情報管理
Online ISSN : 1347-1597
Print ISSN : 0021-7298
ISSN-L : 0021-7298
記事
日本の学協会誌掲載論文のオンライン入手環境
佐藤 翔上田 真緒木原 絢成宮 詩織林 さやか森田 眞実
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 58 巻 12 号 p. 908-918

詳細
著者抄録

2002~2013年に日本の学協会誌に掲載された論文120万9,674本を対象に,どの程度オンラインで入手できるのかを調査した。調査にあたっては1)CiNii Articlesを用いた調査,2)J-STAGE・メディカルオンラインへの収録状況調査,3)サーチエンジンを用いたサンプリング調査,という3つの方法を採用した。結果から,日本の学協会誌掲載論文のうち,7割以上は何らかの形でオンラインで入手可能であると見積もられた。特に英語論文や自然科学分野の論文は,オンラインで入手可能なものが多い。一方で,人文学分野ではオンラインで入手できる論文が43.7%,社会科学分野でも51.5%にとどまっていた。

1. はじめに

学術論文のオンライン入手環境が整ってきている。国際的な学術雑誌のほとんどは電子ジャーナル化され,従来いわゆる「灰色文献」の代表格とみなされてきた大学・研究機関等の発行する紀要も,機関リポジトリによって多くがインターネット上で入手できるようになった。また,研究者自らが自身の論文をアップロード・共有するResearchGateのようなサービスも普及しつつある。研究者の文献入手行動もオンラインを前提に置いたものとなっており,2014年に学術図書館研究委員会(SCREAL)が行った調査によれば,すでに自然科学系では80%以上,人文社会科学系でも50%近くの研究者・大学院生が,最近読んだ論文をオンラインで入手したと回答している。電子ジャーナルを週1回以上利用する回答者の割合も,自然科学系で80%以上,人文社会科学系で60%弱に至っている。論文の閲読方法についても,PCまたはモバイル端末の画面でそのまま読むとする回答者が過去の調査より増加している。モバイル端末の研究/教育目的での利用自体も増加するなど,今後オンラインで文献を入手し,そのまま端末画面で閲覧する研究者がますます増えていく可能性が示唆されている1)

一方で,日本国内で発行される学術雑誌,とりわけ紀要ではなく学会や専門団体(以下,「学協会」とする)が発行する雑誌については,必ずしもオンラインで入手できるとは限らない状況が続いている。日本の科学技術分野の電子ジャーナル数を継続調査し続けている時実によれば,電子ジャーナルとして提供される雑誌は増加し続けているものの,2013年時点でも日本発行の科学技術医学分野の雑誌のうち,電子ジャーナル化されていたものは44.5%と半数未満にとどまっていたという。英文誌については89.3%と大半が電子ジャーナル化されている一方,和文および英文と和文の混載誌において38.7%の雑誌しか電子ジャーナル化されていないことが指摘されている2)。人文社会系においては状況はより深刻で,現在日本の人文社会系論文誌の電子化を主に担っているのは国立情報学研究所電子図書館事業(NII-ELS)であるが注1),時実の調査によれば,2008年時点で人文社会系論文誌1,436誌中,NII-ELSにより電子的に提供されているものは279誌(19.4%)にとどまっていた。紀要4,156誌中2,188誌(52.6%)が提供されている状況とは対照的で,学協会が発行する論文誌の方がオンライン入手環境に劣っていることがうかがえる3)。結果として,学協会誌掲載論文,中でも科学技術医学系の日本語論文や,人文社会系の論文は,海外の学術雑誌掲載論文はもちろんのこと,日本国内の大学・研究機関紀要論文に比べてさえ,オンライン上のビジビリティ(目につきやすさ)が低くなっていると考えられている4)。学生のレポート執筆に関する調査5),研究者の論文引用行動に関する調査の双方から6),オンラインでのビジビリティが論文の利用に影響することが知られており,学協会誌掲載論文のオンライン化の遅れは日本の学術情報流通環境における喫緊の課題といえよう。

