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「本を通じた人とのつながり」を設計する
常川 真央
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2014 年 57 巻 8 号 p. 596-599

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「本を通じた人とのつながり」を設計する。それは私が学生の頃から追い求めてきた課題である。エリザベス・ロング1)は,アメリカで開催されている読書会のフィールドワーク調査を行い,読書会が参加者に引き起こす社会的な作用について研究した。その結果として,本について語るということは自己開示をもたらし,読書会ではその開示された自己を参加者間で共有することで,強い結束をもつコミュニティを生み出すことを明らかにしている。もし「本を通じた人とのつながり」を意図的に形成し,読者同士の相互作用を誘発する場を作り出すことができれば,きっと社会に何らかの影響をもたらす大きな原動力となるのではないだろうか。そこで,本稿では「本を通じた人とのつながり」の設計の探求の中で出会った3冊の本を紹介する。

まず,「本を通じた人とのつながり」を明確なルールが設定されたゲームとして設計した例として,ビブリオバトルが挙げられる。ビブリオバトルとは「本の紹介ゲーム」の1種である。公式ルール2)は次のとおりである。(1)発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる。(2)順番に1人5分間で本を紹介する。(3)それぞれの発表の後に参加者全員でその発表に関するディスカッションを2~3分行う。(4)すべての発表が終了した後に「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票を参加者全員1票で行い,最多票を集めたものを『チャンプ本』とする。

本書は,提唱者の谷口忠大氏自身によって,ビブリオバトルがどのようにして生まれたのか,ビブリオバトルのルールにはどのような意図が込められているのか,その理論的な背景について解説がされている。「プロローグ」「エピローグ」として,ビブリオバトルの実演風景を描写した小説が掲載されており,参加経験のない読者にも親切な構成になっている。

本書の読みどころはビブリオバトルが設計されていく過程が語られているところである。ビブリオバトルはもともと研究室の輪読会で読む本を効率的に決定するために考案されたものだという。谷口氏はその過程で,輪読会にさまざまな問題があることを発見し,輪読会に代わる新たな勉強会の形式としてビブリオバトルを考案した。谷口氏は,本について語るということが発表者自身について語ることにつながるという「本というメディアの二重性」に着目し,短時間プレゼンテーション形式にすることで良質の本の情報を知ると同時に参加者同士の「人となり」を知ることができるようなインフォーマルコミュニケーションの場作りとなることを企図した。さらに,投票制度を設けることによって参加者全体の共通の関心を表出させ,参加者コミュニティが1つの本のフィルタリング装置として働くことをもくろんだ。こうすることで,輪読会のように「本についての語り」を1つのイベントとして完結させるのではなく,日常生活でもいつの間にか継続して行われるよう設計されていることがビブリオバトルの特徴である。ビブリオバトルは,短時間プレゼンテーションと競技性という2つの要素を輪読会に持ち込むことで,「本を通じた人とのつながり」を生み出す空間そのものを設計した例だといえる。

『ビブリオバトル 本を知り人を知る書評ゲーム』 谷口忠大 文春新書,2013年,770円(税別) http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166609017

ビブリオバトルの競技性や遊戯性の高さは斬新だが,読書会を遊びに変えた事例としては江戸時代にも存在している。『江戸の読書会』は,江戸時代に行われた会読の文化を紹介し,その意義について論じた書籍である。

本書で取り上げられている会読とは,武士同士が儒学を学ぶために行われる読書会の1つである。会読では,参加者である生徒が順番に経典のある箇所を読み上げ,その解釈を講義する。その間に疑問のある者は積極的に発言し,解釈の正しさについて討議する。会読の基本的な様式は現代の輪読に近いものであるが,輪読との違いは会読がしだいに正しい解釈をめぐる競技としても行われるようになった点である。これは当時の学問が科挙のような登用制度とは結びつかず,純粋な遊びとして認識されていたことに起因している。

会読は単に経典を学ぶ場所であるだけでなく,社会的影響力を秘めたインフォーマルコミュニケーションの場でもあった。著者の前田勉氏は,会読の原理として「相互コミュニケーション性」「対等性」「結社性」の3つを挙げ,対等で結束の強いコミュニケーション空間が会読によって生み出されていると主張している。上意下達の一方向的なタテの人間関係を基本にしていた近世日本の中で,このような空間は秩序を乱す存在として固く禁じられていた。しかしながら,例外的に会読は許されていた。なぜなら,前述したように当時の学問は「遊び」の一種とみなされており,会読もまた俳諧と同様の遊戯の場であると考えられていたからである。前田氏は,ホイジンガやカイヨワによる「遊び」の理論を踏まえ,このような会読が実務とは直接のつながりのない遊戯として行われたがゆえに,武士間が階級の違いを意識することなく交流する場所として機能していることを指摘した。そして,このような社会階級から自由な場が江戸後期に存在したことが,明治以降の自由民権運動を支えた結社の形成へとつながっていると本書で主張している。本書はビブリオバトルにも通底する,本にまつわるコミュニケーションのゲーム化がどのような社会的影響力をもちうるのかを分析した書として読むことができる。

