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オープンアクセス出版と英国王立化学会
イーグリング, ロバート福田 佳子浦上 裕光ウィルソン, エマ
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2014 年 57 巻 7 号 p. 475-483

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著者抄録

本稿では,オープンアクセス(OA)の基本的なコンセプト,背景,主なOAのモデルとその特徴の概要,OAに関してRoyal Society of Chemistry(英国王立化学会,RSC)が果たすべき役割について取り上げる。研究助成機関の役割や方針が学術出版に大きな影響を与えている環境ではあるが,出版業界ではOA化が進んでいることもあり,化学分野においても,この環境の変化が顕著に反映されている。化学分野ではOAはまだ受け入れられているとは言えない状況だが,このようなOA移行期にRSCがどのように学術出版の発展や出版オプションを多数提供し,著者や図書館関係者といったOA出版関係者を支援しているのかについて述べる。

1. はじめに

電子出版時代の到来は,学術論文の出版,検索やアクセス方法にさまざまな革新や変化をもたらしている。中でも,オープンアクセス(以下,OA)への移行がもっとも革新的ではないだろうか。OAへの取り組みは,今後,学術出版の主要な形態となるだろう。しかし,研究者と出版社の関係がどのように変化,順応していくかなど,多くの疑問も残る。化学系のコミュニティーではOA化に関する議論はさほど活発ではなく,OAプロセスによる出版は生物・医学系分野ほど積極的に受け入れられていない。しかし,英国,米国やヨーロッパの研究助成機関より公表されたOA方針や義務化などにより,多くの化学系研究者が,OAについて関心をもち始めている。英国王立化学会(Royal Society of Chemistry,以下RSC)は,化学コミュニティーおよび当会会員,購読者に対して,OA出版に関しての情報,リソース,そしてOA出版のためのサービスを提供し,貢献したいと考えている。

2. OAの背景

OAとは,従来の購読型モデルとは異なり,電子版文献への無料アクセスが可能で,かつ著作権やライセンスに縛られない(二次利用が可能)ことである注1)。OAのコンセプトや利益などについては,長年議論されてきたが,OAに対する本格的な関心はインターネットが普及し,オンライン出版が一般的になった1990年代初頭に始まった。また学術雑誌の購読料が高騰し,多くの大学図書館の予算が追い付かなくなりつつある状況も背景にあった。

OAの本格的な取り組みは,Paul Ginsparg注2)が1991年に立ち上げたarXiv注3)というオンラインの電子アーカイブに始まる。arXivは,物理分野のプレプリントの無料アクセスを可能にした初めてのサービスである。設立から20年以上を経過した現在も,arXivはMichael Matthews Foundationの支援の下,サービスを続けている。現在収集されている文献は,物理分野だけでなくコンピューターサイエンス,数学や統計学など多岐にわたる。

このころから,物理学関係者のほかに医学,生物学関係者の間でも無料アクセスの観点からOAに注目が集まり始めた。1990年代後半には,プレプリントおよび査読済み論文を収集するオンラインリポジトリであるPubMed Central(PMC)注4)が設立された。2000年には,収益を目的とした初めてのOA出版社BioMed Central(BMC)が設立され注5),今では旗艦誌を6誌有するほか,医学から生物学まで計65誌以上を取り扱う出版社へと発展している。2004年には米国国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)が助成研究成果をPubMed Centralへ登録するよう促し,2008年には,登録が義務化され,2014年までに290万本以上の論文を保有している。このような背景により,ライフサイエンスの分野では無料アクセス可能な論文が多く,化学分野と比較して,OA出版が受け入れられている傾向にある。

また,2002年のブダペスト宣言注6),そして2003年の「自然科学および人文科学における知識へのオープンアクセスに関するベルリン宣言」が,OAへの関心を一層高めた注7)。このような主要な国際宣言には,OA化に本格的に取り組もうとする組織が参加し,2013年までに451もの組織がベルリン宣言に賛同し,署名を行っている。

3. OAの出版モデル

現在,OA出版は2つのモデル,ゴールドOA(著者支払い型)とグリーンOA(著者負担のない,機関登録型)に大別される。またゴールドOAには完全ゴールド型(フルゴールド)と一部ゴールド型(ハイブリッド)がある。

