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PLOS ONEのこれまで,いま,この先
佐藤 翔
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2014 年 57 巻 9 号 p. 607-617

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著者抄録

PLOS ONEは2006年に創刊されて以来,急速な成長を続け,2013年には年間3万本以上の論文を掲載する,世界最大の雑誌となっている。本稿ではその出版母体であるPLOSの歴史や,論文データベースやWebサイトから得られる情報に基づき,PLOS ONEの「これまで」「いま」,そして「この先」の可能性を論じる。PLOS ONEは「研究成果の迅速・自由な共有の実現」というPLOSのもつ文脈の下で刊行され,大きな成功を収めたようにもみえる。しかし,PLOS Biologyなど高インパクトの雑誌の赤字をPLOS ONEの収益で補填(ほてん)している現状は,OA出版のビジネスモデルの限界を示している。そして統計データによれば,どうやら,PLOS ONEの成長は,止まったようでもある。

1. PLOS ONEのこれまで

1.1 PLOS ONE創刊以前:背景としてのPLOS

本誌56巻7号掲載の拙稿で,筆者はオープンアクセス(OA)運動成立の背景には「雑誌価格高騰への対応」「研究成果の迅速・自由な共有の実現」「発展途上国における学術情報流通の改善」「新たなビジネスチャンスの獲得」という,4つの動機をもつグループが存在したと指摘した1)。PLOS ONEを発行するPLOS(Public Library of Science)は,その中でも「研究成果の迅速・自由な共有の実現」を目指す,研究者が設立した団体である。

PLOS立ち上げの中心人物はノーベル生理学・医学賞受賞者,Harold Varmusである。Varmusは米国国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)所長であった1999年,生物医学分野論文の中央集中型電子アーカイブ「E-Biomed」を提案した2)。これは生命医学分野版arXivとでも呼ぶべき,プレプリントと査読済み論文の双方をオンラインで流通させるシステムの提案である。実際にVarmusはarXivの存在に刺激を受けた他の研究者との議論の中で,自らもまたその有用性に気づいたと言われている3)。しかしE-Biomedは学会や学術雑誌の強い反対にあい,結局プレプリントを含まず,刊行後一定期間の過ぎた論文を出版者主体で公開するシステム,PubMed Central(PMC)設立への方向転換を余儀なくされる4)。現在でこそOAリポジトリの代表的成功例とも言えるPMCであるが,2000年に運用が開始された当時はわずかな雑誌の論文しか集まらず,ほとんど注目されなかった。そこでVarmusらはPMCに協力しない出版者に対し圧力をかけることが必要と考え,PLOSを設立することとなる。

2000年に設立された当初のPLOSの目的は出版者に圧力をかけ,PMCを通じて論文を無料で公開させることであった5)。2000年8月,PLOSは出版者に向けて,論文出版後一定期間以内に論文を無料公開することを求めるOpen Letterを公開した6)。この目的を実現するために研究者に対しては,この要求に応じない出版者の雑誌への論文の投稿や編集・査読をボイコットし,個人購読も中止することを呼びかけた5)7)。PLOSの提案には2001年8月末時点で2万7,000人8),最終的には世界180か国から約3万4,000人分の署名が集まったものの6),実際に呼びかけに応じて論文を無料公開する出版者も,ボイコットを行う研究者も現れず,活動は失敗に終わった。

そこでPLOSは2001年8月,自ら電子ジャーナルを創刊すると発表した9)。既存の出版者にOA実現を働きかけるのではなく,自らがOAを実現する出版者になることにしたのである。PLOSの設立者らはこの方針転換の理由について,読者に購読料を課すことなく,質の高い学術出版を実現できることを,PLOS自らが証明してみせるためであった,と述べている5)10)。購読料に代わる雑誌運営コストの回収手段としては,論文が受理された著者に対し,掲載料(Article Processing Charge: APC)の支払いを求めるモデルを採用した。APCモデルを採用した出版者としては当時すでに,商業ベースのBioMed Central(BMC)が存在していたが,BMCの雑誌は分野内でトップクラスのレベルには達していなかった。Nature等の一流誌と並び立つOA雑誌を作ることを目標に掲げ,PLOSは出版者としての活動を始めた。