しかし,実際に日本の学協会誌掲載論文のうちどの程度がオンラインで入手でき,どの程度ができないのか,入手できるものとできないものにはどのような傾向があるのかといった詳細は,必ずしも明らかではない。時実による一連の調査は雑誌単位での電子ジャーナル化状況をみたものであるが,機関リポジトリ等においては論文1本ずつの単位でオンライン提供がなされる場合もある。逆に機関リポジトリに限定して,日本の学協会誌掲載論文の収録状況を調査した研究に清水らがあるが,こちらはNII-ELSやJ-STAGE等でのオンライン化状況を確認していない7)。双方をみたものとしては佐藤による,CiNii Articlesからのリンク付与状況の分析があるが,対象を2013年発行論文に限定している点や,詳細な分析結果を含んでいない点等の不足がある4)

そこで筆者らは,日本の学協会誌掲載論文を対象に,雑誌単位ではなく論文個々の単位でのオンライン化の状況について,1)CiNii Articlesを用いた調査,2)J-STAGE・メディカルオンラインへの収録状況調査,3)サーチエンジンを用いたサンプリング調査という複数の方法を用いてデータを収集し,分析した。ここからデータ取得時点での,日本の学協会誌掲載論文のオンライン入手環境に関するスナップショットを得て,今後の日本の学術情報流通基盤整備に資するエビデンスとすることが本研究の目的である。

2. 調査方法

前述のとおり本稿では1)CiNii Articlesを用いた調査,2)J-STAGE・メディカルオンラインへの収録状況調査,3)サーチエンジンを用いたサンプリング調査という3つの調査を行い,日本の学協会誌掲載論文のオンライン入手環境を明らかにすることを試みる。以下ではまず調査対象とする学協会誌掲載論文のリスト作成方法について説明した後,各調査の方法について述べていく。

2.1 調査対象リストの作成

本研究では日本の学協会誌掲載論文の機関リポジトリ収録状況を調査した清水らの先行研究7)を参考に,調査対象とする学協会誌のリストを学協会著作権ポリシーデータベース(SCPJ)注2)に基づいて作成した。SCPJは『学会名鑑2007~2009年版』掲載団体および日本学術会議協力研究団体を対象に実施した,オープンアクセス(OA)方針に関する調査の結果に基づいて作成されたデータベースで,日本の学協会とその発行雑誌について,団体名,雑誌名に加え,OA方針,言語,ISSNがある場合にはISSN等を収録しており,API(あるサービスの機能やデータを別のプログラムから利用できる仕組み)によってこれらのデータを取得できるようになっている。本調査では2014年3月時点でSCPJに収録されていた雑誌のうち,ISSNの付与されていた雑誌に掲載された論文を分析対象とすることとした。ISSNの付与されている雑誌に限定したのは,他のデータベース等との突き合わせによるデータ取得のためである。

SCPJで取得できるのは雑誌単位のデータであり,それらの雑誌に掲載された論文のデータを得るには何らかの他のデータベースを利用する必要がある。本調査ではCiNii Articles注3)のAPIを用い,雑誌のISSNをキーに掲載論文を検索し,タイトル等を得てリストを作成した。ただしCiNii ArticlesのAPIの仕様により,1度の検索で取得できるのは論文200本分のデータまでである。そこでISSNに出版年を加えて検索することとした。そのため,各雑誌について得られた論文データは1年ごとに最大200本までであり,年間200本を超える論文が掲載されるタイトルについては,一部の論文が本調査の分析対象からは漏れている。分析対象とする出版年は2002年から2013年の12年間とし注4),2014年3月21日から4月8日にかけてCiNii Articlesからのデータの取得を実施した。

また,SCPJおよびCiNii ArticlesのAPIからは,雑誌や論文がどのような分野に属するか,といったデータを得ることはできない。そこで本調査では国立国会図書館サーチ(NDLサーチ)注5)のAPIをISSNをキーに検索し,各雑誌の国立国会図書館分類(NDLC)データを得た。このNDLCを分野名にマッピングし,分野別の分析に用いた。

以上の方法により,最終的に学協会誌2,386誌に掲載された,2002~2013年の論文120万9,674本について,ISSNや掲載雑誌名,発行団体名に加え,出版年,論文タイトル,言語,OAポリシー,分野を備えたリストを作成することができた。これら出版年や言語,分野等のデータは分析時に独立変数として用いる。