3.1 ゴールドOA

ゴールドOAは,著者投稿論文が受理された後,著者が論文出版加工料(Article Processing Charge: APC)を出版社に支払い,出版可能となるものである。すなわち,ゴールドOAでは,掲載日から直ちに無料でアクセス可能となる。現在,ゴールドOAはフルゴールド(ゴールドOAのみのジャーナル)と,ハイブリッド(従来の購読モデルのジャーナル内での,一部ゴールドOA化)との2通りのモデルに分けられる。化学分野においては,フルゴールドよりも通常のジャーナル内でOA掲載が可能なハイブリッド型ゴールドOA誌が圧倒的に多い。

学術論文をゴールドOAで出版することは,著者と読者の双方にいくつかの利点をもたらす。もっとも大きな利点は,出版と同時に論文への無料アクセスが可能となることである。さらに,ゴールドOAで出版される論文は,電子出版に関する検索,ナビゲーション,アラートといった付加価値サービスを受けることにより発見可能性や利用度が向上する(グリーンOAとの比較は3.2を参照)注8)。出版社にとって,ゴールドOAは出版にかかる費用が出版社に支払われるので,持続性のあるビジネスモデルといえる。一方,ゴールドOAには,いくつか問題点も存在する。ゴールドOAでは出版費用が著者に課されるため,研究資金の少ない機関では,投稿が困難になる恐れがある。さらに,著者たちが出版費用を負担することを利用して,COPE(Committee on Publication Ethics,出版倫理委員会)の指針注9)を無視した論文出版加工料の搾取だけを目的とした悪質な出版社(通称:Predatory Publishers)注10)が増えてしまった事実もある。また,従来の購読型モデルと違い,ゴールドOAでは著者が出版プロセスの構図に加えられるため,今までになかった形での著者―出版社間のやり取りの増加が予想され,取り引きの複雑化も懸念されている。ハイブリッドOAでは,著者から出版社に支払われる論文出版加工料と従来の購読料が重複し,出版社による二重取り(Double Dipping)も問題となる。RSCを含めて多くの出版社では,出版社による二重取りが行われない仕組みが作られている。

3.2 グリーンOA

グリーンOAは,査読済み最終稿を著者自らが電子アーカイブ化し,機関や分野別リポジトリに収集し,一定のエンバーゴ期間(アクセス不可期間)を設けた後,一般公開するものである。グリーンOAでは,ゴールドOAと異なり著者への負担は一切ない。エンバーゴ期間は,機関の方針によっても異なる。Science, Technology, Engineering and Mathematics(STEM)誌では6~12か月,Social Sciences, Arts and Humanities(SSAH)誌では12~24か月が主流となっている。グリーンOAの一番の利点は,著者の負担なしに,論文が公開されることである。ただし,エンバーゴ期間中は論文にアクセスできないため,購読型モデルと併用されることが多いのが現状である。また,機関リポジトリの一部では認知度が低く,メンテナンスが不足しているものもあり,不安要素も少なくない。そのため,著者の観点からは,無料閲覧が可能であってもアクセスが少なかったり,他のリポジトリとの相互運用性に欠けたりする可能性もある。また,出版社側の観点からは,出版過程における負担が多く,論文出版加工料を通しての収入もないため,持続可能なビジネスモデルとしては考えにくいと分析されている。

3.3 GratisとLibre

OAを,論文の電子版を無料閲覧できる手段と考えるだけでなく,その共有や二次利用まで含めた手段としてとらえる場合もある。これらの2つのOA定義はGratis(無料閲覧)とLibre(無料閲覧+無制限二次利用)として分類されている。英国政府やRSCではLibreをより支援している。

4. 各国のポリシー

4.1 英国

2012年に発表されたFinch Report注11)により,英国はゴールドOAの道を歩むこととなった。主要な研究資金配分助成機関である英国研究会議(Research Councils UK: RCUK)は,2013年4月1日以降,助成した研究成果をクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC-BY)に則って公開することを義務付けた注12)注14)。また,この方針を支援するために,RCUKは論文出版加工料の援助を目的としたプログラムを公表した。このプログラムの助成金額は,大学の規模,研究資金額や研究成果によって定められ,2013年にはRCUKから1,700万ポンド(約30億円)が拠出された。当初2年間の詳細が発表されており,今後の目標として,2017年には75%の論文がゴールドOAとして出版されることを目指している(1)。RCUKはゴールドOAの方針を示しているが,ゴールドOA費用を払えない機関も多い。特に,ラッセルグループ(イギリスの24主要大学グループ)注15)に所属していない小規模な大学はRCUKから論文出版加工料の援助を目的とした支援を受けられないため,グリーンOAに傾きつつある。

