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第5期科学技術基本計画における主要指標について
治部 眞里長部 喜幸
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2016 年 59 巻 1 号 p. 32-42

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著者抄録

2015(平成27)年12月18日に第14回総合科学技術・イノベーション会議にて,「第5期科学技術基本計画」答申案が了承され,その後,2016年1月22日に閣議決定された。科学技術基本計画は,科学技術の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本的な計画であり,科学技術政策の方向性を定め,予算配分などにも直接影響する重要な意味をもつ。第5期科学技術基本計画においては,主要指標・目標値の設定がその特徴の1つである。本稿では,科学技術基本計画における主要指標について,筆者の一考察を紹介し,併せて,同計画の確度をより向上させるための新たなシステム開発の可能性について述べる。

1. 背景

わが国は,「科学技術基本法」(1995年法律第130号)に基づき,科学技術基本計画(以下,基本計画)を策定し,科学技術政策を推進してきた。現在まで,第1期(1996~2000年度),第2期(2001~2005年度),第3期(2006~2010年度),および第4期(2011~2015年度)の基本計画が策定されてきたところである。第1期から第4期までは内閣府に設置された総合科学技術会議を司令塔として,策定・実行されてきた。2014年の内閣府設置法の1部を改正する法律(2014年法律第31号)の施行に伴い,総合科学技術会議は「総合科学技術・イノベーション会議」(Council for Science, Technology and Innovation: CSTI)へと改組され,新たな歩みを始めている。第5期基本計画に関しては,2015年12月18日第14回総合科学技術・イノベーション会議にて,諮問第5号「科学技術基本計画について」に対する答申(案)(以下,答申案)が発表された。第5期基本計画は2016年度から5年間の科学技術政策の方向性を定め,予算配分などにも直接影響する重要な意味をもつ。

CSTIにおいては,科学技術・イノベーションの企画立案の他に,研究開発の評価に対する取り組みも基本計画ごとに推進されてきている。第1期基本計画に基づき策定された「国の研究開発全般に共通する評価の実施方法の在り方についての大綱的指針」(1997年8月 内閣総理大臣決定)をはじめとして,第2期,第3期,および第4期基本計画においては「国の研究開発評価に関する大綱的指針」(それぞれ2001年11月,2008年10月,および2012年12月 内閣総理大臣決定)が策定され,評価関係者の責務,評価の効果的・効率的な実施,評価実施体制の確立が推進されてきたところである。

本稿では,研究開発評価において重要な因子である指標について,答申案およびCSTIの基本計画専門調査会での検討も踏まえながら,筆者の一考察を紹介してゆく。

なお,本稿は筆者の私見であり,筆者が所属する機関の意見・見解を表明するものでない点に留意願いたい。

2. 第4期基本計画を踏まえた,第5期基本計画の特徴

第4期基本計画に基づき策定された「国の研究開発評価に関する大綱的指針」において,評価においては以前より以下の①~③の観点から取り組まれてきた旨,第4期基本計画においては,科学技術イノベーション政策を一体的,総合的に推進していくために,さらに④・⑤の点を充実する必要がある旨がうたわれている。

  • <以前より取り組まれてきた観点>
  • ①優れた研究開発の成果を創出し,それを次の段階の研究開発に切れ目なく連続してつなげ,研究開発成果の国民・社会への還元を迅速化する,的確で実効ある評価を実施すること。
  • ②研究者の研究開発への積極・果敢な取り組みを促し,また,過重な評価作業負担を回避する,機能的で効率的な評価を実施すること。
  • ③研究開発の国際水準の向上を目指し,国際競争力の強化や新たな世界的な知の創造などに資する成果の創出を促進するよう,国際的な視点から評価を実施すること。
  • <第4期基本計画の特徴的な観点>
  • ④研究開発政策各階層(政策体系)の相互の関連付けを明確化し,最も実効性の上がる階層においてPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを確立すること。
  • ⑤研究開発の推進からその成果の利用,活用に至るまでを視野に入れて,取り組むべき課題に対応した目標(アウトカム指標等による目標)を設定し,その達成状況を的確に把握すること。