PLOSの試みは半ば成功を収めた。PLOSは2003年10月にPLOS Biology,2004年10月にPLOS Medicineという2つの旗艦誌(flagship journal)を,2005年にはPLOS Geneticsなど3誌のコミュニティー・ジャーナルを立ち上げた11)。旗艦誌はNature等と競い合える雑誌を目指して,厳格な査読を行いインパクトの高い論文のみ出版することを目的としたOA雑誌,コミュニティー・ジャーナルはAPCによるOAの採算が成り立つことを示すことを目的に,年50本程度,平均的なインパクトの論文を出版する雑誌という位置づけであった12)。実際に2つの旗艦誌は高いインパクトを示し,掲載論文の被引用数に基づき算出されるインパクトファクター(IF)が,2006年版ではPLOS Biologyで14.1,PLOS Medicineが13.8に至った注1)。コミュニティー・ジャーナルのIFは必ずしも高くはないが,各誌とも独立で採算がとれていた12)

ただし,PLOS全体としては出版事業の採算はとれず,運営は外部からの助成に頼っていた。高インパクトの旗艦誌が,赤字から抜け出せなかったのである。雑誌のインパクトを高める確実な方法は,厳選した良い論文のみ掲載する,つまり却下率を上げることである。しかし査読し,却下を決定するまでのやり取りにおいても編集者の人件費等のコストは生じるため,却下率を上げると出版論文あたりのコストが上昇する。購読型の雑誌においては,このコストは購読料の上昇として広く薄く,読者に転嫁される。しかし著者支払い型のOA雑誌では,コストを負担する人数が掲載論文の著者のみと少なく,すべてをAPCで賄おうとしても自ずと限界がある13)。旗艦誌が黒字化しないのは必然であり,PLOSの赤字体質はOA出版のビジネスモデルでは高インパクトの雑誌を実現できない証拠と指摘され続けていた。

1.2 PLOS ONEの創刊

この状況を大きく変えたのが,2006年12月に創刊されたPLOS ONEである。

PLOS ONEは2つの点で画期的な雑誌であった。第1に,生命科学や医学など掲載論文の領域を限定するPLOSの他誌とは異なり,あらゆる領域の科学論文を掲載対象とした。第2に,査読を従来の雑誌よりも簡略化し,方法とそこから導かれる結果の解釈が妥当かどうかのみ審査し,中身のインパクトは問わないこととした。掲載論文が増えても流通コストはそれほど増えないというオンライン出版のメリットを生かし,多くの論文を1つの雑誌で公開するチャンネルを作ろうとしたのである14)16)

このような新たな試みを開始した目的は,研究成果の迅速かつ自由な共有,とりわけ迅速な論文公開を実現することにある。あらゆる領域を対象にすることで研究者が自身の論文をどこに投稿するか迷う必要をなくし,科学的に妥当であればどんな論文でも掲載することで査読にかかる時間も短縮する。査読が担ってきた論文の質に関する評価については,公開後の論文に読者がコメントや点数を付けられる機能で代替すればよいとPLOSは考えた14)15)

このような試みは批判も浴び,中には「PLOS ONEはゴミ捨て場になる」といった過激な指摘もあった17)。しかし実際にはPLOS ONEのもくろみはあたった。創刊当初の2007年からすでに年間約1,200本以上に達していた掲載論文が,2008年には約2,700本,2009年には約4,400本,2010年には約6,700本と増え続けた。2010年に初めてIFが付与されてからは投稿数が劇的に伸び18),2011年には掲載論文数約1万3,000本以上に至った注2)。この時点ですでにPLOS ONEは世界最大の学術雑誌となっており,そしてこのPLOS ONEで得たAPC収入によって他誌の赤字も相殺され,2010年にPLOSは黒字経営を達成したのである19)

1.3 オープンアクセスメガジャーナルの時代

2013年にはPLOS ONEの掲載論文数は3万本前後にまで至っている。Scopusのデータに基づけば,2013年に出版された世界の原著論文約178万本中,約3万1,000本がPLOS ONEに掲載された論文で,もちろんその掲載論文数は世界一であり,2位以下との間には桁違いの差がある。2013年の論文のおおよそ100本に2本はPLOS ONE掲載,というレベルで,すでに「雑誌」という枠に収まるものなのか疑わしい。そしてそう感じられるということこそ,従来の雑誌のモデルを超えた,迅速で自由な研究成果共有のチャンネルを新たに作るというPLOS ONE創刊の目的が達成されていることを示している。

