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AMED(日本版NIH)創設に向けた新しい指標の開発(6) 疾病別にみた医薬品開発の現状俯瞰・将来予測
長部 喜幸治部 眞里
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電子付録

2014 年 57 巻 5 号 p. 323-333

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著者抄録

AMED(日本版NIH)や製薬企業における,政策決定・戦略立案に資するエビデンス提供のため,新しい指標に基づいた医薬品産業の現状俯瞰・将来予測を試みた。今回は,医薬品・パイプラインが対象とする適応症の観点から,疾病別にみた医薬品の開発状況を分析した。具体的には,国際特許分類(IPC)を用いた分析や,個々の疾病に基づいた分析を行った。

1. はじめに

AMED(日本版NIH)注1)や製薬企業における,政策決定・戦略立案に資するエビデンス提供のため,新しい指標に基づいた医薬品産業の現状俯瞰・将来予測を試みた。

前回までに,パイプライン情報および特許情報を用いた医薬品産業の分析を行った。

拙著「日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(1)~(3)」においては,各製薬企業が有する研究開発テーマのパイプラインに着目することで,各国の現状および将来における新薬創出力が把握できること1)2),および複数段階にわたる開発プロセスにおいてオープンイノベーションを円滑に進めるためには,中小企業・ベンチャーを中心とする「創薬のラウンドアバウト(円形交差点)」の存在が重要であることなどを示した3)

また,拙著(4)および(5)においては,国際特許分類(International Patent Classifications: IPC)数,被引用特許数,特許が引用する非特許文献数などのパラメーターを用いて導出した「精製特許ファミリー数」が,各国の医薬品産業の基礎研究力を予測するための指標となることなどを示した4)5)

本稿においては,医薬品・パイプラインが対象とする適応症の観点から分析することで,疾病別にみた医薬品の開発状況を把握する。特に,死亡者数の多い疾病や患者の負担となる疾病など,今後の新薬開発が必要とされる疾病における医薬品開発状況の把握を試みる。

なお,本稿は著者の私見であり,著者が所属する機関の意見・見解を表明するものでない点に留意願いたい。

2. 世界の疾病負担研究からみた疾病

現在,世界にはどのような疾病が存在し,患者に大きな負担を生じさせているのであろうか。保健政策の立案や保健介入における優先順位の決定を行うためには,その基礎データとして,疾病別の死亡原因および障害原因,ならびに,それらの原因となりうる危険因子等に関する客観的エビデンスが必要である。エビデンス構築の先駆けとして1990年から開始された研究が,世界の疾病負担研究(Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study: GBD)である6)

2007年からは,米国ワシントン大学保健指標・保健評価研究所(Institute for Health Metrics and Evaluation: IHME),東京大学大学院医学系研究科,豪州クイーンズランド大学,米国ハーバード大学公衆衛生大学院,米国ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院,英国インペリアル・カレッジ,および世界保健機関(World Health Organization: WHO)の7つの機関の共同研究としてGBD 2010が開始され,2012年Lancet誌に結果が掲載された7)

GBD 2010では,近年,健康の世界動向は大きく変化しており,医療の進歩や開発の進展によって,死亡数の減少が進む一方,精神疾患・慢性疼痛(とうつう)・負傷などによる負担や肥満・運動不足などの危険因子を抱えながら,人々は長生きするようになったことが明らかとなった。

IHMEでは,GBD 2010のデータを提供しており,国別および指標別などの観点でデータをWeb上で抽出できる注2)。今回,具体的な疾病を把握するにあたって,当該GBD 2010のデータを用いた。具体的には,抽出対象地域を「先進国(Developed)」と「発展途上国(Developing)」に分け,抽出指標を「死亡(Deaths)」と「障害調整生命年(Disability-Adjusted Life Year: DALY)」の2つを用い,それぞれのカテゴリーの上位20疾病を抽出した(1)。なお,DALYとは,損失生存年数(疾病により早死したことで失われたであろう期間,Years of Life Lost: YLL)と障害生存年数(疾病により障害を伴った生活を余儀なくされた期間,Years Lived with Disability: YLD)を足した値であり,疾病負荷を総合的に示す指標として2000年からWHOが採用している指標である。