RCUKと並ぶ,もう1つの主要な研究助成機関である高等教育助成会議(Higher Education Funding Council for England: HEFCE)は,2013年に研究助成金配分の根拠となるガイドラインであるREF2020を発表した注16)。HEFCEもRCUKと同様にOAを支持する方針を決め,論文をREF2020へ提出するためには,論文受理から3か月以内に論文とそのメタデータ(書誌情報)をリポジトリに登録することを義務付けた。RCUKの方針とは異なり,HEFCEの場合,ゴールドOA,グリーンOAの双方に優先順位は付けていない。グリーンOAでREF2020に提出される場合,通常のグリーンOAと同様,公開まで一定のエンバーゴ期間が設けられる見込みである。HEFCEのOA化方針は2016年1月1日より適用される予定である。

表1 RCUKの今後のゴールドOA化の目標値と論文出版加工料支援額
2013 2014 2015 2016 2017
RCUK・APC支援額 £17M £20M TBD* TBD* TBD*
期待されるゴールドOA論文の割合 45% 53% 60% 67% 75%

*TBD(To be determined):未決定

4.2 EU

4.2.1 Horizon2020注17)

欧州委員会によって打ち出された第7次研究枠組み計画(FP7)では,OA化の推進はあったものの試験的な方針であり,研究者に対するOA義務化までは進んでいなかった。しかし,2014年に打ち立てられたFP8(通称:Horizon2020におけるOA指針では,FP7よりもさらに強くOA化が促され,Horizon2020で助成される研究は,ゴールドOAもしくはグリーンOAで出版することが義務付けられた注18)。Horizon2020でもOA化への移行を円滑に進めるために論文出版加工料の補助金が用意されている。グリーンOAでの出版では,通常のグリーンOAと同様6か月(STEM誌)または12か月(SSAH誌)のエンバーゴ期間に従わなければならない。FP8期間中は,ゴールドOAに要する論文出版加工料の補助金を利用できる。また,FP8によって助成された研究成果を,FP8期間後にゴールドOAとして出版しようとする試行案も現在調整中である。

4.2.2 Science Europe注19)

Science Europeとはブリュッセルに拠点を置くEuropean Research Funding Organisations(RFO)とResearch Performing Organisations(RPO)から構成される研究助成機関である。現在Science Europeは,EUの27か国,53組織からなり,研究助成費用は年間約300億ユーロ(約4.1兆円)である。2013年4月に,Science EuropeはOA対応のための次の基礎方針を公表した注20)。1)OAへの移行はできるだけ早く行うこと,2)ゴールド・グリーン両OAを支援すること,3)STEM誌のエンバーゴ期間は6か月,SSAH誌は6か月以上12か月未満とすること,4)OA出版費用の助成は,出版社が提示する透明なコスト構造が前提であること,5)論文出版加工料を伴う出版の増加に伴い,国,地域,機関を考慮に入れて購読料を軽減すること,6)Double Dippingを避けるために,ハイブリッド型OAを回避すること。

4.3 米国と科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy: OSTP)注21)

2013年2月に,OSTPは“Memorandum for the heads of executive departments and agencies”を公表した注22)。このOSTP指令は,年間1億ドルを超える研究開発助成を行っている連邦政府機関に対し,その研究成果へのパブリックアクセスを拡大するための指針作成を促す内容であった。エネルギー省(DOE),米国農務省(USDA),国立科学財団(NSF),国防総省(DOD)といった機関は,OSTP指令が公表されてから6か月以内にアクセス拡大の方針をOSTPに提出することが義務付けられた。加えて,各省の計画実施には,追加の公的資金は充当できないという制約も決議された。その結果,OSTP指令に対して,次の4つの対応策が提案された。1)PMCの拡大(生物学,薬学からすべての科学を対象に),2)各機関でリポジトリを立ち上げる自己解決策,3)Shared Access Research Ecosystem(SHARE),4)Clearinghouse for the Open Research of the United States(CHORUS)である。ここでは注目を浴びている3),4)を紹介する。

4.3.1 Shared Access Research Ecosystem (SHARE)注23)

SHAREとはOSTP指令に対して大学・研究所図書館協会(Association of Research Libraries: ARL),アメリカ大学協会(Association of American Universities: AAU)とAssociation of Public and Land-grant Universities(APLU)が共同提案した解決策である。SHAREでは,大学間リポジトリネットワークを利用して,公的助成を受けた研究の論文公開だけではなく,その研究データも取り扱うことをも目標としている。SHAREではジャーナルのメタデータを機関リポジトリに収め,検索によってその論文を探し出すことができる。規模の小さい大学など自分たちのリポジトリを保有しない機関は,リポジトリをすでに所有している大学と協定を結ぶことが期待されている。

