2013年は日本におけるMOOC元年といってもよい年になった。日本のトップ大学が北米のグローバルMOOCコンソーシアムに参加し英語版MOOCを開講し,日本版MOOCであるJMOOCが結成された。また2014年から日本語のMOOCを順次開講し,どちらも数のうえでは十分な成功を収めた。その一方,MOOC発祥の地,北米では,「MOOCは終わった」との論調も強くなり,MOOCの評価や再定義が始まっている。このような状況において,JMOOCを含む,後発の地域MOOCコンソーシアムは,MOOC現象の本質を見極め,それぞれの文脈に応じて,進化させていく必要がある。本稿では,コースとしての質保証,持続可能性・可能なビジネスモデル,ビッグデータと学習解析,次世代の生涯学習の観点から論じた。
2013年度,教育の分野では,MOOC(「ムーク」,大規模公開オンラインコース)が流行語の1つであった。2012年,欧米,特に北米から爆発的に流行したのを受けて,日本でもその必要性が論じられ,東京大学・京都大学が北米系MOOCコンソーシアムに参画して,コース配信を行った。また,10月には日本初のMOOCコンソーシアム,JMOOC(日本オープンオンライン教育推進協議会)も設立され,2014年4月からコース配信を行っている。
この間海外では,さまざまな地域や言語圏で地域MOOCコンソーシアムが設立されたが,その一方で発信地の北米では急速にMOOCに対する熱が冷め,ポストMOOCにおける再評価が行われている。日本では初期の立ち上げの途中で,本家から「MOOCは終わった」とのメッセージを受け取っているわけであり,その意味については今後考究するとともに,日本そしてアジアの利用者が置かれた状況に合った発展形態を考える必要がある。
MOOCとは,Massive Open Online Courseのことで,「大規模公開オンラインコース」を指す。その複数形MOOCs(ムークス)と表記されることもあるが,意味に違いはない。
公開教育(Open Education),公開教育資源(Open Educational Resources: OER)としての取り組みの歴史は長いが,MOOCは2008年,Dave CormierとBryan Alexanderによる造語で,「Connectivism and Connective Knowledge」(カナダ・アサバスカ大学George Siemens,the National Research Council,Stephen Downes)のコースに対して命名されたのが最初とされる。そして,のちにxMOOCsと呼ばれることとなる北米系のCoursera,edX,Udacityの出現によって状況は一変し,さらに北米以外にも急速に普及するに至る。xMOOCsはコースの大規模性を実現することに配慮されたプラットフォームで,グローバル規模でのサービスを展開し,英語を中心に多言語化を図っている。また,CourseraやedXが各国のトップ大学にコンソーシアム参加を限定したことなど,ブランドへの配慮もみられた。2013年以降,各国に地域MOOCといわれるコンソーシアムも出現し,各地域・各言語圏のニーズに対応しようとしている(表1)。
コンソーシアム名 | 概要 | 日本からの参加 |
Coursera (グローバル)注1) |
Stanford大学のスピンアウト,ベンチャー企業の出資,最終的に営利,著名教授と契約 | 東京大学,エス株式会社(翻訳パートナー) |
edX (グローバル)注2) |
Harvard大学とMITを中核とする世界トップ大学の非営利・大学コンソーシアム,プラットフォームを公開,さまざまな関連サービスを派生 | 京都大学,東京大学(Charter member),大阪大学(Contributing member),北海道大学(OECチャンネルを使用) |
Udacity (グローバル)注3) |
ベンチャー系,企業ニーズへの対応,公開教育からは離脱 | リクルート(提携パートナー) |
FutureLearn (地域)注4) |
英国公開大学が保有する私企業立MOOCコンソーシアム | なし |
OpenupEd (地域)注5) |
欧州系のMOOCコンソーシアム,コミュニティー指向 | なし |
