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顧客ニーズに即した技術開発に資する情報解析手法:消臭技術を対象としたオープンイノベーションの検討
高橋 匡平尾 啓
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2016 年 58 巻 10 号 p. 745-754

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著者抄録

近年,社外の技術やアイデアを社内に取り入れるオープンイノベーションを活用し,技術開発を行う企業が増えている。このような背景を受け,筆者らは2014年度「PAT-LIST研究会」活動において,顧客ニーズに即した技術開発を自社で行う(自前主義)か,他者と提携して行う(オープンイノベーション)か,どちらが得策かを検証する情報解析手法を開発した。本稿では消臭技術を対象として,商品情報・特許情報の活用による技術動向把握,アンケート情報と特許情報の比較による顧客ニーズの推定,技術補完が期待される提携先候補の探索を組み合わせた情報解析手法を紹介する。

1. はじめに

近年,企業を取り巻く環境変化は目まぐるしく,顧客ニーズは多様化している。顧客ニーズに即したイノベーションを継続的に創出するために,社外の技術やアイデアを社内に取り入れ,新商品を生み出すオープンイノベーションを活用し,技術開発を行う企業が増えている。

技術開発テーマの選定にあたり,技術や商品に関する情報解析を行うが,技術シーズからのアプローチによる情報解析報告は多くあるものの,顧客ニーズからのアプローチによる情報解析報告は多くない。

このような背景を受け,2014年度「PAT-LIST研究会」活動において,顧客ニーズからのアプローチによる情報解析手法の開発を検討した。顧客ニーズを推定し,その顧客ニーズに即した技術開発を自社で行う(自前主義)か,他者と提携して行う(オープンイノベーション)か,どちらが得策かを非特許情報・特許情報を用いて検証する手法の開発であり,消臭技術を対象に実践したので紹介する。なお,非特許情報とは「企業情報」「商品情報」「顧客情報(アンケート等を含む)」などの多様な情報を意味する。「PAT-LIST研究会」では特許情報・非特許情報を用いて情報解析を行い,一定の結論を導き出すことを目的として研究活動を行っている1)

2. 情報解析の観点

上述した目的に照らし,プロクター・アンド・ギャンブル社(以下P&G)の消臭技術を対象として,以下の観点で情報解析を行った。比較検討のため,競合の花王株式会社・ライオン株式会社をベンチマークに設定した。

1)香り・においを取り巻く市場変化

2)P&Gの技術開発スタイル

3)特許情報による3社(P&G,花王,ライオン)の位置付けの把握

4)独自分類付与・言語統制による消臭技術の動向把握

5)コア技術候補の特定

6)顧客ニーズの推定

7)顧客ニーズに即した技術開発

3. 香り・においを取り巻く市場変化

「部屋のにおいは布製品のにおい」とテレビCMなどを通し,顧客の意識変革を起こしたP&Gの情報解析を開始するにあたり,「香り・におい市場」における代表的なメーカー5社,および各社の商品の変遷をまとめた(1)。

1990年までは悪臭マスキング,1990~2008年は「徹底消臭と無香」が顧客ニーズであり,1998年にP&Gより「ファブリーズ」が発売されている。またその後,「香りを愉しむ」顧客ニーズが起こり,ここ数年は各社それに向けた商品開発が活発化していることがわかった。近年,顧客ニーズは多様化しており,潜在ニーズを先読みし技術開発を行うことで競合他社に対し競争優位性を確保することが重要と考えられる。

表1 日本人の香りに対する意識変化と商品変遷

4. P&Gの技術開発スタイル

P&Gでは「Connect + Develop(以下,C&D)」を活用した技術開発を行っていることがわかる2)。C&Dはいわゆるオープンイノベーションの類いではあるが,自社が解決を試みている課題を公開し,その課題に対応できる社外の個人や他社と提携して技術開発を行う点で独自性があり,実効性が高い。P&Gの技術開発に資する情報解析を行ううえで同社の技術開発スタイルを把握することは重要である。

5. 特許情報による3社の位置付けの把握

5.1 特許出願件数動向等の分析

特許情報からP&G,花王,ライオンの消臭技術について全体俯瞰を行うことを目的とし,特許出願件数から3社の位置付けを確認した。3社の消臭技術に関する特許(1,643件:1994~2014年の3社の合計)の出願件数の推移を示す(1)。1997~2000年にかけて特許出願件数は顕著に増加しており,1998年のファブリーズ発売に合わせ,P&Gは1997年ごろに特許出願件数が多くなり,2000年には3社の特許出願件数が大幅に増加したことがわかる。一方,ここ数年3社より新商品が多数発売されているが,それに応じた特許出願件数の増加傾向はみられない。

