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本を通して人に会い学問を創る 老年言語学,回想法,そして共想法
大武 美保子
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2015 年 58 巻 4 号 p. 322-325

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認知症にかかる人の数が爆発的に増えている(1)。選者は,適切な会話が,加齢により衰えやすい認知機能を,バランスよく活用し不活用による機能低下を防ぐという考え方のもと,会話による認知活動支援の研究を進めている。選者の本来の専門は,知能機械学,ロボティクス,人工知能であるが,従来の研究分野の枠組みには収まらない分野横断的な知識に基づいて,研究を進める必要がある。テーマに関連する分野の本は,異分野の研究を理解するうえで,欠かせないものである。特に,著者や編者,登場人物が現在もその分野で活躍している場合は,直接会って,最新の研究について学び,議論する機会を作ることにしている。ここでは,本を通じて知り合い,関係者に会うことができた本を,人物との交流とともに紹介する。最後に,そういった多くの出会いがきっかけとなり生まれた拙著についても触れる。

図1 認知症高齢者の増加と将来推計 2013年9月公表:厚生労働省 (国立社会保障・人口問題研究所:2012年1月推計)

オンライン書店で中古を入手することもできるが,新品の書籍は絶版である。原著『Aging with Grace: What the Nun Study Teaches Us About Leading Longer, Healthier, and More Meaningful Lives』はベストセラー本で,ハードカバー,ソフトカバー,Kindle版のいずれも入手することができる。読者の読みやすさを考え,ここでは日本語版(品切重版未定)を紹介する。興味をもった方はぜひ,原著も入手いただきたい。

本書は,修道女の死後脳を解剖することにより,生前の生活歴と,解剖学的な所見を対比し,その関係を明らかにしたことで有名な,ナン・スタディ(Nun Study:修道女研究)について,その知見とともに,著者と修道女との交流や,修道女の生きざまが生き生きと描かれている。本書では,修道女が修道院に入った初期状態を把握するため,出家する当初,決意について書かれた作文の言語特徴を分析し,後の認知症発症率との相関を調べる研究が,老年言語学者,カンザス大学のスーザン・ケンパー博士と著者との共同で行われている。

選者は,会話による認知活動支援の研究を進める中で,会話における言語特徴が,認知機能と関係することに着目していたが,関連研究がなかなか見つからず困っていた。ケンパー博士が当該分野の第一人者とわかり,ぜひ直接会ってお話を伺ったり,議論したりしたいと,思い切って連絡したところ,日本での一連の行事開催に,ご快諾をいただいた。

こうして,2013年12月14日(土)にセミナー,15日(日)にワークショップ注1),17日(火)にクリスマス講演会注2)を開催し,この間にたくさんの助言をいただいた(23)。日本語と英語では文法構造が大きく異なるため,英語では認知機能との相関が明らかな言語特徴の中で,日本語に適用可能なものは一部分だけで,「試行錯誤し,実データから探り当てるといいだろう」という指針に基づいて研究を進めている。

『100歳の美しい脳―アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち』デヴィッド・スノウドン著;藤井留美訳 DHC,2004年,品切重版未定
図2 データを見ながら議論するケンパー博士(左)
図3 クリスマス講演会で講演するケンパー博士

選者が考案し,研究している会話支援手法「共想法」にもっとも関連する手法が,本書が扱う「回想法」である。研究に着手した2006年当時に,回想法の関連書籍に複数当たり,もっとも網羅的だったのが,2001年に刊行された初版『回想法ハンドブック』である。

2011年には,その後の進展に応じて全面改訂され,書名も新しくなった第2版『Q&Aでわかる回想法ハンドブック』が出版されたので紹介する。全部で7章構成となっており,Q&A形式で,見開き2ページにつき1つの質問と回答がまとめられている。国内の主な回想法研究者と実践家が,執筆に加わっている。選者も,「第三章 ニーズに応じた回想法の実際と展開Q&A」の「3-18 『共想法』とはどのようなものですか」という項目を執筆した。