JMOOC (地域)注6) |
日本初のMOOCコンソーシアム,マルチプラットフォーム,日本語コースが主体だが,英語コースもある | 7特別会員(7企業),正会員(20大学,35企業),9賛助会員 |
MOOCを特徴づける4つの基本的特徴は,その名称に含まれた,1)大規模性(Massiveness),2)公開性(Openness),3)オンライン,4)コース(Course),すなわち教育そのものの提供である。しかし,場合によっては部分的に,そのすべての特徴を有した教育形態がMOOC以前に存在しなかったわけではない。アジアにはメガ大学に分類されるような公開大学(Open University)が存在するが,その多くは通信制大学であり,万単位の受講生を有するオンラインコースも提供されていて,MOOCとは名乗ってこそいないが上記の4つの特徴は保持していた。
2.2 MOOC固有の特徴本稿を執筆した2014年6月時点で,MOOCの評価は定まっていないので,MOOC固有の特徴を明示することは困難だが,MOOC以前のOERと対比しつつ,あえて書くとすれば,(1)コース(Course)としての質保証,(2)ビッグデータと学習解析(Learning Analytics)の活用,(3)持続可能性への配慮,(4)ブランド性の4つを加えることができる。
(1) コースとしての質保証基本的特徴「4)教育そのものの提供」から派生する特徴である。OERの多く,たとえば,オープンコースウエア(OpenCourseWare: OCW)が,講義資料や教材の提供にとどまり,双方向性を確保した指導や修了認定などの教育サービスを対象としなかったのに対し,MOOCは最初からコースの提供,すなわち教育そのものの提供を掲げる。このため,コース目標,内容,評価方法のシラバス等での明示にくわえ,講師への質疑応答あるいは学習者同士でのインタラクションの機会の保証,評価と評価結果(修了証,バッジ,単位・クレジット等)の保証が必須となる。
(2) ビッグデータと学習解析の活用大規模に,質の高い教育を持続させる特徴と関連する。MOOCの衝撃の1つに,数千人,数万人以上の受講者が参加するという規模もさることながら,そのコースをごく限られた教員・スタッフで運用していることがある。そのために,完成度の高いコンテンツ(できればキラーコンテンツ)を用意し,人工知能などの情報技術を駆使して,質疑応答やコンテンツのカスタム化など,コース運営の自動化を図っている。より多くの学習者に参加してもらうことで,大量の学習ログデータを集積でき,それを解析することで,学習過程の予測精度は一層改善される。これが,コースの品質や目標達成率の向上につながり,その評判がより多くの参加者を引きつけるという,ポジティブなフィードバックが期待されている。
(3) 持続可能性への配慮一般にMOOCでは,OER運動における長年の経験から事業の持続性について踏み込んだ理解が示されることが多い。コースを開発維持するには費用がかかり,コースの提供機関はその手当てに苦労する。無料に越したことはないが,それでは多くの機関では持続できない。このため,ある一定の基準(参加を希望する学習者に対して無料のコースを提供すること)を満たせば,コース提供者がすべてのサービスを無償で提供することまでは求めていない。海外のMOOCでは,修了証の発行を一部有償化する場合,個人の情報を人材派遣業者に有償で提供する場合など,さまざまなビジネスモデルも報告されている。
(4) ブランド性xMOOCsが初期の立ち上げにあたり配慮した点と考えられる。OCWの場合と同様に,初期の導入期を過ぎ,多数のMOOCが提供されるようになると,MOOCを公開すれば人が集まるということはなくなる。つまり,MOOCを謳(うた)ったものの,それに見合う登録者が確保できないコースも出てきている。このような状況では,それだけの数を集めるブランド性が不可欠である。CourseraやedXが世界のトップクラスの大学で中核を構成し牽引(けんいん)しようとしているのは1つの方略である。しかし,Khan Academy注7)のように,当初はそうした権威に頼れなかった供給者でも,時流に乗ったスタイルと品質でインターネット社会で支持された例もある。後発の供給者ほど,こうしたブランド性の確立は困難になるが,そのよりどころも多様化しているのがMOOCといえよう。