図1 3社の特許出願件数 年推移

5.2 3社の傾注分野の推定

観点の異なる特許分類であるFI記号,Fタームを用いたマップにより3社の傾注分野の推定を試みた(2)。円の大きさはFI記号とFタームの相関件数を示し,円内の色分布で3社が占める件数の割合を確認することができる。

手法は山内明の報告3)を参照し,以下の手順で行った。

手順1:縦軸がFI記号,横軸がFタームのマップ作成

手順2:FI記号,Fタームの説明を補足

手順3:縦・横軸におけるFI記号,Fタームの順番並べ替え

手順4:商品の成分表示を参考に商品と特許群ひも付け

本手法を進めるうえで工夫した点を述べる。手順3において,2の縦軸C11DについてP&Gと花王両社の特許件数の多い順にするなど並べ替えを行ったことでP&Gと花王の傾注分野の区別をわかりやすく工夫した。

2から3社の傾注分野(枠部)のすみ分けが推定された。

以上のように特許情報から全体俯瞰をする場合において,観点の異なるFI記号,Fタームを用いたマップは有効な手法であると確認された。

図2 3社特許のFI記号×Fタームマップ

6. 独自分類付与・言語統制による消臭技術の動向把握

次に特許情報から消臭技術の動向を把握するために独自分類の付与を行った(3)。中村栄の報告1)にあるように,特許情報から技術的特徴を把握するために,特許情報を読み込んだうえでキーワードを抽出し,独自に分類を付与し,言語統制(キーワードのシソーラス化)することが有効である。特許分析ツールであるPAT-LISTには,この独自分類付与・言語統制のサポート機能として備考欄が設けられている。

当初,中村栄の報告1)を踏襲し,メンバーで手分けして独自分類付与・言語統制を試みたが,メンバーの作業負担が課題となることが判明したため,今回は効率化を図ることを目的として,各社Webサイト4)6)の商品成分情報,界面活性剤などの成分分類情報7)を活用した(4)。

商品成分情報の活用により要素技術を把握することで,独自分類付与時のキーワード抽出の効率化を図ることができた。また,シソーラス化された成分分類情報の活用により言語統制の効率化を図ることができた。

図3 PAT-LISTでの独自分類付与
図4 独自分類付与・言語統制の効率化

7. コア技術候補の特定

7.1 商品情報の活用

次に,技術開発・商品開発の現状把握を目的とし,前章でも活用した商品情報からコア技術候補の特定を試みた(2)。

分析は以下の手順で行った。

手順1:3社のWebサイト4)6)のニュースリリース・商品情報・技術開発情報などから主要商品の成分やコア技術候補を特定

手順2:企業別に縦軸が商品,横軸が手順1で特定された成分やコア技術候補のマトリックス表を作成

2から,P&Gはシクロデキストリンなどのカプセル技術(枠部),花王は緑茶エキス技術(枠部),ライオンはDDACなどのウイルスを不活性化できる技術(枠部)などがコア技術候補として特定された。

以上のように,ターゲットとする企業のコア技術候補の特定に各社Webサイトに公開された商品情報の活用が有効であると確認された。この後の特許情報分析の参考になり,作業効率化につながると考えられる。ただし,本手法は商品にひも付く成分・技術情報が入手困難な分野には不適と考えられる。

表2 3社のコア技術候補と商品のひも付け

7.2 特許情報の活用

次に商品情報から特定された3社のコア技術候補について特許情報を用いて妥当性を検証した。コア技術候補と消臭スプレー関連特許についてのひも付けを5に示す。

分析は以下の手順で行った。

手順1:パテント・リザルト社のBiz Cruncherを用いてレイティング8)がC+(12段階のうち下から4番目)以上の特許情報を抽出(177件)

手順2:縦軸がレイティング,横軸が出願年のマップ作成

手順3:商品情報から特定されたコア技術候補を中心に特許情報とひも付ける

手順1ではレイティングが高い特許情報(自社の権利化意欲が強い特許,他社から注目されている特許など)に3社のコア技術候補がひも付くと考えた。5からP&Gのシクロデキストリンなどのカプセル技術の特許出願が多いことを特許情報(前章の言語統制活用)から検証できた。またアルデヒド系香料,アミンポリマー(5破線囲み部)などが特許情報から新たにコア技術候補と特定された。次に本章で分析した3社のコア技術候補をマトリックス表でまとめた(3)。