このような新たな形の研究成果共有チャンネルのことを,PLOS ONEを当時担当していたPeter Binfieldは,「オープンアクセスメガジャーナル」(Open Access Mega Journal: OAMJ)と名付けた。2011年6月の講演の中でBinfieldはOAMJの定義として,「非常に大きい(年間掲載論文数が数千本)」「OAである」「成長を阻害するような作意がない」(たとえば,インパクトの高い論文を選んで掲載したい,とは考えない),という3点をあげている18)。さらにPLOS ONEと同様の編集方針をもつタイトルが次々創刊されていることにも触れたうえで,それらPLOS ONEの「クローン」とPLOS ONE本誌に掲載される論文が今後どんどん増え,OAMJの時代がやってくるだろうと述べた。2012年2月に日本で行われた講演ではさらに踏み込み,「今後5年以内に,こうしたメガジャーナルの興隆により全論文の50%がおおむねオープンアクセスで発表されるようになる」と予測している12)。このBinfieldの予測はOA雑誌の成長を予測したさらに別の研究に基づくものであるが20),PLOS ONEの成功が「OA雑誌によるOA実現」の真実味を増したことは確かだろう。

Binfieldが紹介したようにOAMJを目指すPLOS ONEの「クローン」も次々登場し,商業出版各社すらこうした雑誌を創刊している。Binfieldが紹介したOAMJ候補のうちScopusに収録されているものの状況をみると,「年間掲載論文数が数千本」を2013年に達成しているのはScientific Reports(2,370本)1誌のみだが,BMJ Open(894本),Cell Reports(476本),AIP Advances(395本)など,ある程度の本数を掲載している雑誌も存在する。また,Binfield本人は2012年にPLOSを辞し,新たに生涯投稿料モデル(1度,会費を支払うと,以降生涯にわたり投稿の権利を得る)を採用したOA雑誌PeerJを創刊しているが,そのPeerJも創刊後1年で公開論文数500本以上を達成している。これらの雑誌はPLOS ONEにとっては競合となるわけだが,研究成果の迅速かつ自由な共有を実現するというPLOS本来の文脈からみれば,OAMJの増加により迅速に公開され,自由に利用できる論文が増えることは本意であるはずだし,Binfieldも講演で「クローン」を歓迎するとしている12)

PLOS ONEが学術コミュニケーションの世界に与えた影響はOAMJの創刊だけにはとどまらない。公開後の論文にコメントを付与したり,点数を付けられる仕組みはあまり機能しなかったものの,出版後に論文ごとに影響度を測る新たな試みとして,PLOSは2009年にArticle Level Metrics(ALM)を導入する21)22)。ALMは論文ごとにダウンロード数や被引用数,Twitter等の一般的なソーシャルメディアでの言及数やMendeley等の文献管理システムへの登録数等を集計して示す機能である。このようなソーシャルメディアの反応等,被引用数以外のデータで論文のインパクトを測る試みはAltmetricsと呼ばれ,研究のインパクトに対する考え方として市民権を得つつあるが,PLOSがごく早い段階でこれを取り入れたことが後の普及を加速させたことは間違いないだろう。

そのほか,PLOS ONEに限らないPLOSの試みとしてはCC-BYライセンス下での論文公開や,論文のもとになった研究データの公開義務化方針の策定等がある。いずれも重要な取り組みではあるが,紙幅の都合からここで詳述することは避ける。ただし,いずれの試みも「研究成果の迅速・自由な共有の実現」という文脈の中に位置づけられるものであり,その点ではPLOSの方針はPLOS ONE創刊以前,それどころかVarmusがE-Biomedを提案した当時から一貫して続いてきたといえよう。

2. 統計から見るPLOS ONEのいま

本章ではPLOS ONEの「いま」について,種々の統計から明らかにしていくことを試みる。なお,特に断りがない場合,データはScopusのものを用いている。

2.1 掲載論文数の推移

1はPLOS ONEに掲載された原著論文数の年次推移を示したもの,2はそれを掲載論文数の多い国(著者所属機関の所在地)5か国と,それら5か国に属する著者をもたない論文に分けて示したものである。なお,2については5か国同士の共著関係はみていない(重複は排除していない)ため,合計は1とは一致しない。

図1 PLOS ONE掲載論文数の年次推移
図2 PLOS ONE掲載論文数の年次推移(主要国別)

1.2でも述べたとおり,創刊直後の2007年にはすでに掲載論文数が1,200本以上,翌年にはその倍以上と早い段階でPLOS ONEは掲載論文数を伸ばしている。その後,2010年にかけて1,500~2,500本程度ずつ伸びていた掲載論文数が,2011年に一気に6,000本以上,2012年にはさらに約1万本増加している。この掲載論文の増加ペースが急激に上がった時期についても前述のとおり,PLOS ONEにIFが付与された時期と合致している。PLOSは雑誌の評価指標であるIFによって論文が評価されることに疑問を呈しているが23),PLOS ONEの成長が加速した要因としては,IFの付与が大きかったと言ってよいだろう。

