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シンガポールの新図書館情報政策 コミュニティーにおける公共図書館の役割
宮原 志津子
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2014 年 57 巻 7 号 p. 457-467

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著者抄録

本稿では,シンガポール国立図書館庁(NLB)による図書館情報政策Libraries for Life(Library 2020)と,シンガポールの公共図書館が目指す次の時代の図書館のあり方について検討を行った。シンガポールではこれまでに,2つの図書館情報政策が策定されている。最初のLibrary 2000(1994年)では公共図書館インフラの整備が主に行われ,次のLibrary 2010(2005年)では,電子図書館やインターネットサービスの推進が積極的に行われた。2011年に発表されたLibrary 2020では,図書館のもっとも基本的なサービスである読書を推進するプログラムに焦点が絞られている。これからの時代を担う公共図書館の役割は,多様な背景をもつシンガポール人のコミュニティーをつなぐ場所であり,図書館にはシンガポール文化を掘り起こし,さらに新たに創出する期待が込められているのである。

1. はじめに

シンガポールは,東京23区や淡路島とほぼ同じ面積であり,人口も永住外国人などを含めて540万人(2013年6月)1)ほどの小さな都市国家である。東南アジアの小さな漁村にすぎなかったシンガポールが,立地の良さからイギリスの植民地として開発が進み,アジア地域から多くの移民が流入した。国民の7割は華人であり,教育機関では英語による教育が行われているものの,多くが中国語(マンダリン)を日常生活で使っている。マレー系やインド系もおり,英語,中国語,マレー語,タミル語の4か国語が公用語となっている多民族国家である。独立後は急速な経済発展を遂げ,近年ではグローバル化を背景にさらなる発展を続けている。

こうした国の成長同様,シンガポールの図書館界はこの20年ほどで目を見張るほどの発展を遂げた。2013年シンガポールで初めて行われたIFLA(International Federation of Library Associations and Institutions,国際図書館連盟)年次大会には,世界中から多くの関係者が訪れ,シンガポールの図書館の先進性を世界に示す絶好の機会となった。1990年代初頭から始められた図書館界の大改革から20余年,シンガポールの国立図書館と公共図書館は,今や世界の中でも高水準のサービスを提供する図書館と評されるまでに発展した2)

図書館改革の最初の柱となったのが,東南アジア地域でも初の包括的な図書館情報政策,Library 2000(以下,L2000)の策定である。1994年に発表された同政策により,10年間でシンガポールの国立・公共図書館の設置等のインフラ整備は進み,大学院での専門職教育が開始されるなど,知識情報立国として,国民の生涯教育活動を支えるためのハード面での基盤づくりが完成した。この時期に,地域図書館やコミュニティー図書館(現・公共図書館)などの館種分けがなされ,都市計画と連動する形で,各地域において図書館の設置が進められた3)

L2000の後継政策であるLibrary 2010(以下,L2010)では,2005年から5年間の図書館サービスなど,ソフト面での充実が目標とされた。中でも図書館でのインターネット環境の整備や,電子サービスや電子コンテンツの充実など,IT先進国における公共図書館にふさわしい図書館となるべく,先進技術の応用や電子サービスの開発・活用が行われていった4)

国立図書館庁(National Library Board: NLB)はLibrary 2020となる第三の図書館情報政策として,Libraries for Life(以下,L2020)を2011年に発表し,2020年を目標とした各種計画を実行中である5)

シンガポールの図書館に対してはわが国からも高い関心が向けられており,政策についてはL2000やL2010についての研究や報告がいくつか発表されている6)7)。筆者もそれぞれの政策についての論考を発表しているが,L2020については,日本での研究や報告などはまだ発表されていない。

そこで本稿では,シンガポールの図書館情報政策と図書館の歩みについての概要を述べた後,L2020の内容や現在の図書館サービスについて紹介する。そして最後に考察として,シンガポールが目指す図書館のあり方や,今日のシンガポール社会における図書館の意義について検討する。