基本計画の進捗および成果の状況のフォローアップとして,第1期,第2期,第3期基本計画においては,科学技術・学術政策研究所が,第4期基本計画では,三菱総合研究所等がその任に当たってきた。しかし,第4期基本計画では,④・⑤の観点が導入されたにもかかわらず,これまで取り組むべき課題に対応した目標(アウトカム指標等による目標)に関しては示されていないものが多く,フォローアップとしては,状況把握にとどまっていたといえる。

第5期基本計画においては,第4期基本計画の観点④・⑤を踏襲し,特に,④における研究開発政策各階層(政策体系)の相互の関連付けを明確化することから,1のような関連付けが第13回基本計画専門調査会(2015年10月29日)で発表された。

基本計画は階層構造を有しており,上位層(レイヤー1)として「主要な政策目的・目標(計画の方向性・重点)」,中位層(レイヤー2)として「計画を支える政策目的・目標(の全体像)」が配置されている。そして,この各階層に特定の指標を定めたことが,第5期基本計画の特徴の1つといえる。1の主要指標は,「全体を俯瞰(ふかん)し,計画の方向性や重点を示す指標」であり,主要指標の分析を通じて,CSTIが進歩の把握,問題点の抽出,政策への反映を行うことができる。レイヤー1に主要指標が,レイヤー2に主要指標に関連する詳細な指標が付与され,主要指標をフォローアップすることにより,計画の進捗の把握・分析が行われ,レイヤー2の詳細な指標により,状況変化の把握,政策の進捗把握,課題分析に資するデータの収集が行われる枠組みとなっている。

図1 主要指標(レイヤー1)の趣旨について

3. 第5期基本計画における主要目標について

答申案では,「第5期基本計画の進捗及び成果の状況を把握していくため,主要指標を別途定めるとともに,達成すべき状況を定量的に明記することが特に必要かつ可能な場合には本基本計画の中に目標値を定め,主要指標の状況,目標値の達成状況を把握することにより,恒常的に政策の質の向上を図っていく」とうたわれ,主要指標・目標値の設定が第5期基本計画の特徴の1つであると読み取れる。

第15回基本計画専門調査会の資料には,主要指標案(1)が提示されており,第5期基本計画の主要指標はおおむねこれらの指標に設定されるものと考えられる。

政策目的別に主要指標が設定され,全体的には適切な指標が多角的に設定され,これら指標を基に分析を行えば一定の成果を出せるものと考えられる。

しかしながら,上記指標のうち幾つかはレイヤー2に相当する指標と考えられるものも散見される。たとえば,女性研究者の採用割合は,ポジティブ・アクション注1)に対する施策レベルの指標に過ぎず,また,研究開発型ベンチャーの出口戦略(IPO数等)も国自らが設定する主要指標としては,過度に具体的な印象を受ける。

レイヤー1を把握する主要指標としては,レイヤー2における個々の政策群がパッケージとして実現されたことを定量的に測定できるような指標が置かれるべきである。そうでなければ,国が多額の研究開発投資を行ったことによる効果を適切に把握することは困難であろう。レイヤー1であれレイヤー2であれ,1に挙げられた指標を採用することに全く異論はないが,基本計画の確度をより向上させるためには,さらなる考察が必要ではないか。

表1 第5期基本計画における主要指標
政策目的 主要指標
未来の産業創造と社会変革に向けた新たな価値創出 ・非連続なイノベーションを目的とした政府研究開発プログラム(数/金額/応募者数/支援される研究者数)
・研究開発型ベンチャーの出口戦略(IPO数等)
・ICT関連産業の市場規模と雇用者数
・ICT分野の知財, 論文, 標準化
経済・社会的課題への対応 課題ごとに特性を踏まえ以下の観点でデータを把握
・課題への対応による経済効果(関連する製品・サービスの世界シェア等)
・国や自治体の公的支出や負担
・自給率(エネルギー,食料自給率等)
・論文,知財,標準化
科学技術イノベーションの基盤的な力の強化 ・任期なしポストの若手研究者割合
・女性研究者採用割合
・児童生徒の数学・理科の学習到達度
・論文数・被引用回数トップ1%論文数およびシェア
・大学に関する国際比較
イノベーション創出に向けた人材,知,資金の好循環システムの構築 ・セクター間の研究者の移動数
・大学・公的研究機関の企業からの研究費受入額
・国際共同出願数
・特許に引用される科学論文
・先端技術製品に対する政府調達
・大学・公的研究機関発のベンチャー企業数
・中小企業による特許出願数
・技術貿易収支

