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ハゲタカオープンアクセス出版社への警戒
栗山 正光
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2015 年 58 巻 2 号 p. 92-99

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著者抄録

オープンアクセス(OA)の進展とともに,論文処理費用をだまし取るハゲタカ出版社の出現が問題となっている。本稿はハゲタカ出版社のブラックリストを作成しているジェフリー・ビールの活動を中心に,この問題をめぐる状況と議論を整理して紹介する。ビールのリストは高く評価される一方,名前をあげられた出版社から10億ドルの損害賠償を請求されたり,根拠不十分と批判されたりしている。さらに,彼のOA運動に敵対的な姿勢が明らかになり,いささか信頼を失った。一方,ジョン・ボハノンはでたらめな論文を投稿し,まともにピアレビューを行っていないOA誌が多数存在することを暴いた。また,DOAJはビールとは反対に優良OA出版社のホワイトリスト作成を目指している。

1. はじめに

学術雑誌購読料の値上がりが続く中,オープンアクセス(OA)への取り組みが広がりをみせている。ここでのOAとは,ごく簡単にいえば,査読(ピアレビュー)を経た学術論文にインターネットを介して無料でアクセスでき,二次的に利用できること(ただし,利用可能な範囲はさまざま)である。

OA実現の方法としてセルフアーカイビングとオープンアクセス誌の2つがあることはよく知られている。前者は従来どおりの予約購読型雑誌に掲載された論文の原稿を自分のWebサイトや機関リポジトリなどで無料公開することで,グリーンOAとも呼ばれる。後者は文字どおり読者が購読料を支払わなくてもいい学術雑誌で,ゴールドOAとも呼ばれる。

グリーンOAでは出版費用は図書館や個人が支払う購読料によって賄われている。大多数の出版社は著者にセルフアーカイビングを認めているが,無料公開できるのはあくまで原稿であって,雑誌(電子ジャーナル)の誌面そのものではない。また,公開禁止(エンバーゴ)期間を設けているものも多い。これらは購読者離れを防ぐための措置である。グリーンOAは既存のビジネスモデルと共存する方式といえよう。

一方,ゴールドOAは新しいビジネスモデルである。出版費用は読者ではなく著者の側が負担する。日本の大学紀要などと同じように全面的に公費で賄われている雑誌も多いのだが,一般にはAPC(Article Processing Charge,論文加工料,論文処理費,論文掲載料などさまざまに訳される)と呼ばれる手数料を著者が支払う。従来の予約購読型の雑誌でも,オプションでAPCを払えば,その論文だけOAになるものもあり,こうした雑誌をハイブリッドOA誌と呼んだりする。APCの額は出版社によってさまざまだが,3,000ドルを超える場合もあり,かなり高額である。ただし,研究者は研究費をAPCに充てることができるし,研究助成機関からの補助が出る場合もある。

ここで問題となるのが,APC目当てにあこぎな商売をする悪徳OA出版社の存在である。欧米ではそうした出版社を“predatory publishers”と呼んで警戒している。predatoryとは「捕食性の」とか,「略奪的な」といった意味だが,筆者は「ハゲタカ」と訳すとぴったりではないかと思う。以下,この訳語を用いることとする。

この言葉を広めたのはジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)という人物である。彼は「ビールのリスト(Beall's list)」と呼ばれるハゲタカOA出版社のブラックリストを公表していることで有名である。ただし,このリストにも賛否両論があり,無批判で受け入れるわけにいかない。以下,本稿では彼の活動を中心に,主として欧米の状況や議論を整理して紹介するとともに,ゴールドOAの抱える課題について考察する。

2. ビールのリスト

2.1 「ビールのリスト」とは

ジェフリー・ビールはコロラド大学デンバー校の図書館員(メタデータ・ライブラリアン)で准教授である。“Scholarly Open Access(学術オープンアクセス)”と題するブログ1)でハゲタカOA出版社の告発を続けている。現在,彼は次の4種類のリストを作成・公開している。

  • •   ハゲタカ出版社2)
  • •   ハゲタカ雑誌(単独)3)
  • •   人を惑わせるメトリックス4)
  • •   ハイジャックされた雑誌5)