2. 図書館情報政策の背景

国土が狭いシンガポールでは地方自治体が存在しないことから,独立当初より国立図書館と公共図書館の複合システムを取り入れている。L2000による整備が始まる前,図書館の数は国立図書館1館と分館7館のみであった。利用者の中心は,勉強部屋代わりに使う生徒や学生であり,資料の数も少なかったため,一般の利用はわずかであった。

図書館改革が行われた背景には,首相の交替による政策の変更がある。1990年に建国の父と称されるリー・クアンユーからゴー・チョクトンに首相が交替したが,ゴーが最初に掲げた目標が,シンガポールの先進国化であった。知識集約型経済への移行を進めていくことで,知識情報社会における世界的な競争に勝ち,先進国の中でもトップリーグの国になることを目指した。そのために国のあらゆる機関では各領域での先進国としてのあり方のビジョンを描くことが進められた。

図書館に対しても,先進国としてふさわしい規模やサービス,知識情報社会の中での役割が求められた。また芸術やスポーツなど,リー時代には軽視されてきた分野の振興が国の基本政策に盛り込まれたことも影響し,図書館には多くの予算が集中的に与えられ,情報拠点,生涯教育機関,文化施設としての図書館づくりが進んだ8)

L2000の目標は,端的に言うと,国内の公共図書館の整備にあった。それまで国立図書館とその分館の数館という状況であった図書館を,「地域図書館―コミュニティー図書館―コミュニティー児童図書館」の3層からなる構造とした。現在の公共図書館システムは,国立図書館,地域図書館,公共図書館という3種類になっている。国立図書館では,国の出版物の収集提供とレファレンス業務(リー・コンチャンレファレンス図書館を館内に併設)を行っている。公共図書館(Public Library)は日本では市町村立図書館にあたり,貸出を中心に,読書案内や集会行事などを行っている。地域図書館(Regional Library)は日本でいう都道府県立図書館の機能をもち,公共図書館のバックアップ図書館として高度なレファレンスサービスに対応している。2006年にはランドマークともなる新国立図書館が,中心部に完成した。2014年現在,国立図書館1館(1),3つの地域図書館,21の公共図書館がある(2)。

図1 国立図書館
図2 図館書ネットワーク9)

3. 国立図書館庁(NLB)

地方自治体のないシンガポールでは,国立図書館と公共図書館の両方をNLBが運営している。

NLBは,情報通信芸術省(Ministry of Information, Communications and the Arts,以下,MICA)の傘下にある「法定機関(Statutory Board)」である。法定機関とは,法律によって機能,業務範囲,権限などが定められており,監督省庁を通して国会に責任をもつ政府関連機関である。行政機関と異なり,管理,財務面でより大きな自主性をもっており,その傘下に子会社や関係会社をもつことができる。運営は役員会が責任をもち,財源は国庫補助金や法定機関の業務収入である。職員の身分は公務員ではなく,それぞれの法定機関が独自に採用する10)。人事や財政面などでより柔軟な決定を独立して行えるようになったことで,自由度の高い運営が可能となり,ドラスティックな改革実現をもたらす一因となった11)

なおシンガポールの行政手法は,長期的で明確なビジョンに基づく政策の策定やアウトカムの重視,効率性の追求が特徴であり,NLBにおいても同様である。NLBにはMICAの志向に沿った成果やパフォーマンスが求められており,L2020においても図書館サービスから人事管理に至る各項目が,NLBのビジョンやミッションとどのように関連性があるのかが,図を併用して細かく記されている12)

NLBのミッションやビジョン,戦略的目標などは,定期的にレビューが行われている。現在のNLBのミッション等は,2006年2月に発表されたものである。「生涯の読者,学習するコミュニティー,聡明な社会」がビジョンであり,ミッションを「図書館を通して,知識を活性化させ,想像力を刺激し,可能性を作り出す」こととしている。そして「戦略的目標」として,「読書,学習,情報リテラシー」「次世代の公共図書館」「シンガポールやアジア地域のコンテンツの充実」「いつでもどこでも電子図書館」の4点が示されている12)3)。