虚血性心疾患や脳卒中などの循環器系疾患,各種のがん,および下気道感染症注3)などは,先進国および発展途上国に共通した,患者に大きな負担となる疾病といえる。一方,マラリア,下痢性疾患,HIV/エイズなどは発展途上国に特徴的な疾患であり,アルツハイマー病は先進国に特徴的な疾病である。また,大うつ病性障害,不安障害,薬物依存,およびアルコール依存などは,先進国のDeaths指標では上位にあがらないが,DALY指標では上位に位置し,死亡原因の上位ではないものの,患者に大きな負担を強いる疾病であることがわかる。

次章からは,われわれの有するデータベースを用いて,医薬品の開発状況を疾病別にみていく。

表1 GBD 2010カテゴリー別上位20疾病
先進国-障害調整生命年(DALY) 先進国-死亡(Deaths)
1 虚血性心疾患 1 虚血性心疾患
2 脳卒中 2 脳卒中
3 腰痛疾患 3 肺がん
4 大うつ病性障害 4 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
5 肺がん 5 下気道感染症
6 慢性閉塞性肺疾患(COPD) 6 大腸がん
7 その他筋骨格系 7 アルツハイマー病
8 交通事故(Road injury) 8 糖尿病
9 糖尿病 9 肝硬変
10 転落事故(Falls) 10 その他循環器系
11 頸部疼痛 11 自傷行為
12 自傷行為 12 胃がん
13 アルツハイマー病 13 高血圧性心疾患
14 肝硬変 14 乳がん
15 大腸がん 15 慢性腎疾患(CKD)
16 下気道感染症 16 膵がん
17 不安障害 17 交通事故(Road injury)
18 薬物依存 18 前立腺がん
19 アルコール依存 19 転落事故(Falls)
20 乳がん 20 心筋症
発展途上国-障害調整生命年(DALY) 発展途上国-死亡(Deaths)
1 下気道感染症 1 脳卒中
2 下痢性疾患 2 虚血性心疾患
3 虚血性心疾患 3 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
4 マラリア 4 下気道感染症
5 脳卒中 5 下痢性疾患
6 HIV/エイズ 6 HIV/エイズ
7 早産児合併症 7 マラリア
8 交通事故(Road injury) 8 交通事故(Road injury)
9 慢性閉塞性肺疾患(COPD) 9 結核
10 腰痛疾患 10 糖尿病
11 大うつ病性障害 11 肺がん
12 新生児脳症 12 早産児合併症
13 結核 13 肝硬変
14 鉄欠乏性貧血 14 自傷行為
15 新生児敗血症 15 高血圧性心疾患
16 糖尿病 16 肝がん
17 先天異常 17 蛋白エネルギー栄養障害
18 蛋白エネルギー栄養障害 18 慢性腎疾患(CKD)
19 髄膜炎 19 胃がん
20 自傷行為 20 新生児脳症

出典:IHMEのWebサイトの情報に基づき作成

3. データベースについて

今回の分析では,拙著(4)に引き続きThomson Reuters社のCortellis for Competitive Intelligenceを用いた。同データベースは,各社の医薬品開発を横断・統合的に俯瞰するための代表的なデータベースの1つである8)。Thomson Reuters社は複数のデータソースからの情報を審査したうえで手作業で選別し,情報を更新している。同データベースには,医薬品のパイプライン,ディール,特許,企業情報,業界情報などが含まれ,約5万件の医薬品・パイプラインについて開発状況,化学構造,作用機序,企業・国・適応症別の開発段階などが網羅されている9)。なお,データ抽出日は2013年12月11日である。

