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高齢者・障害者の感覚特性データベース 製品・サービス・環境のアクセシビリティ向上のために
倉片 憲治
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2014 年 57 巻 8 号 p. 539-547

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著者抄録

超高齢社会の到来および障害者の人権に対する社会の意識の高まりを受けて,誰もが使用できる製品やサービスの供給,安心して生活できる環境の整備が強く求められるようになってきている。アクセシビリティに配慮した製品等の開発にあたっては,高齢者・障害者の特性を参照し,それに適合するよう設計する必要がある。本稿は,その目的のために産業技術総合研究所が作成し,インターネット上で無料にて公開している「高齢者・障害者の感覚特性データベース」の概要を紹介する。また,このデータベースでは,一連の日本工業規格「高齢者・障害者配慮設計指針」の活用ツールも提供している。2013年8月の公開以来,本データベースは,高齢者・障害者に対応した製品等の開発に携わる企業等の技術者やデザイナーに広く活用されている。

1. はじめに

改めて指摘するまでもなく,近年,日本の総人口に占める65歳以上の高齢者は,その人数・割合ともに増加が著しい。2013年10月1日現在,日本の高齢者人口は過去最高の3,190万人となり,総人口に占める割合も25.1%に達している。さらに,その割合は,今後数十年にわたり,一貫して増加し続けることが見込まれている1)

また,国連「障害者の権利に関する条約」2)に象徴されるように,障害者の人権に対する意識の高まりも,近年の大きな社会変化の1つとしてあげられる。すなわち,障害の有無やその種類にかかわらず,誰もが等しく社会に参加し,その一員としてみなされることが,当然の権利として再確認されたのである。

このような社会の変化に伴って,産業やインフラ整備のあり方も大きく変わっていかなければならない。これまで身の周りのさまざまな製品の設計,サービスの提供,生活環境の構築等にあたっては,暗黙のうちに,若い健康な者を対象とすることが一般的であった。しかし今後は,若齢者だけでなく高齢者も,さらには障害のある人々も想定して,誰もが安心して利用できる製品の開発,快適に暮らせる環境を構築することが求められているのである(1)。

図1 製品・サービス・環境設計の対象者の変化

なお,製品等の生産者・提供者側にとって,このような社会の変化は,必ずしも負担増につながるマイナス要因であるとは限らない。むしろ,高齢者・障害者に対応した,新しい製品の市場拡大につながる契機と考えてよいであろう。特に,人口の高齢化に関しては,その進行が早い(かつ,速い)日本は,他国に先んじて高齢者対応製品を開発し,実社会に普及させるチャンスが得られる点で,むしろ有利な立場にあるともいえる。

2. 高齢者・障害者対応の設計

このような社会ニーズを受けて製品・サービス・環境等を設計するには,従来の健常若齢者向けの仕様を高齢者・障害者にも対応できるよう変更する必要がある。たとえば,製品のパッケージに書かれた注意書きの文字が小さくて読めないといった苦労は,ある年齢以上であれば多くの人が経験することであろう。したがって,その文字は,視力の加齢変化(いわゆる老眼)を補うよう,従来よりも大きくする必要がある。

ただし,高齢者・障害者対応の設計技術には,解決すべき課題がいくつか存在する。

まず,設計仕様を変更する必要性は理解できても,設計の目標値を適切に定めることは必ずしも容易ではない。たとえば,上述の文字サイズを例にとると,文字が小さくて読めないのであるから,それを解決するには文字を大きくすればよい。しかし,文字のサイズを大きくすると,逆に,限られたスペースに書き込める文字の数は少なくなってしまう。したがって,必要最小限の大きさの文字を採用し,読みやすさと情報量との最適なバランスを探らなければならない。

さらに重要な問題として,設計に携わる若い技術者やデザイナーにとって,高齢者や障害者が感じる不便さや困難さを適切に理解するのは必ずしも容易でないことがあげられる。たとえば,かつて,家電製品に使用されている報知音(製品の作動状況やエラーの発生をユーザーに伝えるお知らせ音)が高齢者には聞こえない,と問題になったことがある。その原因は,報知音の音圧−周波数の分布を示した2を見ると明らかである。この図では,年齢別の聴覚閾値(聞こえるもっとも小さな音のレベル)の曲線を併せて描いてある。すなわち,各年齢の者には,その曲線を下回る音(灰色や黒で表示した領域に含まれる音)は小さ過ぎて聞くことができない。