最初の「ハゲタカ出版社」リストが本来の「ビールのリスト」である。「ハゲタカ雑誌(単独)」リストは「ハゲタカ出版社」リストに含まれない発行元による単独の怪しい雑誌のリストで,2013年に付け加えられた。3つ目の「人を惑わせるメトリックス」リスト(2014年3月開始)では,偽りのインパクトファクター(あるいは他の評価指標)を提供して自分たちの雑誌を権威あるものに見せかけようとしている会社を列挙している。最後の「ハイジャックされた雑誌」とは,既存の雑誌になりすましたWebサイトのことである。有名な雑誌とほとんど同じタイトルを名乗り,研究者を惑わせる。ここでは偽サイトと本物のサイトを並べてリストアップしている(2014年5月開始)。

1に各リストの収載件数の推移を示す。これは2015年1月2日のブログ記事6)に基づくものである。リストは随時更新されているので,各年の件数は年頭のものと考えられる。一見して明らかなように,ここ2,3年でリストは急激に膨れ上がっている。

表1 ビールのリストの収載件数の推移
2011年 2012年 2013年 2014年 2015年
ハゲタカ出版社 18 23 225 477 693
ハゲタカ雑誌(単独) 126 303 507
人を惑わせるメトリックス 26
ハイジャックされた雑誌 30

※Beall's list of predatory publishers 20156)をもとに作成

2.2 リスト収載の基準

ビールはリスト収載の基準を作成し,公表している。「ハゲタカオープンアクセス出版社と決定するための基準」と題する文書7)で,2015年1月1日付けの第3版が最新版である。

この基準ではまず出版倫理委員会(Committee On Publication Ethics: COPE)が発表した2つの文書,「雑誌出版者の行動規範」8)と「学術出版における透明性の原則とベスト・プラクティス」9)を評価するとしている。COPEとは学術雑誌の編集者グループにより設立された組織で,現在,世界中に9,000人以上の会員を有する。その活動については日本でも紹介されている10)。すなわち,ビールは出版側が制定した倫理綱領をよりどころの1つとしている。

具体的なチェック事項は「編集者とスタッフ」「ビジネス管理」「誠実さ」の3つに分けて記されている。「編集者とスタッフ」では,たとえば「出版社のオーナーが編集者になっている」「どの雑誌にも個人の編集者が見当たらない」など9項目があげられている。「ビジネス管理」は「出版業務において透明性の欠如を示している」「デジタル保存のポリシーや実践に欠けていて,廃刊になるとすべてのコンテンツが失われる」など6項目,「誠実さ」は「雑誌名が雑誌の使命と一致していない」「雑誌名がその出所を反映していない(たとえば,出版社も編集者もカナダと縁がないのに“Canadian”といった語が誌名についている)」など7項目から成っている。

「人を惑わせるメトリックス」の基準は,別に当該リストのページに掲載されており,「不透明で自身に関する情報(所在地,管理チーム,経験など)をほとんど提供していない」「雑誌情報の掲載に当たって課金する」など7項目があげられている。「ハイジャックされた雑誌」については,特に基準は示されていない。

これらのチェック項目の中にはいささか抽象的なものもあり,該当するかどうかの判断には主観が多分に入ってきそうである。また仮に該当したとしても,本当にハゲタカなのかについては,個別に慎重に検討する必要があるはずである。しかし,リストに掲載されている個々の出版社や雑誌が,どの基準にどう該当しているという具体的な説明はない。リストのサブタイトルには「潜在的な,可能性のある,あるいはおそらく(Potential, possible, or probable)」という言葉が入っており,疑わしきは載せるというスタンスである。

2.3 異議申し立ての仕組み

ビールはさらに,出版社からのアピール(異議申し立て)を受け付ける仕組みを用意している。リストに掲載されていることが不当だと思う出版社は電子メールに理由を書いてビール宛てに送付するよう呼びかけている。電子メールは4人のメンバーからなる諮問委員会に転送され,そこで審議されたのち,リストから削除するかどうかビールに勧告が与えられる。ただし,アピールできるのは60日に1度とのことである11)

また,この「アピール」のページにはコメント入力欄があり,出版社からの苦情の申し立てや,逆に読者からの怪しい出版社の通報,それらに対するビールの回答など,さまざまな書き込みが掲載されている。

公正さを保つ姿勢を見せているのは確かだが,このWebサイトはリストも含めてあくまでビール個人のブログであり,コメントの掲載もリストからの削除も彼の裁量で行われていることは考慮に入れておく必要があるだろう。

2.4 リストをめぐるトラブルと議論

こうしたリストが多くの研究者や図書館員に歓迎される一方で,ハゲタカとして名前があげられた出版社から激しい反発を受けるのは想像に難くない。実際,2013年5月,オミックス・パブリッシング・グループ(OMICS Publishing Group)というインドの出版社が,なんと10億ドルもの損害賠償を請求する脅迫状ともいえる手紙を彼に送りつけ,話題になった12),13)