『江戸の読書会 会読の思想史』 前田勉 平凡社,2012年,3,200円(税別) http://www.heibonsha.co.jp/book/b162947.html

ビブリオバトルや会読は,「本を通じた人とのつながり」の直接的なきっかけをゲームとして設計した例であり,いわば「本を通じた人とのつながり」のミクロな方法論である。しかし,「本を通じた人とのつながり」というとき,そこでは直接的な人間関係だけではなく,コミュニティの形成というマクロな方法論も必要である。

『本を通して世界と出会う』では,読書コミュニティの形成についての方法論を実践活動から導き出している。著者の1人である秋田喜代美氏は,「読書コミュニティのデザイン原理」を提唱した。ここではビブリオバトルや会読のような,本を通した人間関係を作り出す仕掛けだけではなく,その人間関係がコミュニティへと広がっていくのに必要な条件をまとめている。ここで挙げられている原則の多くは,ビブリオバトルの普及活動の中でも実際に行われている。たとえば,ビブリオバトルではしばしば発表の様子を動画として撮影し,YouTubeなどの動画配信サービスにアップロードすることがあるが,このような活動はまさに秋田氏の提唱したデザイン原理の中にある「本をめぐる活動の語りや考えの記録(映像・文書)が読書活動のシステムを支え,新たな読書ネットワークを作り出す」を体現している。読書コミュニティのデザイン原理は,「本を通じた人とのつながり」の設計を考えるためのロードマップとして有用である。

『本を通して世界と出会う 中高生からの読書コミュニティづくり』 秋田喜代美,庄司一幸編;読書コミュニティネットワーク著,北大路書房,2005年,1,900円(税別) http://www.kitaohji.com/books/2453_4.html

以上,「本を通じた人とのつながり」の設計書として3冊の本を取り上げた。個々の本が提示しているアイデアを連結してみると,ある共通点が浮かんでくる。それは,ビブリオバトルにしても会読にしても,普段読書について語るときに陥りがちな教条的な視点ではなく,すべての読者を対等な人間としてとらえたコミュニケーションを想定していることである。イヴァン・イリイチ3)は『脱学校の社会』の中で,本などのタイトルによって学習者同士がつながることは,カリキュラムなどの特定の権威に依存せずに自分たちの関心とする知的領域を追い求めることを可能にすると主張している。「本を通じた人とのつながり」は,社会全体からすれば些細(ささい)に見えるかもしれない。しかし,その営みは人間を既存の社会的状況から一時的に自由にする知的コミュニケーション空間を提供する。「本を通じた人とのつながり」の設計とはルールによって参加者を日常から隔離し,人間が幸福であるのに必要な自由な空間を提供するための方法論なのである。今後も,先人の方法論を踏まえて「本を通じた人とのつながり」を設計するような活動を行っていきたい。

執筆者略歴

常川 真央(つねかわ まお)

1987年生まれ。2009年筑波大学図書館情報専門学群卒業。2014年に筑波大学博士後期課程図書館情報メディア研究科を修了。博士(図書館情報学)。2014年4月より,日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館においてシステム担当ライブラリアンとして勤務。大学在学中よりビブリオバトルの活動を始め,ビブリオバトル首都決戦2011において審査員特別賞を受賞。以後,ビブリオバトル普及委員会の普及委員として,プレーヤーとしても開催者としてもビブリオバトルにかかわり続けている。このほか,図書館情報システムの個人的な開発活動として,オープンソースプロジェクトであるNDL LabSearch Clientの開発や,Next-L Enjuへの参加に取り組んでいる。

参考文献
  • 1)   ロング,  エリザベス著;  田口 瑛子訳. ブッククラブ:アメリカ女性と読書. 京都大学図書館情報学研究会, 2006, 331p.
  • 2)  ビブリオバトル普及委員会. “公式ルール”. 知的書評合戦ビブリオバトル公式ウェブサイト. 2012-12-17. http://www.bibliobattle.jp/koushiki-ruru, (accessed 201-10-01).
  • 3)   イリッチ,  イヴァン著;  東洋 ,  小澤 周三訳. 脱学校の社会. 東京創元社, 1977, 232p.
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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