図3 NLBのミッションとビジョン12)

4. Library 2020(Libraries for Life)

L2000では,公共図書館の設置と国内の図書館ネットワークの構築,L2010では電子図書館やコンテンツの構築に焦点が絞られてきた。それらの政策を踏まえ,後継政策として2011年に新たに策定されたのがL2020,正式名称“Libraries for Life”である。

策定にあたっては,NLBの議長やCEOを含むLibrary 2020戦略計画小委員会が作られ,先のNLBの戦略目標に沿って,「読書,学習,情報リテラシー」「電子図書館」「シンガポールのコンテンツ」「次世代の図書館」の4つのプロジェクトチームが設けられた。この4つのプロジェクトは,後述するように,L2020での中心政策となった13)

L2020のビジョンは,タイトルそのままの“Libraries for Life”(生活のための図書館)であり,NLBのビジョンでもある「生涯の読者,学習するコミュニティー,聡明な社会」を育成することである14)

NLBの役割は,情報源を提供するだけでなく,シンガポール国民に情報を利用する能力を身につけさせ,知識の共有を勧めることとしている。

L2020の長期的な戦略としては,図書館を利用することで,(1)読書や学習,情報リテラシー能力を育成すること,(2)社会的な学習を通してコミュニティーへのかかわりを育むこと,(3)シンガポール国民が共有する遺産や価値を植え付けること,としている。

L2020では,NLBとしての目標と同じ,4つの「戦略的目標」が掲げられている。それぞれの概要は下記のとおりである15)

(1) 読書,学習,情報リテラシー

シンガポールに住むあらゆる人々に読書や学習の習慣を定着させ,情報リテラシーを高める。

(2) 次世代の公共図書館

あらゆる知識に等しくアクセスすることができ,知識を共有し,コミュニティーに交わっている,愛されるコミュニティー空間としての図書館の役割を強化する。

(3) シンガポールやアジア地域のコンテンツの充実

国立図書館はシンガポールに関するコンテンツについて,責任をもって収集するとともに,シンガポール国民がシンガポールの出版遺産を発掘・活用し,価値を評価することを保証する。

(4) いつでもどこでも電子図書館

いつでもどこでも,さまざまな分野の電子コンテンツやサービスに,利用者が好む機器や空間で簡単にアクセスできるようにする。

5. 図書館サービスの現在

1はNLBが行っている事業計画とサービスの一部をまとめたものである。前述の4つの戦略的目標に基づいて作成した6つの「成果目標」と,成果を達成するための手段となる事業計画に分けて示している。また,期待される成果に沿って,サービスの対象者と内容が細かく設定されている。

NLBのKiaらは,L2020の中心となる事業として,「(1)読書と情報リテラシースキルの強化」「(2)変化するニーズに合わせた物理的な図書館の改革」「(3)電子図書館でのシンガポール国内のコンテンツの充実」をあげている16)。以下,この3点に即して,NLBが提供している特徴的なサービスとその概要を述べる。