現在の日本の状況を概観すると,海外(あるいはグローバル)MOOCに参加し英語のコースを配信する動きと,主として日本語により展開しようとするJMOOCを中心とする動きがあるといえる。それ以外にも,独立系のMOOCの動きも散見される。
日本で最初のMOOCは,2013年9月以降,東京大学がCourseraのプラットフォームを利用して,英語で配信した,「ビッグバンからダークエネルギーまで(From the Big Bang to Dark Energy)」(村山斉特任教授),および「戦争と平和の条件(Conditions of War and Peace)」(大学院法学政治学研究科・藤原帰一教授)である。この2講座には,世界150か国以上から8万人以上が登録し,約5,400人が修了した。2014年度は上記2講座に加え,経済学分野,情報学分野の新規2講座を開講する予定である1)。
京都大学は2013年5月,edXに日本から初めて参加し,2014年4月から「生命の化学:Chemistry of Life」(上杉志成教授・化学研究所)を開講,万単位の登録者を集めた2)。東京大学はさらにedXとも協定を結び,ハーバード大学,MITと協力して近現代の日本に関する連携講座シリーズ「ビジュアライジング・ジャパン(Visualizing Japan)」(吉見俊哉教授,副学長・大学院情報学環)を開発して,2014年秋から提供することとなっている1)。edXには,大阪大学が2014年3月にContributing memberとして参加したほか3),2014年6月北海道大学もedXに用意されたOpen Education Consortium(OEC,2014年4月,OCWCから改名注8))のチャンネル(OECx)を通じて,MOOCを開講すると発表した(2015年度より,「環境放射能基礎」4))。
全世界を対象にMOOCを発信する場合には,コンテンツも英語で作成し,海外の著名プラットフォームを利用するのが王道である。こうした流れに対して,危機感をもった日本の大学は少なくなかった。1つには,CourseraやedXが参加大学を各国のトップクラスの大学に限定したため,大多数の日本の大学はこうしたコンソーシアムからMOOCを発信する道が閉ざされると考えられたこと,2つ目にはインターネット調査等によって日本国内にもMOOCに対する一定のニーズがあることが判明していたが,海外コンソーシアムのプラットフォームには,日本語環境が用意されていなかったことである。こうした危機感から,日本版MOOCプラットフォームを立ち上げるべきであるという議論が起こった。放送大学と大学ICT推進協議会は2013年2月に国際セミナー「MOOCsと電子図書館の今後を考える」(九州大学で開催)5)を開催したが,MOOCと学習解析の関係にも議論が及び,日本版MOOCプラットフォームに対する期待が表明された。さらに,東京大学情報学環・山内祐平准教授とNTTグループ,国立情報学研究所や私立大学情報教育協会など産学ステークホルダーとの意見交換も始まり,こうした動きが合流して生まれたのが,一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会(Japan Massive Open Online Course,略称JMOOC注6))である。
JMOOCについては,マスコミでも報道され,関係者による論文や講演も多いところから,特色に絞って記載する(概要は,JMOOCのWebサイトを参照されたい)。
4.1 マルチプラットフォームJMOOCには公認プラットフォームが複数存在する。現在運用されているのは,NTTグループによる「gacco」と,放送大学とNPO法人CCC-TIESコンソーシアム注9)の協力による「OUJ-MOOCプラットフォーム」である。gaccoはオープンソースとして公開されているedXプラットフォームを日本語化して使用している。OUJ-MOOCプラットフォームは,CCC-TIESコンソーシアムのCHiLOブックシステムを中核とし,さまざまな既存のサービスをマッシュアップして構成している。これ以外にも,複数のプラットフォームが公開準備を進めている。JMOOCの対象は高等教育ばかりでなく,初等中等教育や企業内教育を含む生涯学習全般である。コースの対象や内容によって適切なプラットフォームは異なるという観点から,コース提供者(プロバイダー)が最適なプラットフォームを選択できるよう,プラットフォーム提供者も複数許容している。将来的には,APIの共有や流通が始まると,エンドユーザーの側でのカスタマイズが主となり,プラットフォームという概念自体,希薄化する可能性がある。コンテンツリポジトリと学習ログ・ポートフォリオデータベースを管理するMOOCポータルがブランドの本質を構成するものと考えられる。