出典)第15回基本計画専門調査会,資料2「第5期科学技術基本計画における指標及び目標値について(案)」

4. 主要指標についての一考察

レイヤー1を俯瞰する指標とは,理想的には,定量的で簡潔であり,変化の激しい現代社会において長期的な使用に耐えうるものが好ましい。長期的使用とは,指標とは評価のための目印である一方,指標もまた評価される対象であり,長期的な被評価にも耐えうるものという意味である。指標が事象を観察する時,事象もまた指標を観察しているのである。

2015年10月20日付の日本経済団体連合会による「第5期科学技術基本計画の策定に向けた緊急提言1)」においても,主要指標について,「PDCAサイクルを回すための主要指標の検討にあたっては,全体を俯瞰でき,かつ分かりやすく適切な数の,検証可能な具体的指標が策定されることを期待する。その際,指標によっては,CSTIにおいて10年以上の長期的な成果を見極めていくことも重要である。」と提言され,全体俯瞰,わかりやすさ,具体性,長期的使用などがポイントといえる。

これらポイントを満たしうる指標の候補は,実のところ答申案に記載されており,具体的には「第1章 基本的考え方」の「(2)科学技術基本計画の20年間の実績と課題」に散見される。第1章(2)には,以下のアウトプット指標が挙げられており,これこそが基本計画の過去20年の実績および今後の10年以上の長期的な成果等を一貫して俯瞰するための指標ではないだろうか。

1.論文数(質・量)

2.国の国際競争力

3.大学・研究開発法人と企業との共同研究件数

4.大学・研究開発法人の特許保有数

5.特許実施等収入

6.ノーベル賞受賞者数

7.国際的な研究ネットワークの構築

8.若手が能力を十分に発揮できる環境の整備

9.博士課程進学者数

10.大学が生み出す知識・技術と企業ニーズとの間に生じる乖離(かいり)を埋めるメカニズム

このうち1.3.4.5.6.9.は定量的に追えるものであり,次章で紹介する。2.7.8.10.については,何らかのプロキシ指標を挙げる必要がある。たとえば,7.について,国際的な研究ネットワークが構築されれば,国際共同研究等が増加し,国際共著論文が増えていくはずであり,国際共著論文数から7.の指標が類推できる。

2.の「国の国際競争力」を図る指標としては,EU2020のイノベーションインデックス,World Economic Forumのイノベーションインデックス,Thomson Reuters社のイノベーションインデックス等,外国にはさまざまな指標が存在する。CSTIにおいても,政府あるいは国際機関が導出するこれらインデックスを使用するべきと考える。これらインデックスはコンポジット指標であり,政府あるいは国際機関においてインデックスを導出するにあたり,構成要素である指標を発表している。たとえば,欧州会議(EU Commission)のイノベーションインデックスは,25の構成要素からなる。

また,わが国においても,たとえば日本再興戦略では,指標の一部にコンポジット指標を用いている。日本再興戦略の成果目標の1つとして「今後10年間で世界大学ランキングトップ100に10校以上入る」なる目標がある注2)が,実際の計測においては,「THE世界大学ランキング」注3)「QS世界大学ランキング」注4)「上海交通大学ランキング」注5)を参照しており,それぞれを構成している指標も発表されている。なお,THE世界大学ランキングは,2014年まではThomson Reuters社の論文データベースを使っていたが,それ以降Elsevier社のデータベースへと変更された。そのために100位以内の日本の大学として東京大学しかランキングされず,それも順位が下がったと言われている。

