情報管理
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出版倫理と情報管理の関わり The Committee on Publication Ethicsでの経験から
ウェイジャー, エリザベス
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2014 年 57 巻 7 号 p. 443-450

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著者抄録

研究や出版分野における不正行為は今に始まったことではないが,情報技術の発達は出版倫理に大きな影響を与えた。コンピューター•ソフトは,不正行為(剽窃や画像処理等)を容易にさせたが,一方でその不正行為を検出するツールとしても役立つ。また,電子出版により,訂正や撤回文を対象論文に直接リンクすることにより,読者へ問題に関する警告を出すことも可能とした。しかし,強力なツールが利用できても,疑いのある不正行為を扱うには,慎重な判断が必要である。したがって,ジャーナルや機関は,さまざまな状況に備え,適切なポリシーと対処手順を策定しておくべきである。The Committee on Publication Ethics(COPE:9,000以上のジャーナルがメンバーとして参加する国際機関)は,不正行為に関する多様な問題について助言する情報源の1つであり,本稿ではその活動について述べる。不正が疑われる,あるいは明らかにされた場合には,ジャーナルと機関が協力して対処することが重要である。最近,日本の機関が協力して効果的な調査が行われた事例を紹介する。

本稿は,Elizabeth Wager氏による英文記事を,特定非営利活動法人UniBio Pressが和訳したものである。原文は次のURLから入手できる。http://www.unibiopress.org/PDF/pubethics-EW.pdf

1. はじめに

研究や出版での不正行為は今に始まったことではない。記録された最古の事例の1つは西暦80年頃にローマの詩人によって記されている。マーシャルという詩人は,他の詩人が彼の詩を朗唱し,自身の作としたことに異議を唱える。この事例から,倫理的な問題は,情報管理技術,さらには印刷技術の登場以前から存在していたことが明らかである。しかし,情報技術の発展は,不正行為を容易にし,不正を検出するためのツールを提供し,また不正な出版による被害を最小限にするシステムをも提供している。したがって,情報管理と出版倫理との間には強い関連性がある。

本稿は,筆者が2006年から2012年まで理事を,2009年から2012年までChairを務めたCommittee on Publication Ethics(COPE)で得た経験をもとに述べる。筆者は,最初に出版業界で,次に製薬業界でメディカルライターとして働いて以来,出版倫理への関心を高めてきた。特にオーサーシップと利益相反(Conflict of Interest: COI)に関する問題に関心をもち,2001年には,研究者,編集者,出版社のトレーニングや,ジャーナル,機関,企業のコンサルタントを行う会社を起こした。

2. 情報技術はどのように不正行為を容易にし,また不正の検出を容易にするのか

剽窃・盗用(適正な出典がないまま,他人の著作物をコピーし,その著作が自身のものであると主張すること)は,印刷技術の発明以前から,何世紀にもわたって行われている(古代ローマの逸話のように)。そして,ワープロ・ソフトは「コピー・アンド・ペースト」を以前より容易にした。現在では,文書間で,言葉,画像,データをコピーすることは非常に簡単である。これは読者を欺こうとする人による意図的な盗作を容易にするだけでなく,パソコンでメモを組み立てて文書を作成した際に情報源の履歴を失うと,正しい出典のない不注意なコピーのリスクを増大させることになる。米国の上席研究者(名門スタンフォード大学医学部長のケンネス•メルモン博士)が1984年に,有名な教科書の一部を,自身が執筆した別の本に組み入れたことが判明し,辞任を余儀なくされた。捜査でメルモン博士は,「原稿にコピー・アンド・ペーストした際に手書きで追記した引用文の出典は,自身が書いた章に印刷されるはずであったが,誤って掲載されなかった」と述べた1)

したがって,特に大学等のプロジェクトで,インターネットからデータをコピーすることを許可し,あるいは勧める場合,学生にも若い研究員にも正しい引用や改変の仕方を教えるべきである。学生は大学に入ると,オリジナルな研究を生み出すことが求められ,既存の文書から引用を行う際にはコピーした部分を明確に表記し(たとえば,文章を二重引用符で囲むなど),情報源を正しく使用する場合にのみ「引用」が許されることを学ばなければならない。

