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展望
展望 電子ジャーナルの可能性を生かそう
川上 伸昭
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2015 年 58 巻 8 号 p. 587-588

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1. 電子ジャーナルの普及

文献を探して図書館を渡り歩いた30年以上も前の日々を懐かしく思う。論文の電子化により今はそういった苦労は大幅に減ったのだろう。電子化は,論文の入手や検索を劇的に容易にし,論文は研究室に居ながら入手することができるようになった。他方,電子化は論文の流通コストを低下させ,世界の論文数を大幅に増やした。結果として研究者が読む論文は増え,研究活動に占める情報整理に要する時間はかえって増加したが,科学活動は飛躍的に拡大し,科学の進歩を加速するという恩恵をもたらした。

このように論文の電子化は進んだが,多くの論文誌の作成ルールは印刷物の時代とそれほど変わっていないのではないかと思う。

2. 電子ジャーナルの新たな姿を作る

電子化はPDF形式が先行した。PDFは,研究者がPC上で検索し,印刷してこれまでのように紙の文献として読むにはもってこいである。これに対して,最近はHTML形式で作成される論文が増えて来ている。HTMLであれば,検索性の向上だけではなく,画像などの表現力の充実が大いに期待できる。

通常,論文に掲載される画像は静止画に限られている。しかし,研究現場ではデジタル化によって動画が頻繁に用いられている。したがって,動画を通じて獲得した事実を論文に掲載するには,ある場面を切り出して静止画として掲載し,経過は言葉で書くことになる。これではわかりにくい。動画を成果として認めて,論文の一部として掲載するということができれば,成果に対する正確な理解を助け,また動画によって得た事実そのものを研究の価値とすることができ,科学研究手法の多様化につながる。

3. 研究成果のオープン化に対応する

論文に掲載する図表には,結論を導出する簡潔性が求められる。それ故に研究で得られたデータは加工され,生データは出てこない。

最近,オープンデータ化の機運が生まれている。このことは数号前の同欄で大竹暁氏が論じている1)ので説明は省略するが,その正当性の可否ではなく,どのようにこれを進めるかという段階にきている。

では,誰がどうやってこれを進めるのか。大竹氏が論ずるように,オープンデータ化は公的資金で得られた研究成果の公共財としての保全と活用が背景にある。したがって,これを研究者サイドのみの負担とするのには無理があり,まずは,公的主体がイニシアチブをとることが求められる。大竹氏によると欧米ではこのオープンデータの流れは政府レベルで強く推進され,それに伴い科学論文の出版社がデータセットを構築する段階にあるという。研究データと論文を関連づけていくということには一理あるが,論文とデータでは公表の意義が異なる。このため,出版社にデータの保全と活用を委ねた結果その負担が論文購読料などを通して研究者に帰することになる点で違和感が残る。これとは別に,学術論文に対するオープンアクセスの動きがある。オープンアクセスも研究成果の公共性の確保という共通の背景を持つので,両問題を併せ,共進化させていってはどうかと考える。

4. 電子ジャーナルで研究不正をなくす

この数年,社会において研究不正案件が大きく取り上げられることが続いた。これに対して行政として,研究の自由を維持しながら社会の信頼を獲得するとの立場でガイドラインの改正を行った。この一連の作業を見守っていて今の研究コミュニティが,研究現場で進むデジタル化に十分に対応した教育やルールの改革,さらに利用ができていないと感じてきた。デジタル化により実験データ取得の自動化が進みデータ量も格段に増加した。しかし,その処理に人間の介在を許すままになっているためにデータの選択・加工・解釈に対する恣意(しい)性が拡大している。デジタル化に対応した研究ルールを早急に確立すべきである。他方,デジタル化は研究不正の発見にも大いに貢献している。論文の無断引用は言うに及ばず,研究データの改ざんの発見も容易にしている。デジタル化はうまく使えば研究の透明性の向上をもたらす。デジタル化に適切に対応する体制を整え,研究の公正な遂行に役立ててもらいたい。

5. 結び

以上見てきたが,研究現場のデジタル化が大きく進みメディアが多様化しても,学術論文は研究成果発表の中心に位置し続けるであろう。しかし,学術論文は旧態依然のデジタル化による変化を吸収していない状況にあるのではないか。研究現場はデジタル化により研究手法が変化し,発展してきている。これでは学術論文ばかりが取り残されないか。科学コミュニティでは,デジタル化がもたらす正負の課題を分析し,科学の発展に対する学術論文の在り方について検討してみてはどうだろうか。

行政としても,科学の健全な発展と社会からの信頼の獲得,そして,公的研究資金によって得られた知的資産の健全な活用の視点から,これを支援していきたい。

執筆者略歴

  • 川上 伸昭(かわかみ のぶあき)

北海道大学大学院工学研究科修士課程修了後,1981年に科学技術庁入庁。原子力安全規制,科学技術政策など科学技術行政に従事の後,第一期教育振興基本計画の策定など教育行政にも携わる。2010年よりJST理事として科学技術情報事業も担当。その後,文部科学省に復帰し,現在,科学技術・学術政策局長。

参考文献
 
© 2015 Japan Science and Technology Agency
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