2016 年 58 巻 12 号 p. 936-939
JATS-Con Asia国際会議が2015年10月に東京で開催された。これは,JATS-Conのアジア版という位置付けとなる集会である。本家のJATS-Conは毎年,米国ベセスダのNLM(National Library of Medicine:米国国立医学図書館)で開催されており,本年の開催についての集会報告が本誌2015年9月号に掲載されている1)。
JATS(Journal Article Tag Suite)は,オンラインジャーナルの作成などでよく知られるが,学術雑誌をXMLで記載する際に使われるスキーマの1種である。いわば,学術雑誌を記述するときの基準となる規格で,現在世界中の学術雑誌のデファクトスタンダードとして広く使われている。もともとはNLM DTD(DTD: Document Type Definition)と呼ばれ,NLMの規格として知られていたものだったが,STM(Science, Technology and Medicine)を中心に幅広い分野で使われるようになり,また,NLMだけでなく,広く出版社などでも使われるようになったため,バージョンアップの後,新たにJATSとしてNISO(National Information Standards Organization: 米国情報標準化機構)の規格となった。
NLM DTDのころは英語の文献を対象としていたが,JATSとなり英語以外の言語でも記述可能なものとなった。当然日本語をはじめとしたアジアの言語でも記述できるようになったわけで,J-STAGEでもJATSで記載された日本語論文が掲載されている。
こうしたことを背景に開催されたのがJATS-Con Asiaである。JATS-Conと冠するコンファレンスが米国以外で開催されるのは初めてのこととなる。当日は発表者,科学技術振興機構(JST)関係を含め,内外から約80名の参加があった(図1)。同時通訳の提供もあり,英語と日本語による活発な意見交換がなされた。ことに日本からは印刷関係者の出席が多く,今後の日本でのJATS対応に印刷会社が注目していることをうかがわせた。かくいう筆者も印刷会社の経営者である。韓国からの出席者は,民間からJATSのような先端技術を吸収しようというこうした動きがあることに非常に感銘を受けたと話した。韓国ではJATSのような先端技術は民間ではなくて政府機関で行うということだ。
当日は,基調講演2題のほか,国内から3題,そして,海外からは2題の一般講演が行われた。傾向的には,アジア各国・地域でのJATSを応用したデータベース構築に関する報告と,多言語環境でのJATS応用に関する報告の2つに分けられる。
武田氏の講演はJATSというより,オープンサイエンス時代の始まりと,その時代にあって重要な役割をもつ識別子の役割について解説したもので,DOIとORCIDについて多くの時間が割かれていた。
2) Bruce Rosenblum(Inera Inc., NISO JATS Standing Committee)「JATS and Its Role in Scholarly Publishing」Rosenblum氏からはJATSの概説とともに,JATSが多言語対応しており,日本語にも対応可能なこと,ことにバージョン1.1でルビや元号などが使用可能になったことなど日本向けのアピールがあった(図2)。また同時にJATSは単なる,ジャーナル記述のためのマークアップにとどまらず,より広い適用範囲があることが強調されていた。特に,JATS XML化することでスキマトロンのような文書の論理的なチェックを可能にするツールが使用できるようになったり,武田氏の講演にもあったORCIDやFundrefと組み合わせることで,学術世界での情報流通をより活性化するとの指摘があった。結論として,JATSは学術コミュニケーションの世界で,成熟したXMLモデルであり,今後も大きな発展が予想され,また,未来も輝かしいものであると,高らかに宣言された。
昼食を挟んでの一般講演となるが,昼食休憩の間もコーヒーサーバーの前ではさかんな情報交換が行われていた。
午後からは一般講演に移る。まずは,私が話をさせていただいた。順次列挙する。
実際に日本語でJATSオンラインジャーナルを制作した経緯について,報告したものである。この内容自体は,2015年4月のJATS-Conで報告したもの2)とほぼ同一であるが,日本の聴衆向けに日本語での発表となった。NLMでも提案したが,JATSを日本語化するには,XML編集ツール類の不足もさることながら,JATS自体がまだまだ英語中心の規格であり,アジア系言語を表現するには足りない。ことに縦書き対応や,傍点などの強調表現に不足があることを強調した。
2) 黒沢俊典(医学中央雑誌刊行会)「医中誌Webデータベース作成におけるJATSデータの利用(Use of JATS data in creating Ichushi Web Database)」医学中央雑誌は1903年に創刊され,日本の医学文献流通の結節点として機能しており,近年,Webサービスに一本化している。以前は独自のDTDを採用していたが,国際的な標準に合わせ,2014年からJATSを採用している。出版社がJATSでデータを提供してくれれば,リンクなど新たな付加価値を付けることが可能である。
3) Chandi Perera(Typefi)「Challenges in implementing a multi-lingual publishing workflow」Perera氏は現在オーストラリアを中心に活動しているが,スリランカ出身ということで,インド系言語やアラビア語,日本語も含めた多言語表現の問題点についての指摘があった。特に,英語では当たり前のように使われるボールドやイタリックなどの強調表現は言語によって表現がさまざまであり,フォントの対応指定など非常に煩雑な指定が必要であること,また言語によって語順などに差があり,相対ページ表記なども単なる単語の置き換えだけでは機能しないことが示唆された。
いみじくも,私もPerera氏も強調表現の多言語表記についての問題指摘を行ったことになる。これに対して,Rosenblum氏は,ボールドやイタリックという個別の強調表現ではなく,すべての言語に対して共通の一般化強調というようなタグが必要ではないかというコメントがあった。この問題が明確になったことは,本会議の大きな収穫であったと思う。
4) Choon Shil Lee(KAMJE, Sookmyung Women's University)「JATS for Korean medical journal databases: Synapse, KoreaMed and KoMCI」韓国の医学ジャーナル編集者協会(Korean Association of Medical Journal Editors:KAMJE)のLee氏から,KAMJEが韓国の医学雑誌のデータベース化についてのサービスプロバイダーであり,SynapseというフルテキストオンラインジャーナルをJATSにより制作しているという紹介があった。韓国では現在のところ英語のみだが,ハングルによる韓国語論文のJATSタグ付けも試験的に行われているということだった。
5) 樋廻美香子(科学技術振興機構)「J-STAGEの概況と今後の取り組みについて(Overview of J-STAGE and the next version)」JSTの樋廻氏からは,まずJ-STAGEの概要についての紹介があった。現在のものは国際的なトレンドからやや隔たっているという指摘が多く,今後,リリース予定の評価版(試行的な取り組みとして英文誌3誌を登載予定)では,よりXMLの特性を生かした,見やすいユーザーインターフェースのものへと取り組んでいくと説明があった。
その後,発表者も含め多くの方が,懇親会で交流し,アジアの文献流通の未来について語り合った(図3)。
(中西印刷株式会社 中西秀彦)