情報技術は剽窃・盗用を容易にしたが,同時にそのような不正の検出も容易にした。学生の研究や投稿における高度な剽窃・盗用の問題に直面したことで,特に英語圏では,多くの機関やジャーナルが,テキストマッチング・ソフトウェアといったものを活用している。多くのジャーナルが,商用ソフトウェア(iThenticate)と,出版社から提供された学術著作物の巨大なデータベースを連携させて作られたCrossCheckと呼ばれるシステムを剽窃・盗用,重複(二重)投稿の検証に使用している。初期のシステムの多くは,ローマ字だけを検証したが,現在は,大学で広く使用されているTurnitin(ターンイットイン)のように,日本語,中国語,韓国語,タイ語等の多様な文字の著作物を検証できるシステムもある2)。このようなソフトウェア利用の増加は,早稲田大学がすべての大学院学位論文に対して剽窃・盗用のチェックを行うとした最近の発表からもみてとれる3)

しかし,テキストマッチングツールの限界の1つは,検証が可能なのはテキストのみであり,図やデータに関する剽窃・盗用の検出はできないということである。また,ツールは強力であっても,剽窃・盗用が許容されるかどうかは文脈によるため,コピーされた単語数で剽窃・盗用を決定するのは極めて困難である4)。したがって,ジャーナル編集者は文書の類似度を判定するにあたり,慎重に判断する必要があり,恣意(しい)的な制限を設けることは避けなければならない。

テキストマッチング・ソフトウェアは文書のみをチェックするが,画像改ざんの検出が可能なツールもある。デジタル画像(写真,顕微鏡,CTスキャン等の画像化技術など)の開発は,ワープロ・ソフトの開発と同様に,画像の操作を容易にした。たとえば,画像のすべての部分を移動させたり,コピーしたり,変更することで,研究知見に対して偽りの印象を与えることが可能である。これは,データ改ざんの一種と見なされる。一方で,画像を調整するために使用されるツールは不正処理の検出にも使用することができる。現在では多くのジャーナルでは,何が許容可能で,何が不正であるかの基準を研究者に提供している。いくつかの画像処理(たとえば,単純に図版全体を明るくすること)は許されるため,研究者は定められた基準を理解する必要がある5)。デジタル画像を多数掲載するジャーナルは,被写体の位置を変化させるような画像の改ざんをチェックすることもある6)

したがって,情報技術は不正行為とそれを検出するツール双方の新たな可能性を創出した。

3. 文献の訂正

不正行為に関しては,編集者も出版社も重要な責任を負っている。それは問題について読者に喚起することと,信頼性のない出版論文を訂正または撤回するという責務である。これは,冊子を印刷していただけの時代には,困難であった。当時は,それ以降に出版される版で訂正するしかなく,対象論文に撤回通知をリンクさせることは(司書が蔵書に正誤表を差し込む以外は)不可能だったからである。しかし,電子出版とインデキシングはこの作業を容易にした。今では,読者は論文に電子的手段でアクセスすることが多いので,ジャーナルの目次,索引,論文自体に簡単に注釈を付けることができる。そのため,訂正や撤回通知を対象論文に直接リンクできるのだ。書誌データベースやジャーナルのWebサイトにも注釈や文書などの関連資料を表示できる。読者に論文の変更を知らせる技術の際立った例としてはCrossMarkがある7)。CrossMarkは読者に,出版された論文の最新版へのリンクや,出版履歴に関する情報とともに,訂正や撤回といった情報を提供する。リンクは,読者がパソコンに論文のPDF版を保存した場合でも使用可能である。このような技術は,出版物に対する重要な訂正を読者に通知しなければならない出版社の責務の達成を容易にするものである。また,撤回された論文が,撤回後も長く引用され続けるという事例を減少させるものと期待されている8)

ここまで,出版倫理の分野における情報技術と管理の重大な役割を例示したが,編集者,出版社,図書館員が利用可能なツールは,どの技術も同様に,正しく,そして慎重に利用しなければならない。たとえば,テキストマッチング・ソフトウェアは,誤って陽性判定をする可能性がある。それは,レビュー論文が改変されている場合や,標準的な研究方法が記載されている場合などである。ツールそれ自体では,研究や出版の不正行為の問題すべてを解決はできない。したがって,ジャーナル,出版社,学術機関は,問題に対する有効なポリシーと,疑いのある不正行為に対処するための適切な手順をもつことが重要となる。

