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経営を科学する
渡瀬 博文
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2015 年 58 巻 3 号 p. 234-237

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「経営の意思」,私がこの言葉に出会ったときのことは今でも鮮明に覚えている。

当時の私は,企業における戦略スタッフとして数年が経過したばかり,駆け出しの頃であった。業務に追われながら,少しでも経営戦略に関する手法を学ぼうと書店に通い書籍や雑誌を購入していた。斬新かつベストプラクティスでMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)に分析できるフレームワークは,経営を正しい方向に導き,競争優位性をもった戦略を立案できるとの仮説を保持し学んでいた。

その日も,いつもどおり新しい手法を学ぼうと書店に立ち寄った際,この本が目についた。卓越した経営コンサルティングファームの1つであるマッキンゼーの書籍であれば,よい戦略手法が学べるであろうと,中身を少し見ただけで購入した。

帰りの電車で開いた序章には,下記の言葉があった。

「企業の成功には強い『経営の意思』を秘めたリーダーの存在がかかせない」

「確かな経営プロセスを使って部下を鼓舞し,目的に向けて背中を押してやるリーダーだ」

「優れた経営とは,基本的な経営プロセスが体系的に組み合わさった経営システムによって形成されるのだ」

「『経営の意思』が発揮されてこそ,経営システムは価値のあるものになる」

「新しい手法であれ,古いやり方であれ,全体を貫く太い方針の下で運用されてこそ大きな効果が期待できる」

そのとき,目が覚めるような衝撃が走った。

それまでの私は,ベンチャーと大企業は違う,意思に基づき起業し強いリーダーが牽引(けんいん)するベンチャーと,歴史がありビジネスモデルが確立している大企業では経営手法が違うと考えていた。大企業は,お客さまにとっての効用,需要と供給のバランスが取れていることが多い。そのため,継続し成長していくためには,ビジョンやミッション策定と伝達に加え,最新の科学的な手法を用いることが肝要と認識していた。それが,マッキンゼー中興(ちゅうこう)の祖(そ)ともいわれるマービン・バウワー氏によれば,本質は「経営の意思」だという。

私は,その後も継続して手法を学び,現在も含め生涯勉強中の身である。分析手法もその1つであり,経営戦略やファイナンスの領域では役に立つ理論やフレームワークは数多くある。プロセスという意味合いでは,ここ数年『アントレプレナーの教科書』1)や『リーン・スタートアップ』2)も読み返す本の1つだ。不確実性を増す現代において,最新の手法を導入することは成功確率を上げ生産性を高める点で効果的である。

しかし,ベストプラクティスな手法は,ある企業で成功した,また,さまざまな企業で実践されたよい点を集約しているケースが多い。そもそも企業は,株主さま・お客さま・事業構造・社員等ほぼすべての前提が違う。企業が同様の手法を用い成果を創出したケースがある中,期待した効果が出ないケースもあることは簡単に予測でき,それも事実である。

私自身,業務を進めれば進めるほど,手法そのものが本質的な解を導くわけではないことを実感していった。手法は,自社の現状を的確に把握したうえで用いないと価値を創出しないことを前提とし,その先にある本質は,こうなりたいという意思,成し遂げたいという意志にあることを理解していった。何をやるか,ではなく,なぜやるか,何のためにやるのか,である。そして,「経営の意思」が明確になれば,どの市場に,何をやるのか,どのようにやるのか,との経営プロセスを回すことになる。

本書は,経営戦略に関する最先端の技術を解説する本ではない。序章に続く各章は,現在では広く理解されている基本的な経営プロセス,そしてプロセス全体を回す経営システムにつき記述されているにすぎない。しかし,その内容は,ときにケースを交えることにより論理的かつ明確な内容となっている。そして,組織や幹部,最後にはリーダーシップの役割やスキルについても記載されている。

私は,本書とそれまでの経験をきっかけとし,現代の経営戦略論だけでなく,戦略やリーダーシップに関する古書も読み進めることとなった。『論語』3)『六韜(りくとう)』4)『孫子』5)『西郷南洲遺訓』6)『ガリア戦記』7)等は,いつも手の届く範囲においてある。

『経営の本質』は,2年に1度は読み返した本であったが,この2年開くことはなかった。今般の寄稿依頼を受け,私の経営者としての原点である本書を紹介しようと久しぶりにページをめくった。その内容は,今になっても色褪(あ)せず輝きを放っていた。

