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芦野 俊宏
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2015 年 58 巻 5 号 p. 400-403

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十数年前にある学会に呼んでいただいたことがあり,「Webサイトにデータを載せるときにはXML形式で数値の意味がわかるようにしましょう」「科学技術データのためのタグ構造を作りましょう」という話をした。聴衆の一人から「私のところでは測定データをWebサイトのテーブルタグで表にして公開しているが,それはいけないのでしょうか」という質問が出された。当時,情報界隈ではXMLで○○マークアップ言語,というのが流行っていた時期だったが,実際にデータを出す側の意識はそれくらいのものだった。

その後,その質問者がWebサイトをどうされたかは存じあげないのだが,東日本大震災後に「放射線の計測データなどを公開すべき」ということで出されたものが手書きのデータシートをスキャンしてPDF化したもので,大変がっかりしたことは今も記憶に新しい。これがきっかけかはわからないが,わが国でもオープンデータとかデータパブリッシングなどと言われるようになってきた。

というわけで,最初に紹介するのはデータを処理するための形式上の問題などを解説した『バッドデータハンドブック』である。内容は,データにかかわる仕事に携わる人にとってはご存じのことが多いかもしれず,それほど新しい情報はないかもしれない。これからデータ公開を考えなくてはならない人が,バッドデータと向き合い,データ分析官19人の経験から得た教訓や方法論が描かれているので,ぜひ読んでほしいと思った本だ。

人間が見て理解するためだけであれば,「エクセル方眼紙」に書き込んだ数値でもよいが,計算機で処理するにはデータ形式の一貫性,データの意味にかかわることなど,それなりに配慮しなければならない。しかも,人間にしかわからないように一度作ってしまったデータを作り直すには,大きなコストがかかる。それに対して,計算機で処理できるように作ったデータを人間にわかりやすいように形式を変えるのは,自動でほぼ可能だ。ただ,本書にはテキスト処理のプログラムの断片などがところどころに出てくるので,その方面の知識のない人にはとっつきにくいかもしれない。その辺は流して読んでも問題点を理解していただけるのではないかと思う。

『バッドデータハンドブック データにまつわる問題への19の処方箋』Q. Ethan McCallum著;磯 蘭水監訳;笹井崇司訳 オライリー・ジャパン,2013年,2,800円(税別) http://www.oreilly.co.jp/books/9784873116402/

次は『14歳からのリスク学』という一般向けの書籍で,著者はSF作家の山本弘注1)氏である。最近ではファンタジーや,SFから設定だけ借りてきた御都合主義的小説の方が売れるせいか,多くの本が物理法則などあっさりと無視する中で,きちんとした科学的な考察をした作品に取り組んでおられるSF作家の一人かと思う。元「と学会」注2)会長としても知られ,トンデモ本やとんでも科学に関する著作も多い。

リスクについての考え方というと,最近では箱根山の火山情報に関連して引っかかることがあった。危険とされ,立ち入りが制限されたのは大涌谷(おおわくだに)の火口周辺だけであるにもかかわらず,大涌谷周辺地域全体で観光客が目に見えて減少したとのこと。関連する報道の中で「風評被害」などという表現があったが,果たしてそうだろうか。「風評被害」とは実態と異なる話が伝わることで被害を受けることだと思うのだが,すぐにも大噴火などとデマを流した人がいるとも聞かないし,「とにかく何やら怖そうだから旅行は取り止め」という判断をしたのではないか。判断するにあたって,気象庁の噴火警報・予報の意味を調べてリスクを考えた人がどのくらいいるのだろうか。

この本はあれこれの事例をあげて,データからリスクを考えるとどうなるかを考察している。個々の事例に対する見解についてはいろいろな意見があると思うが,自分の身近の偏った事例や単なる印象から決めつけるのではなく,根拠となるデータをきちんと調べあげて述べているのがよい。

日本はそれでなくともプレートの交わる地点にあって火山活動や地震が多く,台風も来るし,さらには安全に敏感な国民性ということでもあるのか。欧州などでは観光客の訪れる滝などでも柵などなくて用心すれば水の落ちるギリギリまで行けるのに,日本ではどこへ行っても柵が設けられている。そのせいか何でも危険性を大げさに騒いで金儲(もう)けにつなげようとするビジネスがあるように思われる。あまり過敏に反応すると地元観光業への影響が出るため,警戒情報をなかなか出しにくいということにもなりかねない。リスクはリスクとしてきちんと評価して冷静に考えなくてはと思う。

