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電子書籍貸出サービスの現状と課題 米国公共図書館の経験から
伊藤 倫子
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2015 年 58 巻 1 号 p. 28-39

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著者抄録

米国では,9割を超える公共図書館が図書館向けにデジタルコンテンツを配信するベンダーと契約し,図書館利用者へ電子書籍を貸出している。電子書籍の利用は年々増加しており,いまや電子書籍の貸出は図書館にとって定番のサービスとなった。本稿では,さまざまに存在する電子書籍サービスから,特に主流となっているダウンロード型モデルについて取り上げ,最新の統計を中心に現状を報告する。また,サービスの普及につれて,1)プラットフォーム変更にかかわる問題,2)出版社による高価格・貸出制限の設定にかかわる問題,3)個人情報・閲覧履歴の守秘義務に関する問題などを通じて明らかとなった課題を報告する。

1. はじめに

『Library Journal』誌による電子書籍貸出サービスについての調査報告書の最新版『Ebook Usage in U.S. Public Libraries 2014』によれば,今や米国の公共図書館のおよそ95%が電子書籍を提供しているという1)。だが,世界に先駆けているとの評価を受ける一方2),その運用の問題点も明らかになってきた。米国公共図書館における電子書籍貸出サービスに関する動向や3)6)サービス導入にあたっての法的留意点7)については日本でもすでに研究報告があるが,本稿では,1)米国図書館の電子書籍貸出サービスの現状をまとめ,2)サービスの普及に伴って発生した諸問題を取り上げ,電子図書館の導入を検討する日本の図書館への参考に供したい。

なお,本稿で扱う電子書籍は,ベンダーを通じて図書館が提供する商業出版社の電子書籍を対象とし,「図書館」とは,特に断りのないかぎり,各自治体が運営する公共図書館を指す。また,図書館で提供される電子書籍は,インターネット接続状態での利用に限られるモデルもあるが,米国では個人のパソコンのほか,書籍リーダー,タブレットやスマートフォンなど各種デバイスに短期間保存できるダウンロードによる閲覧・貸出が主流となっている8)ため,本稿ではこのダウンロード型モデルを取り上げて論じる。

2. 米国公共図書館におけるダウンロード型電子書籍貸出サービスの現在

電子書籍の閲覧・貸出において,出版社と図書館との仲介者として重要な位置を占めるのがベンダーである。各出版社の書籍データは,著作権管理機能(Digital Rights Management: DRM)を実装したベンダーのプラットフォームで管理されている。利用者は図書館のOPAC上で,あるいは図書館のWebサイトから誘導されたベンダーのプラットフォームで貸出手続きを行う。閲覧するためには,各ベンダーが開発したアプリを自分のデバイスにインストールしておく必要があるが,ダウンロードした書籍コンテンツは,貸出期間中はオフラインでも閲覧できる。また紙書籍に倣い,貸出は1回に1人と限定されるため,貸出中のコンテンツは借りている人以外は閲覧できないが,貸出期間を過ぎればコンテンツは個人のデバイスから自動的に消失し,予約待ちの別の利用者が貸出手続きできる仕組みになっている。図書館にとってはプラットフォーム使用料が負担になるが,紙書籍の場合に必要な蔵書管理にかかる諸経費が抑えられる。また利用者のニーズに素早く対応できるPDA注1)を導入する図書館も増加している9)

このダウンロード型の貸出サービスは2003年にOverDrive社が始めたモデルで,当初はPDFファイルをパソコンにダウンロードしていたが,普及するさまざまなモバイル機器に対応するアプリを開発し,現在ではEPUBフォーマットのデータを利用者の書籍リーダーやスマートフォン,タブレット等にダウンロードして閲覧できるようになっている。同社のモデルは後に市場に参入した3M社やBaker & Taylor社など複数のベンダーでも採用されているが,OverDrive社は現在でも9割以上の図書館が利用している最大手であり,そのサービスに対する図書館の評価も抜きん出て高い10)。同社は,2011年9月からAmazon.comと提携し,図書館の電子書籍を同社のプラットフォームで貸出手続きできるKindle Library Lendingを開始した。米国で利用される書籍リーダーの約6割を占める11)Kindleユーザーを取り込むことで,貸出利用の増加に成功したと思われる。ベンダーが利用者の読書環境に対応したアプリを開発したり新サービスを提供して利便性を向上させたことが,図書館の電子書籍貸出サービスの普及につながったといえるだろう。

