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リレーエッセー
つながれインフォプロ 第11回
渡邊 清高
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2014 年 57 巻 5 号 p. 344-347

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医療・健康報道を「評価する」メディアドクターとは

近年,医療や健康に関する話題への関心が高まっており,私たちが新聞やテレビ,雑誌,インターネットなどを通して目にしない日はないといっても過言ではない。新聞や雑誌の切り抜きを手にして医療機関や図書館で話題にしたり,口コミで地域のネットワークで広がったりするなど,受け手である市民,患者・家族の意思決定に少なからず影響を与える健康報道。その内容は正しく報じられ,適切に伝えられているだろうか。一方で情報源となる研究者・医療者は,わかりやすく,かつ的確に研究成果を発信しているだろうか。さらには健康産業や研究成果のビジネス化により,誇大広告や利益優先といった問題が起こりやすい状況にある中で,適切な情報発信のあり方について議論の深まりが求められている。本稿では医療の専門家,研究者と記者とが対話と議論を重ねる中から相互理解を深めていく取り組みについて,ご紹介したい。

メディアドクターとは,メディア関係者と医療の専門家が協力し,広く一般向けに発信される医療・健康報道(新聞・雑誌,インターネット,テレビ等各種媒体による報道・解説を含む)の質を向上させようという試みである。2004年にオーストラリアで開始されて以降1)2),カナダ,米国,日本,香港,ドイツと,同様の動きが徐々に広がってきた。

正確でバランスのとれた報道を行うために必要な事項を11の視点(評価項目)として設定し,実際の報道記事を評価して,その結果をWebサイトで公開することが基本的な活動方法である。評価軸の種類や内容は,各国の医療・健康報道の傾向や問題意識によって異なる。米国の例をあげると,研究者・疫学者や医療従事者,ジャーナリストOBなどによる評価チームを組織し,新規性,アクセス,代替性,あおり(病気づくり),エビデンスの質,効果の定量化,弊害,コスト,情報源の独立性,プレスリリース依存の10項目を指標に採点し,その結果をインターネット上で公開している。一方,オーストラリア・カナダ・香港では医師および医療分野の研究者,ドイツでは科学ジャーナリズムの研究者(大学関係者)がそれぞれ評価を行っている。なお,オーストラリア,カナダ,米国では運営プロジェクトの終了により,現時点(2014年)でWebサイトの更新を休止しており,継続的な記事の評価は行っていない。

日本版メディアドクターの活動

日本版メディアドクター研究会は,「東京大学医療政策人材養成講座」(文部科学省科学技術振興調整費により2004~2008年度開講)の受講生有志により,2007年に始まった。この講座は,医療に携わる4つのステークホルダー(ジャーナリスト,医療提供者,患者支援者,政策立案者)が一堂に会して,「医療を動かす」ことを実現するための議論と,実際の行動に向けたプロジェクトを立ち上げるための「場」として運営されたものである。海外のメディアドクターとは異なり,Webサイトでの評価については妥当性の検証を継続している。評価結果の公表は行っていないが,おおむね2か月ごとに開催される定例会では,当番幹事が旬のテーマに沿った記事を2~3本選定し,各参加者が読んだうえで評価軸に沿った評価を行ったのち,当該記事や話題についてディスカッションを行う。記事の内容についての専門家によるミニレクチャーも好評であり,誰でも参加可能な定例会には毎回40人近くが参加している(1)。

表1 メディアドクター研究会での検討テーマ(直近2年分)
回数 年月 テーマ
23回 2012年2月 米国の評価事例Health News Reviewを読む
24回 4月 インプラントに関するテレビと新聞報道
25回 6月 てんかんに関する新聞報道
26回 8月 子宮頸がん検診,ワクチンに関する報道
27回 11月 海外のメディアドクターと医療報道
28回 12月 iPS報道における課題
29回 2013年2月 新型出生前診断に関する報道『精度99%』はどんな意味?
30回 4月 認知症の画像診断技術に関する報道
31回 6月 疾患啓発広告を読む:disease awarenessとdisease mongering
32回 8月 HPVワクチンの効果と副反応~臨床試験などの結果を踏まえ
33回 11月 アトピー性皮膚炎はじめ最近の皮膚科関連の記事を考える
34回 2014年2月 東日本大震災の医療健康報道を振り返る
35回 5月 論文投稿と研究倫理―科学研究の知見をどう伝えるか
36回 6月 健康診断(人間ドック)の基準値に関する報道

当初は医療者と記者の参加が多かったが,最近は健康医療報道に関心のある,図書館司書,学生,若手医師,広報担当者,製薬企業関係者など,職種も専門性もさまざまな属性の参加者によって幅広い議論が展開されている。

当初の医療報道に対する参加者の共通の問題意識として,報道されている記事が不十分・不完全であり,適切な医療・健康上の判断を行ううえで改善すべき点があることと,記事の書き手である記者,読み手である市民に対して提言や継続的な発信を行うことが必要であるということがあった。特に,新規の医療技術や新薬,医療事故に関する報道のあり方,医療制度などに関して,どのような発信のあり方が望ましいか,という課題が提起されていた。たとえば,「新規性・速報性」を重視すれば,一方で「信頼性・再現性・適用可能性」を踏まえた情報については十分な内容を盛り込むことが難しい状況が起こりうる。その場合には,「どこまでが事実で,どのような検証がなされ,その結果はどうか,あるいは今後の医療にどのような影響を与えるか」といった視点での情報を,補足の取材や研究情報の収集,有識者へのインタビューなどにより適切に伝えることが求められる。不十分な情報を得たことにより,同様の医療を受けている患者や健康上の関心がある一般市民が,合理的な治療を理由なく回避したり,根拠のない(ときに有害な)健康上の判断を行ってしまうおそれがある場合には,特に配慮が必要と考えられる。