著者所属組織の所在地で見ると,1位は一貫して米国であるが,全掲載論文に占める米国のシェアは近年下がっている。2010年頃まではPLOS ONE掲載論文の約半数が米国の研究者を著者にもつものであったのに対し,2013年では約33%である。これに対してシェアを増しているのが中国で,創刊後の2006~2007年にはわずか2%でしかなかったシェアが,IF付与後の2011年には約12%,2013年には約19%に至っている。米中以外の主要3か国(英仏独)は米国ほどではないが近年シェアを落としており,逆に主要5か国の研究者を著者にもたない論文はシェアを伸ばしている。

時期でみると,いずれの国もIF付与後に論文増加のペースが上がっているのは同様であるが,英独仏のペース増がそれほどでもないのに対し,米中,それにそれら以外の国は急激なペース増をみせている。それでも米国の伸びは2013年に,いったん頭打ちの様相をみせているが,中国とその他の国々は変わらず伸び続けている。現在のPLOS ONEは世界中から論文が掲載される雑誌となっており,その多様性はさらに増していきそうである。なお,日本のPLOS ONE論文数は創刊以来で見ると第7位で,近年そのシェアは中国等と同様,増加傾向にある。

また,PLOS ONEは掲載論文それぞれにその論文の主題を示すタグを付与しているが,1はそれらのタグが付与された論文数の推移を,主要10タグおよびそれらのいずれも付与されていないものについて示したものである(Scopusにはこのデータは反映されていないため,表のデータはPLOS ONEのWebサイトに基づく。なお,タグは1論文に複数付与できるため,合計数は総論文数と一致しない)。

表1 PLOS ONEの主題別掲載論文数
2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
Biochemistry 570 1,394 2,332 3,467 6,953 11,346 14,619
Cell biology 568 1,265 2,206 3,224 6,74 10,033 12,653
Anatomy 374 881 1,490 2,573 4,596 7,973 10,823
Organisms 540 1,067 1,603 2,215 5,086 8,128 10,444
Genetics 509 1,058 1,746 2,523 5,039 7,984 9,763
Physiology 326 814 1,308 2,008 4,009 6,917 9,375
Molecular biology 404 795 1,338 1,988 4,102 6,648 8,091
Proteins 328 828 1,358 2,084 4,089 6,259 8,037
Molecular biology techniques 387 764 1,271 1,895 3,921 6,346 7,742
Cellular types 335 782 1,272 1,946 3,641 5,891 7,291
上位10タグ以外 43 127 124 514 853 1,850 2,782

PLOS ONEは掲載論文の分野を限っておらず,ここに示した以外のタグも付与されているが,過去一貫して多いのはこの10タグで,これらのタグが付与されていない論文は全体の10%にも満たない。あらゆる科学を対象とするとは言いつつも,実際にはPLOS ONEは生命医学系,とりわけ生化学,細胞生物学,解剖学等に強い雑誌と言えよう。なお,日本の論文に限定すると,全論文に比して細胞学関係の論文が多い傾向にある。

2.2 「インパクト」の変化

2はPLOS ONEのIF,SCImago Journal Rank(SJR)注3),総被引用数,被引用数0の文献の割合を示したものである。IFのみJournal Citation Reportsに基づき,その他はすべてScopusのデータによっている。

表2 PLOS ONEの被引用数による「インパクト」推移
IF SJR 総被引用数 被引用数0文献(%)
2007 - 1.243 854 0.48
2008 - 2.338 6,266 0.73
2009 4.351 2.430 20,099 0.92
2010 4.411 2.591 44,822 1.56
2011 4.092 2.329 82,455 1.90
2012 3.730 1.920 144,563 6.13
2013 3.534 1.724 240,309 31.94

総被引用数は当然,論文数の増加に伴って増えてきている。一方,1度も引用されたことがない論文の割合も,少しずつ伸びているが,これは古いものほど引用される機会が多いためでもある(たとえば,2007年出版の論文は2007~2013の7年間に出版された他の論文から引用される機会があるが,2012年の論文は2012~2013年の2年分の出版論文からしか引用される機会がない)。また,この効果を無視したとしても,ほとんどの論文は1回以上は引用されており,かつてNature誌上で揶揄(やゆ)されたような17),誰からも相手にされないような論文の「ゴミ捨て場」になっているわけではないことがわかる。