4.3.2 Clearinghouse for the Open Research of the United States (CHORUS)

CHORUSとは,CHORUSの母体となる非営利団体と出版社の提携によって構成されている。OSTP指令において提案された4つの対応策の中では,現時点でもっとも進展している。CHORUSはPubMed Central(PMC)や大学の機関リポジトリではなく,出版社のプラットフォームを利用するモデルである。CHORUSは既存のインフラや検索ツールが活用でき,世界中の出版社からの支援を受け,PMCのようなデータベースではなく各出版社のプラットフォームでアクセスさせようとしている。CHORUSはエネルギー省,国立科学財団,米国農務省など100以上の機関が加盟し,2013年12月に第一期を終えた。第二期では参加している出版社の拡大を目的とし,今夏に終了予定である。RSCはCHORUSプログラムに資金提供しているほか,FundRefなどの技術要件に適応し次第,サービスに参加する予定である。

4.4 中国

2014年5月に中国科学院(CAS),中国国家自然科学基金委員会(NSFC)両機関ともにグリーンルートによるOA化を目指すことを公表した。著者は論文が出版されてから12か月以内に,受理された最終稿を機関リポジトリに収めることが義務付けられた。また,過去に出版された論文の提供も推奨されている。

5. STEM誌のOAにまつわる現状

2011年に出版されたSTEM誌の論文のうち,フルゴールドOAとして約9~11%,ハイブリッド型のゴールドOAとして約1%,つまり約10~12%がゴールドOAで出版されたと推定されている注24)。最近の報告では,2015年にはゴールドOAによる出版の割合は17%まで増加すると見込まれている。一方,グリーンOAでの論文掲載は,約10%と推定され,この割合もゴールドと同様に増加していくと考えられている注25)

化学系分野では,OAの利用度はSTEM誌より低く,コミュニティーがOAを受け入れていないことがわかる。しかしながら,STEM誌での流れと同様に,化学分野関連の論文もOAでの出版が増加すると予想されている。

RSCでは,2013年時点で4%以上の論文がゴールドOAで出版されている。このうちほとんどの論文が,Gold for Gold(G4G)というバウチャー制度を利用した出版である。G4Gについては,6.1で説明する。

6. 英国王立化学会とOA対応策

科学におけるOAは,RSCの掲げる定款注26)「Advancing the Chemical Sciences」を達成するためにも重要な役割を占める。そのためには,RSCにとって長期的に安定したビジネスモデルが欠かせない。

RSCは,2006年より両OAの選択肢を全雑誌に適用し,提供を始めた。RSC誌のゴールドOAの論文出版加工料は,論文のタイプによって次の3つのカテゴリーに分けられる。コミュニケーション(1,000ポンド,17万円[1ポンド=170円で換算,以下同様]),フルペーパー(1,600ポンド,27万2,000円),レビュー(2,500ポンド,42万5,000円)。また,RSCゴールドパッケージ(RSC全誌)の購読者には,15%割り引いた額で論文出版加工料を設定している。ゴールドOAでの出版を望まない場合,著者は機関や分野に特化したリポジトリに論文を収めることができる。このような場合,メタデータは出版直後に閲覧可能となり,論文は12か月のエンバーゴ期間の後,アクセス可能となる。RSCでは,ゴールドOAのオプションとしてハイブリッド型を用意し,CC-BYの表示を通じてRCUKのOA方針への適合を図っている。RCUK,ウェルカム・トラスト(研究支援団体),Horizon2020の義務によらずゴールドOAで出版したい場合には,CC-BY-NC 3.0での公開も可能である。

ここまで述べたように,OAには研究助成機関,研究機関,大学,図書館,出版社,化学コミュニティーなど数多くの関係者がおり,過去8年にわたる交流の結果,RSCはOA支援サービスとして,Gold for Gold(G4G)というバウチャー制度を始めた。