2.2 CiNii Articlesを用いた調査

調査対象120万9,674論文について,CiNii Articlesを用いたリスト作成時に,論文タイトルに加えて,CiNii Articles上での論文提供状況(NII-ELSにおける提供状況)および外部データベース等に収録されたオンライン本文へのリンク状況を取得した。データ取得時点で本文リンクの対象となっていたのは機関リポジトリ,医中誌Web,J-STAGE,Crossref,応用物理学会,日本物理学会,日経BP,情報処理学会,日本農学文献記事索引および「外部サイトで読む・さがす」(その他の外部Webサイト)である。これら10の外部Webサイトについてはそれぞれリンクの有無をAPIにより取得した。ただし,このうち医中誌Web,日本農学文献記事索引についてはオンライン本文へのリンクではなく書誌事項へのリンクであるため,以下の「オンライン本文へのリンク」に関する分析からは除外する。

また,CiNii Articles上での提供状況については,「なし」,「定額アクセス可能」,「有料」,「オープンアクセス」,「未公開」の5値でAPIが提供されており,これを取得したうえで,電子公開あり(定額アクセス可能,有料,オープンアクセス)/なし(左記以外)の2値に丸めたフィールドを作成した。さらに,CiNii Articlesでの提供および外部Webサイトのオンライン本文へのリンク状況を,オンライン提供あり/なしの2値に丸めたフィールド,および本文へのリンク数をまとめたフィールドを作成した。以上のデータを従属変数とし,全体の状況を分析するとともに,前節に挙げた独立変数と組み合わせた分析も実施する。

2.3 J-STAGE・メディカルオンラインへの収録状況調査

CiNii Articlesからデータを取得した2014年3月時点では,CiNii ArticlesからJ-STAGEに収録されたオンライン本文に対してリンクが付与されるのは,J-STAGEで雑誌を公開している学協会からの許諾があった場合のみであった(その後,2014年9月からこの方針が改まり,J-STAGEに収録された全ての本文がリンク付与の対象となった8))。そこでCiNii Articles調査において「オンライン提供なし」となった論文について,ISSNをキーにJ-STAGE収録雑誌リストと照合し,収録雑誌掲載論文の状況を調査した。なお,J-STAGE収録雑誌のリストは2014年8月6日にダウンロードした。

J-STAGEと同じくCiNii Articlesからリンクの付与されていない,重要なオンライン本文提供元として,医学分野を対象とするメディカルオンラインが挙げられる。同Webサイトも収録対象雑誌のリストを公開しており,このリストとCiNii Articles調査において「オンライン提供なし」となった論文のリストを掲載誌のISSNをキーに照合し,収録雑誌掲載論文の状況を調査した。メディカルオンライン側のリストはJ-STAGEのリストと同じく,2014年8月6日にダウンロードした。

2.4 サーチエンジンを用いたサンプリング調査

CiNii Articlesからリンクが付与されるのは,機関リポジトリはじめ特定のWebサイト・サービス等に論文が収録されている場合に限られ,個人が自身のWebサイトで論文を公開している場合や,学協会が独自に電子ジャーナルWebサイトを公開している場合にはリンクが付与されないことがある。また,一部海外の商業出版社から電子ジャーナルが公開されている場合にも,リンクが付与されていない場合がある。論文単位でのオンライン提供状況をより正確に知るには,このようなケースも調査する必要がある。そこで本研究では,CiNii Articlesを用いた調査,J-STAGE・メディカルオンラインへの収録状況調査で「オンライン提供なし」と判定された論文を対象に,サーチエンジンを用いた提供状況調査を行った。

サーチエンジンを用いて論文の公開状況を調査した研究には,生物医学分野のOA状況を調査したKurataら9),日本の心理学分野におけるOA状況を調査した大原らがある10)。これらの研究では調査対象とする論文のタイトルと著者名を用いてGoogle検索を行い,検索結果の上位20件から公開状況を判定している。本研究でもこの方法を採用し,人手による調査を行うこととした。

ただし,人手による調査は実施できる件数に限界がある。前述のとおり本研究の調査対象論文は120万本以上存在し,そのうち他の調査でオンライン提供がないと判定されたものに限定するとしても,対象論文の全数を調査することは困難である。そこで本研究では他の調査で「オンライン提供なし」と判定されたものの中から,ランダムに選択した論文500本を対象とする,サンプリング調査を実施することとした。対象とする500本について,Googleでタイトルを検索語とする検索を実施し,検索結果の上位20件に基づいて本文の提供状況を確認した。また,本文が入手可能なものについては,さらに無料で入手できるものを「OA」,会員登録等の手続きを経れば無料で入手できるものを「制限付きOA」,本文入手に購読や料金支払いが必要なものを「有料」と細分した。なお,複数の方法で本文が提供されている場合,OA,制限付きOA,有料の順に優先して集計している(OA本文と有料本文があった場合,OAとして判定している)。