まずは,Cortellis for Competitive Intelligenceに収載される医薬品・パイプラインデータを国別・開発段階別に整理した(1)。

当データベースを用いることで,前回まで用いたEvaluate社のEvaluatePharmaと同様のデータが得られる。ただし,当データベースの研究開発段階は,「ディスカバリー」「フェーズ1」「フェーズ2」「フェーズ3」「承認前」「承認」および「市販」で構成される。「ディスカバリー」には,非臨床試験とその前段階の基礎研究が含まれているため,EvaluatePharmaの「非臨床試験」段階とは対象とする範囲が異なる点に留意が必要である。また,当データベースの「承認前」とは,当局に承認申請書類が提出され,承認を待っている状態を示し,これはEvaluatePharmaの「承認申請」の段階と同義である。

なお,前回までは,医薬品を低分子医薬品およびバイオ医薬品等のテクノロジー別に適宜分けて分析したが,今回はすべてのテクノロジーを一括した分析を行った。

図1 各国の医薬品数・パイプライン数

4. 国際特許分類別にみた医薬品の開発状況

国際特許分類(IPC)には,化合物または医薬組成物の治療活性に関する分類があり,特許文献にサブクラスA61Pとして付与される。今回の分析では,個々の医薬品およびパイプラインに対して,それが対象とする治療活性を示すサブクラスA61Pを付与することで,疾病別の医薬品開発状況の俯瞰を試みた。IPCのサブクラスA61Pの内訳および内容については,2を参照されたい。2には,簡略化のため本稿で用いる適応症呼称も併せて記載した。

表2 国際特許分類A61Pの内訳,および本稿で用いる適応症の呼称
国際特許分類 内容 本稿で用いる呼称
A61P 1/00 消化器官,消化系統の疾患治療薬 消化系疾患
A61P 3/00 代謝系疾患の治療薬 代謝系疾患
A61P 5/00 内分泌系疾患の治療薬 内分泌系疾患
A61P 7/00 血液または細胞外液の疾患の治療薬 血液・細胞外液系疾患
A61P 9/00 循環器系疾患の治療薬 循環器系疾患
A61P 11/00 呼吸系疾患の治療薬 呼吸系疾患
A61P 13/00 泌尿器系疾患の治療薬 泌尿器系疾患
A61P 15/00 生殖,性関連疾患の治療薬;避妊 生殖,性関連疾患
A61P 17/00 皮膚疾患の治療薬 皮膚疾患
A61P 19/00 骨格系疾患の治療剤 骨格系疾患
A61P 21/00 筋または神経筋系疾患の治療薬 筋・神経筋系疾患
A61P 23/00 麻酔薬 麻酔
A61P 25/00 神経系疾患の治療薬 神経系疾患
A61P 27/00 感覚器系疾患の治療剤 感覚器系疾患
A61P 29/00 非中枢性鎮痛剤,解熱剤,抗炎症剤 非中枢性鎮痛
A61P 31/00 抗感染剤 感染
A61P 33/00 抗寄生虫剤 寄生虫
A61P 35/00 抗腫瘍剤 がん
A61P 37/00 免疫またはアレルギー疾患の治療薬 免疫・アレルギー疾患
A61P 39/00 一般的保護剤または解毒剤 保護剤・解毒剤
A61P 41/00 外科的療法において使用される医薬 外科的療法使用
A61P 43/00 グループ1/00から41/00に展開されていない特殊な目的の医薬 その他

まずは,市販薬がどの国に由来するのかを国際特許分類別に整理した(2)。医薬品開発が広く行われ,保有するパイプラインの多い国(米国,日本,英国,スイス,ドイツ,フランス,韓国注4))について集計した。現在までの市販薬数では,感染およびがんに関するものがもっとも多い。日本発の市販薬も比較的多く,全体の約20%を占める。なお,米国発の市販薬がもっとも多く全体の約44%を占める。

図2 オリジン国別市販薬数(国際特許分類別)

