2014 年 57 巻 8 号 p. 562-572
AMED(日本版NIH)や製薬企業における,政策決定・戦略立案に資するエビデンス提供のため,新しい指標に基づいた医薬品産業の現状俯瞰・将来予測を試みた。今回は,パイプラインや医薬品と密接につながった特許およびその特許に対して審査官および出願人が引用した特許および学術文献,さらに被引用特許の技術領域に着目することにより,特許出願を通じた知識の流れを分析した。
AMED(日本版NIH)注1)や製薬企業における,政策決定・戦略立案に資するエビデンス提供のため,新しい指標に基づいた医薬品産業の現状俯瞰・将来予測を試みた。
拙著「日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(1)~(3)」においては,各製薬企業が有する研究開発テーマのパイプラインに着目することで,各国の現状および将来における新薬創出力が把握できること1),2),および,複数段階にわたる開発プロセスにおいてオープンイノベーションを円滑に進めるためには,中小企業・ベンチャーを中心とする「創薬のラウンドアバウト(円形交差点)」の存在が重要であることなどを示した3)。
また,拙著(4)および(5)においては,国際特許分類(International Patent Classification: IPC)数,被引用特許数,特許が引用する非特許文献数などのパラメーターを用いて導出した「精製特許ファミリー数」が,各国の医薬品産業の基礎研究力を予測するための指標となることなどを示した4),5)。
さらに,拙著(6)においては,疾病別にみた医薬品の開発状況の分析を行った。がん,感染,神経系疾患に関する医薬品開発が多いこと,米国および英国では,中小企業等が研究開発の中心であるのに対し,日本は大企業が中心を担っていることを示した6)。
拙著(7)においては,医薬品開発に対する米国政府,財団ならびに企業における研究助成の動向の把握を試み,日本においても,商品化を目的としたファンディング制度やフェーズ制の導入,積極的な政府調達やベンチャーキャピタル(VC)への紹介等が今後必要であることを示した7)。
上記のように拙著(1)~(7)では,いわば米国の優位性をさまざまな切り口から分析してきたが,それでは,米国の圧倒的な国際競争力の背景にある鍵は何であろうか。イノベーション研究においては,地政学的空間,時間,組織の枠,共同研究等における「知識の流れ」がその鍵であると過去の研究においていわれている8)。また,医薬品産業において,イノベーションの創出は競争力の根幹であることは論をまたない。そこで本稿では,パイプラインと密接につながった特許およびその特許に対して審査官および出願人が引用した特許および学術文献,さらに被引用特許の技術領域をマイクロスコピックに分析することにより,イノベーションにつながる「知識の流れ」を分析した。
なお,本稿は著者の私見であり,著者が所属する機関の意見・見解を表明するものでない点に留意願いたい。
本分析において使用したデータベースは,以下のとおりである。
データ抽出および抽出日は,医薬品データベースについては2013年12月11日,他のデータベースに関しては2013年12月31日に抽出されたものである。
国際特許分類(IPC)には,化合物または医薬組成物の治療活性に関する分類があり,特許文献にはサブクラスA61Pとして付与される。今回の分析では,A61Pが付与された特許文献を1981年から2011年までDWPIおよびDPCIから抽出した。また医薬品データベースに登録されている医薬品またはパイプラインとリンクした特許情報をすべて抽出し,これを医薬品につながった特許とした。
すべての特許に対して次の(1)~(4)を計算した。なお,前方引用と後方引用との関係は図1に示すとおりである。図1の特許Aが他の特許B,特許C,文献Dを引用していることを後方引用(Backward Citation)と呼び,特許Aが特許E,特許F,特許Gから引用されていることを前方引用(Forward Citation)と呼ぶ。
本稿では,対象となる特許(図1の特許A)の優先権主張年注2)から,特許Aが引用している特許(特許B,C)の優先権主張年を引いたものを「後方引用(特許)のサイテーション・ラグ」と呼ぶ。引用している特許が複数ある場合は,その平均を導出した。特許Aが引用している学術文献(文献D)との関係においては,特許Aの優先権主張年注3)と学術文献の出版年との差がサイテーション・ラグとなり,これを「後方引用(文献)のサイテーション・ラグ」と本稿では呼ぶ。特許の場合と同じく,複数の学術文献を引用している場合は,その平均を導出した。さらに,特許Aが引用されている特許(特許E,F,G)とのサイテーション・ラグに関しても,特許E,F,Gの優先権主張年から特許Aの優先権主張年を引いたものとし,これを「前方引用(特許)のサイテーション・ラグ」と本稿では呼ぶ。これに関しても複数の特許が特許Aを引用している場合は,その平均を導出した。