4. COPE

The Committee on Publication Ethics(COPE)は1997年,ジャーナル編集者からのガイダンスを求める要望に応じて結成された。以降,主に英国の医学系編集者からなる小集団から,世界中の各学問領域を網羅する9,000のジャーナルが加盟するグローバルな組織へと成長した9)。COPEの主な目的は,論文審査を行うジャーナル編集者や出版社への助言とガイダンスを提供することにある―編集者の「自助グループ」とも呼ばれているが,これは適切な表現である。COPEは取締機関ではないため,不正行為の疑いのある事例についての調査は行わない。提供するアドバイスは非公式なものであり,多くの場合は通常のCOPE公開討論会での編集者間の議論から出されているものである(今ではグローバル参加が可能な電話会議において仮想的に行われている)。COPE会員はこれらの仮想会議に議論のための事例を持ち込んでもよい。事例は必ず匿名で扱われ,会議で出された助言とともに検索可能なデータベースの中に収録される。いずれもCOPEサイト(http://www.publicationethics.org/)で自由に利用できる。

4.1 COPEフローチャート

数年にわたってさまざまな事例を議論した結果,編集者を対象としたフローチャートを作成し,頻繁に起きる問題に対して,実用的な解決策を段階的に説明している。フローチャートの和訳には,以下のサイトからアクセス可能である。

http://www.ronbun.jp/flowcharts/

4.2 撤回ガイドライン

COPEは撤回に関する詳細なガイドラインも作成し,撤回をいつ行うべきか,また,どのような場合,訂正,もしくは「懸念の表明」を行うのが適切かを説明している。この問題は,ジャーナル編集者を悩ませ続けているようである。COPE撤回ガイドラインは2009年に出版されたが,2013年の研究では,ドイツ人麻酔学者,ヨアヒム・ボルト博士の研究不正行為の一連の事例について,複数のジャーナルの対応を分析した結果,88論文の中で5論文(6%)のみがCOPEの撤回基準に基づいて適切に撤回され,9論文はまったく撤回されなかった10)。それ以前の研究では,米国における明らかな不正行為の事例でも,不正論文の撤回の遅れや失敗が示されていた11)

4.2.1 撤回への関心

撤回という事象に研究者とメディアから高い関心が寄せられている。撤回の原因を調査している研究もある12)15)。こういった関心は,撤回の数(絶対的にも,出版論文数における割合からみても)が実にこの過去10年で,劇的に増加したことと無関係ではないだろう。この増加が,研究や出版での不正行為の真の増加を示しているのか,単に,現在のジャーナルがより有力な不正行為検出ツールをもっており(特に盗作,重複投稿,画像処理),それを活用するようになったからなのかを判断することはできない。しかし,少なくとも,撤回に関しては明らかに社会的な関心が高まり,この問題のために作られた,「リトラクション・ウォッチ」という人気ブログも登場している16)

4.3 ジャーナルと機関の連携

ジャーナル編集者は,出版する内容に対して責任があるため,出版物に信頼のできない内容があると判明した場合,それを知る必要があるが,多くの場合は,著者の所属機関から必要な情報を得ることが困難であり,不可能な場合もある。これが編集者の直面する1つの問題である17)。疑いのある不正行為への調査は,通常,研究者が「無罪」と判定された際に名声が汚されないよう,秘密裏に行われる。しかし,調査の結果,不正行為が明らかになった場合には,読者が不正な研究結果に惑わされないように,すべての対象論文を撤回することが重要である。

もう1つの問題は,悪意のないミスにより出版物に信頼性がないと判明したケース(訂正が必要とされる,あるいは研究成果全体に影響を及ぼすときには撤回をも要求される),または研究者が意図的に不正行為を犯した証拠は不十分であるが研究に問題があるのが明らかなケース(この場合は「懸念の表明」の公開を勧める),いずれも編集者には詳細を報告してもらう必要があるということだ。著者の所属機関はジャーナルに対して報告をためらうかもしれないし,あるいは論文の信頼性に関する編集者の疑問に答えることなく,研究者の「無罪」だけを主張するかもしれない。機関は,所属する研究者が不正行為を犯したか否かに関心がある一方で,ジャーナルは出版した研究に,読者を誤った方向に導くような内容があるかを明確にすることに,より大きな関心をもつ。したがって,機関とジャーナル側との利害は一致しないのである。