さらに,タイトルによる検索で本文が発見できなかった論文については,雑誌名と発行団体名から発行元の学協会のWebサイトを検索し,学会Webサイト内で本文が提供されていないかを確認した。何らかの方法で本文が入手できる場合にはタイトル検索と同様に本文提供の種類を判定し,この場合でも本文が見つからなかったものを「オンライン提供なし」と判定した。

以上のサンプリング調査は佐藤を除く共著者5名で分担して実施した。調査者による結果のぶれを防ぐために,まず1名が100本ずつ分担し,前述の手順で調査を行った後,担当者を入れ替えたうえで,再度同じ方法で調査を実施した。2回の調査で判定結果が一致した論文はその判定結果を採用した。判定結果が一致しなかった論文については,1回目,2回目の担当者とは異なる者が再度,検索を実施し,3回目の検索結果を採用した。なお,サンプリング調査は1回目の検索を2014年8~9月にかけて実施し,2・3回目の検索を2014年10~12月に行った。

3. CiNii Articlesを用いた調査結果

1はCiNii Articlesでのオンライン提供状況全体をまとめたものである(外部Webサイトについては特にリンク数の多いもののみ抽出)。調査対象論文全体のうち,CiNii Articlesから有料・無料を問わず何らかのオンライン本文が提供されている,ないしは本文へのリンクが付与されていたのは36.1%と,約3分の1にとどまった。最もオンライン本文の提供に貢献しているのはCiNii Articles上での公開,すなわちNII-ELSによって電子提供されている論文で,調査対象全体の22.4%に上った。このうち16万9,018本(CiNii Articlesで提供されるうちの62.4%)は誰でも無料で入手できる「オープンアクセス」論文,8万7,420本(同じく32.3%)は機関定額アクセス契約を結んだ機関に属する者であれば無料で入手できる「定額アクセス可能」論文で,1万4,313本(同じく5.3%)が個別に利用料金を求められる「有料」論文であった。

CiNii Articlesに次いで本文提供に貢献していたのはJ-STAGEであるが,前述のとおりJ-STAGE収録論文の多くはこの時点ではCiNii Articlesからリンクを付与されていない。J-STAGEに関する詳細は次章で分析したい。また,J-STAGEへのリンク数とCrossrefへのリンク数はほとんど一致しているが,これは調査実施時点で,CiNii ArticlesからCrossrefに対しリンクを付与しているケースのほとんどが,J-STAGE収録論文について,J-STAGEにリンクしている場合であったためである。Crossrefにリンクしている論文中,J-STAGEへのリンクがないものは4,728本にとどまる。

次にリンク数が多いのは機関リポジトリであるが,提供論文数は3万2,165本と,調査対象全体の2.7%にとどまった。2012年の清水らの先行研究7)では,同様の手法を用いた場合の機関リポジトリ収録割合が1.8%であったため,当時に比べれば大きく改善したといえるものの,依然,学協会誌掲載論文のオンライン提供に機関リポジトリが果たしている役割は小さい。なお,学協会の著作権ポリシー(機関リポジトリへの収録を認めるか否か)と機関リポジトリでの提供状況の間には有意な関係があり(カイ二乗検定,自由度4,p<0.01),機関リポジトリへの収録を認める方針の雑誌の方が実際に提供されている割合も高いが,その場合でも4.3%程度にとどまっている。

そのほかには応用物理学会Webサイトへリンクされている論文が3,220本,情報処理学会Webサイトへリンクされているものが2,745本,日本物理学会Webサイトへリンクされているものが2,233本,日経BPが5本,その他Webサイトが1,170本であった。CiNii Articlesでの提供も含めたオンライン本文へのリンク数は,リンクが1本以上あるものに限っても平均で1.5,中央値1,最頻値1で,ほとんどの論文はオンラインで提供されている場合でも,1つのWebサイトのみからしか提供されていない。

各独立変数との関係をみていくと,まず出版年とオンライン提供状況の間には有意な関係があり(カイ二乗検定,自由度11,p<0.01),2013年(オンライン提供割合29.9%)や2012年(同じく32.9%)に出版された論文は,オンラインで提供されているものが少ない。これはCiNii Articles上でのリンクの付与が新着論文については追い付いていないことや,NII-ELSでの提供の遅れ,機関リポジトリ収録の遅れとの関係によるものと考えられる。そのため,一定期間が過ぎた論文については出版年と提供状況の間に関係がなくなる。