(2) ジェネラリティー・インデックス対象となる特許(図1の特許A)と後方引用および前方引用の関係にある特許に付与されているIPCコードを使用して,ジェネラリティー・インデックスを導出した。これにより,後方引用の場合,特許Aに影響を与えた過去の特許の技術領域の広さを,前方引用の場合,特許Aがそれ以降の特許に与えた技術領域の広さを数値化できる。IPCコードのサブクラスまで(IPCコードの先頭から4桁,たとえばA61K)およびメイングループまで(先頭から6桁,たとえばA61K31)を使用して,2種類のジェネラリティー・インデックスを本分析では導出した。ジェネラリティー・インデックスの導出方法に関しては,Mariagrazia Squicciariniの“Measuring Patent Quality: Indicators of Technological and Economic Value”を参照されたい9)。
(3) サブジェクト・インデックス対象となる特許(図1の特許A)が引用している学術文献にトムソン・ロイター社が付与しているサブジェクトコード注4)を使用し,どの程度の科学領域が特許Aに影響を与えているか,その領域の広さを数値化した。学術文献のサブジェクトコードは,1つの文献に複数付与されているものが多い。導出の方法は以下のとおりである。
Niは,特許Aが引用している文献数,Nijは,そのうち任意のサブジェクトコードjをもつ文献数である。サブジェクト・インデックスは,(2)のジェネラリティー・インデックスを学術文献に応用したもので,本分析において新しく開発した指標である。
(4) スコープ対象となる特許(図1の特許A)に付与されたIPCコードのサブクラスとメイングループを使用して,特許Aに付与されているサブクラスの数とメイングループの数をそれぞれ計算した。これは特許Aがカバーする技術領域を数値化したものである。
図2および図3に,医薬品につながった特許とつながらなかった特許について,前方引用および後方引用のサイテーション・ラグを示した。
図2および図3が示すように,サイテーション・ラグが0年のものがもっとも多い。前方引用(特許)および後方引用(特許)は,サイテーション・ラグが1年のものは少なく,その後1回のピークを迎え減少する傾向である。後方引用(文献)のサイテーション・ラグも同じような傾向をとるものの,前方引用(特許)や後方引用(特許)ほど,サイテーション・ラグが多くはならないのが特徴である。なお,本研究で使用したDWPIのデータは,各国に出願された同じ発明に関する公報を1つのパテントファミリーとして集約し,発明単位で1つのレコードを作成しているため,サイテーション・ラグが0年やマイナスとなる場合がある4)。
表1に,各サイテーション・ラグの平均を示した。表1に示すように医薬品につながった特許および医薬品につながらなかった特許ともに前方引用(特許),後方引用(特許),後方引用(文献)の間において,平均サイテーション・ラグに関しては,1%水準で有意差が認められた。前方引用(特許)の平均サイテーション・ラグについて,医薬品につながった特許では1.89年で,医薬品につながらなかった特許よりも平均サイテーション・ラグが短いことから,医薬品につながった特許は比較的早くに他の特許に引用される傾向が強い。それに比して,後方引用(特許)は,医薬品につながった特許では5.64年と非常に長い平均サイテーション・ラグである。後方引用(文献)についても,医薬品につながった特許では2.50年と比較的長くなっている。後方引用は,審査官および出願人により引用される。特に審査官は,審査において,その発明に新規性および進歩性等があるかを判断する。結果として,後方引用は,その発明の基礎となった知識のソースとして参照される。つまり,審査官は,医薬品につながった特許を審査する際,その発明の新規性および進歩性等を判断するために,医薬品につながらなかった特許を審査するのに比して,過去長い期間をさかのぼり,特許や学術文献の調査を行わなければいけなかったことを示している。
サイテーション・ラグ | 医薬品につながらなかった特許* | 医薬品につながった特許* |
前方引用(特許) | 2.17 | 1.89 |
後方引用(特許) | 3.40 | 5.64 |
後方引用(文献) | 1.69 | 2.50 |
出典:Thomson Reuters社,Cortellis Competitive Intelligence, Derwent World Patents Index, Derwent Patents Citation Index, Web of Scienceを基に作成
(注)*:有意水準0.01(1%)
ジェネラリティー・インデックスは0から1の間の数値で規定され,前方引用(特許)の場合は,数値が高いほどその特許がそれ以降の特許に与えた技術領域が広いことを示し,後方引用の場合は,数値が高いほどその特許に影響を与えた過去の特許の技術領域が広いことを示している。
