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情報論議 根掘り葉掘り
情報論議 根掘り葉掘り エンブレム 対 商標
名和 小太郎
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2015 年 58 巻 9 号 p. 709-712

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2015年,オリンピック・エンブレムの選択をめぐって,世間の意見が揺れた。似ている,似ていない,あるいはコピー&ペイストの濫用がある,など。

本論に入る前に,エンブレム(emblem)とは何か,これを確かめておこう。この言葉は,『オックスフォード英語語源辞典』によれば,ギリシャ語の「en(中に)+blem(投げる)」に由来するという。これが転じて「投げ込まれた物」→「ちりばめられた物」となった。

『記号の事典』によれば,欧州では,11世紀に家紋が出現し,これが盾に描かれるようになった1)。13世紀になると,この盾に兜(かぶと),兜飾り,勲章,巻物など,多様なアクセサリーが付けられるようになった。つまり,紋章には「あれこれのものが投げ込まれ」ていた。ということで,エンブレムは紋章,象徴,シンボル,記号という意味をもつようになった。

この出自をみれば,エンブレムは自らの存在なり独自性なりを社会に認めさせる記号,と理解される。その特性を確かめると,ここに2つの条件が求められていることがわかる。それは,自他をはっきりと区別できる記号であること,また,他者に記憶されやすい記号であること,この2つである。

このような理解を現代化すると,そこに商標(trademark)というカテゴリーが見つかる。その定義は商標法が定めている。はしょって言えば,それはサイン,デザイン,表現,加えてこれらを組み合わせた記号であり,それによって商品やサービスの出所や品質などを示す機能をもつとされる2)。ここにはロゴやキャラクターも含まれる。

商品やサービスの写像であるという点が単なる氏名や商号とは違う。氏名と商号は本人以外の利害とは無関係であるが,商標は受け手,つまり消費者がそれに反応することを期待し,したがって消費者の利害とかかわる。ということで,商標は不正競争防止法によっても制御される。

このような事情があるので,商標にはそれなりの「識別性」が求められる。このために商標は普通名詞,慣用名,ありふれた表現であってはならない,と定められている3)

(最近,商標として,音や色による記号も含められることとなった。匂いはどうか,という議論も現れている。)

くり返すことになるが,商標には「識別性」という特性が求められる。だが「創作性」あるいは「新規性」は不要である。創作性は著作物(著作権の対象)に,また新規性は発明(特許権の対象)に求められる条件である。さらに「著名性」「周知性」あるいは「類似性」などという言葉が出てきたときには,ここに不正競争防止法が絡んでいる。このような環境が商標の在り方に予測できない不安定性をもたらしている。

ついでに言えば,商標を取得するためには,その登録が必要である。(合衆国ではまず使用実績がものをいい,登録はその追認といった意味をもつ。)一方,著作権のほうは,その著作物が創作された時点で自動的に付与される。つまり登記や登録は不要である。

具体例に入る。まず文字列をみよう。これが結構ややこしい。たとえば普通名詞はダメと言いながらも,イタリアではありふれた日常語「ENOTECA」(料理店)が,日本ではなじみのない単語として商標登録されている。また,人名を登録できないとしているが,ここでも「MICK JAGGER」「ユーミン」などは商標として登録されている。

ただし最近,「LADY GAGA」は商標にならないという裁判所の判断がでた4)。なぜかと言えば,LADY GAGAは歌手であり,CDを発売したレコード会社を識別する記号にはなっていない,というのである。

なお,歴史上の固有名詞については公序良俗を害することがなければ認めている5)。「RENOIR」「PICASSO」「Leonardo da Vinci」「EINSTEIN」「福澤諭吉」は登録されている。また,「Anne of Green Gables」――『赤毛のアン』の原題――は,日本では登録を拒まれ,カナダにおいては商標として認められている6)。つまり,国によって判断が異なる。

2次元の図形についてはどうか。ここでも1次元の文字列の場合と似た不安定さがある。たとえば,

「(マレットを振り上げているポロ競技者の図形)&[(Ralphという文字列)&(マレットを振り上げているポロ競技者の図形)&(Laurenという文字列)]」

「マレットを振り下げているポロ競技者の図形」

との間には類似性なし,という判決がある7)

ここで極端な事例の紹介に入ろう。私が現役で働いていた1960年代,Xerox社は「Xeroxするとは言わないでください,コピーすると言ってください」と広告していた。その呼称が一般名詞化してしまうことを恐れたためだった。そもそも,Xeroxという回文めいた社名はKodakにあやかったといわれている。Kodakの創立者G.イーストマンは「k」という文字はその発音に間違えようがないことに気付き,この文字を含む文字列を順列組合せ的に選んだといわれている。Kodakは当初製品名であったが,のちに社名にもなった。

この社名は直ちに人口に膾炙(かいしゃ)し,『ウェブスター英語辞典』や『オックスフォード英語辞典』に新語として掲載された。Kodakは「イーストマン製でなければKodakではない」というコマーシャル・メッセージによって対抗した。