表1 戦略的視野に立った成果目標における事業計画と対象者別サービス内容
戦略的視野に立った成果目標 事業計画 対象者 サービス名称と内容
競争力のある経済の原動力となる情報・知識サービス 政策調査,出版サービス,著作権,オンデマンド印刷,共有リポジトリ 成人 SMSレファレンスサービス*1)
研究者 SMSレファレンスサービス
レファレンス図書館での芸術文化コレクション*2)
Newspaper SG*3)
ローカルヒストリー・サービス*4)
アジア地域のコンテンツやコレクションサービスのための望ましい提供 シンガポール・メモリープロジェクト,歴史遺産コレクション開発,電子化,新聞の電子アーカイブ化 研究者 Music SG at NLB
レファレンス図書館でのアジア地域コレクションの充実*5)
レファレンス図書館での芸術文化コレクション*6)
Newspaper SG
ローカルヒストリー・サービス
社会の学習空間としての図書館 読書指導,子ども読書フェスティバル,世界図書デー,Kidsread,お父さんと読書 児童 Fun with Tots
Kids ASK!
ジュニア読書クラブ
青少年 プログラムゾーン(学生のための学習室)
ジュロン地域図書館でのVerging All Teens(VAT)*7)
Pseudo読書クラブ*8)
成人 読もうよ!シンガポール
学習するコミュニティー(中華読書クラブ,自己改善に関心がある大人のための読書)
地域図書館とのコラボレーション
高齢者 静かに読書を楽しむ部屋
シニア読書クラブ
大活字本(クィーンズストーン公共図書館,タンピネス公共図書館)
自立する学習コミュニティー オンライン仮想レファレンスサービス,共同レファレンスネットワークサービスソーシャルメディアへの取り組み 児童 Fun with Tots
10,000 & More Fathers Reading
ジュニア読書クラブ
青少年 プログラムゾーン(学生のための学習室)
ジュロン地域図書館でのVerging All Teens(VAT)*7)
Pseudo読書クラブ*8)
成人 読もうよ!シンガポール
学習するコミュニティー(中華読書クラブ,自己改善に関心がある大人のための読書)
専門的技術と協調文化 ISO14000資格,優れたビジネス作戦,スタッフ提案計画,知識文化サービス 研究者 リー・コンチャンレファレンス図書館での芸術文化コレクションの充実
優れたサービス グローバルな情報源,要求分析,電子資料の選定と収集,コレクション計画,データマイニング

出典:Ministry of Information, Communications and the Arts. Libraries for life. http://www.mci.gov.sg/content/mci_corp/web/mci/libraries/developing_libraries/master_plans/libraries_for_life.html, p. 26-27, p. 58-59. の表をもとに作成。注は筆者が作成。

*1)携帯電話のショートメッセージサービスを使ったレファレンスサービス。2013年3月で終了。

*2)国立図書館内に設けられた,リー・コンチャンレファレンス図書館における芸術文化コレクションの充実。

*3)1831年から2009年までのシンガポール,マレーシアの新聞を電子化,記事のフルテキストをインターネット上で読むことができる。

*4)2008年より開始。アジア地域を中心に家系図や家族史を提供。

*5)リー・コンチャンレファレンス図書館でのアジア地域コレクションの充実。

*6)リー・コンチャンレファレンス図書館での芸術文化コレクションの充実。

*7)ティーンに人気のあるマンガや音楽,演劇などの資料を提供し,図書館の壁をティーン向けのポップなデザインに塗ることで,ティーンに居心地のよい空間を作り出している。

*8)13~19歳までのヤングアダルト世代を対象とした読書クラブ。

5.1 読書と情報リテラシースキルの強化

情報リテラシーの重要性については,今や世界中で認識されていることであるが,知識情報立国シンガポールでも,学校教育現場では早くから,授業での電子機器の活用や,情報リテラシーの授業の実施など,情報機器の利用と情報の活用に力を入れてきた。NLBでも発足直後より,図書館でパソコンや基本的なソフトの使い方を教える講習会を開くなど,一般成人に対するコンピューターリテラシーを向上させるよう取り組んできた。

L2020では,パソコンやオンライン上の情報源の使い方の習得を進めるのではなく,図書館利用者の読書活動を推進することで,最終的には広く国民の情報リテラシーを育成するという方針がとられた。それは「本を読みましょう」という,いわば図書館サービスへの原点回帰であり,現在さまざまな読書プログラムが用意されている。「読書クラブ」だけでも,ジュニア,成人,シニアなど,各年代別に開かれている。

中でも就学前の子どもを対象とした“Early READ programme”など,子どもに対するプログラムが充実している。その中の1つ,“Fun with Tots”は,1~3歳向けの保護者同伴のプログラムであり,毎回30分ほどの読み聞かせなどが行われる。年に1回行われる“10,000&More Fathers Reading”では,父親や祖父が主体となって,本の読み聞かせなどを通して子どもたちに読書の楽しみを伝える試みとなっている。“Kids ASK!”は子ども専用のレファレンスサービスであり,さまざまな資料を紹介する入り口となっている。