IFとSJRはいずれも掲載論文の被引用数に基づく雑誌の評価指標であるが,Web of ScienceとScopusという使用するデータの違いのほかに,後者は引用の重み付けを行っているという違いもある。しかしPLOS ONEにおける両者の推移の傾向は同様である。IFは2009年分(2010年に発表される)以前のデータはないが,IF,SJRとも2010年までは値が上昇した一方,それ以降は一貫して下落している。IFは過去2年分の論文が当該年に引用された回数に基づき算出されるので,IFのピークである2010年の場合,2008,2009年の掲載論文の値に基づき算出されている。言い換えれば,IF等が下落し始めたのは,高いIFによって引き寄せられたのであろう論文群がIFの集計に用いられはじめてから,ということになる。

第1章で述べたように,PLOS ONEといえばALMにおいてソーシャルメディアにおける言及数等,被引用数以外の指標でインパクトを測ろうとしている点に特徴がある。当然,ソーシャルメディア言及数等の状況も見たいところであるが,残念ながら被引用数等と異なり,ソーシャルメディア言及数等を雑誌単位で容易に比較・分析できるツールは公開されていない。ソーシャルメディア等における学術論文への言及状況に関する調査は数多く存在するが,その中でALMの提供者ではなく論文掲載誌としてのPLOS ONEに言及しているものとしてはShemaらの学術的なブログにおける論文への言及状況に関する調査がある。この調査によるとPLOS ONEはNature,Science,米科学アカデミー紀要等に次いで4番目によく言及される雑誌であったとされている24)

以上,統計からみた「PLOS ONEのいま」をまとめると,創刊当初は米国からの掲載論文が大半を占めていたものの,近年多様な国からの投稿論文が掲載されるようになってきている。一方,あらゆる領域の科学を掲載対象にするといっても,掲載論文の主題は一貫して生化学や細胞生物学など生命医学系中心で,変化はない。日本の研究者の論文が占めるシェアが近年上昇傾向にあり,日本のPLOS ONE論文の特徴としては細胞学関係の論文が他の国や地域よりも多くなっている。

そして掲載論文数の急増後,被引用数に基づいて算出されるインパクトは年々低下している。この最後の点が,次章で述べるPLOS ONEの「この先」に影を落としている。

3. PLOS ONEのこの先

3.1 PLOSの目的は実現したのか?

第1章で述べたとおり,PLOSは「研究成果の迅速・自由な共有の実現」を目指すという文脈の中にある団体で,その方針はぶれていない。PLOS ONEの成功,OAMJの相次ぐ創刊やAltmetrics概念の普及等,その目的は達成されてきているようにも思える。

しかしよく考えてみると,PLOS ONEが成功したといっても,PLOSは自身が雑誌出版者に転じた目的は達成できていない。PLOSが出版者に転じたのは「読者に購読料を課すことなく,質の高い学術出版を実現できることを,PLOS自らが証明してみせる」ためであった。しかし現状は,「質は高いが採算の成り立たないOA雑誌(PLOS Biology等)」の赤字を,「質に拘泥しないOAMJ(PLOS ONE)」の収益で補填しているだけである。むしろPLOSは,Nature級の雑誌がAPCでは採算がとれないことを示してしまった,とも言えよう。

そこで単純に考えれば,高インパクトの論文に絞って掲載する雑誌は従来どおり購読型モデルで運用しつつ,インパクトに拘泥しないOA雑誌も創刊してAPCでも儲(もう)ける,というのが利益を最大化する方法である。それを実現した典型例がまさしくNature Publishing Group (NPG)が創刊した雑誌,Scientific Reportsである。このような高インパクト・購読型雑誌とOAMJの並行運用が一般化すれば,高インパクトの論文ほどOAにはなっていない,という状況が出現しかねない。果たしてそれはPLOSが実現したかったことだろうか。

3.2 PLOS ONEの成長が止まった?

さらに言えば,高インパクトの論文以外はOAMJに掲載される「OAMJの時代」が来る,という予想も疑わしくなっている。これまで続いてきたPLOS ONEの成長が,止まっているらしいのだ。