不正行為があったという明らかな情報があるにもかかわらず,ジャーナル側が論文を撤回せず,研究機関がジャーナルに対して情報提供を拒むといった問題が起こったため,COPEはこの重要な関係についてガイダンスを作成した18)。2013年にモントリオールで行われた第3回World Conference on Research Integrityでの一連のセッションでもジャーナルと機関の連携が議題となった。COPEガイドラインが議論の出発点として使われ,提起された問題と,さらなるガイダンスが必要な部分に関しては,会議の議事録の中で,近いうちに発表される予定である19)

4.4 COPEガイドライン

2010年にシンガポールで行われたWorld Conference on Research Integrityの成果は,第2回COPEが協力して著者と編集者を対象とする一連の国際的ガイドラインを作成したことである20)。ジャーナルは,すべての学問分野を代表する大規模で国際的な研究者グループによって作成されたガイドラインを採用するか,あるいは「投稿規定」にリンクさせて利用することができる。また,COPEは,編集者と出版社それぞれに対して推奨する「行動規範」に,全会員が従うよう求めてもいる。さらに最近,査読者対象のガイドラインを作成した。これらの資料(英語)はすべてCOPEサイト(http://www.publicationethics.org/)で自由に利用できる。つまり,COPEは出版倫理に関するあらゆる観点から,ジャーナル編集者,出版社,著者,査読者へのガイダンスを提供している。

4.5 COPEの討議資料

出版倫理の問題に対処するには,特定の状況判断や考察が必要な場合が多い。意図的で重大な詐欺行為は論外だが,意図した不正行為ではなく,無知,または不注意から起きている問題もある。研究者を採用し,指導する立場にある学術機関と,それらの研究成果を出版するジャーナルの両者は,状況に応じて対応する必要があり,言い換えれば,どのような対応を取るかは不正行為の重大性によるのである。したがって,さまざまな不正行為を明確に定義するだけでなく,一貫した手法により,重大さを測ることも有用である。たとえば,別の研究者が発表した論文に自分の名前を冠し,あたかも,その研究が自身のものであるとして,新しい,別のジャーナルに投稿するような上席研究員と,1つの出典を明記し忘れ,原著論文の考察の部分で,短い文章をうっかり引用しなかった若手研究員の行為は,どちらも一般的な剽窃・盗用に分類されるだろうが,そこに重大な違いがあることには,多くの人が同意するだろう。論文全体の意図的盗作の場合,ジャーナル側(盗作された著作物を出版したジャーナル)の正しい対応は論文を撤回することである。2番目の例(考察の章に出典のない短い記述があったケース)に対するジャーナルの正しい対応は,おそらく訂正を出すことであろう。同様に,著者の所属機関が取る懲戒処分についても,行為の重さが考慮されるべきである。これらの極端な例(すなわち,もっとも悪質,逆にかなり軽微な場合)を定義するのは比較的容易であるが,それらの中間に位置するようなケースは,一段と対応が困難になることが多い。

COPEのフローチャートは,編集者に対して,さまざまなタイプの倫理的問題に直面した際に取るべき明確な手順を示している。しかし,倫理的問題には,慎重な判断が求められるケースが多く,編集者がどうすべきかを正確に記述できない場合もあり,実際に起きている問題を慎重に理解し評価したうえで対応する必要がある。ポリシーを作って対応することができないケースのために,COPEは,編集者と出版社が問題の複雑さを理解する助けとなるような討議資料を作成している。最近の討議資料は,引用操作や,オーサーシップ,匿名の内部告発への対応に焦点を絞っている。

5. オーサーシップ

出版倫理で,多くの問題に関連するのがオーサーシップである21)。論文から,記載すべき著者の名前を除外することは,剽窃・盗用に類すると見なされるだろう(なぜなら,除外された人は自身の研究業績を他者に奪われるからである)。十分な貢献のない著者をリストに含めることもまた不誠実であるし,不公平である。なぜならオーサーシップには学術的な意味での見返りが伴うものなのである(ときには直接的に金銭的報酬をも意味する)。しかし,ジャーナル編集者は,ジャーナルに報告され,投稿された研究に,実際に誰が真に貢献したのか,通常知るすべがないので,記載されたオーサーシップを信じるしかない。そのため,オーサーシップに関する不服の申し立て(たとえば,誰かが論文の出版後に,ジャーナルに連絡し,自身が著者としてリストに記載されるべきであると主張するなど)があった場合,ジャーナル編集者はその問題を著者らが所属する機関に伝えなければならない。誰が著者として値するのか,かつどの順序で記載するかを決定することは難しく,学問分野により慣習が(特に順位に関して)異なる。よく言われるように,予防は治療に勝る。したがって,研究者にオーサーシップの決まりについて理解を深めてもらい,研究活動のあらゆる段階において良好なコミュニケーションを促進し,研究の初期段階でオーサーシップに関する議論を行う重要性を認識してもらうことが有効である。機関はオーサーシップについて理解を深める活動に支援することで,未然に問題を防ぐことができる。