一方,シンガポールでも急速に高齢化が進んでおり,高齢者層の図書館利用者の増加に合わせたサービスの拡充も進められている。大活字本(large type books)の提供や,高齢者向けの本を集めたコーナーを開設する図書館もある。

またL2010で拡充された電子図書館の電子書籍の充実は目覚ましい。現在は専用ページ(eREADS)を経由し,専用ソフトからダウンロードして読むことができ,図書館に行かなくても自宅のパソコンやタブレット端末などで本を読むことができるサービスである。シンガポールの図書館では無線LAN環境の整備が十分に整っており,若者を中心に多くの利用者が自分のパソコンなどを館内で使って,館内の好きな場所で読書を楽しんだり,調べ物を行ったりしている(4)。

なお,基本的なコンピュータースキル習得への支援は中高齢者を対象に行われている。たとえばジュロン地域図書館では,50歳以上の国民・永住者向けのパソコン講習会(Silver Infocomm Junction)を開催している。これらのシルバー世代は,図書館で毎日1時間無料でインターネットを利用できるなどの特典もある18)

このように年代を問わず,印刷媒体,電子書籍,オンライン情報など,どのメディアも利用できるようになることで,国民の情報リテラシーを広く底上げすることを目指している。

図4 eREADS17)

5.2 変化するニーズに合わせた物理的な図書館の改革

L2000による図書館の施設面の整備,L2010による図書館の情報サービスの拡充という段階を踏んで,シンガポール国内の図書館の設置は,一段落ついた形となっている。L2000の計画が実行されていたときは,国のあちらこちらで新図書館の建設や,既存の図書館のリノベーションが行われていたが,近年ではそのような工事は少なくなってきている。L2000の前後(1994年と2005年)を比較した報告では,蔵書規模の拡大(330万冊から800万冊),来館者数の増加(550万人から3,100万人),貸出点数の増加(1,000万点から2,700万点),レファレンス件数の増加(18万6,000回から230万回)19)など,目に見える成果が達成されたことが明らかになっている。現在はこうした数の大幅な変化はないが,図書館には連日多くの人が訪れており,国民の生活の一部に図書館がすっかり溶け込んだ印象を受ける。

よって,物理的な図書館の改革といっても,以前のように新たな図書館を建てたり,リノベーションを行ったり,ということではない。既存の図書館のサービスや空間の使い方を見直して,利用者にとってより使い勝手がよく,居心地のよい図書館を作り,実際に図書館に足を運んでもらうということである。

現在行われている図書館サービスからは,シンガポールが本や電子資料などのやりとりにとどまらず,幅広い利用者プログラムを用意していることがわかる。これらのプログラムでは,その概要や実施場所・時間などを簡単に調べることができるよう,「図書館へ行こう!(Go Library)」という専用のサイトが開設されている(5)。

図5 図書館へ行こう!20)

5.3 電子図書館でのシンガポール国内のコンテンツの充実

国立図書館では,シンガポール関連の資料の収集や提供が継続的に行われている。NLBのサイトには,シンガポール関連のコンテンツを集めた「シンガポールページ」があり,関連の資料をインターネット経由で手軽に検索や閲覧をすることができる。以下,主なサービスについて述べる。

Singapore InfopediaはNLBが開発した,シンガポール関連のテーマに関するオンライン百科事典である。レファレンスサービスでの,シンガポール関連の質問と回答の蓄積をデータベースとしている。1998年よりInfoXpress kioskという名称の専用端末が図書館館内に置かれ,図書館内のみであるが誰もが利用できるようになった21)。現在はインターネット経由で利用でき,アクセスがさらに簡単になっている(6)。