また本書に書かれている「URIをアップデートする手段がない」ということについては,たとえサポート用のWebサイトを作ったところでアップデートし続けるのは難しいだろうし,致し方ないかもしれない。URIの先がPDFファイルの場合,自分でデータを再検証するのは手間がかかりそうで,早くリンクト・オープン・データ(Linked Open Data: LOD)が一般化してほしいものだ。

『14歳からのリスク学』山本弘著 楽工社,2015年,1,500円(税別) http://www.rakkousha.co.jp/books/isbn71-3.html

3冊目は『ローマ亡き後の地中海世界1~4』である。単行本が出版されたのは2008年で,人気シリーズのため「薦められなくてもとっくに読んだ」と言われてしまいそうである。文庫になったのが2014年の夏で,それを機に,しばらく前に前半をまとめて読んだ同じ著者の『ローマ人の物語』の後半,文庫版では29巻の『終わりの始まり』(新潮社)から,夏休みなどを使って続けて読んだ。単行本で買うと置き場所を取られるのでできるだけ購入を自粛し,文庫版がある程度出そろうのを待ってまとめて読むことが多い。というわけで,本書の著者である塩野七生氏の著作も村上春樹氏の著作もほとんど文庫版で買っている。両氏とも人気作家なので,数年待てばほぼ確実に文庫化される。

西ローマ帝国の滅亡後の地中海エリアの歴史,それもイスラム世界と西欧のかかわり,地中海の西半分の状況が語られる。東ローマ帝国は存続していたわけだが,著者の考えではキリスト教の帝国となった東ローマ帝国はビザンチン帝国であってもはやそれ以前のローマ帝国とは別物である,ということで『ローマ亡き後の地中海世界』と題されている。日本は長らく欧米中心にかかわってきたせいか,イスラム世界はどこかなじみが薄く,現今のイスラム世界の現状についてもなかなか理解しにくいし,西欧とイスラム世界とのかかわりについても十字軍や東ローマ帝国の衰亡など多少は調べていたつもりだが,地中海の東半分のことが中心で,西半分のことはよく知らなかった。

中世の暗黒時代,というのはこのエリアの人々にとっては本当に想像を超えて「暗黒の」時代であったようだ。現在では互いの力関係が変化し,移民問題,イスラム教内部での対立,米国の関与など問題はさらに複雑化している。直接的には一部の国が勝手に国境線を引いたりしたことが原因でもあるのだろうが,基本構造は引き継がれているようにも思われる。

海外の学会や会議で出会った人との食事の席で,「日本には宗教対立はないのか」と聞かれることがある。「日本の伝統的な宗教は多神教で,さらに仏教など伝来の宗教を取り入れてきた歴史もある」などと説明するのだが,小さな島国の中で一時期特定の宗派が排斥されたり弾圧されたりといったことはあっても,2つの強力な一神教がそれぞれ文明圏を作って敵対し合うということはなかなか想像しがたく,うまく説明できているかどうか自信がない。本書には各地にあるサラセンの塔(海賊の襲来を見張るために設けられた監視塔)というのがリストアップされていて,そういえばアイルランドの修道院にはヴァイキングの襲来を恐れて宝物をしまっておく塔注3)があったことを思い出して確認してみた。この襲来にも宗教的な背景説があるのだという。アイルランドの首都ダブリン近郊の海岸にはやはり有名なジェームズ・ジョイス塔(James Joyce Tower)があるが,これはかなり後代のものだった。

このような歴史は単に彼らの宗教観だけではなく,国家観や,個々人がリスクを考える際の姿勢にも影響しているように思われる。こういう人々に何となく曖昧にリスク対応している日本をどう説明すればよいのだろう。

『ローマ亡き後の地中海世界1~4 海賊、そして海軍』塩野七生 新潮文庫,2014年 1巻,590円(税別) https://www.shinchosha.co.jp/book/118194/
2巻,490円(税別) https://www.shinchosha.co.jp/book/118195/
3巻,550円(税別) https://www.shinchosha.co.jp/book/118196/
4巻,590円(税別) https://www.shinchosha.co.jp/book/118197/

執筆者略歴

  • 芦野 俊宏(あしの としひろ)

1990年東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)後,1990~1996年新日本製鐵技術開発本部にて鉄鋼プロセスのシミュレーションなどに携わる。1997年12月から2000年7月まで東京大学人工物工学研究センター講師などを経て2003年4月より東洋大学国際地域学部教授。

本文の注
注1)  山本弘のSF秘密基地BLOG. http://hirorin.otaden.jp/e414124.html

注2)  と学会公式HP. http://www.togakkai.com/

注3)  新納泉. アイルランドのラウンドタワー:石積み技術の発達と年代. http://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/file/51507/jfl_059_047_060.pdf

 
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