6. 日本での不正行為事例への対応

どの国も,研究活動の不正行為から免れることはできない。事例は世界的に権威のある機関で発生している。研究や出版での不正行為をすべてなくすことができると考えるのは,おそらく非現実的である。そのため,機関と出版社は疑いのある,あるいは不正が明らかなケースに対応する適切なシステムをもつことが重要である。明るい兆候の1つは,不正な研究を確実に訂正,あるいは撤回するために,これまでよりオープンで透明な対応をし,ジャーナルとも連携しようとする大学が出てきたことである。大学(または個々の研究者)が,不正行為事件に伴う悪評を避けたいのは当然である。それだけに,正しく対応し,疑いのある場合には,徹底的に,そして,速やかに調査し,調査結果について,有益な公式声明を出すことは大いに称賛に値する。そのような対応の在り方は,機関の恥としてではなく,研究管理のための適正な手順をもち,起きた問題に対して適切に対応できる1つの証拠であると見なすべきであろう。

麻酔科医,藤井善隆博士が大量の出版物においてデータを捏造していたことが判明したケースでは,ジャーナル編集者のグループが疑わしい問題があると指摘したことにより,それまでに藤井博士が所属していた6つの日本の大学は,速やかに300弱の論文を調査した22)。もっと早い段階で問題が確認されなかったことは残念であるが,励みとなるのは,不正な出版物を撤回できるよう,日本の機関がジャーナル編集担当者の懸念に前向きに反応したことである。日本人研究者(森直樹博士)がかかわったもう1つの例では,所属機関(沖縄の琉球大学)とジャーナル(米国微生物学会誌,“Infection and Immunity”)間の緊密な協力が報告されている。編集者は,「森博士の所属機関が行った綿密な調査がわれわれの分析を容易にした」と述べている。それにより,執筆した研究者の論文は撤回され,森博士は,米国微生物学会が発行しているジャーナルに10年間出版できなくなった23)

どの国も研究不正行為関連の不祥事は避けたいが,それによって研究公正への関心が高まるという利益をもたらすこともある。韓国では,黄禹錫(ファン・ウソク)博士のクローニングにかかわる事件が広く報道された後,政府や大学は,研究公正をこれまでより重視し,ある解説者はその事件を「ジャーナルが,不正行為をもっと真剣に監視すべきとする警鐘だ」と評した24)

7. 結論

情報技術は,よくも悪くも,研究と出版倫理に大きな影響を与えた。技術の進歩により,たとえばコピー・アンド・ペーストによる剽窃・盗用で,不正行為が容易になったが,一方で,それらの問題を検出するための専用ツールも開発されてきた。ジャーナルは,投稿論文の剽窃・盗用と画像の改ざんを検出するためのソフトウェアを利用する機会が増えている。電子出版とインデキシングにより,訂正と撤回通知を対象論文に直接リンクさせることができ,印刷時代では不可能だった方法で読者への警告が可能となった。技術が進歩したにもかかわらず,出版倫理は相変わらず複雑で困難な領域である。したがって,ジャーナルと機関には,適切なポリシーと対応手順が必要である。The Committee on Publication Ethicsは,ジャーナル編集者,出版社,著者,そして査読者を対象として助言を行っている。ジャーナルは自らの出版物に対して責任があるが,不正行為の疑いを調査する機能を(法的にも,物理的にも)備えていないため,機関がジャーナルに調査結果を報告し,信頼性のない論文は間違いなく撤回されるよう協力することが重要である。機関(とジャーナル)は不正行為があったとするメディア報道に困惑するだろうが,世間の関心が増すことで,透明性を高め,研究公正の重要性について,より広い理解を得られる可能性もある。

参考文献
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