MusicSG at NLBでは,シンガポール人の音楽家による作品や,シンガポールに関連のある音楽などの歌詞や楽譜などを収集している。シンガポールではエスプラネード(library@espranade)が舞台芸術の専門図書館として楽譜の収集・提供を行っていたが,「シンガポールの文化遺産」としての側面からシンガポールに特化した音楽作品の収集にも力を入れている(7)。

NewspaperSGは,1831年から2009年までのシンガポールおよびマレーシアの新聞記事を検索し,全文をインターネット上で読むことができるサービスである。新聞はすべてデジタル化されており,原紙に近い状態で読むことが可能となっている24)8)。

HistorySGは,シンガポールの歴史を時代ごとに紹介しており,関連の新聞記事を上記のNewspaperSGにリンクした形で読むことができる。また参考文献はOPACの書誌情報にリンクされているほか,関連の用語は前述のSingapore Infopediaにリンクされるなど,複合的なサービスとなっている25)9)。

図6 Singapore Infopedia22)
図7 MusicSG23)
図8 NewspaperSG24)
図9 HistorySG25)

2012年11月1日に,シンガポール公文書館(National Archives of Singapore: NAS)がNLBに合併された。NASは,合併以前は国家歴史遺産庁(National Heritage Board)の傘下にあったが,国立図書館と「類似の専門性やシステム」26)があることから合併の運びとなった。多くの歴史的文書などを有するNASと合併したことで,NASに出向かなければ入手できなかった歴史的資料の入手が格段に便利になることが期待される。またNLBがもっている資料のデジタル化のノウハウにより,資料の電子化とオンライン公開が今後一層進むであろう。

L2000より,NLBではレファレンスサービスの向上と,レファレンス資料の収集に力を入れてきた。それらを集約した図書館が,国立図書館内に設けられているリー・コンチャンレファレンス図書館(Lee Kong Chiang Reference Library)である。シンガポールは,国としての歴史が浅いことや,コミュニティーに関する資料が少ないこともあり,個人的にはいわゆる地域資料については少ないという印象があった。NLBでは今後はシンガポールのみならず,アジア地域の資料も積極的に収集していくことで,アジア地域のレファレンス図書館の中心的存在となることを目指している。東南アジア地域の国立図書館では,アジア地域全体の資料を十分に収集できるだけの財源をもつところがほとんどないので,シンガポールが東南アジアの図書館のハブになることに期待したい。

6. 考察

NLBのRajaratnamは,シンガポールの3つの図書館情報政策を比較したうえで,L2000が公共図書館ネットワークの整備,L2010が電子図書館の推進が中心であったのに対し,L2020では図書館のもっとも基本的なサービスである読書を推進するプログラムに焦点を絞っていると述べている27)。大規模な図書館情報政策の策定により,国の情報基盤と情報サービスの提供を整えたうえで,読書の推進という図書館サービスの基本に戻っている点は,非常に興味深い。

これに付け加えるならば,L2020では,図書館をコミュニティーをつなぐ場所として再認識しており,図書館によるシンガポール文化の創出を期待しているといえるだろう。特にコミュニティーにおける公共図書館の存在意義を高めるという強いメッセージが読み取れる。

NLBには,国立図書館の運営と公共図書館の運営の2つが課せられていることを述べた。これまでシンガポールは,国立図書館では電子図書館やレファレンスなどのサービスに力を入れる傍ら,公共図書館サービスも本の貸出や返却だけではなく,特に集会行事活動に力を入れてきた。仮想空間のサービスだけではなく,現実の図書館において,利用者に図書館へ足を運んでもらうことで成り立つサービスを重視する背景には,シンガポールの抱える特殊な社会構造が見え隠れする。

シンガポールはもともと,イギリスがほぼ無人の島を植民地として国家を創り,その後アジア各地から移民が集まって社会形成された歴史的背景がある。「国家が何のまとまりもなかったバラバラな社会を自らの意向とデザインに基づいて改造した」という国であり,「国家が社会を創った」のである28)。したがって,他の多くの新興国でも問題となるアイデンティティーの形成も,政府の強いリーダーシップによって進められてきた。