利用が増えたとはいえ,電子書籍が図書館の中心的なサービスになったわけではない。前述の調査『Ebook Usage in U.S. Public Libraries 2014』では,提供できる電子書籍が3万点を超える図書館は全体の17%程度に過ぎず,調査に回答した全図書館を対象とした場合の中央値は1万484点にとどまった12)。参考までに,2014年9月現在,筆者が住む地域にあるLawrence Public Library(LPL)では,14万点を超える紙書籍を所蔵しているが,提供する電子書籍の点数は2万3,874点であり,そのほとんどがコンソーシアム(州内の複数の自治体にまたがる図書館同士のネットワーク)によって他館と共有されている注2)13)。2007年のサブプライム住宅ローン危機に端を発した世界金融危機以降,図書館の予算は物価上昇に追いつけず実質減少傾向にあるため14),プラットフォーム使用料の負担を減らし,より多くの電子書籍を共有できるメリットは大きく,回答館の全体で64%,小規模館に限れば83%がコンソーシアムを通じて電子書籍を提供している。

電子書籍へかける予算は現時点では図書購入予算の7.6%(中央値)にとどまっているが,5年後には14.0%まで伸びると予測されている15)。66%の図書館が資料購入予算(主にレファレンス資料や紙書籍)を再配分して購入にあてている16)。まったく紙書籍をもたない電子図書館の登場17)が話題になったが,この調査ではおよそ4割の図書館が,利用者は電子書籍より紙書籍を好むと回答している。したがって,現状では,電子書籍は紙書籍に取って代わるものではなく,補完的なものという位置づけといってよいだろう18)。ただし,紙書籍を中心とした現在の蔵書構築方針や予算配分は,今後の利用者の動向によっては変更を迫られるかもしれない。

3. 電子書籍貸出サービスにおける諸問題

電子書籍へのニーズが今後増加したとしても,安易にコレクションを増やせない事情がある。「状況が流動的なので,この先どの程度の予算を割いて電子図書コレクションを増やしていけばよいのか,長期的なプランが立てられない」と,LPLの電子書籍担当のスタッフは嘆く注3)。以下に,電子書籍サービスの発展過程で発生した諸問題について述べ,電子図書館の構築にあたって検討すべき課題をまとめる。

3.1 プラットフォーム変更にかかわる問題

カンサス州立図書館(State Library of Kansas: SLK)はカンサス州政府に属し,行政・司法に対するサービスのほか,州内に散在する300館以上の大学・公共図書館間の連携・支援を行っている。SLKは,大小の規模にかかわらず,州内すべての図書館に対し平等に電子書籍を提供するという方針のもと19),2005年12月からOverDrive社と2年を期間とするコンソーシアム契約を結んだ。この契約内容は現在インターネット上で公開されている20)が,SLKはセットアップ料として2万5,200ドルを支払ったほか,コンソーシアムを代表し,プラットフォーム使用料として毎年1万800ドルを負担していた。2度の自動更新を経た2011年末の契約終了時までには,およそ57万ドルを投資し,オーディオブック1万3,052冊,電子書籍3,245冊のほか,映像・音楽資料等をコンソーシアム参加館と共有するまでになった注4)が,OverDrive社から提示された新契約をめぐって両者は対立に至る。SLKは新契約の問題点として次の点をあげていた。1)SLKが負担するプラットフォーム使用料が最終的には7万5,000ドルまで引き上げられる,2)加えて,各コンソーシアム参加館もプラットフォーム使用料を負担する,3)契約終了時におけるコンテンツの移動を認めた第11条第4項を削除する,などである21)。その他,都市部の図書館のコンソーシアム参加を認めない,などの条件も加わっていたという注5)

OverDrive社としては,2006年から10倍に増加した電子書籍の利用状況やシステムのサポートにかかる同社の負担に鑑み,プラットフォーム使用料の値上げは適切だったとコメントしている22)。現状に合わせて契約を変更するという判断は,営利企業として当然だったかもしれないが,当時予算縮小に苦しんでいたSLK側は,この条件では電子書籍を購入する予算がなくなると判断し,更新拒否に至った。また,購入した書籍に対しSLKは「所有」権を主張し,電子書籍の出版社およそ170社に連絡を取り,移動の許可が下りたコンテンツに関しては3M社等の他社のプラットフォームへ移動させたが,映像・音楽資料については契約終了と同時にアクセス権を失った注5)23)