本研究会では,医療に関する報道をよりよくするための取り組みとして,海外の事例を参考に,医療者・研究者とジャーナリストが同じテーブルに着くところから議論が始まり,評価方法や評価軸について合意形成しながらともに望ましい情報発信を目指している。当初より,ジャーナリストと医療者がほぼ半々参加しており,海外で用いられていた評価軸を邦訳して評価し,その評価軸についても,30回を超える定例会での評価作業と議論,合意形成を通じて,日本の実態に即した改訂を加えている(2)。

表2 メディアドクターの評価軸に基づくチェックリスト(治療,検査,医療機器,医薬品に関する記事の場合)
評価項目
1. 利用可能性(Availablity/Access)
現在,日本の患者・利用者が利用可能か,どのような人の利用に適しているかについて,正確な情報を提供している。
2. 新規性(Novelty)
新規性の有無や,どのような点が新規であるかについて,正確な情報を提供している。
3. 代替性(Alternative)
同じ疾患の治療・検査等に利用できる,他の適切な選択肢について述べ,比較情報を提供している。
4. あおり・病気づくり(Disease mongering)
その治療・検査等の対象となる疾患に対する不安を,明らかに煽(あお)る要素がない。
5. 科学的根拠(Quality of Evidence)
その治療・検査等の効果や弊害について述べる際,裏付けとなる科学的な根拠を明確にしている。
6. 効果の定量化(Benefits)
その治療・検査等の効果を,適切な数値や指標を用いて具体的に述べている。
7. 弊害(Harm)
その治療・検査等を行うことによる弊害(有害事象の発生頻度や,発生した場合の不利益)について,適切に述べている。
8. コスト(Cost mentioned)
その治療・検査等を行う際,個々の患者・利用者が負担する費用の目安や費用対効果について,述べている。
9. 情報源(News source)
独立した複数の情報源の取材に基づいて記事を作成している。複数の情報源に取材できない場合でも,既存の関連資料等を調査し,裏付けを得ている。利益相反の可能性について検討を踏まえた引用や取材を行っている。
10. ヘッドラインの適切性(Headline)
記事本文の内容を,センセーショナルに扱うことなく,正確に表している。
11. 背景説明(Background)
対象となる疾患・症状等について,わかりやすく説明している。

研究成果の発信と研究倫理の議論から――よりよい医療情報の発信に向けて

「評価」の目的は,記事の優劣を判断することではない。適切な受療・健康行動(検査を受ける,予防的な生活を送る,検診を受ける,治療を受ける,など)を行う際に,意思決定において必要な要素を明確にし,記事を書く側,読む側に参考となる観点を提供することを通して,報道の質を高めることを重視している。記事のもととなる研究者から提供された情報(論文,報告書,プレスリリースなど)も検討対象として,専門性のある研究内容が適切に発信されているかどうかについても併せて議論を行っている。

2014年5月の定例会では,論文投稿のルールと研究会見が行われたSTAP細胞に関する報道をテーマとした(1)。まず当番幹事から,論文発表時の広報のあり方,研究不正への調査や取材対応といった理研側の課題から,取材・記事化やフォロー報道で留意すべき点を中心に話題提起がなされた。そのうえで,専門家によるミニレクチャーでは,お招きした愛知淑徳大学人間情報学部の山崎茂明教授にご講演いただいた。山崎教授は,今回の発表をミスコンダクト(研究の申請,実行,審査,あるいは研究結果の報告などの諸側面における,捏造(ねつぞう),改ざん,盗用)と位置づけたうえで,レフェリーシステム3)や,発行後のブログなどでの議論,論文の撤回にいたる道筋など,発表後の対応の状況について解説された。研究機関が産学連携や市場化の影響を受けやすい状況のもと,アカデミアとして公正さと社会からの信頼を保持することが重要であることが強調された。

今回は,記事そのものの評価軸を用いた評価作業は行わなかったが,ミニレクチャーに続いて,研究発表が社会に発信され,記事化されるまでの状況について議論が続いた。ミスコンダクトが発生する背景を踏まえ,研究の公正さを担保するための仕組みの提案など,今回の教訓をもとに科学論文の成果の社会への還元の道筋について,さまざまな切り口から意見交換が行われた。

図1 メディアドクター研究会定例会の風景(2014年5月17日撮影)実際の報道記事をもとに,評価軸の視点に沿ってよりよい発信のあり方や記事の裏側にある課題について幅広い議論が行われる。

日本におけるメディアドクター研究会では,Webサイト(2)による情報発信と新規会員(正会員・メール会員)の募集を行い,最近のトピックを扱った記事をもとに定例会を2か月に1回開催している。そこでは実際の記事をもとにした意見交換による評価を通じて,よりよい情報発信に向けた議論の輪を広げ,妥当性を担保できる評価手法を確立するとともに,より広い範囲からのフィードバックを目指している。参加者による白熱した議論は,情報リテラシーの向上に関心のある方々にとって,実践的な学びの場となっている。ぜひWebサイトをご覧になり,定例会やメーリングリストでご意見,ご提案をいただきい。主体的な意思決定を支える医療情報・報道のあり方について,多くの皆様と一緒に議論する輪を広げていきたいと願っている。

図2 メディアドクター研究会のwebサイト4)定例会の開催案内やメール会員の申込受付を行っている。

執筆者略歴

渡邊 清高(わたなべ きよたか)

帝京大学医学部内科学講座 腫瘍内科 准教授。メディアドクター研究会幹事長。患者さんとご家族に安心できる診療の実践とともに,科学的根拠に基づく信頼できる医療情報の発信と普及に取り組んでいる。

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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