「回想法」とは,アメリカの精神科医バトラーによって創始された心理療法で,高齢者が過去を思い出すことを肯定的にとらえ,グループまたは個人で,過去について語ることを支援する手法である。もともとは,高齢期うつの治療を目的に提案され,現在では,認知症高齢者の情動機能の回復や社会的交流の促進など,より多様な目的で用いられるようになっている。これに対し「共想法」は,聞くことと話すことのバランスの取れた会話による,高齢者の認知機能の維持向上を目的としている。回想法は,過去の出来事について話すという「テーマ」によって定義されるのに対し,共想法はテーマを決めて写真を持ち寄り,画面に大きく映し出し,持ち時間と順序を定めて会話するという「形式」によって定義される点が異なる。共想法は,テーマを任意に設定することができるので,テーマを過去に設定すれば,回想法的な共想法,もしくは,共想法形式の回想法を行うことが可能である。

本書は,数ある中で,特に,実際に研究,実践をしようとする,あるいはしている人がぶつかる課題に丁寧に答えている実用的な書籍であり,選者にとっても,読むたびに新たな発見がある。

編集に携わった,「語りと回想研究会」は,同名の研究会を開催している組織の名前である。選者は,研究会から情報を得て,編集代表の,当時東洋大学教授,現在日本福祉大学教授の,野村豊子先生の講演を聴講し,お話を伺う機会を得た。その後,語りと回想研究会主催のワークショップ『回想法と共想法のコラボレーション』(2010年1月23日(土))注3)で,野村先生(4)と選者(5)が講演し,聴講者全員に,共想法に体験参加していただいた。このワークショップがきっかけで生まれたのが,拙著『介護に役立つ共想法 認知症の予防と回復のための新しいコミュニケーション』である。

選者にとって共想法に関する初の書籍である。生涯学習施設,介護予防施設,介護施設,病院など,さまざまな現場における,共想法の実践研究を通じて集まった話題,すなわち,参加者1人ひとりの物語が,写真とともに約30件掲載され,参加者とともにつくった本だと言える。写真と話題を拾い読みするだけでも,楽しんでいただけると思う。

第1部 理論編,第2部 実践編の構成で,前半は基本的な考え方,後半は共想法の定義とともに,現場における実施例や,実施に必要な工夫を述べている。共想法の認知症予防効果は,研究段階にあるものの,介護現場において必要とされる,利用者と介護者,利用者同士,介護者同士のコミュニケーション手法として役立つことは,本書の企画時点で明らかだった。このため,共想法が介護に役立つという側面に焦点を絞り,2012年1月,出版に至った。

『Q&Aでわかる回想法ハンドブック 「よい聴き手」であり続けるために』野村豊子編集代表,語りと回想研究会,回想法・ライフレヴュー研究会編 中央法規出版,2011年,2,500円(税別) http://www.chuohoki.co.jp/products/welfare/3514/
『介護に役立つ共想法 認知症の予防と回復のための新しいコミュニケーション』大武美保子著 中央法規出版,2012年,2,000円(税別) http://www.chuohoki.co.jp/products/welfare/3593/
図4 野村豊子先生の講演
図5 選者の講演

以上のように,本を通じて多くの人と出会い,出会った多くの人とともに新しい本を創ることを通じて,学問を創り,共想法を社会の中で役立てられる効果的な認知機能訓練の手法として育てていきたいと考えている。

執筆者略歴

  • 大武 美保子(おおたけ みほこ)

千葉大学大学院工学研究科准教授。NPO法人ほのぼの研究所代表理事,科学技術振興機構さきがけ研究者を兼務。2006年,認知症をもつ祖母との会話をヒントに,写真を見て双方向に会話をする「共想法」を考案。高齢者を支援する実用的な技術を,高齢者とともに創るため,2007年研究拠点「ほのぼの研究所」を設立,翌年NPO法人化。平均年齢74歳,最高91歳の市民研究員をはじめ,福祉,介護,医療関係者,行政,企業と協働して,会話による認知活動支援技術を開発。1998年,東京大学工学部卒業,2003年,東京大学大学院工学研究科修了,博士(工学)。2014年,科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。主著は『介護に役立つ共想法』(中央法規出版,2012)。

本文の注
注1)  ほの研ブログ‐クリスマスワークショップ「日本語の複雑さを評価する」. http://www.fonobono.org/modules/d3blog/details.php?bid=369, (accessed 2015-05-27).

注2)  ほの研ブログ‐2013年ほのぼの研究所クリスマス講演会. http://www.fonobono.org/modules/d3blog/details.php?bid=362, (accessed 2015-05-27).

注3)  ほの研ブログ‐語りと回想研究会. http://www.fonobono.org/modules/d3blog/details.php?bid=117&cid=11, (accessed 2015-05-27).

 
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