当時多く使用されていた4,000Hz付近の高い周波数の報知音は,そのほとんどが65歳以上の高齢者には聞こえない領域にある。一方,それらの音は,20歳代の聴覚閾値曲線をはるかに上回っており,その年齢の者には難なく聞こえる音である。当時,これらの報知音を設計した(おそらくは若い)技術者には,自分には十分に大きく聞こえる報知音が,高齢ユーザーにここまで聞こえないとは想像できなかったのであろう。

これら文字サイズおよび報知音の例から明らかなように,高齢者対応の製品の設計にあたっては,加齢によって生じる感覚・身体特性の変化を理解しなければならない。また,障害者対応の場合であれば,障害の種類と程度による特性の違いを理解しなければならない。自分自身ではなかなか体感できない,それら特性の変化や違いは,実験的に測定されたデータを参照しながら客観的に理解する必要がある。そのデータを利用してはじめて,改善すべき設計上の問題をとらえたり,最適な設定値を定めたりすることが可能となるのである。

図2 家電製品(88機種)の報知音の音圧−周波数分布と年齢別の聴覚閾値曲線(参考文献3)より改変)。

3. 「高齢者・障害者の感覚特性データベース」の構築

ところで,病気等の診断を目的とした検査は数多く行われているものの,日々健康に暮らしている人々の加齢や障害による特性の違いを体系的に測定する試みは,国内外を見渡してもこれまでほとんど行われてきていない。また,高齢者・障害者は,一般に個人差が非常に大きい。そのため,ある1つの特性の全体像を明らかにするためには,数百名程度の大規模な人数の測定が必要となり,コストや労力の面で,実施は必ずしも容易ではない。

そこで,独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)では,このような現状を受けて,高齢者・障害者対応技術(アクセシブルデザイン技術注1))の開発を行ってきた。過去20年近くにわたるその過程では,高齢者や障害者を対象として感覚や身体機能に関する数多くの測定と,データの蓄積を行ってきた。そのうち,視覚・聴覚・触覚等のさまざまな感覚特性について,延べ3,000人以上を対象に測定したデータを検索可能なように集計し直し,グラフィカルに見やすく表現したものが,「高齢者・障害者の感覚特性データベース」である。

このデータベース(以下,DB)はインターネット上(http://scdb.db.aist.go.jp/)で広く一般に公開しており,所定の利用条件のもとで誰でも無料でアクセスし,利用することができる。2013年8月の正式公開後,このDBには月平均で約4,000件のページビューがあり,企業の製品設計者等,アクセシブルデザインに関心のある多くの方々に活用されている。さらに2014年3月には,各データ項目の内容を充実させるとともに,初めての利用者にもわかりやすいよう,ポータルサイトを改修している。

次章では,このDBの概要を紹介する。

4. 「高齢者・障害者の感覚特性データベース」の概要

4.1 データ項目

2014年8月現在,このDBには視覚・聴覚・触覚等,感覚特性ごとに分類された計17個のデータ項目(1)がある。この中から関心のある項目を利用者が選択し,対象者の年齢,性別,測定条件等を選択または数値で入力すると,条件に合致した測定データがグラフ等で画面上に表示される。

表1 本データベースのデータ項目
感覚の種別 データ項目
視覚 可読文字サイズ
年代別輝度コントラスト
視標検出視野(視野範囲)
視標検出視野(視標の検出率)
コントラスト感度
最小可読文字サイズ・コントラスト
文章の文字間・行間余白設計
基本色領域に基づく色の組合わせ
聴覚 年齢別聴覚閾値分布(日本人データ)
年齢別聴覚閾値分布(ISO 7029 準拠)
低周波音に対する閾値
音の大きさの等感曲線
報知音の音圧レベル
音声アナウンスの聴取音量
単語の正聴率
テレビの聴取音量
触覚 触覚記号・文字の判読率