表2にジェネラリティー・インデックスおよびサブジェクト・インデックスの各平均を示した。両指標において,医薬品につながった特許および医薬品につながらなかった特許とも1%水準で有意差が認められた。
医薬品につながった特許は,つながらなかった特許に比べて,広範囲の技術領域に属する特許に影響され,また,それ以降の特許に対し広範囲の技術領域に影響を与えていることがわかる。
ジェネラリティー・インデックスは,特許の質をみるうえで非常に有効な指標だといわれているが9),特許が引用する学術文献に関する同じような指標はまだ作成されていない。このため,本分析においては,ジェネラリティー・インデックスの概念を応用して,特許に引用された学術文献に付与されたインデックスであるサブジェクトコードを使い,新しい指標,サブジェクト・インデックスを構築した(表2)。これにより,医薬品につながった特許はつながらなかった特許に比して,広範囲の分野から影響を受けていることが理解できる。
医薬品につながらなかった特許** | 医薬品につながった特許** | ||
ジェネラリティー・インデックス(サブクラス) | 前方引用(特許) | 0.36 | 0.37 |
後方引用(特許) | 0.40 | 0.54 | |
ジェネラリティー・インデックス(メイングループ) | 前方引用(特許) | 0.46 | 0.50 |
後方引用(特許) | 0.52 | 0.73 | |
サブジェクト・インデックス | 後方引用(文献) | 0.22 | 0.28 |
出典:Thomson Reuters社,Cortellis Competitive Intelligence, Derwent World Patents Index, Derwent Patents Citation Index, Web of Scienceを基に作成
(注)**:有意水準0.01(1%)
表3は,それぞれ医薬品につながった特許とつながらなかった特許が引用した学術文献の分野の上位30を示したものである。どちらも,生化学・分子生物学,薬理学・薬学,腫瘍学,免疫学,細胞生物学と,上位にランクされる学術分野に差はない。
医薬品につながらなかった特許が引用した 学術文献の分野 |
文献数(件) | 医薬品につながった特許が引用した 学術文献の分野 |
文献数(件) |
生化学・分子生物学 | 94,149 | 生化学・分子生物学 | 24,891 |
免疫学 | 43,070 | 薬理学・薬学 | 19,014 |
薬理学・薬学 | 41,452 | 腫瘍学 | 12,165 |
細胞生物学 | 31,548 | 免疫学 | 11,190 |
腫瘍学 | 28,559 | 細胞生物学 | 8,135 |
学際分野 | 27,033 | 学際分野 | 7,836 |
有機化学 | 24,356 | 有機化学 | 7,826 |
臨床・実験医学 | 18,907 | 神経科学 | 6,699 |
神経科学 | 18,222 | 臨床・実験医学 | 6,081 |
化学(学際) | 17,487 | 化学(学際) | 6,036 |
化学(医学) | 16,905 | 化学(医学) | 5,996 |
血液学 | 14,873 | 血液学 | 5,250 |
遺伝学 | 14,622 | バイオテクノロジー | 4,732 |
生物物理学 | 14,438 | 内分泌学・代謝学 | 4,315 |
バイオテクノロジー | 13,886 | 医学(一般) | 3,890 |
内分泌学・代謝学 | 12,853 | 生物物理学 | 3,711 |
ウイルス学 | 12,578 | 微生物学 | 3,664 |
微生物学 | 12,102 | 遺伝学 | 3,565 |
医学(一般) | 9,509 | 臨床神経学 | 3,181 |
感染医学 | 8,175 | 心臓・心臓血管学 | 2,986 |
心臓・心臓血管学 | 7,076 | ウイルス学 | 2,977 |
末梢血管外科学 | 6,895 | 末梢血管外科学 | 2,645 |
外科学 | 6,212 | 消化器病学 | 2,208 |
臨床神経学 | 5,880 | 感染医学 | 2,193 |
生物化学研究方法 | 5,507 | 生物化学研究方法 | 2,174 |
生理学 | 5,185 | 外科学 | 2,167 |
消化器病学 | 4,933 | 精神医学 | 1,882 |
病理学 | 4,883 | 泌尿器学・腎臓学 | 1,575 |
生物学 | 4,531 | 生理学 | 1,545 |
その他 | 91,761 | その他 | 30,693 |
出典:Thomson Reuters社,Cortellis Competitive Intelligence, Derwent World Patents Index, Derwent Patents Citation Index, Web of Scienceを基に作成