3からP&Gはシクロデキストリンなどのカプセル技術は多いが,殺菌技術は少ないこと(枠部),花王,ライオンは殺菌技術が多いことがわかった。P&Gのアミンポリマー(ポリマー)・アルデヒド系香料(香料),ライオンのDDAC(第四級アンモニウム塩)については,2で示した傾注分野との関連性がみられる。

図5 3社のコア技術候補にひも付く消臭スプレー関連特許情報
表3 3社のコア技術候補まとめ

8. 顧客ニーズの推定

次に顧客情報として消臭・芳香剤に関するアンケート情報9)(98件:同調査結果7,176件から調整)と特許情報(44件:5でコア技術とひも付いた消臭スプレー関連特許)を用いて,顧客ニーズの推定を試みた(6)。

マップの縦軸は特許の課題(独自分類)とアンケート項目(不満点),横軸はアンケートの客層(男女)と特許の解決手段(独自分類)とした。顧客の不満点は,技術的課題であるとし,技術的課題を顧客の不満点から見いだし,特許情報と同じ独自分類を付与できるものについて分類付与を行った。手法は平尾啓らの報告10)を踏襲した。

本手法で工夫した点は,アンケート項目(不満点)と対応する特許情報を比較しやすくするための件数調整である。具体的には「特許課題の最大値:消臭17件」と「アンケート項目の最大値:効果持続1,442件」が同程度(20件)となるようにアンケート情報7,176件を98件へ調整した(調整率は0.0139(=20/1,442)とし,各アンケート項目の件数を調整)。6は,課題への対応について絶対数を比較するものではなく,相対的比較を目的としている。もし特許情報17件とアンケート情報1,442件を同じグラフの中で取り扱った場合,特許情報の表示が非常に小さくなり,特許情報とアンケート情報の全体を俯瞰することが困難だからである。具体的にはPAT-LISTへの登録数を上記の件数となるように調整させることで比較が可能となった。

6から「消臭・香り・効果持続」の課題(枠部)が顕在ニーズ(アンケート情報(顧客の不満)が多く,すでに特許出願が行われている課題)であると推定された。次に,潜在ニーズ(アンケート情報(顧客の不満)が少なく特許出願が少ない課題)の推定を試みた。ここで安全性の自由回答項目を確認したところ「タバコに含まれるPM2.5などの有害物質を除去したい」との回答があることから,「環境汚染を解消し,きれいな空気を吸いたい」が潜在ニーズであると推定された。

以上のようにアンケート情報と特許情報を比較することは潜在ニーズ・顕在ニーズの推定に有効な手法であると確認された。

図6 アンケート情報と課題・解決手段マップの比較

9. 顧客ニーズに即した技術開発

推定された潜在ニーズに即した技術開発を行うために,P&Gのコア技術候補であるシクロデキストリンについて「環境汚染物質を吸着できるように強化する」ことが必要と考えた。特許情報分析ではP&Gの特許には潜在ニーズに対応できる技術を確認できていないこと,前述のように同社が「C&D」に力を入れていることから提携先候補探索の解析を試みた(7)。

分析は以下の手順で行った。

手順1:キーワード(シクロデキストリンAND有害物質(PM2.5,放射性物質など))による検索で母集団(82件)を作成

手順2:出願人ランキングマップ作成

7からネオス社,大阪大学が上位の出願人であることがわかった。2者の特許9件はすべて共同出願であり,大阪大学とネオス社がPCBなどの環境汚染物質を吸着できるシクロデキストリンの実用化研究を行っている11)ことが確認されたため,ネオス社を提携先候補として解析を進めることにした。

ただし,自前主義を選択した場合の検討は不十分であり,今後の課題と考えている。

分析は以下の手順にて行った。

手順1:出願人をP&G,ネオス社に限定して,シクロデキストリン関連のキーワードによる検索で母集団(65件)作成

手順2:Fタームに着目したコンパラマップ作成(8

8から「放射性物質などを吸着するシクロデキストリン技術」「消臭活性を課題とした殺菌機能のあるシクロデキストリン技術」をネオス社が保有していることから,前者は環境汚染物質に関する潜在ニーズ,後者は消臭に関する顕在ニーズに即した技術開発について技術補完が期待される。前述の実用化研究を行っている点からもネオス社は技術的に好適な提携先候補と考えられる。

