020年にはオリンピック・パラリンピックが日本で開催されるため,それまでには海外の手話にも対応し,海外の聴覚障がい者も安心して日本に観戦に来ることができる社会を作りたい。

図6 遠隔手話通訳「TRS」

3.2 手話キーボード

手話を利用するうえで,「手話はわかっているのに,その日本語での意味がわからない」ということはよくある。たとえば,手話の学習ビデオを見ていて,1つの単語の意味がわからない場合などである。また,聴覚障がい者にとっても,手話は頭に浮かんでいるが日本語での意味がわからないこともある。日本語と英語に置き換えるなら,日本人が英文を読んでいるときにわからない単語が出てきたときやアメリカ人が頭に浮かんでいる英単語の日本語での意味がわからない状況である。日本語と英語であれば,英和辞典を引けば,対応する日本語の意味は調べることができるので問題ないが,手話の場合は状況が大きく異なってくる。日本語から手話を引くことは簡単である。「犬」と手話辞典で調べれば,手話で犬を表す単語は探し出せる。一方,手話から日本語を引きたい場合は簡単にはいかない。手話は文字がないうえ,アルファベットや50音といった順番にあたるものが存在しないため書面で調べることが極めて難しい。また,動画認識で手話を調べることは現状の技術では難しく,手袋にセンサーを付けて手の動きを感知するデータグローブでは手の形を把握できても,口形や首の動きなどを検知できない。そこで考えたのが日本語の入力と同じように手話の一部の要素から検索をする入力デバイス,手話キーボード「SLinto Keyboard」(7)である。

図7 手話キーボード「SLinto Keyboard」

手話キーボードとは,手話単語を構成する要素である「手の形」「手の位置」「手の動き」「動きの方向」の4つのうち,「手の形」と「手の位置」の2つを利用し,手話を検索するツールである。この仕組みは日本語の入力システムと似ている。アルファベットの場合は直接入力できるが,日本語の場合はひらがな,カタカナ,漢字,数字などさまざまな文字を使い分けているため,キーボードで直接入力することができない。そこで,発音やアクセントを無視して音だけをローマ字で入力するのだが,情報が不足しており,「KUMO」と入力した場合,本来はイントネーションで区別する「雲」と「蜘蛛(くも)」は判断ができない。そのため,ローマ字で入力した後に,候補となる漢字一覧を表し,そのリストから人間が目で見て選択する方法が取られている。手話キーボードも手話を直接入力することが難しいため,手の形と手の位置を入力し,候補となる単語の一覧(動画)を表示し,その中から自分の求めていた手話単語を選ぶ方法を採用している。これによって,高度な画像認識やカメラを必要とせず,手話から音声言語の意味を引くことができるのである。この技術はすでに米国と韓国で特許になっており,日本とEUでも特許を出願済みである。

そして,もう1つの,この辞典の特徴は,ユーザー投稿によって単語数が増えていくクラウド型の辞典だという点である。新しい言葉が生まれると当然,それに合わせて手話も作る必要がある。しかし,新しい製品を作った企業側が手話も一緒に提示してくれるわけではないので,手話が安定するまで同じ意味を表す手話が乱立することになる。これは通訳者にとっては対応しにくいうえ,聴覚障がい者同士でも意思の疎通に困ったりする。そこで,自由に辞書に意味を投稿できるようにすることで,ユーザーが主体となって手話単語を形成できるようになっている。もちろん,1人の人間が作った手話単語案が決定するわけではなく,「FIT」と呼んでいる評価機能が存在する。ある意味に対して手話単語の候補となる動画が投稿されると,他のユーザーは「賛同」「反対」「対抗」の3つのリアクションができる。賛同はFITボタンを押すことでその単語案を支持する,反対はUNFITボタンを押すことでその単語案に反対をする,そして,対抗は同じ単語の意味に別の案の動画を投稿することで他のユーザーに自分の案を示すことができる。最終的にもっとも多くのFIT(UNFITはマイナスされる)を集めた単語が定着する。

これまでは実際にろう者が会う場所で自然と行われていたため可視化が難しかったが,SLinto上ではリアルタイムで進行状態が把握できる。そして,1人1票の投票で手話単語が決まっていくので,完全に民主的に単語を決めることができる。さらに,手話の方言に対応するために,FITの属性をすべてトラッキングしており,地方ごとに評価の高い手話を分けて表示することも可能である。

これまでにSLintoは,国内外のさまざまなコンテストで受賞歴があり,2013年にはインテルAPECチャレンジにて日本チーム初のEarly Stage Awardを受賞し,インテルグローバルチャレンジに出場した注3)