4.2 産学連携JMOOCは非営利の民間団体(一般社団法人)であり,公的助成金は受けていない。会員の会費によって運営されており,特に企業の貢献が大きい。こうした背景には,大学等の正規教育と企業内教育を接続する社会的要請があった。
また,JMOOCでも,一定の条件(参加を希望する学習者に対して無料のコースを提供すること)を満たせば,コース提供者等がすべてのサービスを無償で提供することまでは求めていない。JMOOCはまだ試験運用のレベルを超えていないので,具体的な例は少ないが,すでに反転授業コースは有償化している(gaccoほか)。将来的には入門コースは無償だが上級コースは有償とするケース,修了証発行や単位の認定を有償とするケースなど,さまざまなビジネスモデルが出てくることも予想される。
4.3 地域コンソーシアム設立当初は,日本語コンテンツで大規模性を確保することに疑問の声も少なくなかったが,2014年4月に開講したgaccoの「日本中世の自由と平等」(東京大学・本郷和人教授)では2万人の登録者を集め修了率は18%で,日本語圏でも十分MOOCが成立することを示した。JMOOCは,そのミッションステートメントに,「JMOOCは日本とアジアのための『学びによる個人の価値を社会全体の共有価値へ拡大するMOOC』の実現を産学の連携によって強力に牽引」するとしており,日本のみならずアジアのためのMOOCを提供する必要がある。アジアには,日本語,英語ともに外国語としてどちらも使えない学習者が多く,将来的に多言語化する必要性や,途上国が多く,インターネット接続が十分でない利用者が多いことから,デバイスや通信状況にも配慮する必要がある。
放送大学注10)は,NPO法人CCC-TIESコンソーシアム注9)の全面的な協力の下に,JMOOC公認プラットフォームとして,OUJ-MOOCプラットフォームの開発に着手し,2014年4月から2コースを試験運用している。その特色は,(1)技術的には,MOOCおよびSPOC(Small Private Online Course,非公開の,場合によっては有償のコース)のプラットフォームとしても利用できるMOC(Massive Online Course)プラットフォームであること,(2)既存のサービスを必要に応じて組み合わせる(マッシュアップする)Joint型プラットフォームであること,(3)マルチメディア電子教科書と学習管理システム(Learning Management System: LMS)の組み合わせが基幹となっていること,(4)ビッグデータ収集機能に重点を置いていること,などである。
OUJ-MOOCプラットフォームはオープン哲学に立脚し,各資源(学習オブジェクト,コンテンツ・APIなど)の共有再利用を目指すエコシステムであり,結果として廉価型になっている。マルチメディア電子教科書としては,iBook版とEPUB版があり,商用の電子ストア(iTunes注11),GooglePlay注12)など)から無償で入手できる。LMSとしてMoodleサーバーを保有するが,ユーザー登録や学習者(コミュニティー)支援にはSNS(Social Networking Service)を最大限に利用し,2014年6月時点でFacebook注13),YouTube注14),Mozilla OpenBadge注15),Evernote注16)を使用する。こうした特色はTIESのCHiLO Bookに由来するところが多い。その基本構成を図1に,そのコースを表2に示す。
講座名 | 講師 | 学習時間等 |
コンピュータのしくみ (日本語) |
岡部洋一 (放送大学・学長) |