6.1 Gold for Gold(G4G):ゴールドOAのためのRSC独自のバウチャー制度

ゴールドOAへの移行が進むにつれ,論文出版加工料と従来の購読モデルでの購読料の支出が重複する事態が頻発するようになり,その結果,大学・図書館への負担が増加した。このような負担を軽減するため,2012年にRSC全誌を購入している機関だけに適応されるG4Gというバウチャー制度を試験的に実施した注27)。G4Gでは,Double Dipping(二重取り)の回避とその透明性を著者に示している。G4Gでは,機関が購読料としてRSCに支払った金額を,標準論文出版加工料1,600ポンド(フルペーパーをOA出版する場合)で割った数だけG4Gバウチャーが発行される。機関がこのG4Gバウチャーを利用することにより,論文出版加工料を要しないゴールドOA出版が可能になる。たとえば,ある機関がRSCゴールドパッケージの購入に年間1万6,000ポンド支払っている場合,その機関にはバウチャーが10枚発行され,論文10本分をゴールドOAとして出版することができる。ただし,バウチャーは発行されてから1年以内に利用しないと無効になる。この試験的に行われたG4Gは成功を収め,現時点で,世界中で約900万ポンド相当のバウチャーを発行するに至っている。2013年の第4四半期にはバウチャーの利用が増加し,その結果,900本以上の論文が論文出版加工料負担なしのゴールドOAにより出版された。2014年に入ってバウチャー利用数は安定し,現在,月間約150本がOA出版されている。

G4Gバウチャー制度を地域別に分析すると,OAが推進されている英国,ドイツや米国での利用度が高い(1)。これらの国ではG4Gの需要が高く,各国のOA義務に応じるために追加バウチャーが必要となったため,RSCでは追加バウチャー制度を導入した。追加バウチャーはまとめ買いのみ,割引で購入可能であり,3年間の有効期限が設けられている。2012年の試行以来,RSCのバウチャー制度は各国の政府機関,研究助成機関,政策立案者,図書館関係者や著者から多くの支持を得ている。

図1 地域別のG4Gの利用度(2013年)

6.2 RSCリポジトリ:Chemical Sciences Article Repository(CSAR)注28)

RSCは2006年のOAオプション化,2012年のG4Gの実施に続き,2013年10月に化学系分野に特化したChemical Sciences Article Repository(CSAR)というリポジトリを発表した。CSARの目標は,世界中の研究者の論文検索・共有のハブとなることである。すべてのゴールドOA論文は自動的にCSARに収録される。ゴールドOAを望まない投稿者は,グリーンOAとしての投稿も可能である。CSARへの投稿時に,著者は論文が受理された際に自動的にグリーンOAとするかどうかが選択できる。この場合,論文のメタデータのみが論文の出版と同時にアクセス可能となり,論文自体は12か月のエンバーゴ期間後にアクセス可能となる。将来的には他出版社やリポジトリのメタデータも保管し,それらの機関のプラットフォームとつなげることにより,より情報量の多い,使いやすいリポジトリとすることを目標としている。

6.3 Chemical Science OA

今日,フルゴールドOAの化学系学術誌は数多く存在するが,そのほとんどが専門誌であり,質も高いとは言えない状況である。著名なOA誌としてはChemistryOpen(Wiley)注29),Beilstein Journal of Organic Chemistry(Beilstein Institut)注30),Chemistry Central(Springer Science Business+Business Media)注31)といったジャーナルがあげられる。2014年に入ってからは,ACS Central Science(American Chemical Society)注32)がフルゴールドOA誌として公開されている。

化学分野のOA化は,政府や研究助成機関より一方的に推し進められている現状があり,研究者の観点から考えると化学分野を扱うフルゴールド誌の需要は高くないと予想される。すでにインパクトファクター(IF)の高い,著名なハイブリッドOA誌も数多く存在するため,質の高いフルゴールド誌を立ち上げるのは難しい。Nucleic Acids Research誌(IF:8.28)注33)のように,すでに高いIFのついているジャーナルのフルゴールド化という方法もとられている。

RSCの旗艦誌であるChemical Science誌(IF:8.3)は,2015年第1巻より購読モデルからフルゴールドOAへ転換することとなった。この転換により,Chemical Scienceは化学系フルゴールドOA誌の中でもっとも質の高いジャーナルになる。移行期間中の著者の負担軽減のため,2017年までゴールドOA出版にかかる論文出版加工料は免除される。

6.4 その他の活動

RSCは,G4G,CSAR,Chemical Scienceのフルゴールド化のほかにも,英国政府やRCUK,工学物理科学研究会議(EPSRC),HEFCEといった研究助成機関との交流,英国情報システム合同委員会(JISC)によって編成された分科会に参加し,ゴールドOAを実施するための基盤技術の課題についての意見交換などを行っている。さらに,英国研究情報ネットワーク(RIN)を通して,出版社と図書館関係者のためのOA指標策定を目的とした協議にも積極的に参加している。