表4にスコープの平均を示した。医薬品につながった特許および医薬品につながらなかった特許とも,スコープ(サブクラス:4桁)およびスコープ(メイングループ:6桁)において,1%水準で有意差が認められた。スコープは中心となる特許の技術領域を数値化したものであるから,この数値が高いほど,技術領域が大きく,応用範囲が広い特許ということになる。医薬品につながった特許は,自らがカバーする技術領域は狭く,特定の技術に特化した特許であることがわかる。
医薬品につながらなかった特許*** | 医薬品につながった特許*** | |
スコープ (サブクラス) |
0.13 | 0.11 |
スコープ (メイングループ) |
0.16 | 0.15 |
出典:Thomson Reuters社,Cortellis Competitive Intelligence, Derwent World Patents Index, Derwent Patents Citation Index, Web of Scienceを基に作成
(注)***:有意水準0.01(1%)
前述したサイテーション・ラグ,ジェネラリティー・インデックス,サブジェクト・インデックス,およびスコープをまとめたものが図4である。なお,ジェネラリティー・インデックスについては,メイングループまで(先頭から6桁まで)の結果を表示している。
医薬品につながらなかった特許は,後方引用(特許および文献)の技術領域は狭く,サイテーション・ラグも短いことから,発明の基礎となった知識のソースは,比較的狭い領域から直近の知識を用いている傾向にあるといえる。
一方,医薬品につながった特許は,後方引用(特許および文献)の技術領域は広く,広範囲の技術領域に属する特許群や学術文献群がその発明の基礎となっているといえる。また,後方引用のサイテーション・ラグが比較的大きいことは,審査官が,過去長い期間にさかのぼり,特許や学術文献の調査を行い,それらを引用した結果といえる。
また,図4から,医薬品につながった特許は,自らがカバーする技術領域は狭く,特定の技術に特化した特許であるのに対し,前方引用における技術領域は広く,将来の発明に対して広範囲に影響を与えているといえる。
拙著(4)では,引用特許数,被引用特許数などの「数」の大小に着目した分析を行い,IPCコード数,被引用特許数,特許が引用する非特許文献数に有意差を見いだした4)。一方,今回の「技術領域」や「サイテーション・ラグ」に着目した分析では,拙著(4)で有意差が見いだせなかった引用特許,すなわち後方引用(特許)についても医薬品につながった特許・つながらなかった特許の間で有意差を見いだすことが可能となった。
特許の質を評価する指標に関しては多くの研究が行われているが,今回着目した「技術領域」や「サイテーション・ラグ」に着目した分析も,特許の質を評価する指標の1つといってもよいのではないだろうか。
次に,疾病別に各指標をみてみる。
AMED(日本版NIH)創設に向けた新しい指標の開発(6)で使用した「国際特許分類A61Pの内訳,および本稿で用いる適応症の呼称」(表5)を用いて,疾病別に医薬品につながった特許とつながらなかった特許を抽出し,その特許ファミリー数の内訳を示したものが図5である。また,ジェネラリティー・インデックス,サブジェクト・インデックス,スコープを抽出したものが図6である。さらにそれぞれのサイテーション・ラグを抽出したものが図7である。
国際特許分類 | 内容 | 本稿で用いる呼称 |
A61P 1/00 | 消化器官,消化系統の疾患治療薬 | 消化系疾患 |
A61P 3/00 | 代謝系疾患の治療薬 | 代謝系疾患 |
A61P 5/00 | 内分泌系疾患の治療薬 | 内分泌系疾患 |
A61P 7/00 | 血液または細胞外液の疾患の治療薬 | 血液・細胞外液系疾患 |
A61P 9/00 | 循環器系疾患の治療薬 | 循環器系疾患 |
A61P 11/00 | 呼吸系疾患の治療薬 | 呼吸系疾患 |
A61P 13/00 | 泌尿器系疾患の治療薬 | 泌尿器系疾患 |
A61P 15/00 | 生殖,性関連疾患の治療薬;避妊 | 生殖,性関連疾患 |
A61P 17/00 | 皮膚疾患の治療薬 | 皮膚疾患 |
A61P 19/00 | 骨格系疾患の治療剤 | 骨格系疾患 |
A61P 21/00 | 筋または神経筋系疾患の治療薬 | 筋・神経筋系疾患 |
A61P 23/00 | 麻酔薬 | 麻酔 |
A61P 25/00 | 神経系疾患の治療薬 | 神経系疾患 |
A61P 27/00 | 感覚器系疾患の治療剤 | 感覚器系疾患 |
A61P 29/00 | 非中枢性鎮痛剤,解熱剤,抗炎症剤 | 非中枢性鎮痛 |
A61P 31/00 | 抗感染剤 | 感染 |
A61P 33/00 | 抗寄生虫剤 | 寄生虫 |
A61P 35/00 | 抗腫瘍剤 | がん |