契約の大幅な変更に端を発したOverDrive社とSLKの対立は,当時の米図書館界の注目を集めた24)26)。電子書籍をめぐる状況はこの時点からすでに変化しているが,ここで重要なのは,何らかの理由で電子書籍を管理するベンダーとの契約を解除する場合,購入したはずの電子書籍はどうなるのか,という問題であろう。SLKは電子書籍の「所有」を主張したが,現状,図書館がベンダーから購入しているのは,コンテンツへのアクセス許諾権であってコンテンツそのものではなく,アーカイブ目的の複製も図書館相互貸借(Interlibrary Loan: ILL)も認められていない。プラットフォームの移動について,筆者が複数の図書館とベンダーに確認した結果を端的にまとめると,「移動」については,図書館とベンダーとの契約で認められているほか注6),以下の条件が整っていなければならないようだ。

1)出版社・著作権保有者がプラットフォームの変更を図書館に対して許可すること。

2)移動先のプラットフォームを管理するベンダーがその出版社と提携関係にあり,該当するコンテンツを管理していること。便宜上「移動」と述べているが,プラットフォーム間の「移動」に関する実際の手続きは,ベンダーがそれぞれのプラットフォームで管理しているコンテンツについて,図書館が利用できる/できなくなるように操作するだけで,図書館がコンテンツを保存し,新しいプラットフォームへ提供するのではない。出版社はベンダーのプラットフォームの安全性が保障されなければコンテンツを供給せず,また,契約違反を理由に,ベンダーに対し新しいコンテンツの提供を拒んだ出版社の事例があった注7)

ただし,これらの条件をクリアし移動が可能になったとしても,一部の出版社が電子書籍の貸出回数や期間に上限を設けるようになったため,該当する書籍は再購入しないかぎりいずれ利用できなくなる。また,プラットフォーム間の移動に伴う労力や,(ベンダーによっては請求される)手数料といった経済的負担を考慮すると,コンテンツの移動はかなり困難を伴うものだと言わざるをえないし,そもそもプラットフォームを提供できる競合他社がいなければ,図書館は,契約終了と同時にすべてのコンテンツを失うことになる。図書館自身がコンテンツを保存・管理できない現行のモデルで電子書籍を安定的に供給するためには,図書館はベンダーに依存し続けなければならないのだ。

3.2 出版社による高価格・貸出制限の設定にかかわる問題

Hachette社,HarperCollins社,Macmillan社,Simon & Schuster社およびPenguin Random House社(PenguinグループとRandom House社が2013年7月に合併)は「Big 5」と総称される大手出版グループで,米国の書籍市場の2/3を占めるといわれる。利用者の多様なニーズに応え,異なるフォーマットの資料を幅広く,バランスに留意して収集するのが公共図書館の一般的な蔵書構築方針27)だが,実際に購入されるのはこれら大手出版社の書籍が中心であり,また,貸出利用はフィクションや流行を反映したタイトルに集中するため28),大手出版社のベストセラーや新刊の提供は図書館サービスにとって極めて重要である。だが,Simon & Schuster社やMacmillan社は長く図書館への電子書籍の供給を拒否し,また詳細は先行研究によるが29),電子図書館の普及による減収を恐れ30),コンテンツを供給していた出版社もさまざまな制約を課すようになり,図書館側の激しい反発を招いた。2012年,米国図書館協会(American Library Association: ALA)の会長に就任したMaureen Sullivanは,ALAのWebサイト上で図書館への電子書籍の供給を拒む出版社への書簡を公開し,これら出版社の対応は,経済的事情等で図書館以外に読書の手段をもたない人々への差別であり,読書を楽しみ学習を愛する市民を育てる使命をもつ図書館は,出版社の方針によるデジタル・ディバイドの拡大をこれ以上傍観することはできない,と批判したのである31)1)。