次に,上記の国々について,パイプラインデータを国際特許分類別・国別に整理した(3)。現在の開発状況を俯瞰するため,3には「市販」の数が含まれていない。なお,今後の図において,パイプラインの数はそのパイプラインを生み出した事業主体に基づいており,ライセンス先の事業主体が有するパイプラインはカウントしていない。たとえば,米国の大学Aがパイプラインαを開発し,それを日本の中小企業Bと英国の大企業Cにライセンスした場合,米国の大学Aには1がカウントされるが,日本の中小企業Bおよび英国の大企業Cにはカウントされない。

図3 各国のパイプライン数(国際特許分類別)

3から,現在研究開発中のパイプラインとしては,がん,感染,神経系疾患に関するものが多いこと,および米国発のパイプラインが大半を占め,米国が研究開発の大半を担っていることがわかる。なお,全体に占める米国発のパイプラインの割合は約61%であり,日本発のパイプラインの割合は約9.3%である。

がんの分野は圧倒的にパイプライン数が多く,日本発のパイプライン数も他分野に比較して多い。厚生労働省健康局によれば,がんは日本において1981年から死因の第1位であり,2007年の年間死亡者数110万8,334人のうち,33万6,468人が,がんで亡くなっている。このため「日本人の3人に1人はがんで死亡している」とも言われている。また,生涯のうちに何らかのがんにかかる可能性は,男性の2人に1人,女性の3人に1人と推測されている10)。また,1のGBD 2010の上位カテゴリーにも各種がん疾患が含まれる。日本のみならず世界各国においても,抗がん剤の開発が盛んに行われている。

また,感染(A61P 31/00)には,GBD 2010にあげられたインフルエンザウイルスやHIV/エイズに対する抗ウイルス剤や,抗菌剤,抗真菌剤などが含まれ,神経系疾患(A61P 25/00)には,アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に関するものや,抗うつ薬,統合失調症などの精神疾患に関するものが含まれ,GBD 2010にもいくつかあげられている。

なお,日本発のパイプライン数が米国のそれにつぎ2番目に多い疾患分野は,感染,免疫・アレルギー疾患,循環器系疾患,消化器系疾患などである。

次に,医薬品およびパイプラインデータを疾病別・研究開発段階別に整理した(4)。「市販」数も併せて記載している。なお,見やすくするために上位10疾病のみ記載した。その他の疾病については,電子付録(http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.323)の表7も参照されたい。

図4 医薬品数・パイプライン数(疾病別・開発段階別)

2でも見たように,がんおよび感染分野に対する「市販」数がもっとも多い。その中でも,がん分野の治験段階のパイプライン数が多く,今後新たな抗がん剤の創出が期待される。感染分野は「ディスカバリー」数は多いものの,治験段階のパイプライン数は比較的少ない。

一方で,神経系疾患分野は「市販」数の割には,パイプライン数,特に基礎研究および非臨床試験段階である「ディスカバリー」数が多く,今後研究開発の進展が期待される分野といえる。なお,前述のとおり,神経系疾患(A61P 25/00)の分野には,アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に関するものや,抗うつ薬,統合失調症などの精神疾患に関するものが含まれる。

5. 事業主体別にみた分析

拙著(3)では,Evaluate社のデータベースEvaluatePharmaを用い,パイプラインを有する事業主体を「中小企業・ベンチャー」「大企業」などに分類し,開発段階においてカギとなりうる事業主体の把握を試みた。その結果,特に米国においては,中小企業・ベンチャーが医薬品開発を担っていること,および米国のライセンス実績を調べると,パイプラインは大学から中小企業・ベンチャーを経て大企業へといった一方的な流れだけでなく,中小企業・ベンチャーを中心とした多方向の流れを成立させる「創薬のラウンドアバウト(円形交差点)」が存在し,これが米国の強みであることなどを示した3)

今回,Thomson Reuters社のデータベースCortellis for Competitive Intelligenceを用い,上記と同様に,事業主体別にパイプラインデータを整理した。今回は,パイプラインを有する事業主体を「大企業」「中小企業等」「ジェネリック企業」「製薬関連企業」「大学」「政府機関」「財団」「その他」「判別不明」に分けた。本稿においては,事業主体の分類のうち「大企業」「中小企業等」「ジェネリック企業」「製薬関連企業」「財団」「その他」および「判別不明」は3の定義とする。