日本語論文を掲載する雑誌か,英語論文を掲載する雑誌かもオンラインでの提供状況との間に有意な関係をもつ。1は言語とオンライン提供状況の関係をみたものであるが,英語論文の42.9%がオンラインで提供されているのに対し,日本語論文は34.7%にとどまる。カイ二乗検定より,この差は統計的に有意である(自由度2,p<0.01)。

分野とオンライン提供の間にも有意な関係がある(2)。最もオンラインでの提供が進んでいるのは情報学等を含む総合領域(57.2%)で,ほかに物理学でも50.6%と過半数の論文がオンラインで提供されている。一方,人文学(31.1%)や化学(30.9%)分野の論文はオンライン提供が遅れている。カイ二乗検定より,この差は統計的に有意である(自由度8,p<0.01)。

表1 CiNii Articles調査に基づく論文のオンライン提供状況(N =1,209,674)
オンライン提供全体 CiNii Articles J-STAGE Crossref 機関リポジトリ
あり 436,880
(36.1%)
270,751
(22.4%)
163,606
(13.5%)
163,395
(13.5%)
32,165
(2.7%)
なし 772,794
(63.9%)
938,923
(77.6%)
1,046,068
(86.5%)
1,046,279
(86.5%)
1,177,509
(97.3%)
図1 CiNii Articles調査:論文の記述言語とオンライン提供の関係
図2 CiNii Articles調査:論文掲載誌の分野とオンライン提供の関係

4. J-STAGE・メディカルオンラインへの収録状況調査結果

CiNii Articlesを用いた調査からは,人文学よりも化学分野の雑誌の方がオンライン提供率が低い等,予想に反する結果が得られた。この一因は前述のとおり,J-STAGEやメディカルオンライン等のオンライン提供元が,データ取得時にCiNii Articlesのリンク付与対象に(一部しか)なっていなかったためと考えられる。

実際に,CiNii Articles調査から「オンライン提供なし」と判定された論文について,J-STAGE収録雑誌リストと照合した結果が3である(全体および分野別)注6)。CiNii Articlesでオンライン未提供の論文全体のうち,32.5%と約3分の1が実際にはJ-STAGE収録雑誌に掲載されたものであり,オンラインで入手可能なものと考えられる。分野別にみると農学(50.9%),化学(45.9%)はじめいわゆる自然科学系においてJ-STAGE収録論文の割合が高い。反面,社会科学(14.2%),人文学(8.1%)分野の論文はごく一部しか提供されていない。一方,言語についてはCiNii Articles調査の場合と異なり,英語論文の方がJ-STAGEでの提供率が低く(26.2%),日本語論文の方が高かった(33.7%)。なお,J-STAGEでの提供には無料,一部無料,有料等の種類があるが,最も多かったのは無料の雑誌掲載論文(17万1,104本)で,次いで有料の雑誌掲載論文(6万9,351本),一部無料の雑誌掲載論文(8,684本)となっていた。

また,同じくCiNii Articles調査における「オンライン提供なし」論文について,メディカルオンライン収録雑誌リストと照合したところ,全体では14.9%の論文がメディカルオンラインで提供されていた。分野別では,医学分野のサービスであるから当然ではあるものの,医学(35.4%),総合領域(17.6%),生物学(6.6%),社会科学(6.4%),農学(1.3%)で提供論文が多く,他分野は全て1%未満の提供状況であった。また,言語別では日本語論文の提供率が高く(16.1%),英語論文が低くなっていた(8.9%)。

以上のJ-STAGE,メディカルオンラインでの提供状況を合算し,重複を除いて提供率を算出したうえで,CiNii Articlesを用いた調査の結果と掛けあわせ,オンライン提供率を算出し直したものが4(全体および分野別)である。J-STAGEおよびメディカルオンラインでの提供状況を合算すると,論文単位でのオンライン提供状況は大きく改善し,全体で62.5%の論文がオンラインで入手可能となっている。分野別にみると,いわゆる自然科学系に属する分野はいずれも60%以上の論文がオンラインで入手可能であるのに対し,社会科学では47.0%と半数未満に,人文学では36.8%と3分の1強程度にとどまっている。また,図示はしないが,言語別に同様に合算すると,日本語論文は63.2%,英語論文は59.3%がオンラインで入手可能となっていた。