出版社と図書館の関係が改善に向かい始めたのは,2013年1月にMacmillan社が,同年4月にSimon & Schuster社が,ニューヨーク市の図書館で既刊分電子書籍の貸出を試験的に始めた頃である。その後の展開は比較的早く,2014年半ばには,大手出版社の新刊電子書籍がすべて図書館で利用可能となった32)

さて,出版社と図書館の対立が続いていた時期,図書館の利用者を対象にした書籍の購入に関する調査が興味深い結果を出している。『Library Journal』誌は「図書館の利用者の半数以上が,図書館で出会った作家の本を購入している」33)と発表した。別の調査によれば,図書館で電子書籍を利用した者のうち41%が電子書籍を購入したという。また,OverDrive社が独立系出版社Sourcebooksと提携し,アクセス制限を解除した読書キャンペーンを試みた結果,期間中Amazon.comでキャンペーンの対象となった書籍の売上ランキングが急増したという例34)も報告され,より多くの作品との出会いの場を提供することで読者を育てている,という図書館の主張を裏打ちすることとなった35)。ALA代表者と出版社幹部との頂上会議が行われていた頃,Macmillan社の経営陣の1人Alison Lazarusは,図書館の電子書籍サービスが普及することで,本を購入する人が減ってしまうのでは,という当時の出版社が抱えていた懸念を率直に述べていたが,本が売れなくなってしまえば,「書店や取次や作家や出版社が,やがては図書館が危機に陥る」36)という危惧に反し,上記の調査結果はむしろ図書館の利用者が書店や出版社にとって潜在的な顧客であると実証したことになる。

本来,無制限に同時アクセスができるはずの電子書籍に対し,あえて貸出を1回につき1人に限定した現行のモデルは,借りている人しか読めないという紙書籍の欠点も踏襲したが,電子図書館普及による減収を恐れる出版社にとっては必要な措置と思われる。だが,継続的に図書を大量購入する図書館は,一般の小売価格に比べて20~40%程度のディスカウントを受けるのが慣例だが,電子書籍については,いずれの出版社も永久アクセス権を保証する代わりに提供価格を高く設定するか,価格は紙書籍と同程度に抑える代わりに閲覧回数や期間に制限を設けている(2)。確かに紙書籍の場合,使用劣化に伴う廃棄・再購入は珍しくないが,出版社が定めた貸出回数や期間に,図書館が納得できる根拠はあるのだろうか。また,Douglas County LibrariesがEvoke(http://evoke.cvlsites.org/)で定期的に公開している紙書籍と電子書籍の購入価格の比較一覧を参照すると,新刊の場合は5倍以上の開きがあることも確認できる。業界売上第3位であった大手書店チェーンBordersが経営破綻37)し,街中から書店が消えつつある今,本と読者を結びつける役割を担う図書館に対し,特に新刊を高価格に設定して過度な負担を強い続けるのはなぜなのか。

電子書籍の提供条件の改善を求めて,図書館側は現在も大手出版社との討議を継続している38)。持続可能な電子書籍貸出サービスのためにも,図書館・出版社・ベンダーの相互協力が求められる。だが,価格の設定も閲覧回数や期間の条件も,出版社が一方的に決定できるものであり,図書館に与えられた選択は,提示された条件をのんでアクセス権を購入するか,購入そのものをあきらめるか,だけである。端的に言えば,図書館は相手の決めたルールに従ってゲームを続けている状態であり,またそのルールは,出版社によっていつでも変更が可能なのだ。