フルコース(15回,自由型)正規放送番組科目をベース |
にほんご にゅうもん NIHONGO STARTER A1(英語) |
放送大学+国際交流基金コースチーム (主任:放送大学教授・山田恒夫) |
ショートコース(10回, 期間設定型, 1週間2回,計5週間) 新規制作 |
GartnerのHype Cycleモデル注17)等で北米ではピークをすぎたといわれるMOOCであるが,あえてその運用が始まった日本の状況を考え,可能な進化を想定したのが表3である。
現在は表のStage1にあるわけであるが,今後,触媒(促進的要因)の有無や出現時期によっては,そこで停止してしまうこともあるだろうし,別の進化の経路をとることもあるだろう。ここでは,MOOCの本質的特徴を検討しながら,解決策としての触媒のあり方を検討する。
6.1 コースとしての質保証現在でもシラバスの明示は多くのMOOCでなされているが,双方向性の指導やサポートは,利用するシステムやMOOCのポリシーによってさまざまであり,評価結果の保証に至っては十分整備されているとはいえない。科目の提供,教育の提供を標榜(ひょうぼう)する以上,目標とする教育効果をあげる必要があり,その教育の成果の保証が必要となる。将来的には,大学等の単位や学位の認定を認められた第三者機関が,標準的な手続きに則って評価結果を保証することが望まれる。それによって,MOOCの履修結果を正規の単位として読み替えたり,大学間での単位互換の対象とすることも可能となる。現在のMOOCは,4~5週間の短期コースが多くなっており,通常の大学の科目と対応が取りにくくなっている。MOOCの役割を,大学の広報や学習への動機づけと割り切り,独立したものとして運用するのであれば,それでよいのであるが,既存の科目との対応を求める場合には,カリキュラム標準の整備やコンピテンシーモデルの導入などの工夫が必要になる。一方,MOOCから発展した営利型MOOCにおいては,大学の単位とは必ずしも対応しない質保証も検討されている(例,UdacityのNanodegrees注18)等)。こうした動きが企業内教育を越えて広まると,既存の高等教育に対して破壊的な革新をもたらす可能性は否定できない。米国では,認証(アクレディテーション)機関の精査(scrutiny)を行うThe Council on Higher Education Accreditation(CHEA注19))において,大学等,既存の教育機関によらない非正規教育における諸サービス(バッジの提供,MOOCの提供,先行学習の評価,コンピテンシー型教育の提供,コースワークの提供)を対象とする質保証の新たな枠組みの必要性が論じられている)。
6.2 持続可能性・可能なビジネスモデルの検討MOOCは,いつでもどこでも,誰にでも提供されるコースであるため,学習者からの受講料の徴収は想定されない。一方MOOCといえども,画一的な教育やコンテンツを提供するということではないため,高品質性とコスト削減を両立する解決策も必要である。このため,受講料以外の事業収入(ビジネス)の可能性や,開発過程の改善(無償のOERで構成,部品化して共有再利用など)が不可欠である。「学習オブジェクト」や「素材リポジトリ」に加え,MOOCによって注目を集め始めたのが,ビッグデータによる学習解析と,人工知能(Artificial Intelligence: AI)等の機械による学習支援であった。
また共有再利用・流通の対象も,コンテンツばかりでなく,APIなどのアプリケーションや学習ログなどのデータも対象になりつつあり,新たな国際標準化も進められている。IMS Global Learning ConsortiumのCaliper注20),ADL系のTin-Can API注21)などはその例である。また,受講生が世界に分散し,インターネットに常時接続できる環境にあるわけではないことから,多様なデバイスの利用や電子ブック型のパッケージも必要となっている。中でも,EPUBとIMS系のe-Learning標準を融合するEDUPUB注22)は,大規模オンラインコースや反転授業の新たなプラットフォームとして期待されている。
