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情報論議 根掘り葉掘り
情報論議 根堀り葉掘り ブラウズラップ,クリックラップ,スクロールラップ,あるいは?
名和 小太郎
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2015 年 58 巻 7 号 p. 564-567

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ブラウズラップ,クリックラップ,スクロールラップとはそれぞれ何か。互いの違いは。これらのラップ契約は法的にどこまで有効なのか。こんな議論が,いま,合衆国で続いている。2015年の4月にニューヨーク東部地区連邦地方裁判所(Eastern District of New York:EDNY)がこの課題について長くかつ包括的な覚書と決定を示したためである1)

ことのはじまりはG社のサービス契約について集団訴訟が生じたことにある。まず被告のG社であるが,その会社はインターネット・サービス・プロバイダーである2)。そのG社は,2014年に12社の航空会社と提携し,その乗客に「飛行中のWi-Fiアクセス」をサービスしている。これを支える通信路は,あるいは衛星経由,あるいは地上への直接アクセスと,多様である。

付け加えれば,G社は1991年に設立された企業であり,合衆国では2014年に80%を超える市場を占めている。産業論的にみるとニッチではあるが,その市場で優越的な位置にある。そのサービスを装着した民間航空機は2014年に全世界で2,100機に達している。

ところで訴訟はどんなものなのか。2014年2月,まず,B氏がEDNYに集団訴訟を起こし,ついで同年4月にW氏がこれに参加した。相手はいずれもG社であった。G社はニューヨークのビジネス法を侵害し,誠実かつ公正な取り扱いという黙示の約款(やっかん)を破り,あれこれの消費者保護法を侵害した,というものであった。W氏は,さらにカリフォルニアの州法をも侵害していると訴えた。彼がロサンゼルス空港でG社と契約したためであった。

何が争点となったのか。まず,W氏の訴えだが,それはG社のサービス契約用Web画面にあった。G社のサービスには月間使用サービスがあり,いったん申し込むと,そのサービスは自動的に月次で更新される仕掛けになっていた。

G社のホームページ画面には「月額34.95ドル」と示されるのみで,自動更新についてはいかなる表示もなかった。このためにW氏は,1か月のみのつもりで申し込んだにもかかわらず,5か月分の料金をカード会社によって引き落とされる羽目になった。B氏も同様の被害を受けた。

G社の契約画面はどうなっていたのか。まず,上部右側に赤色のサインイン・ボタンがあったが,その近くには「利用規約」という文字はなかった。ただし画面下部にもう1つのサインイン・ボタンがあり,ここに小さい文字で「サインインのクリックによって,私は利用規約プライバシー・ポリシーに同意する」と示されていた。下線を引いた文字をクリックしたときにのみ,ユーザーはその利用規約あるいはプライバシー・ポリシーの画面をスクロールしつつ見ることができた。つまりサインイン・ボタンのクリックのみでは,利用規約もプライバシー・ポリシーも確認することはできなかった。付け加えれば,スクロールすべき利用規約は6ページにわたった(この画面はその後改められている)。

G社は反論した。紛争がある場合には和解に回すということが,その利用規約に記載されており,原告はこれを確認しているはず,といった。和解に持ち込めば話をうやむやにできる。和解条件は公開されないから3)。もう1つ,G社は裁判管轄についても利用規約に示しており,この裁判地を自社のあるイリノイ州に移すべし,と訴えた。

だが,EDNYはG社の言い分を退け,原告の言い分をもっと聴こう,という決定を示した。そしてそのうえで異例なことではあるが,ブラウズラップ,クリックラップなどに関するあれこれの課題を長大な覚書として示したのである。以下,その覚書からいくつかの論点を紹介しよう。

この覚書の中心はその第IV~V章にある。それを見よう。ここではインターネット空間での契約の当事者となる「平均的インターネット・ユーザー」(以下,平均的ユーザー)はどんな特性をもつのか,これが最初の論点となった。

まず,その評価法に4つのカテゴリーがあると示している。その第1は人口統計的な見方。この点では合衆国の成人の大部分はインターネット・ユーザーである。

その第2は平均的ユーザーの認知的反応。ここでは赤色がもっとも認識しやすいということ(G社のボタンも赤であった),あるいは,平均的ユーザーは訪問したWeb画面上にある情報量の20%しか読んでいない,などという研究結果がある。

その第3は紙の上とスクリーンの上とで,ヒトの読解力が変わるのかという,これも認知的な論点。ここでは『サイエンティフィック・アメリカン』に寄せられた諸論文があるよ,と交わしている。

第4は平均的なユーザーはWebベースのプライバシー・ポリシーにどのように反応するのか,ということについて。これまでの研究結果は分かれている。まず,その取引に対する影響は小さいという意見があり,また,eメールでは大きく,バナー広告がこれに次ぐという報告もある。さらに,オンライン契約の容易さとは関係なしという分析もある。

ということでEDNYは,オンライン取引における利用規約という用語が何を意味するのか,それを平均的ユーザーがどう理解しているのか,これは法律の課題ではなく,法廷にとってはスペキュレーション(臆測)の対象にすぎない,とした。