少し前の同年3月,科学誌『Nature』が学術出版の未来に関する特集号を出し,記事の1つがビールのリストを取り上げている14)。そこには,Webサイトのみから判断して出版社と直接話し合おうとしないとか,事業を始めたばかりの出版社に不当な疑惑を投げかけるものだ,といったビール批判の声も紹介されているのだが,目立つのが前出したオミックス・グループの事例紹介である。勧誘を受けて論文を投稿したところ,どこにも言及されていなかった2,700ドルもの料金を請求されたとの電子メールがビールのもとに届いたという。論文処理費は各雑誌の著者向けページに明記してあるというオミックス側の反論も掲載されているのだが,どうしてもハゲタカ出版社として印象付けられてしまう。

また,4月7日には,『New York Times』の「健康」欄に,このリストの紹介記事15)が図書館の書架の間で仁王立ちになるビールの写真入りで掲載され,ここでもまたオミックスの名前があげられている。権威ある学会の年次会議Entomology 2013と紛らわしい名前の会議Entomology-2013(ハイフンがあるだけ)を開催し,参加者からだまされたという苦情が出たとのことである。こうした主要メディアに立て続けに露出してしまったことが,10億ドルの請求という非常手段に訴えるきっかけになったのかもしれない。

2,700ドルという論文処理費が不当に高いとは必ずしもいえない。上記『Nature』特集号の別記事16)によれば,著名なOA出版社バイオメド・セントラル(BioMed Central)やプロス(PLOS)の雑誌でも,もっとも高額な場合,2,700~2,900ドルになるし,ハイブリッド誌では3,000ドル以上のものも珍しくないからである。しかし,このオミックスという会社は,同時期,米国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)の名前を宣伝に悪用したというので,米国政府から警告を受けている17)。問題がない出版社ではなさそうである。

オミックスは現在もリストに掲載されたまま出版活動を継続している。つい最近も,所属大学の教員がこの会社の雑誌に投稿して出版費用を請求された,という大学図書館員の投稿が,あるメーリングリストに掲載された18)。ただし,請求金額は700ドルと大幅に下がっている。

この10億ドル請求事件に端を発して,OA関係者や図書館員の間では,LIBLICENSE-Lというメーリングリストを舞台にビールのリストが話題になった19)。まず議論になったのは,このリストがもっぱらOA出版社を対象にしていることである。ハゲタカは従来の予約購読型雑誌にも見られるではないか,という指摘である。これに対して,電子版のみで発行されるOA出版は参入障壁が低いとの反論がなされる。購読者を獲得するより,論文発表を迫られている著者を引きつける方が楽だというわけである。

ビールは根拠を十分に提示していないとの批判もなされている。彼は出版社のリストと基準のリストを別々に示しているだけで,各出版社がどの基準に抵触しているかを説明していない。検討結果の詳細を表に出すべきだとの主張である。議論はさらに,フォーラム形式で出版社の評価を行うWebサイトを立ち上げてはどうかといったところまで発展するが,結局,うやむやになって終息する20)

2.5 ビールのOAに対する姿勢

ビールはその活動が注目を集め始めた頃から,ゴールドOAに対する疑問を表明しており,「われわれは『学術的な記録の完全性を維持』しなくてはならないが,それを達成するのにゴールドOAが最善の方法かどうか疑わしい」21)とか,「OAに熱狂する人たちに,深刻化する質の問題に目を向けさせる必要がある」22)といった発言をしている。

この程度ならゴールドOAの弱点を指摘しているだけと考えることもできるのだが,2013年12月,彼はあるOA誌に「オープンアクセス運動は実はオープンアクセスに関係ない」23)という極めて攻撃的な論文を発表し,グリーンOAも含めたOA運動全体を非難することとなる。その要旨は,OA運動は意見の異なる出版社の言論の自由を否定し,研究者たちに不当な義務を課し,質の低いOA誌で論文を発表するよう圧力をかけている,といったものだが,当然,OA関係者から冷ややかな扱いを受けた24)

いささか被害妄想的ともいえる論文の内容に加えて,OAを批判するのにOA誌を利用していることや,別人のでっちあげではないかと誤解されるほどひっそりと発表していること,さらに,その後のメーリングリストの議論で不穏な発言をして警告25)を受けたことなど,不審な点が多いのだが,ビールが伝統的な出版形態を高く評価しOAを疑問視する,いわば保守派であることを鮮明にした出来事だった。