7. おわりに

本稿では,OAの概要,OAに関してRSCが果たすべき役割などについて,簡単にではあるが紹介した。化学ジャーナル・コミュニティーのOA化は,他分野に比べて後れを取ってはいるが,その方向へ進んでいるのは間違いない。本稿を通して,RSCのOA化活動をご理解いただければ幸いである。RSCはこれからもOA化に対する動向をみながら,この学術出版の変換期において,化学コミュニティー,関係者,読者,会員に対して適切な支援と協力を行っていく所存である。

本文の注
注1)  Open Access Overview, Peter Suber. http://legacy.earlham.edu/~peters/fos/overview.htm

注2)  Paul Ginsparg the founder of ArXiv. http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Ginsparg

注3)  ArXiv Pre-print server. http://arxiv.org/help/general

注4)  PubMed Central. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/

注5)  BioMed Central. http://www.biomedcentral.com/

注6)  Budapest Open Access Initiative. http://www.budapestopenaccessinitiative.org/

注7)  Berlin Declaration on Open Access to Knowledge in the Sciences and Humanities. http://openaccess.mpg.de/286432/Berlin-Declaration

注8)  STM出版の概要と研究成果に与える付加価値. http://www.stm-assoc.org/2009_04_01_Overview_of_STM_Publishing_Value_to_Research_Japanese.pdf

注9)  The Committee on Publication Ethics. http://publicationethics.org

注10)  Predatory Publishers, Potential, possible, or probable predatory scholarly open-access publishers. http://scholarlyoa.com/publishers/

注11)  Accessibility, sustainability, excellence: how to expand access to research publications: Report of the Working Group on Expanding Access to Published Research Findings. Working Group on Expanding Access to Published Research Findings, 2012, 140p. http://www.researchinfonet.org/wp-content/uploads/2012/06/Finch-Group-report-FINAL-VERSION.pdf.

注12)  Research Councils UK. http://www.rcuk.ac.uk/

注13)  Current OA policy set out by RCUK. http://www.rcuk.ac.uk/research/openaccess/

注14)  Creative Commons and CC-BY licence visit. http://creativecommons.org/

注15)  Russell Group Universities. http://www.russellgroup.ac.uk/our-universities.aspx

注16)  For details on the REF and REF2014 in particular visit. http://www.ref.ac.uk/

注17)  Horizon 2020. http://ec.europa.eu/programmes/horizon2020/

注18)  The Horizon 2020 OA policy. http://ec.europa.eu/research/participants/data/ref/h2020/grants_manual/hi/oa_pilot/h2020-hi-oa-pilot-guide_en.pdf

注19)  Science Europe. http://www.scienceeurope.org/

注20)  Science Europe position statement: Principles on the transition to Open Access to Research Publications (April 2013). http://ec.europa.eu/research/participants/data/ref/h2020/grants_manual/hi/oa_pilot/h2020-hi-oa-pilot-guide_en.pdf

注21)  Office of Science and Technology Policy (OSTP). http://www.whitehouse.gov/administration/eop/ostp

注22)  Original OSTP Memorandum. http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/ostp_public_access_memo_2013.pdf

注23)  Shared Access Research Ecosystem. http://www.arl.org/focus-areas/shared-access-researchecosystem-share

注24)  Mikael Laakso and Bo-Christer Björk. http://www.biomedcentral.com/1741-7015/10/124

注25)  Outsell, Open Access: Market Size, Share, Forecast, and Trends, January 2013.

注26)  RSC Charter & By-Laws. http://www.rsc.org/AboutUs/Governance/charter.asp

注27)  RSC, Gold for Gold including FAQs. http://www.rsc.org/publishing/librarians/goldforgold.asp

注28)  The RSC, Chemical Sciences Article Repository. http://www.rsc.org/chemical-sciences-repository/articles/

注29)  Wiley, VCH Chemistry Open. http://onlinelibrary.wiley.com/journal/10.1002/(ISSN)2191-1363

注30)  Beilstein Journal of Organic Chemistry (BJOC). http://www.beilstein-journals.org/bjoc/home/home.htm

注31)  Chemistry Central. http://www.chemistrycentral.com/

注32)  ACS Central Science. http://acsopenaccess.org/

注33)  Nucleic Acids Research transitions to Gold OA. http://www.oxfordjournals.org/our_journals/nar/announce_openaccess.html

 
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