A61P 37/00 | 免疫またはアレルギー疾患の治療薬 | 免疫・アレルギー疾患 |
A61P 39/00 | 一般的保護剤または解毒剤 | 保護剤・解毒剤 |
A61P 41/00 | 外科的療法において使用される医薬 | 外科的療法使用 |
A61P 43/00 | グループ1/00から41/00に展開されていない特殊な目的の医薬 | その他 |
出典:国際特許分類第8版を基に作成
特許ファミリー数を見ると,「その他」を除くと医薬品につながった特許および医薬品につながらなかった特許とも「がん」がもっとも多い(図5)。次に(疾病が判明しているものとしては)「感染」と続く。
また,ジェネラリティー・インデックス,サブジェクト・インデックスおよびスコープについてみると,「麻酔」において,医薬品につながった特許およびつながらなかった特許とも他の疾病よりも低い値となっている(図6)。これは麻酔薬という特殊な医薬品であるため,技術的に特化していることをどの指標も示している。
医薬品につながった特許のうちスコープとジェネラリティー・インデックスが「麻酔」に次いで低いのは,「神経系疾患」と「がん」である。これらの特許も技術的に比較的特化し,応用範囲が少ない特許といえる。逆に,「筋・神経筋系疾患」「寄生虫」「免疫・アレルギー疾患」等に属する特許はジェネラリティー・インデックスが高く,技術の範囲が広い特許と考えられる。
また,サイテーション・ラグの結果を見ると,後方引用(特許),前方引用(特許)において「がん」がもっとも低い(図7)。審査官(および出願人)が引用する特許が比較的元の特許と優先権主張年が近い特許が多いことを示している。疾病別にみて,医薬品につながった特許ファミリー数がもっとも多いのが「がん」(「その他」を除く)であることから,「がん」の特許は多くの機関から頻繁に出され,技術革新が速い分野といえる。後方引用(文献)においても「がん」は近々の学術文献が引用されている。
特許の引用等を分析することにより,地政学的空間,時間,技術的分野,組織の枠,共同研究,ソーシャルネットワークキングサービス等さまざまな次元を超えて知識が伝播しており,この知識の流れがイノベーションを起こすための重要な鍵であることが,多くのイノベーション研究により示されてきた。特に情報通信分野については,Caminatiにより,技術の分野の融合が起こっていることがネットワーク分析によって,明らかにされている10)。本分析ではパイプラインおよび医薬品につながった特許とつながらなかった特許を分析することで,この両者において知識の流れにどのような違いがあるのかを分析することが可能となった。医薬品につながった特許は,つながらなかった特許に比して,より広範囲の技術領域から影響を与えられ,かつ,より広範囲の技術領域に影響を与えていることがわかる。反対に,中心となる特許は,より技術的に特化しているのが特徴である。さらに医薬品につながった特許の審査には,つながらなかった特許よりもさらに過去の特許および学術文献を審査官が参照していることが特徴である。つまり,医薬品開発におけるイノベーションは,広範囲・長期間にわたる技術領域からの知識を必要とし,ついで広範囲の技術領域へと知識が伝播していくのである。
2013年10月から『情報管理』への投稿を開始し,パイプラインおよびパイプラインと論文,特許,ディールデータ等とのリンケージにより,医薬品開発における国際競争力に関して議論してきた。イノベーション研究において,基礎研究から医薬品へとつながっていく過程をとらえることがこれまで困難であったが,パイプラインという指標を中心にさまざまなデータのリンケージによって,その過程が把握可能であることを示すことができた。特に米国が医薬品開発において,国際競争力を現在も保持し,今後も保持していくであろうことがわかった。その背景には,基礎研究を担う機関とグローバル企業を上手につなぐ中小企業の役割,さらには効率的なファンディング制度等がみえてきた。また,医薬品につながった特許・つながらなかった特許という区分けに着目し,特許の質についての議論も行ってきた。その中では,引用特許数,被引用特許数といった「数」だけでなく,「技術領域」や「サイテーション・ラグ」といった概念を取り上げ,質を評価する指標の検討を行ってきた。
これらの議論がAMED(日本版NIH)や製薬企業における,政策決定・戦略立案の一助となれば幸甚である。
本研究の一部は独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)「科学技術イノベーション政策のための科学」(プログラム総括:森田朗・学習院大学法学部教授)における研究課題「未来産業創造にむかうイノベーション戦略の研究」(山口栄一・京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授 研究期間:平成23~平成26年度)の支援を受けて行われたものである。