表1 図書館・出版社・ベンダーの対立をまとめた年表
・2010年4月 Hachetteが新刊の電子書籍を提供拒否
・2011年3月 HarperCollinsが電子書籍の貸出回数を上限26回に設定
・2011年9月 OverDriveとAmazon.comがKindle Library Lendingを開始
・2011年11月 PenguinがKindle Library Lendingから自社電子書籍を撤回
・2012年1月~ American Library Association代表者がニューヨークの大手出版社5社を訪問,図書館への電子書籍サービスについて討議
・2012年2月 PenguinがOverDriveから自社電子書籍をすべて撤回
・2012年3月 Random Houseが電子書籍の価格を紙書籍の3倍に設定
・2012年8月 Penguinが3Mと提携,ニューヨーク市の図書館で電子書籍貸出のパイロット・プログラムを実施
・2012年10月 Hachetteが既刊電子書籍の価格を2倍に引き上げ
・2013年1月 Macmillanがニューヨーク市の図書館で試験的に既刊の電子書籍を提供
・2013年4月 Simon & Schusterがニューヨーク市の図書館で試験的に電子書籍を提供
・2013年5月 Hachetteが新刊を含めて電子書籍提供を開始
・2013年9月 Penguin Random House がOverDriveへ電子書籍提供開始
・2014年6月 Simon & Schusterが「購入ボタン」注8)表示を条件に新刊電子書籍解禁
・2014年7月 Macmillanが新刊電子書籍解禁
・2014年9月 Macmillanがコンソーシアムへ電子書籍提供開始
・2014年11月 Simon & Schusterが「購入ボタン」表示条件を撤回
表2 主要5出版社の図書館向け電子書籍提供方針(2014年11月現在)1
出版社 提供範囲 提供条件 価格 提供可能なプラットフォーム
期限 貸出回数** OverDrive 3M Cloud Library B&T Axis 360 Ingram
Penguin Random House* Random House すべての電子書籍 無期限 無制限 紙書籍の3~4倍
Penguin Group USA すべての電子書籍 1年 紙書籍とほぼ同等(あるいは「紙書籍とほぼ同価格」)
HarperCollins すべての電子書籍 26回 紙書籍とほぼ同等か安い(あるいは「紙書籍とほぼ同価格か安い」)
Macmillan すべての電子書籍 2年 52回 発刊から1年以内:$60
発刊から1年以上:$40
Simon & Schuster すべての電子書籍 1年 紙書籍より高めに設定されているが,ハードカバーより安価
Hachette すべての電子書籍,ただしコンソーシアムへの提供については個別に判断 無期限 無制限 発刊から1年以内:3倍
発刊から1年以上:1.5倍

Robert C. Maier作成の"Big Five Publishers and Library Lending"をもとに,時実象一氏の作成した表2に準拠して作成。

* Penguin GroupとRandom Houseは2013年7月に合併したが,電子書籍の提供条件はそれぞれ合併以前の条件をほぼ踏襲している。

** ただし,上記の出版社すべて,one copy per userの方針を取っているため,同時アクセス数は1回に限られる。したがって,「貸出中」のコンテンツは返却されるまで他の利用者は閲覧できない。

1 Robert C. Maier. Big Five Publishers and Library Lending. American Libraries. 2014-12-05. http://www.americanlibrariesmagazine.org/sites/americanlibrariesmagazine.org/files/content/BigFiveEbookTerms112014.pdf, (accessed 2015-01-07).

2 時実象一. 米国公共図書館の電子書籍利用事情5).

3.3 個人情報・閲覧履歴の守秘義務に関する問題

2014年10月から11月にかけて,Adobe Digital Editions(ADE)による個人情報漏えいが問題となった。ADEはパソコンに保存した電子書籍を複数のデバイスで管理・閲覧するためのソフトだが,2014年9月にリリースされたバージョン4.0を利用した場合,ADEにインポートした電子書籍の読書履歴や個人情報等がプレーンテキストでAdobeのサーバーに送信されていたことが発覚し,個人情報の漏えいが指摘されたのだ39)。これに対し,ALAは個人情報保護のためAdobeに早急な対応を求める声明を発表し40),Adobeはデータ送信を暗号化するようプログラムを更新した41)が,図書館は,インターネット上に個人情報が漏えいしやすいデジタル時代にあって,どのように利用者を守るべきか,あらためて苦慮することとなった42)

類似した問題は以前から存在していた。OverDrive社がAmazon.comと提携しKindle Library Lendingを開始したことは前述した。書籍閲覧に特化した端末で図書館の電子書籍を閲覧する場合,利用者はまずパソコンにコンテンツをダウンロードし,あらためて端末に転送する必要があった。Kindleに直接コンテンツをダウンロードできるKindle Library Lendingは,Kindle利用者にとっても電子書籍貸出サービスを促進させたい図書館にとっても歓迎すべきサービスだったと思われるが,利用者の貸出・閲覧情報がAmazon.comに取得されるという点はサービス開始当初から問題視されていた43)1)。