3. ボハノンのいたずら

同じ2013年10月,『Nature』と双璧をなす高名な科学誌『Science』に「ピアレビューなんかこわくない」26)という挑発的な記事が掲載された。このタイトルは明らかに有名な戯曲『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』をもじったものだが,多くのOA誌がまともにピアレビューをしていないという告発的内容を端的に表している。

著者のジョン・ボハノン(John Bohannon)は偽名を使い,高校程度の化学の知識があれば簡単にでたらめだと見破ることができる薬学論文を304の学術誌に投稿した。その結果,なんと半数以上の157誌で受理され,掲載不可は98誌に過ぎなかった。残り49誌は音信不通である。受理した雑誌の中には神戸大学発行のものもあったため,当時日本でも話題になった。

こうした,いわばおとり捜査のような方法でピアレビューの不備を指摘するいたずらは,ソーカル事件27)という有名な先例がある。また,この後にも,コンピューターが生成した無意味な論文が米国電気電子学会(Institute of Electrical and Electronics Engineers: IEEE)の会議で受理されていることをフランスの研究者が発見し,予稿集から100本以上の論文が撤回されるといった騒動があった28)

変な論文を掲載してしまうのはOA誌に限ったことではない。実際,ソーカル事件で標的になったのは『ソーシャル・テクスト(Social text)』という著名な雑誌だったし,コンピューター生成論文を受理してしまったIEEEが権威ある学会であることはいうまでもない。また,日本人には,『Nature』誌のSTAP細胞論文騒動も記憶に新しい。しかしながら,まともにピアレビューを行っていない多くのOA誌が存在することを,ボハノンが暴き出したことは確かである。

4. DOAJの収録誌見直し

DOAJ(Directory of Open Access Journals)はオープンアクセス誌の案内データベースとして有名だが,2013年6月,収録雑誌の新たな選定基準を発表した29)。収録雑誌に対して,タイトル,ISSN,連絡先,雑誌のポリシーなどの情報を提供すること,編集委員会のメンバーがきちんと同定できること,少なくとも年5本の論文を出版すること,などを求めている。これはOA誌の信頼回復のため,怪しい雑誌を推奨するようなことを避けたいという意図でなされたもので,明らかにビールのリストおよび『Nature』や『New York Times』の記事の影響がうかがわれる。

さらに,2014年8月,DOAJはすべての収録雑誌に対して,より厳しい基準に沿って登録申請し直すように依頼し,ハゲタカ出版社の排除を目指した30)。現在,DOAJは出版社向けのページ31)を設けて,さまざまな情報を提供しているが,その中に登録申請手続きと収録の基準が明記されている。審査を経て優良出版社と認められて初めて登録されるわけで,ビールのリストがブラックリストであるのに対し,DOAJは信頼できるOA出版社のホワイトリストを維持管理しようとしているといえる。

5. おわりに

振り返ってみれば,ハゲタカ出版社に関する議論がピークを迎えたのは2013年だった。主な意見はそのときに出つくした感があり,2014年以降はOA関係者のメーリングリストなどでもあまり話題になっていない。しかし,問題が解決したわけではない。前述のように,ビールのリストはますます拡大し,ハゲタカ出版社とされたオミックス・グループも出版活動を続けている。ビールのブラックリストもDOAJのホワイトリストも決して完璧ではなく,白黒判断のつかない出版社が多い。日本人が立ち上げたOA誌がビールのリストに載せられてしまったという事例もある32)

著者支払いによるOA誌は,ピアレビューさえ除けば,従来の雑誌に比べて手間もコストも格段にかからないため,悪徳業者の参入を招きやすい面があることは否定できない。ゴールドOAの抱える最大の課題の1つだろう。研究者に注意を促す必要があるのはもちろんだが,真面目な起業の芽を摘むことなく,しかもハゲタカ出版社の横行を許さない仕組みの構築が求められている。

執筆者略歴

  • 栗山 正光(くりやま まさみつ)

首都大学東京学術情報基盤センター教授(図書館担当)。東京大学文学部卒。筑波大学,図書館情報大学,琉球大学の各附属図書館勤務を経て,2002年より茨城県水戸市の常磐大学で司書課程担当教員。2013年10月より現職。主な関心領域はインターネット社会における学術情報の流通および保存。

参考文献
 
© 2015 Japan Science and Technology Agency
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