2014年3月,学術出版関係の記事を掲載する著名なブログScholarly Kitchenに,PLOS ONEの掲載論文数の減少を指摘した記事が掲載された25)。著者はかつては大学図書館員,現在は独立して学術出版に関する分析・コンサルティングを行っているPhil Davisである。Davisは2013年6月に,PLOS ONEのIFが下がってきたことを受けて研究者はOAMJから再び各分野の雑誌に移るのではないか,と予測していた26)。それが現実になったのだ,というのがDavisの考えであったが,とはいえ2014年3月の記事で指摘されたのは同年1月から2月にかけて論文が減った,というだけで,しかも2014年2月の論文数は前年同月に比べれば多くなっていた。

しかしその3か月後,2014年6月に公開した記事で,Davisは掲載論文数の減少が続いていることを報告した27)。2013年12月の3,039本をピークに,2014年5月には掲載論文数は2,276本まで減っていて,減少率は25%に達していた。

掲載論文数は月によって変動するので,異なる月の比較から減少を主張することには問題がある。しかし,PLOS ONEの掲載論文数は前年同月に比べても減ってきている。3は筆者が2012年1月から2014年8月までのPLOS ONEの掲載論文数(原著論文に限定)の推移を,同誌のWebサイトのデータからまとめ直したものである。2014年の4月までは,ピークの2013年12月に比べれば減ったとはいえ,前年同月に比べればまだ論文数は多かった。しかし2014年5月から4か月連続で,掲載論文数が前年同月を下回っている。この傾向がさらに続くかはわからないが,今現在PLOS ONEの急速な成長が,止まっていることは確かである。

図3 PLOS ONEの月ごとの掲載論文数の推移

DavisはIFの低下だけが理由でこれだけ論文数が減るとは考えられないとし,米国の科学・医学予算の減少,2013年10月の米政府閉鎖,他のOA雑誌との競合,世界的な,とりわけ東南アジアにおける国の研究予算の変化など,市場の構造的変化がこの現象の原因である可能性を指摘している27)。実際の原因を探るにはより詳細な調査が必要となるが,他のOA雑誌との競合,という点で大きな存在感を示しているのはScientific Reportsである。

2013年にはじめて発表された同誌のIFは2.9(IFの集計結果は1年遅れで発表されるので,2012年版の値)であったが,2013年版ではそこから躍進し,IFは5.1に至っていた。2014年9月現在ですでにその年間掲載論文数は2,818本と,2013年全体(2,484本)を超えている。

とはいえ,PLOS ONEとScientific Reportsでは掲載論文数の桁が異なり,PLOS ONEの論文減少の原因がScientific Reportsにあるとは考えにくい。やはり原因はPLOS ONEのIF低下にあるのではないかと疑いたくなる。研究者が投稿先を選ぶ際,その雑誌の評価等を重視することが研究者に対する意識調査からも指摘されている28)。もしIFの低下がPLOS ONE論文減少の主因であるとすれば,研究者たちはPLOS ONEの目指した「従来の雑誌のモデルを超えた,迅速で自由な研究成果共有のチャンネル」というアイデアに共感したわけではなく,PLOS ONEを単に,APCはかかるが論文が載りやすい,その割に評価の高い雑誌,ととらえていたのだと言えるかもしれない。もちろんIFがつく前からPLOS ONEは多くの論文を集めてはいたが,「OAMJの時代が来る」というまでに成長したのはIF付与後である。そこからピーク時までの成長が特殊だっただけで,今後はそこそこのIF,3万本に届くかどうか程度の論文数で落ち着く,という未来も十分考えられる。もしIF低下が掲載論文減少の原因だとすると,2012年版よりさらに下がった2013年版のIFが公開された2014年6月以降,投稿論文数はさらに減ってくる可能性もある。それらの論文が掲載され始めるこれからの動向を注視していく必要がある。

PLOS ONEの,ひいてはPLOSの目指した理念を受け入れる人々が増えているのか,それとも結局は人々はIFにひかれただけなのか。PLOS ONEの真価が問われるのはこれからである。

本文の注
注1)  インパクトファクター(IF)の値はすべてJournal Citation Reportsに基づく。

注2)  掲載論文数についてはPLOS ONEのWebサイトと論文データベースScopusでそれぞれ検索し,大きなズレがないことを確認している。ただし,両者の値は完全には一致していない。なお以下,本稿におけるデータはすべて,2014年9月18~19日に行った検索結果に基づいている。

注3)  SJRはScopusの被引用データに基づく,雑誌の評価指標である。IFとは使用するデータベースが異なることに加えて,SJRでは引用元の雑誌による引用の重み付けを行ったうえで指標を算出している。

参考文献
 
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