図3 J-STAGEにおける論文オンライン提供状況(全体および掲載誌の分野別)
図4 調査対象論文のオンライン提供状況:CiNii Articles調査,J-STAGE・メディカルオンラインへの収録状況調査の合算値(全体および掲載誌の分野別)

5. サーチエンジンを用いたサンプリング調査結果

ここまでの2つの調査で「オンライン提供なし」と判定された論文からランダムに選択した500本を対象に,サーチエンジンによるサンプリング調査を実施した結果をまとめたのが5である(全体および分野別)。他の調査で「オンライン提供なし」と判定された論文の中で,30.6%(153本)は何らかの方法でオンラインで本文が提供されていた。提供方法の内訳をみると,OAが63本,制限付きOAが19本,有料が71本と,有料での提供が多い。有料論文の多くはSpringer,Wiley等の商業出版社の電子ジャーナルに掲載されたものであり,これらの論文に対してCiNii Articlesからのリンクが付与されていなかったために,他の調査では漏れたものと考えられる。また,OA論文については学会独自のWebサイトで公開されているものや,著者が自身のWebサイトで公開しているものが多かった。加えて,CiNii Articlesを用いた調査実施からサンプリング調査までの期間の間に,新たにCiNii Articlesで提供が開始されていたものもあった。

分野別にみると,生物学(56.5%),物理学(51.3%),化学(50.0%)など,いわゆる自然科学系の分野においてはサンプリング調査でオンライン提供元が発見された論文が多い。これは前述の商業出版社の電子ジャーナル掲載論文がこれらの分野に集中しているためと考えられる。一方,工学についてはオンライン提供ありのものが少なく(24.8%),総合領域(11.1%),人文学(10.9%),社会科学(8.3%)ではさらに少ない。総合領域については他の方法でオンライン提供されている論文が多いためとも考えられるが,人文学,社会科学については,いかなる方法でもオンライン提供されていない論文が多いものと考えられる注7)

また,言語別では英語論文の提供率が89.7%(87本中78本)と高い一方,日本語論文は18.2%(413本中75本)にとどまり,日本語と英語の差が著しかった。これも商業出版社の電子ジャーナル掲載論文の大半が英語論文であることに起因している。

以上のサンプリング調査の結果を4に反映し,調査対象論文全体のオンライン提供状況を推定したものが6(全体および分野別)である。全調査を合算すると,日本の学協会誌掲載論文のオンライン提供率は74.0%と見積もられる。サンプリング調査については対象論文数が限られていることを考慮し,提供率を95%信頼区間で見積もったとしても(その場合のサンプリング調査におけるオンライン提供率は26.5%~34.7%),72.5~75.5%の論文がオンラインで提供されていると考えられ,日本の学協会誌掲載論文全体では,7割以上の論文が(有料・無料を問わなければ)オンラインで入手できる状態にあると考えられる。

一方で,オンライン提供状況には分野によって大きく異なる傾向がある。物理学,生物学などいわゆる自然科学系の分野については,日本の学協会誌に掲載された論文でも7~8割以上がオンラインで入手可能であるのに対し,社会科学ではオンライン提供率が51.5%,人文学では43.7%と,学協会誌掲載論文の半数前後,あるいはそれ以上が,いまだにオンラインで提供されていない状況にある。

また,言語別に同様に全調査を合算したオンライン提供状況を見積もると,日本語論文のオンライン提供率が69.9%であるのに対し,英語論文は95.8%と見積もられた。これはサンプリング調査で英語論文のオンライン提供率が顕著に高かったことを反映している。英語論文については日本の学協会が発行する雑誌に掲載されたものでも,大半がオンラインで入手できるようになっているのに対し,日本語論文については一部,手に入らないものが残っているといえよう。

図5 サンプリング調査による論文オンライン提供状況(全体および掲載誌の分野別)
図6 調査対象論文のオンライン提供状況:全調査合算(全体および掲載誌の分野別)