例として,「可読文字サイズ」の画面を示す(3)。画面左側で,対象者の年齢,視距離,輝度,文字種等を指定すると,右側にその条件に応じた「最小可読文字サイズ(読み取れる最小の文字の大きさ)」や「読みやすい文字サイズ」の推定結果が表示される。

この可読文字サイズの推定は,日本工業規格(JIS)4)に規定される方法に基づくものである。しかし,この方法は表や数式を利用した計算を必要とするため,必ずしも使い勝手が良いものではなかった。本DBでは,条件を指定し,数値をスライダー等で入力するだけで,簡単に推定結果を得ることができる。さらに,画面のサイズと解像度を指定することによって,結果を数値(ptおよびmm)だけでなく,ほぼ実寸大の文字として表示させることも可能である。このように,利用者は,条件をさまざまに変えながら,文字の読みやすさの違いを目で見て直感的に理解することができるようになっている。

図3 データベース画面例:可読文字サイズ

別のデータ項目の例として,「報知音の音圧レベル」を示す(4)。先に述べたように,聞き取りやすい報知音の周波数(高さ)は,年齢によって異なっている。音量を上げれば高齢者にも聞こえるようになるが,それでは聴力の良い若い人には“うるさい”報知音となりかねない。さらに,周囲に騒音がある場合には,報知音の音圧レベル(大きさ)は,それに応じて適切に設定しなければならない。

本DBの「報知音の音圧レベル」では,報知音とその聴き取りを妨げる妨害音の音量(1/3オクターブバンド音圧レベル)を計測し,その値を入力すると,当該妨害音の中で聞き取れる報知音の最小の音量(下限値)および十分に大きく聞き取れる音量(上限値)が示される。同時に,その報知音が多くの高齢者に聞き取れる音量であるか否かの判定結果を得ることができる。良好な判定結果が得られなかった場合は,上限値・下限値を参照して,報知音の音圧レベルを設定し直せばよい。

この報知音の音圧レベルの設定は,本DBのデータを使用して制定されたJIS5)に基づいている。これら2つの例のとおり,このDBは,単に高齢者・障害者の感覚特性データを検索して引き出す場としてだけでなく,JIS「高齢者・障害者配慮設計指針」注2)を容易に,かつ,効率よく活用するためのツールとしての役割も担っている。

図4 データベース画面例:報知音の音圧レベル

4.2 ポータルサイト

本DBの利用者は,入り口にあたるポータルサイト(5)に,まずアクセスすることになる。しかし,参照したいデータ項目があらかじめ決まっている利用者は,必ずしも多くないであろう。そこで,ポータルサイトからは,データ項目(1)を一覧できるだけでなく,次のとおりさまざまな方法で目的のデータ項目にアクセスできるよう工夫を施してある。

図5 産総研「高齢者・障害者の感覚特性データベース」のポータルサイト画面

まず,視覚・聴覚等,調べたい感覚の種別が明らかな場合は,それを「感覚から選ぶ」の中から直接選択することにより,種別ごとに分類されたデータ項目をまとめて表示させることができる。たとえば,「視覚」を選択すると,17個のデータ項目の中から,視覚に関する項目だけがリストで表示される。

あるいは,「目的から選ぶ」のチェックリストを利用して,デザインの目的に応じたデータ項目を選択することも可能である。関心のあるリストの項目にチェックを入れると,参照すべきデータ項目が一覧で表示される。これによって,数あるデータ項目の中から,目的のデザインに必要なデータ項目を漏れなく探し出すことができる。例として,「視覚特性」のチェックリストを6に示す。

図6 チェックリスト例:視覚特性

さらに,具体的なデザイン例に関心のある利用者は,本DBの「デザイン例を見る」を活用して設計できる製品等の例を見たり,設計した結果を音として聞いたりすることができる(7)。高齢者・障害者に対応して製品をデザインしようとしても,はじめはどのような点を考慮すべきかわからないことがあるかもしれない。高齢者・障害者対応製品の設計イメージをつかむために,まずはデザイン例を参照してみるのも有効であろう。