しからば,前インターネット時代に類似の契約はなかったのか。時代を遡(さかのぼ)りつつ判例を探すと1950~60年代に自動販売機をめぐる紛争があった。航空機の切符購入にあたり,その利用規約の中に保険条項が入っていたのか否か,これが問題になっている。ここでは「合理的な伝達テスト」という条件が設けられていた。

この条件は,契約の重要性やそこにある主要な文言をユーザーに理解させる責任は売り手側にある,というものであった。だが,この条件は,21世紀になりインターネット環境が普及すると,形骸化してしまった。ついでに紹介しておくと,2014年,合衆国におけるオンライン取引の額は3,000億ドルを超えている。

もう1つ,「インフォームド・マイノリティ」仮説もあった。これは取引条件に敏感な買い手が少数でもいればそれで十分,これで市場の効率的な競争は維持される,という仮説であり,経済学者が20世紀後半に展開した理論である。とすれば一部のユーザーであっても取引の契約を理解できればよい,ということになる。

余談であるが,公共サービスにおける契約のように定型的な文言をもつ契約を日本語では「約款」というが,英語では’boilerplate’と呼ぶ。これはボイラー用の金属板を印刷用に使い,その印刷機を使って同文の文章を次々と刷る,したがって同文の契約書が次々とできあがる――ことに由来するという4)

だが,この仮説も21世紀になると揺らいでしまった。オンライン取引で利用規約にアクセスする買い手が0.12%に過ぎない,という調査報告が発表されたからである5)。この数字は売り手の画面上で利用規約をクリックし,そこに1秒以上滞在した買い手をカウントしたものである。ここでは売り手をソフトウェア事業者とした。ソフトウェアの買い手にインフォームド・マイノリティが多く存在するだろうと予測したからであった(この結果は先の情報量20%アクセス論とは食い違う)。

上の結果は思いがけないものであった。買い手側のインフォームド・マイノリティが1,000人に1人に過ぎなければ,その買い手の意見を売り手は無視してしまうだろう。とすれば,インフォームド・マイノリティ仮説は否定される。

ここで文脈が乱れ,突然世間話が紹介される。「もしアップルがその利用規約に『わが闘争』の全テキストを組み込んでいても,それでもあなたは合意ボタンをクリックしてしまうのでは?」と。この台詞(せりふ),喜劇役者のジョン・オリバーが2014年6月8日に,彼の風刺番組「ホーム・ボックス・ショウ」でしゃべったものだという。

このような環境変化の中で,アメリカ法曹協会(American Bar Association:ABA)は2003年に,電子的な文脈の中での利用規約について,これが適正な表現だ,という勧告を示した。それは,たとえば,ハイパーリンクについては,利用規約とするよりもこのWebサイトの利用は当社の利用規約にしたがう。それを読むためにはここをクリックせよとした方がよい,と示している。だが不幸なことに,その後も,合衆国の法廷はこの勧告を無視してきた。しからば現実はどうか。

EDNYはここで問題を提起する。オンライン契約の形式としては,ブラウズラップ,クリックラップ,スクロールラップなどがあるが,その法的な有効性はどうか,と。なお,「なんたらラップ」「かんたらラップ」という表現は,かつてソフトウェアの取引で使われていた「シュリンクラップ」という慣用語に由来したものだろう。このシュリンクラップ契約とは,商品の包装を破ることによって買い手は売り手が一方的に定めた利用規約をのむ,というものであった。

まず,ブラウズラップがある。これはユーザーが相手方のサイトを利用した時点で,たとえばソフトウェアをダウンロードしたとき,そのユーザーは相手方の利用規約に同意したことになる,という方式である。

次は,クリックラップ。ユーザーは同意ボタンをクリックすればよい。ただし,その画面には利用規約につながるハイパーリンクは付いている。

スクロールラップはどうか。まずユーザーに利用規約をスクロールさせ,その後で同意ボタンを押させるものである。

ここでEDNYはサインアップラップもありうると指摘している。それはブラウズラップとクリックラップとを併せた方法であり,G社の方法でもあった。

EDNYは既存の判例をたどり,平均的ユーザーにはブラウズラップ以外の方式であれば有効,とまとめている。

EDNYは,ここで電子的な契約について「一般的原則」なるものを示している。その第1は,利用規約は,Webサイトのユーザーが当の合意を認識していたという証拠がなければ無効となる,ということ。第2は,ユーザーは,合意用のWebページにある利用規約をハイパーリンクによって確認できなければならない,ということ。第3は,利用規約は見やすい場所に示されなければならない,ということ。EDNYの議論はさらに続くが,論点が仲裁や裁判地に移るので,その紹介は省く。

単なる連邦の地方裁判所が,こんなにも長文の覚書を示したのはなぜか。この点については臆測がないわけでもない。この課題については多くの法廷の判断は揺れている,だからここで未来の法廷から引用される先例を作ろうとしているのではないか,と。

ともあれ,すでに法律家の間では,Terms of UseよりもTerms of Use Agreementとしたらよい,といった話が語られるようになっている6)

参考文献
 
© 2015 Japan Science and Technology Agency
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