6. 結論

本稿では2002~2013年に日本の学協会誌に掲載された論文120万9,674本を対象に,3つの手法を用いて論文単位でのオンライン化状況を調査した結果を述べてきた。調査と分析の結果,日本の学協会誌掲載論文の7割以上は何らかの形でオンラインで入手することができる状況にあり,特に英語論文(オンライン提供率95.8%)や物理学(同85.8%),生物学(83.6%)等の自然科学分野の論文については,ほとんどがオンラインで入手可能になっている。また,日本語論文であっても69.9%と,70%近くはオンラインで入手可能である。本稿「はじめに」の中では自然科学系も含めて日本語論文のオンラインでのビジビリティが低いのではないかと指摘したが,実際には自然科学分野の論文においては,日本語論文であっても多くはオンラインで入手可能な状況が整ってきていると考えられる。

その一方で,人文学(オンライン提供率43.7%)や社会科学(同51.5%)分野では調査対象論文の半数程度あるいはそれ以上が,オンラインでは入手できない状況にある。これは「はじめに」で述べた推測のとおりではあるが,調査によって実際の状況を明らかにできたことに意義がある。これら人文学や社会科学分野の論文は,CiNii ArticlesやJ-STAGE等のプラットフォームで提供されていないものが多いだけではなく,機関リポジトリや学会のWebサイト,個人のWebサイト等,いかなるオンライン版も存在しないことがサンプリング調査から示された。学協会誌掲載論文の中でもこれら人文社会系の論文のオンライン入手環境をどのように整えていくかが,今後の日本の学術情報流通における主要課題の1つといえるだろう。

謝辞

本稿で扱ったデータの一部は同志社大学2014年度授業「図書館演習101」で行ったグループワークによって収集したものです。また,J-STAGE収録誌の情報については国立研究開発法人科学技術振興機構の佐藤正樹氏のご助言によって得ることができました。深く感謝申し上げます。

執筆者略歴

  • 佐藤 翔(さとう しょう)

2013年筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程修了。博士(図書館情報学)。

同志社大学社会学部教育文化学科助教を経て,2015年4月より同志社大学免許資格課程センター助教。2013年4月より国立国会図書館 図書館協力課 調査情報係 非常勤調査員を兼職。専門はオープンアクセス,学術情報流通,情報行動等。

  • 上田 真緒(うえだ まお)

同志社大学商学部商学科4年。

  • 木原 絢(きはら あや)

2015年同志社大学文学部文化史学科卒業。

  • 成宮 詩織(なるみや しおり)

2015年同志社大学商学部商学科卒業。

  • 林 さやか(はやし さやか)

同志社大学文学部文化史学科4年。

  • 森田 眞実(もりた まみ)

2015年同志社大学社会学部社会福祉学科卒業。

本文の注
注1)  ただし,NII-ELSは2017年3月に事業を終了することが決定している。現在,NII-ELSで提供されている電子ジャーナルに対しては,J-STAGEや機関リポジトリへの移行が案内されている。https://www.nii.ac.jp/nels_soc/about/transfer/

注2)  学協会著作権ポリシーデータベース. http://scpj.tulips.tsukuba.ac.jp/

注3)  CiNii Articles. http://ci.nii.ac.jp/

注4)  分析対象期間を2013年までとしたのは,データを取得したのが2014年3月であり,前年分までを対象とするのが適当と考えたためである。当初は2004年からの10年間分を一区切りとして分析することを考えたが,日本で機関リポジトリが設置され始めたのが2004年であり,それ以前のデータもある程度加えることで,機関リポジトリ設置の影響もみることができる可能性を考え,2002年分から分析に加えることとした。ただし後述のとおり,実際には出版後一定期間が過ぎた論文については,出版年とオンライン提供状況との間に特に関係はみられなかった。

注5)  国立国会図書館サーチ. http://iss.ndl.go.jp/

注6)  1では「オンライン提供なし」論文は77万2,794本であるが,J-STAGE収録状況調査,メディカルオンライン収録状況調査の対象は76万7,062本である。これはCiNii Articles調査において,日本農学文献記事索引のみに収録されていた論文5,732本を当初「オンライン提供あり」に集計していたためであるが,前述のとおり実際には書誌事項のみの提供であったため,CiNii Articles調査においては集計から除外した。他の調査においても「オンライン提供なし」に集計すべきところであるが,全体に与える影響は少ないと考え,以降の調査では日本農学文献記事索引のみで提供されている論文を対象から除外している。

注7)  分野によって調査対象論文数が大きく異なるが,これはもともとの分野ごとの論文数に偏りがあることに加え,他の2つの調査によって「オンライン提供なし」と判定された論文の割合についても分野による差が大きいことを反映したものである。

参考文献
 
© 2016 Japan Science and Technology Agency
feedback
Top