図7 デザイン例の1つ:聴覚デザイン

その他,本DBには,「横断検索」機能が組み込まれている。たとえば,対象者の属性を「60歳,女性」と指定すると,本DB内のデータから,データの項目によらず,その属性に合致したものを一括して引き出すことができる。対象とすべき製品のユーザー層が決まっている場合には,この機能が有効に活用できるであろう。

5. 高齢者・障害者対応設計の実例

最後に,高齢者・障害者に対応した設計の実例として,建築物内の案内(サイン)表示を2例あげる。

1つ目は,羽田空港の第1旅客ターミナルである。2007年のリニューアルに合わせて,各種案内表示のデザインが刷新された。文字の大きさとフォントの種類,背景と文字の色の組み合わせ等の選択にあたって,本DBのデータが活用されている。

2つ目は,群馬病院(群馬県高崎市)である。高齢者や視覚に障害のある患者に配慮して,病室入り口等のサイン表示の文字の大きさ,掲示する位置等を,同じく本DBのデータに基づいて設定している。

これらの実例は,現場の写真とともに産総研のWebサイト6)7)でも紹介されているので,ご参照いただきたい。

6. おわりに

本DBのポータルサイトには,産総研が収集したデータ以外に,外部機関が公開しているDBへのリンクも用意している。それらも併せて活用すると,さらに多くの種類のデータ項目や被測定対象者のデータを参照することができる。このリンクページを充実させることにより,将来的には産総研「高齢者・障害者の感覚特性データベース」が,国内外の関連DBにアクセスするためのゲートウェイになることを目指している。

ヒトの感覚特性は,年齢・性別といった対象者の属性および周囲の環境条件によってさまざまに変化する。そのデータをすべて図や表で紙面に記述するのはあまりに煩雑である。また,その中から目的のデータを探し出すことも容易ではない。さらに,製品等の設計の際には,さまざまな条件で試行錯誤しながら最適な仕様を探り出していくことも多いであろう。本DBが扱う人間特性にかかるデータは,このようなインタラクティブなDBで表現するのにもっとも適した対象の1つといえよう。

なお,本DBのもとにある感覚特性データは規模が非常に大きいため,そのすべてをネット上で公開してはいない。より詳細なデータに関心のある利用者には,未公開データ開示の相談も受け付けることで対応している(電子メール:accessible-ml@aist.go.jp)。

ところで,本稿では,簡単にするため「若齢者」と「高齢者」に単純に二分化して記述した。しかし,加齢の影響はある年齢で突然表れるものではなく,年齢の上昇とともに徐々に表れるものである。データ項目によっては,その中間の年齢についても測定結果を表示できるようになっている。また,本稿では,障害特性について多くを例示することができなかった。これらの点については,本DBを直接,ご覧いただきたい。

本DBが,高齢者・障害者対応設計の新しいデザインツールとして広く実践的に活用され,安心・安全・快適な生活の実現につながることを,開発者の1人として期待している。

謝辞

本DBは,筆者がリーダーを務めるアクセシブルデザイン研究グループ(伊藤納奈・大山潤爾・佐藤洋・佐川賢)が開発したものである。また,本DBに含まれる感覚特性データの一部は,独立行政法人 製品評価技術基盤機構の協力を得て収集した。記して感謝の意を表す。

本文の注1)

高齢者や障害者を含む,より多くの人々が使いやすいように製品・サービス・環境等を設計する手法。いわゆる健常者を利用者に想定した製品などの設計を変えるためにヒトの感覚・身体特性データを積極的に活用する点が,このデザイン手法の特徴の1つである。

本文の注2)

鉱工業品の品質の改善等を目的として工業標準化法に基づいて制定される国家規格,日本工業規格(JIS)の一群。いわゆる健常者を想定して設計された製品等について,高齢者・障害のある人々が使用する際の不便さを取り除き,日常生活の自立および生活の質を高めることを目的とする。これまでに約30編が制定され,その多くは国際規格としても発行されている。

本文の注2)の画像
JIS「高齢者・障害者配慮設計指針」一覧
参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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