3.3 手話ガイドアプリ

聴覚障がい者にとっても旅行は楽しい娯楽の1つである。そして,旅先で歴史的建造物の時代背景や小話を知りたいという欲求は当然ながら存在する。しかし,手話のできるガイドがいる場所は皆無に等しく,手話通訳を連れて行くのは費用的にも厳しい。何よりも気心の知れたメンバーだけで行く旅行が堅苦しくなる。手話を母語とする聴覚障がい者にとっては文字による観光ガイドは疲れてしまうため旅行が楽しめない。何より,聴者にとっても日本語であれば文字で十分に読めるのに各地にガイドがいるのは,ガイドブックとは違った楽しみがそこにあるためなのだろう。

そこで,ろう者が手話でもガイドが受けられるように,事前に手話でのガイド案内を動画で撮影し,独自のアプリ「Shuwide」(8)で公開している。これによって聴覚障がい者はアプリ内で地図を見ながら観光スポットを巡り,その場所で手話によるガイドを受けることができる。現在は第1弾として鎌倉市にて実施している。

手話のガイド動画を制作する際には地元のろう者に地域の手話表現を事前に確認している。たとえば,「鶴岡八幡宮」といった固有名詞の手話は地元の人しかわからないからである。当然,そういった単語には字幕を併用して地域外の聴覚障がい者にもわかるように配慮しているが,利用者からは地元の手話表現がわかるので楽しいと評判だ。旅先に行って,その地域の手話に触れられるのは聴覚障がい者にとっての新しい楽しみ方になるかもしれない。

今後は,旅行先だけにとどまらず美術館や企業の社内展示場や工場見学にも利用できると考えている。

Shuwideによって,聴覚障がい者が十分に情報提供を受けられるエリアが拡大し,それに伴って行動範囲が広がることを期待している。

図8 手話ガイドアプリ「Shuwide」

3.4 手話ポッドキャスト

Shuwideと同様に,聴覚障がい者のQOL(Quality Of Life,生活の質)向上に大きく寄与しているのが手話ポッドキャスト「手話PodChannel」(9)である。日本初の手話ポッドキャストとして2009年に配信を開始し,2010年にはグッドデザイン賞を受賞している。毎月2回,15分の番組を配信している(2014年5月現在,一時休止中)。聴者に対しては過去に携帯音楽プレーヤーで音楽を持ち歩ける新しいライフスタイルが提供された。しかし,音楽を楽しむことのできない聴覚障がい者にとっては娯楽を持ち歩くことが難しかった。しかし,Apple社のiPodが液晶画面を搭載したことで,映像を携帯することが可能になり,手話の映像を配信できるようになった。

これにより,聴覚障がい者が手話の娯楽を持ち歩く新しいライフスタイルを提供できるようになった。

コンテンツは企画・制作・出演・編集,すべてにおいて聴覚障がい者自身によって行われている。まさに「ろう者の,ろう者による,ろう者のためのメディア」である。これまでに,トーク番組からお笑い,ドラマやクッキング番組まで手話界では珍しいジャンルの映像を配信してきている。今後は今まで以上にコンテンツを充実させ,継続させる予定である。

図9 手話ポッドキャスト「手話PodChannel」

4. まとめ

シュアールでは,手話×ITという切り口から,今までにないまったく新しい手法でサービスを提供し続けている。しかし,どの製品も手話であることを除けば,これまでに提供されてきたサービスである。通訳も各企業が英語のできるスタッフの採用に躍起になっているし,日本語による文字入力はかなり前に開発されている。最近の美術館の音声ガイドはフランス語やイタリア語にも対応しているし,毎日新しいテレビ番組が生み出され続けている。

われわれが行っていることは,市場の少なさと専門的知識の不足から見過ごされてきた手話界へ,他の市場で成功したモデルや製品を導入することである。そのためにはITによるコストダウンと少しの工夫が大変重要になってくる。われわれが行っている活動の先には,まったく新しい市場と手話にかかわるすべての人の明るい未来があると信じている。

本文の注
注1)  シュアールグループ. http://shur.jp/

注2)  高速移動体通信を使って遠隔で行う手話通訳サービスのことである。

注3)  「SLinto」がEarly Stage Award受賞. http://shur.jp/shur_release20130815.pdf

参考文献
  • 1)  World Federation of the Deaf. http://wfdeaf.org/, (accessed 2014-05-22).
  • 2)  総務省統計局. http://www.stat.go.jp/info/link/5.htm, (accessed 2014-05-22).
  • 3)  補聴器供給システムの在り方研究会編. 「補聴器供給システムの在り方に関する研究」:2年次報告書:「補聴器普及のためのシーズに関する調査」. 補聴器供給システムの在り方研究会, 2003, 55p.
  • 4)  植松英晴. 聴覚障害者福祉:教育と手話通訳. 中央法規出版, 2001, 231p.
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
feedback
Top