なお,工数の都合で今回未検討であるが,実務で提携先候補探索を行う場合は複数候補から提携先を絞り込むことやシクロデキストリン以外のコア技術候補の強化なども検討に入れることが望ましいと考えられる。

図7 P&Gの提携先候補探索
図8 P&Gとネオス社のコンパラマップ

10. おわりに

以上のようにして進めてきた情報解析結果を基にして顧客ニーズに即した技術開発テーマを選定することになる。本稿では具体的な技術開発テーマの内容については割愛する。

今回課題とした「顧客ニーズに即した技術開発を自社で行う(自前主義)か,他者と提携して行う(オープンイノベーション)か,どちらが得策かを検証する手法の開発」については次の4点の検討を行えたと考えている。

(1)商品情報活用による独自分類付与・言語統制の効率化

(2)商品情報活用によるコア技術候補の特定と特許情報による妥当性検証

(3)アンケート情報と特許情報の比較による顧客ニーズの推定

(4)その顧客ニーズに即した技術開発について技術補完が期待される提携先候補の探索

今後は,本稿で検討していない提携先候補のリスク評価などについても,多様な情報を活用した解析手法の提案を行っていきたい。

謝辞

本情報解析手法は2014年度PAT-LIST研究会活動の成果12)を基に進めた。貴重な研究活動機会をいただきました株式会社レイテックに感謝いたします。

本稿執筆にあたり,多くのご支援とご指導を賜りましたPAT-LIST研究会の桐山勉塾長に深く感謝いたします。また,本情報解析手法検討の共同研究メンバーである2014年度PAT-LIST研究会の下記の皆様にも深く感謝いたします。

安田麻衣子氏(サンコーテクノ株式会社(当時)),倉持俊克氏(ホンダ株式会社),下田直嗣氏(三菱ガス化学株式会社)

執筆者略歴

  • 高橋 匡(たかはし ただし)

2004年日清フーズ株式会社入社。研究開発等の業務を担当後,2011年より同社の知財リエゾン担当。2014年度からPAT-LIST研究会に参加。

  • 平尾 啓(ひらお ひろし)

1987年キリンビール株式会社入社。研究開発業務を担当後,ビール工場勤務,経営監査を経験し,2011年よりキリン株式会社 知的財産部に異動。2010年度からPAT-LIST研究会に参加。

参考文献
  • 1)   中村 栄. 特許情報解析のプロセスと有効な活用:PAT-LIST研究会アドバイザー活動を通しての考察. 情報管理. 2012, vol. 55, no. 4, p. 229-240. http://doi.org/10.1241/johokanri.55.229, (accessed 2015-11-12).
  • 2)  P&G. "connect + develop". http://www.pgconnectdevelop.com/home/, (accessed 2015-11-12).
  • 3)  山内明. 特許から考える失敗しない研究開発. 日経テクノロジー. 2012. 9, p. 133-137.
  • 4)  P&Gジャパン株式会社. http://jp.pg.com/, (accessed 2015-11-12).
  • 5)  花王株式会社. http://www.kao.com/jp/, (accessed 2015-11-12).
  • 6)  ライオン株式会社. http://www.lion.co.jp/ja/, (accessed 2015-11-12).
  • 7)  生活と科学社. “界面活性剤の表示名称”. 石鹸百科. http://www.live-science.com/bekkan/intro/hyouji.html, (accessed 2015-11-12).
  • 8)  “提供機能紹介:レイティング”. Biz Cruncherとは?. http://www.bizcruncher.com/about.html#scoredist, (accessed 2015-11-12).
  • 9)  自主企画アンケート結果:消臭・芳香剤. 出所:マイボイスコム.
  • 10)  平尾啓, 鶴見隆, 山中とも子, 河村克己, 脇川顕多. “商品開発の方向性提案に資する分析:お客様の声と特許情報を融合し商品開発に活かす”. 第10回情報プロフェッショナルシンポジウム予稿集. 情報科学技術協会. 2014, p. 93-97. http://doi.org/10.11514/infopro.2013.0.93.0, (accessed 2015-11-12).
  • 11)  木田敏之. “研究プロジェクト:シクロデキストリン化学の新展開”. 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻分子創成化学コース有機工業化学領域. http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~akashi-lab/cdkida.html, (accessed 2015-11-12).
  • 12)  Bグループ「香り・におい市場に革命を起こしたP&Gの戦略と競合企業の戦略」. PAT-LIST研究会成果発表会テキスト. レイテック. 2015, p. 53-91.
 
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