このようにして商標が本来の機能を果たせなくなること,記号の識別性や独自性が失われることを著名な商標の「希釈化」という8)。この現象を法律は阻むことはできない。

極端な例の紹介を続ける。合衆国に「Mustang」という商標がある。私たちはこれをフォード・モーター社のものかと思い込んでいたが,じつはウェストワード・コーチ社が古くからその製品(トレーラー,ジープなど)に付けていたものであった。しかしウェストワード・コーチ社は特許商標庁への登録をしていなかったために,これを大手のフォード社が1962年に自社のものとして登録してしまった。当然,訴訟が生じた。だが,法廷は問題の商標をフォード社のものと認めた9)。消費者はウェストワード社の製品であっても,「Mustang」という呼称が付いていれば,それをフォード社製と誤認するまでになっていたから。このような現象を「逆混同」と呼ぶ。「混同」とは対立するものを混ぜこぜにすることを指す。

そもそも商標の社会的な機能とは何か。エコノミストは3つの説を示している。その第1は消費者が当の商品の探索コストを低くするための記号であるという説,その第2は当の商品に関する情報(その品質など)に代替する記号であるとの説,その第3はウェブレンの言う「見せびらかし的消費」のための記号との説,である。しかしいずれについてもエコノミスト自身が納得できない,と言う10)

ここでオリンピックのエンブレム騒動に戻る。オリンピック委員会がエンブレムの商標にこだわったのはなぜか。それだけオリンピックが当事者にとってもフリー・ライダーにとっても旨みのある商品とサービスを生み出すようになったためだろう。そもそもオリンピックという公益的な事業と商標法や不正競争防止法はなじむのか。専門家にうかがいたい点である。

それはそれとして,エンブレム騒ぎが起きたのは,佐野研二郎氏の原案,修正案,資料,その他のいくつかの作品に,コピー行為が発見されたことにある。このコピー行為を世論は悪意ある手口として批判したのであった。

しかし,これまでみてきたように,商標法にはコピーを禁じるルールはない。また公序良俗を害するものはダメとしているが,それは商標それ自体がそうであるという意味で,公序良俗に反する行為で作成した商標を不可としているわけではないようだ。そもそも無断コピーを不可としているのは著作権法である。

その著作権法を使って佐野作品は自分のロゴの不正コピー作品であると訴える人がベルギーに現れた。だが,その訴えは成功しないだろう。なぜならば,そのロゴは「T&○&△」による単純な図形に過ぎず,ありふれた表現となるから。「ありふれた表現」を著作権法は保護しない。

最後になったが,パロディ商標というものがある。それは原商標に,それを批評する表現を重ねたものである。だから原商標に類似しているとして登録を拒むことができる。だが批評を重視すれば,その登録を退けることはできない。表現の自由を阻むことになるからである11)。あわてて付言すれば,問題のエンブレムについて,作者も組織委員会も他者の権利侵害を認めていない。

ここで設問を1つ。問題のエンブレムの作者が,もし自己の作品をパロディ商標である,加えてそれを認めなければ表現の自由に触れる,と居直ったとしたらいかがか。それはやっかいな思考実験をすることになるだろう。

参考文献
  • 1)   江川 清,  青木 隆,  平田 嘉男編. 記号の事典. セレクト版, 三省堂, 1987.
  • 2)  Wikipedia. "Trademark". https://en.wikipedia.org/wiki/Trademark, (accessed 2015-09-29).
  • 3)  特許庁.“出願しても登録にならない商標”. https://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/tetuzuki/t_gaiyou/mitoroku.htm, (accessed 2015-09-29).
  • 4)   東崎 賢治,  鍋島 智彦. 歌手名・音楽グループ名の商標登録をめぐる状況:知財高裁平成25年12月17日判決(平成25年(行ケ)第10158号)(LADY GAGA事件)を題材に. 知財研フォーラム. 2014, vol. 98, p. 35-43.
  • 5)  江幡奈歩. 商標制度をめぐる最近の動きと今後の課題. 特許研究. 2011, no. 51, p. 22-32. http://www.inpit.go.jp/content/100126256.pdf, (accessed 2015-11-02).
  • 6)  松原洋平. 著作物の題号と同一構成の商標が公序良俗に反し無効とされた事例:Anne of Green Gables事件. 知的財産法政策学研究. 2007, no. 15, p. 371-385. http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/43518/1/15_371-385.pdf, (accessed 2015-11-02).
  • 7)  平澤卓人. 日本法における商標パロディの可能性:SHI-SA事件. 知的財産法政策学研究. 2009, no. 25, p. 235-300. http://hdl.handle.net/2115/43618, (accessed 2015-11-02).
  • 8)  田村善之. 普通名称と記述的表示:独占適応性欠如型アプローチと出所識別力欠如型アプローチの相剋. 知的財産法政策学研究. 2012, no. 37, p. 151-193. http://lex.juris.hokudai.ac.jp/gcoe/journal/IP_vol37/37_6.pdf, (accessed 2015-11-02).
  • 9)  WESTWARD COACH MANUFACTURING COMPANY, Inc., and Ray Grainger, Trustee in Bankruptcy of Westward Coach Manufacturing Company, Inc., Plaintiffs-Appellants, v. FORD MOTOR COMPANY, Defendant-Appellee. 388 F.2d 627. https://law.resource.org/pub/us/case/reporter/F2/388/388.F2d.627.16043.16071.html, (accessed 2015-11-02).
  • 10)  小塚荘一郎. “商標とブランドの「法と経済学」”. 小泉直樹, 田村善之編. はばたき:21世紀の知的財産法 中山信弘先生古稀記念論文集. 弘文堂, 2015, p. 764-778.
  • 11)   伊藤 真. 具体的事例から見る日本におけるパロディ問題. パテント. 2013, vol. 66, no. 6, p. 4-17.
 
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