6.3 ビッグデータと学習解析ビッグデータによる学習解析と,人工知能等の機械による学習支援による高品質な大規模コースの実現は,MOOC最大の特徴の1つといえる。しかし,現在のところ,学習解析および機械による学習支援は発展途上であり,完成にはまだ時間を要するようである。当然,その間機械を補う「人手」は不可欠であり,品質を保証するうえで,大規模性に対する1つの制約になっている。
当初MOOCの先発者優位性はビッグデータの囲い込みにあると考えられたわけであるが,学習のパーソナルデータは何より学習者に帰属すべきものであることや,データベースの連携の可能性が出てきたこと,さらにはオープンデータとの関係もあり,1つのコースの規模は小さくても,データベースを連携させ学習ログデータをまとめることで,質の高いビッグデータの集積の可能性が出てきたように思われる。こうした学習データの共有再利用を促進するものとして,計測データの国際標準化が検討されている。IMS Global Learning ConsortiumのCaliperは学習ログ等の学習データの計測(metrics)や解析(analytics)のツールに関する標準化を検討している。
それによって,あるMOOCで学習した結果は,共通フォーマットのデータとして生涯にわたり保持でき,別のMOOCや大学の正規科目を受講する際にも利用できるようになる。
6.4 次世代の生涯学習こうした問題は,学習(教育)の主体が,教育機関から生涯学習者に移動することで自然に解決されるであろう。自身のコンピテンシーや学習史をポートフォリオで管理するようになった時点で,おのおのが学習支援エンジンも自分で管理しようとするはずである。自分の分身であるこうした学習支援エンジンはアバター化し,さらに流通再利用されるさまざまなAPIを選択することで,各自に合ったように最適化し高性能化される。学習ログやeポートフォリオの標準化はこうした動きをさらに加速するかもしれない。また,こうした枠組みは,生まれながらにデジタル機器に囲まれて成長したdigital native6)にとってはロールプレイングゲーム(RPG)との類似性があり受容可能で,世代間で普及に差が生じるかもしれない。ゲーミフィケーションは,これまで個々のコースやコンテンツに対する動機づけ(motivation)を高めるために使用されてきたが,今後は学習者の学習行動全般,教育や人材開発に対する態度や方略に対する支援として活用されることも期待される。
MOOCについては,わが国ではまだ本格運用される前から,海外ではすでに終わったという論評も始まっている。期待が急激に膨らんだ分,その喪失も早いような印象を受ける。当初の熱が冷めて,冷静にMOOCを分析してみて,これまでのOERやe-Learningとの類似性に気づく一方で,その革新性の多方面への波及効果も予見されるところにきた(表3)。
現在進行しているこの現象を,MOOCという用語で小さくまとめるのではなく,高等教育や生涯学習社会に及ぼす多様な革新的影響にふさわしい命名をすべきであろう。それが,伝統的大学を頂点とする単線型モデルの崩壊をもたらし高等教育モデルの再構築を意味するのか,高等教育機関に見切りをつけた企業の視点に立った新たな就職・人材開発モデルを意味するのか,あるいはライフプラン構築型生涯学習支援システムといった,高度知識基盤型社会にふさわしい次世代生涯学習モデルを意味するのか,新たな学びの空間の行き着く先の全体像はまだ見えない。
段階 | 高等教育における インパクト |
指標(例,脱落率) | 想定される触媒の例 (必須でない) |
Stage1: 新型OER[現在] |
限定的 教育の質の改善の1手段 広報や高大接続の1手段 |
80~90%以上 | 反転授業での利用 キラーコンテンツ化 |
Stage2: オープン教育の新たなモデル |
公開大学(通信制大学)にとって十分な脅威 | 通信制大学並み | コース認証(新たな単位付与の枠組みを含む) 企業内教育との連携 持続可能なビジネスモデル |
Stage3: 高等教育・生涯学習の新たなモデル |
伝統的な大学モデルに並立する高等教育・生涯学習モデル(高等教育は「大学」の独占物ではなくなる) | 通学制大学並み | コース認証第三者機関の出現 大規模学習ログの計測法と学習解析 持続可能性モデルの多様化(電子出版とe-Learningの融合,初等中等教育レベルとの連携) |