なお,技術的な問題によりすべての事業主体の分類を判別することは不可能であり,やむをえず一部について「判別不明」と分類した。「判別不明」の事業主体が有するパイプライン数は2,120で,これは全体(21,086)の10.05%である。

表3 事業主体分類
事業主体分類 説明
大企業 拙著(3)の「大企業」の定義に含まれる企業。すなわち,新薬を開発および販売する大企業。なお,新薬開発に加えて,ジェネリック医薬品を製造および販売する大企業や有効成分以外の開発も行う大企業もこの分類に含まれる。
中小企業等 次のいずれかに該当するもの。
1. 拙著(3)の「中小企業・ベンチャー」の定義に含まれる企業。すなわち,新規医薬品を開発する企業であり,大企業に属さないもの。なお,新薬開発に加えて,ジェネリック医薬品を製造および販売する中小企業・ベンチャーや有効成分以外の開発も行う中小企業・ベンチャーもこの分類に含まれる。
2. 1983年~2011年において,米国のSBIR(Small Business Innovation Research)制度に採択されたことのある企業。
ジェネリック企業 拙著(3)の「ジェネリック企業」の定義に含まれる企業。すなわち,新薬開発のための研究を行っておらず,ジェネリック医薬品を製造および販売する企業。ジェネリック医薬品の製造および販売に加えて,有効成分以外の開発も行い,かつ,新薬開発を行わない企業もこの分類に含まれる。
製薬関連企業 拙著(3)の「製薬関連企業」の定義に含まれる企業。すなわち,投与経路の改良・剤形の変更など,医薬品の有効成分以外の開発を行う企業。
財団 医薬品開発に対し支援を行っている非営利の私立財団(ビル&メリンダ・ゲイツ財団,マイケル・J・フォックス財団パーキンソン病研究機関など)
その他 CRO(Contract Research Organization,医薬品開発業務受託機関),私立研究所,病院
判別不明 事業主体が不明の企業

上記分類に基づいて,パイプラインデータを疾病別・事業主体別に整理した(5)。開発状況を俯瞰するため,5には「市販」数が含まれていない。なお,見やすくするためにパイプライン数の多い上位10疾病のみ記載した。その他の疾病については,電子付録の表8を参照されたい。

図5 パイプライン数(疾病別・事業主体別)

各疾病において,パイプライン数をもっとも多く有する事業主体は「中小企業等」である。各疾病において「中小企業等」のパイプライン数が全体に占める割合は,がん(48.2%),感染(48.0%),神経系疾患(43.2%),免疫・アレルギー疾患(53.4%)など,全体の半分程度である。拙著(3)でも中小企業の重要性を述べたが,疾病別にみても「中小企業等」(拙著(3)では「中小企業・ベンチャー」の分類)が研究開発の中心を担っていることがわかる。

がん,感染,および免疫・アレルギー分野において,2番目にパイプラインを多く有する事業主体は「大学」である。神経系疾患分野においても,「大学」は「大企業」に迫る程度のパイプラインを有している。これらの分野において,大学発のパイプラインが多く生み出されている。

次に,パイプラインを多く有する米国,英国,および日本に焦点を絞り,疾病別・事業主体別のパイプラインデータを国別に整理した。68は,それぞれ,米国,英国,および日本における疾病別・事業主体別のパイプラインデータである。開発状況を俯瞰するため,68には「市販」数が含まれていない。なお,見やすくするためにパイプライン数の多い上位5疾病のみ記載した。その他の疾病については,電子付録の表911を参照されたい。

米国および英国では,ほとんどの疾患において「中小企業等」が有するパイプライン数がもっとも多く,「中小企業等」が研究開発の中心を担っているといえる(67)。ついで,米国では「大学」が有するパイプライン数が多いのに対し,英国では「大学」のパイプライン数はさほど多くない。パイプラインが大学で生まれ製薬企業に導入されるモデルは米国では機能しているものの,英国では主要なモデルとはいえない。