シンガポールは,海を挟んでマレーシアやインドネシアといった東南アジアの大国や中国と隣り合っている。移民国家であり,華人を中心にマレー系やインド系などを有する多民族国家で,国内での紛争が起きないよう,公用語を4か国語とするなど,民族の融和を図ってきた。イギリス統治時代は,民族別の統治政策がとられたこともあり,独立後はシンガポール人としてのアイデンティティーの形成と,国民統合が国是となったのである。

国立図書館でも,1960年に成立した国立図書館法において,4か国語の公用語での収集方針を打ち出している。行事プログラムにおいても,民族のバランスがとれるような参加者構成で,他の民族の文化を紹介するなど,多文化理解の講座の開催なども行われてきた。このような国民統合は,シンガポールの図書館の重要なミッションでもあった29)

L2020において,コミュニティーにおける公共図書館サービスの強化や,シンガポール文化を重視する理由はどこにあるのだろうか。それは,この20年間のシンガポールの社会構造の変化だと推察される。

シンガポールは1990年代初頭の「先進国化計画」やグローバル経済の加速化などを背景に,都市国家というマイナス要因を逆手に取り,国際間の激しい競争の中で安定した経済発展を遂げてきた。順調な経済発展は,多くの労働者を必要とし,ブルーカラーを中心に多くの労働者がアジア地域周辺から出稼ぎにやって来た。またホワイトカラーや富裕層の移住も増加し,さらに教育やスポーツ,文化などの分野でも多様な人材がシンガポールに来るようになった。その結果,人口はこの20年間で増大し,1990年代初頭には400万人に満たなかった人口は,現在では500万人を超えるまでになっている。

こうした多様な人材が国内に流入し,さまざまな背景や価値観をもった人が増えてきたこと,さらにインターネットを介してさまざまな情報が得られるようになったことなどから,管理国家といわれたシンガポール政府による一体性の創出は揺らいできている。こうした社会の揺らぎが,シンガポール人としてのアイデンティティーを再確認する必要性を生み,シンガポールの歴史や文化などを知ることのできる情報を図書館からもより一層発信するようになったと推察するが,この問題については今後も研究を重ねていきたい。

シンガポールの図書館を訪れると,モダンで明るい館内は,どの時間帯でも小さな子どもから高齢者まで老若男女さまざまな年代でにぎわっており,思い思いのスタイルで本を読み,居心地のよい空間を満喫している。学生の勉強部屋から,多様な国民が集う場としての公共図書館への変ぼうという理想は,今や現実のものとなった。次はコミュニティーをつなぎ,シンガポール文化を創出するという大きな役割をいかに達成していくのか,今後も見守っていきたい。

参考文献
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  • 24)  National Library Board. "NewspaperSG". http://eresources.nlb.gov.sg/newspapers/, (accessed 2014-07-24).
  • 25)  National Library Board. "HistorySG". http://eresources.nlb.gov.sg/history, (accessed 2014-07-24).
  • 26)   Ngian,  Lek Choh. "Coming together of national library and national archives: The Singapore experience". Alexandria. 2013, vol. 24, no. 1, p. 1-17. http://dx.doi.org/10.7227/ALX.24.1.2, (accessed 2014-07-24).
  • 27)   Rajaratnam,  Raneetha. "For the love of reading! : New strategies to engage the next generation readers". IFLA WLIC 2013. 2013. http://library.ifla.org/71/1/105-rajaratnam-en.pdf, (accessed 2014-07-24).
  • 28)   岩崎 育夫. 物語シンガポールの歴史:エリート開発主義国家の200年. 中央公論社, 2013, p. 226-227,(中公新書).
  • 29)   宮原 志津子. シンガポールにおける図書館情報政策「Library 2000」の策定と公共図書館の社会的役割の変容. 日本図書館情報学会誌. 2006, vol. 52, no. 2, p. 85-100.
 
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