日々の社業では,実にいろいろなことが発生する。そして,経営プロセスは,時間軸の視点で複雑に絡み合っている。また,過去カルロス・ゴーン氏が発言された「計画の策定は5%に過ぎず,残りの95%は実行にかかっている」という言葉は,経営の事実でもある。計画は実行して効果を創出しなければ価値がないことから,私は,優先度の高い施策から意思決定し実行に移していくが,中には失敗もあり,自らの力のなさを痛感することも多い。

しかし,そのようなときこそ,経営は,基本的な経営プロセスが体系的に組み合わせられた経営システムによって形成され,根底には「経営の意思」があることを見つめ返す必要がある。

科学的な経営とは,仮説が反証されたときや施策が失敗したとき,本質的な問題点を明確にし,次の成長へつなげるプロセスを推進する,それをシステムとして回せる経営である。しかし,どのような素晴らしいシステムを保持しようとも,頂上への歩みは一歩一歩進めるしかない。「経営を科学する」ためには,近道はなく,実行の背景にある経営システムを再確認し,失敗から学び修正し成長させていく。そして,実行によりたどり着きたい山頂はどこか,その解は「経営の意思」にあることを,本書は思い出させてくれた。

この寄稿をきっかけに,明確な「意思」を語ることにより私の心を揺さぶり過去いく度も聞き返した,2005年に行われた米国スタンフォード大学の卒業式でスティーブ・ジョブズ氏が行ったスピーチを,また明日から聞く機会が増えそうだ。

『マッキンゼー 経営の本質 意思と仕組み』マービン・バウワー著;平野正雄監訳;村井章子訳 ダイヤモンド社,2004年,2,200円(税別) http://www.diamond.co.jp/book/9784478374610.html

折角の場なので,最後にほか2冊の書籍を紹介させていただく。

1冊目は,『スシエコノミー』という本だ。

すしの本ということで,題名から著者は日本人かと思われるが,米国フィラデルフィア在住のジャーナリストが記載した本である。米国人から見た,すしのグローバリゼーションについて記載されており,興味深い本だ。難解な技術論ではなく読みやすい点もよいが,ここにグローバリゼーションの1つの本質があると認識できる。

『スシエコノミー』サーシャ・アイゼンバーグ著;小川敏子訳 日本経済新聞出版社,2008年,品切重版未定

2冊目は,『本の力 われら、いま何をなすべきか』である。

社長就任後より,当社の主力パートナーの1社として公私にわたり大変お世話になっている,株式会社紀伊國屋書店の高井社長の本だ。本書は,高井社長の遍歴から,出版業界の変遷と今後の「意思」について語られている。

本書の第3章の最後に,こんな一節がある。

「ふらりと,街の書店に足を踏み入れる。平積みにされた売れ筋の本を横目にしながら,ゆっくりと棚の間を歩く。そして,何気なく立ち止った所で一冊の本を手に取り,ぱらぱらとページをめくる。理由もなくそれを小脇に抱え,レジに向かう」

高井社長との関係はこの2年,しかしながら,本日ご紹介した私を形作ってくれた本たちの多くは,まさに上記行動によって手にした。

末筆ながら,皆さまに,今後さらによき「本の力」が生じることを祈念する。

『本の力 われら、いま何をなすべきか』高井昌史著 PHP研究所,2014年,1,500円(税別) http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-82229-7

執筆者略歴

  • 渡瀬 博文(わたせ ひろふみ)

1996年4月富士通株式会社に入社。お客様の課題を解決するソリューション営業として,コンサルティングからシステムインテグレーション全般の直接営業を担当。2002年より,社長室など,コーポレートから事業部門にわたる複数の企画部隊にて戦略業務に従事。経営戦略立案,事業戦略立案に加え,事業再生,M&A,投資,アライアンス,新規事業立ち上げ,戦略コンサルティング等の個別プロジェクトを推進。2013年6月,株式会社ジー・サーチ代表取締役社長に就任,現在に至る。

参考文献
  • 1)   ブランク,  スティーブン G. 著,  堤 孝志,  渡邊 哲訳. アントレプレナーの教科書:新規事業を成功させる4つのステップ. 翔泳社, 2009, 391p.
  • 2)   リース,  エリック著,  井口 耕二訳. リーン・スタートアップ: ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす. 日経BP社, 2012, 406p.
  • 3)   金谷 治訳注. 論語. 岩波書店, 1963, 280p.
  • 4)   林 富士馬訳. 六韜. 中央公論新社, 2005, 381p.
  • 5)   金谷 治訳. 孫子. 岩波書店, 2000, 194p.
  • 6)   山田 済斎編. 西郷南洲遺訓. 岩波書店, 1939, 108p.
  • 7)   カエサル 著,  近山 金次訳. ガリア戦記. 岩波書店, 1942, 320p.
 
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