Amazon.comの利用者にとっては,借りた本の閲覧記録が購買記録と同じように自分のアカウントで確認できることを,むしろ便利ととらえるかもしれない。また,利用者は貸出手続きの画面に表示されるメッセージ(貸出手続きを行うプラットフォームでは個人情報の取り扱いについては図書館の方針と異なる,というただし書き)に合意しなければ手続きできない。利用者の合意がある以上,閲覧履歴が第三者に把握されることについて,図書館に責任はないだろう。だが,日本の「図書館の自由に関する宣言」が「図書館は利用者の秘密を守る」と定めているように,米国にもALAが定めた「図書館の権利宣言」44)や「倫理綱領」45)があり,利用者が何を閲覧したか,何を借りたか,図書館のサービスを利用してどんな調査を行ったかなどについて守秘義務を定めている。ALAが2001年に成立した愛国者法(Patriot Act)第215条の改正を訴え続けている46)のも,利用者の言論・思想の自由を守るためだ。

さらに,Kindle Library Lendingの場合,Amazon.comに登録されているメールアドレスに,2にあるように,借りた本をまた図書館から借りるか,あるいはAmazon.comで購入した場合,利用者が残したノートやハイライトはすべて保存されます,という内容の販促メールが届くのだ。図書館が本来秘匿するべき利用者の読書履歴が特定企業に把握され,さらにその企業の販売促進に利用されていることを批判する声47)も出ている。

自宅にいながら貸出手続きができ,期限が過ぎればデータが消失するため返却手続きの必要もない電子図書館は,畢竟(ひっきょう)利用者の利便性を追求したサービスだ。だが,デジタル環境下での個人情報の保護は,館内の貸出システムの管理や図書館員の自覚のみで行えるものではなくなっている。また,より快適なサービスを提供するために特定企業と連携することで,公共機関として保つべき商業活動への中立性は守られるのだろうか。利便性と図書館の理念の間で,図書館は常に対応を問われているといえよう。

図1 筆者のAmazon.comアカウントにある閲覧書籍のリスト
図2 Amazon.comから送られてきた販促メール

4. おわりに:図書館主導による電子図書館の可能性

米国公共図書館が提供する電子書籍の貸出サービスについて,本稿では,あえてさまざまな問題点に焦点を絞った。本稿では主要な貸出モデルであるダウンロード型を中心に論じたが,一部の図書館が,ダウンロードは無料で閲覧した分だけ課金するTotal Boox(http://www.totalboox.com/)と提携し試験運用を始めたように,図書館側は現在もよりよいモデルを求めて試行錯誤を続けている。たとえば,図書館と出版社が対立状態にあった時期,コロラド州のダグラス郡図書館(Douglas County Libraries: DCL)は独自のプラットフォームを開発し,独立系出版社やインディー出版社から直接コンテンツを購入し,自館で管理・運営を行うようになった48)49)。この試みは図書館界の注目を集め,カリフォルニア州のCalifaコンソーシアムでは,「DCLモデル」を発展させ,独自のプラットフォームによる電子図書館「Enki Library」(http://califa.org/enkiproject/)を誕生させた。また,アリゾナ州のReading Arizona(http://www.readingarizona.org/)やコロラド州のeVoke Project(http://www.evokecolorado.info/)のように,州規模の電子図書館プロジェクトが起動したが,図書館が購入したり出版に携わったりしたコンテンツに対しプラットフォームを提供するベンダー(BiblioLabやOdiloTK)が現れた。ベンダーや出版社に依存する現行モデルに対するアンチテーゼとも言え,今後の動向が注目される。また,コンソーシアムや州のレベルでの電子図書館ではなく,単館の試みとして,DRMによる書籍データの管理に反対するアナーバー・ディストリクト図書館(Ann Arbor District Library: AADL)は,出版社と期間限定のライセンス契約を結んでDRMフリーのコンテンツを利用者に提供している50)

図書館利用者の興味の対象が主にThe New York Timesのベストセラー・リストに載るような大手出版社の書籍である以上,図書館のこうした取り組みはごく補完的なものにすぎない。だが,公共図書館が,電子書籍の購入・管理を自主的に行い,独自のプロジェクトによってユニークなコンテンツを地域住民へ発信するようになったことは高く評価したく,あらためて詳しく論じる機会をもちたい。