また,がんおよび感染分野においては,政府機関や財団発のパイプラインも散見される。がんや感染分野における対策は,国民の生命および健康にとって重要な課題であり,米国では政府機関や財団による開発が行われ,抗がん剤開発においては英国でも財団による開発が行われている。

一方,日本における開発状況はどうであろうか(8)。日本発のパイプラインでもっとも数が多い分野は,がんの分野であり,ついで神経系疾患の分野が多い。米国および英国ならびに主要6か国の合計では第2位となっていた感染分野が第3位に後退し,神経系疾患分野が第2位を占めている。

また,米英とは異なりパイプラインの絶対数も少なく,かつ,日本発のパイプラインは「中小企業等」よりも「大企業」から多く生まれている。また,「大学」発のパイプラインも多くはなく,英国と同程度である。拙著(3)においても,日本は比較的大企業が研究開発の中心を担っている旨を述べたが,今回の分析結果でも同様のことがいえる。AMED(日本版NIH)の役割としては,パイプラインの絶対数を増やすのはもちろんのこと,上記米国または英国でみられたような,中小企業等を中心とした医薬品開発体制の構築や大学における研究開発への支援などが重要な課題の1つといえる。

図6 米国におけるパイプライン数(疾病別・事業主体別)
図7 英国におけるパイプライン数(疾病別・事業主体別)
図8 日本におけるパイプライン数(疾病別・事業主体別)

6. まとめ

各国の医薬品産業の現状俯瞰・将来予測のため,疾病別にみた医薬品の開発状況を分析した。その結果は以下のとおりである。

  • •   現在研究開発中の医薬品は,がん,感染,神経系疾患に関するものが多く,また,米国発のパイプラインが大半を占めている。
  • •   日本が米国につぎ2番目に多くパイプライン数を有している疾病は,感染,免疫・アレルギー疾患,循環器系疾患,消化器系疾患などである。
  • •   疾病別・研究開発段階別では,がんの治験段階のパイプライン数が多く,今後新たな抗がん剤の創出が期待される。
  • •   一方で,神経系疾患は「市販」数の割には,「ディスカバリー」数が多く,今後研究開発の進展が期待される分野といえる。
  • •   米国および英国では,ほとんどの疾病において「中小企業等」が有するパイプライン数がもっとも多く,「中小企業等」が研究開発の中心を担っている。ついで,米国では「大学」が有するパイプライン数が多い。
  • •   米英とは異なり,日本発のパイプラインは「中小企業等」よりも「大企業」から比較的多く生まれている。

謝辞

なお,本研究の一部は独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)「科学技術イノベーション政策のための科学」(プログラム総括:森田朗・学習院大学法学部教授)における研究課題「未来産業創造にむかうイノベーション戦略の研究」(山口栄一・京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授,研究期間:平成23~平成26年度)の支援を受けて行われたものである。

本文の注
注1)  医療研究の司令塔をつくる健康医療戦略推進法および独立行政法人日本医療研究開発機構法が2014年5月23日の参院本会議で成立し,日本版NIHの正式名称は「独立行政法人日本医療研究開発機構」(通称AMED: Japan Agency for Medical Research and Development)となった。本稿は,日本版NIHの名称が使用されていた昨年10月から続く一連の論文のため,同機構を「AMED(日本版NIH)」と記載する。

注2)  IHME(http://www.healthmetricsandevaluation.org/)の“Tools”→“Data Visualizations”→“GBD Arrow Diagram”をクリックすることで1のランキングが表示できる。その他,各種データを閲覧できる。

注3)  気道とは鼻腔(びくう)から肺胞までの区間をいい,声帯より上を上気道,声帯から下を下気道という。

注4)  拙著(3)において,韓国はジェネリック医薬品が占める割合が比較的高いことが明らかとなったものの,新薬を開発する国としても市販薬またはパイプライン数が比較的多いため,分析対象に含めている。

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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