執筆にあたり,多くの方のご協力,ご教示を得た。ここにお名前を記し,謝意を表したい。Lianne Flax(State Library of Kansas),Sarah Houghton(San Rafael Library),James LaRue(CEO, LaRue and Associates),Molly Wetta(Lawrence Public Library),他諸氏。

執筆者略歴

伊藤 倫子(いとう みちこ)

ハワイ大学歴史学部修士課程・図書情報学修士課程修了。現在カンサス大学図書館日本研究専門司書として勤務する傍ら,アニメ・マンガを教材にした上級者用日本語のコースを担当。主要論文として,“The Japanese Institute of Pacific Relations and the Kellogg-Briand Pact:the Activities and Limitations of Private Diplomacy”(Hawai'i at the Crossroads of the U.S. and Japan beforethe Pacific War所収),「米国大学図書館におけるILL活動の発達と現状」(『情報の科学と技術』vol. 61, no. 10収録)がある。

本文の注
注1)  Patron-Driven Acquisitionの略称で,利用者のリクエストによって自動購入される仕組み。DDAあるいはDemand-Driven Acquisitionとも呼ばれる。

注2)  2014年9月12日Molly Wetta(Lawrence Public Library YA/Media Selector)へのE-mailインタビューによる。

注3)  2014年9月10日Molly Wetta(Lawrence Public Library YA/Media Selector)へのE-mailインタビューによる。

注4)  2014年12月30日Lianne Flax(State Library of Kansas Online Program & Services)へのE-mailインタビューによる。

注5)  2014年9月2日,3日Lianne Flax(State Library of Kansas Online Program & Services)へのインタビューによる。

注6)  OverDrive社との契約におけるコンテンツの移動について,筆者の2014年10月14日のE-mailでのインタビューに対し,San Rafael Libraryの図書館長,Sarah Houghtonは「基本的に契約を終了した時点でOverDrive社で管理されているコンテンツへのアクセス権を失います」と回答している。2014年9月28日のE-mailでのインタビューでは元Douglas County Libraries館長(現LaRue and Associates CEO)のJames LaRueも,「もともとの契約では,図書館は出版社が許すかぎり永久アクセス権をもっていましたが,OverDrive社が契約内容をこっそり変えたことに気がつきませんでした。突然,コンテンツを所有していないことを知ったのです」と答えている。ただし,実際には,2014年にQueens LibraryがOverDrive社からBaker & Taylor社にコンテンツの一部を移した例や,Baker & Taylor社にあったコンテンツをOverDrive社のプラットフォームに一本化したKing County Library Systemの例があり,プラットフォーム間のコンテンツの移動は行われているようだ。だが,OverDrive社が現在Webサイト上で公開している契約書(例として,http://company.overdrive.com/dlr-aa.pdfを参照)では,契約終了の際のコンテンツの移動についてはまったく言及がない。したがってベンダーと契約を行う際,あるいは新契約を提案された場合,契約解除の条件,また解約後におけるコンテンツへのアクセスについてどのように定めているか,特に留意する必要があり,もしこの点について言及がなければ,明文化しておく必要がある。なお,コンテンツの移動に関する条項として,3M社とテキサス州オースティン市が合意した契約のExhibit A(http://www.austintexas.gov/edims/document.cfm?id=200964),Baker & Taylor社とアリゾナ州グレンダール市の契約「Schedule 3Terms and Conditions」(http://www.glendaleaz.com/clerk/Contracts/8543.pdf)を参照のこと。いずれの例にしても,プラットフォーム移動の可否は出版社によるライセンス条件に左右され,すべてのコンテンツの移動が完全に保証されているわけではないことに留意されたい。

注7)  Random Houseと合併前のPenguinが,OverDrive社がKindle Library Lendingで図書館の電子書籍を提供したことを契約違反とし,同社のプラットフォームから自社書籍を撤回した事例がある51)。ただし,アクセス権を購入済であれば,「撤回」後の貸出利用やアクセス権の追加購入は可能だった。

注8)  貸出手続きを行う画面に「Buy and Donate」や「Buy It Now」というボタンを表示し,クリックすると特定のオンライン書店のWebサイトに誘導される。そこで電子書籍を購入すると,図書館に対してクレジットが与えられる仕組み。

参考文献
 
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