「8.若手が能力を十分に発揮できる環境の整備」について,OECDは“Science, Technology and Industry Scoreboard 2015”において,新しく導入したパイロット指標として,Elsevier社の論文データベースを使用し,論文の責任著者を分野別に無作為に抽出し,アンケート調査を実施し,年齢等を聞いている。若手研究者の論文数を把握しようとする試みである当アンケート調査の結果によれば,年齢だけでなく,性別,あるいは研究者としての流動性,平均賃金等を把握することが可能となり,エビデンスに基づいた政策決定に貢献できることになる。

最後に「10.大学が生み出す知識・技術と企業ニーズとの間に生じる乖離を埋めるメカニズム」は,大学等のシーズを企業へとつなぐメカニズムの構築であるが,これがうまく機能すれば,大学発の知的ストックが最終製品へとつながるわけである。大学のシーズから製品へとつながった数を取得したり,産学マッチング実績や市場へのインパクトを把握したりすることができれば,10.についても把握することは可能となる。これに関する分析の報告はまだないが,筆者らは,以前,医薬品のパイプラインに着目し,大学,中小企業・ベンチャー,大企業など事業体別の研究開発および製品取得状況を分析した2)。また,商標は製品と密接に関連するため,商標データを分析することにより,その商標名を付した製品の開発動向を把握することができる。すなわち,商標データの分析が最終製品の数を把握する一助となり,ひいては10.の指標構築のキーファクターとなると考えている。

以上,先述の10指標のうち,定量的分析が比較的難しい2.7.8.10.の指標であっても,プロキシ指標やコンポジット指標,あるいはOECDのパイロット指標を活用することにより,実態を把握することは可能といえる。また,残りの6つの指標について,国際比較可能なものが,OECDの“Science, Technology and Industry Scoreboard 2015”などにおいて,計測されているので次章で紹介したい。

5. あるべき主要指標とその国際比較

定量的指標の6つの指標(1.論文数(質・量),3.大学・研究開発法人と企業との共同研究件数,4.大学・研究開発法人の特許保有数,5.特許実施等収入,6.ノーベル賞受賞者数,9.博士課程進学者数)について,取得可能なデータから,わが国の科学技術イノベーションの現状をみてみよう。

5.1 論文数(質・量)

2は,Elsevier社のScopus Custom Dataを使用して論文数およびその論文数に占める被引用回数TOP10%論文の割合を示したものである。被引用回数TOP10%は論文の質を示す代表的指標である。2003年から2012年の間の日本の論文数は世界第5位,被引用回数TOP10%のシェアは,世界30位となっている。量に比べて,質が低いという結果となっている。論文の量における世界1位は米国,中国,英国,ドイツと続く。質に関しては,スイス,オランダ,デンマークと続き,米国は7位と落ちるが依然として上位に位置する。

図2 論文数および被引用回数TOP10%論文のシェア(2003~2012年)

5.2 大学・研究開発法人と企業との共同研究件数

1992年までは,右肩上がりに上昇していたわが国における大学・公的研究機関における企業からの受入研究費比率(受入研究費総額に占める企業からの研究費の割合)だが,1993年から1995年には頭打ちとなり,1996年を境に急激に減少している(3)。大学・公的機関における企業からの受入研究費は,企業の業績に多大な影響を受けるといえる。特に日本の高度経済成長はハイテク産業の高い技術力により支えられてきたが,ハイテク産業の付加価値の世界シェアは,1996~1997年を境に下降の一途をたどっている3)。これにより,企業からの受入研究費も1996年以降減少したものと考えられる。そして,減少は回復せず,それ以降2013年まで2.5%前後で横ばいとなっている。

さらに財務省財政制度分科会(2015年10月26日開催)の資料2「文教・科学技術」によると,今後15年間(2031年度まで)安定的な国立大学法人運営のために,運営費交付金の額を毎年1%減少させることを提言しており,また,科学技術政策についても量から質への転換が示唆されている注6)。当該資料2の第28ページ「我が国の科学技術関係予算と論文の量・質の推移」にもあるように,科学技術関係予算額と論文とは非常に高い相関をもっているため,仮にアウトプットである論文数をこれまで以上に増加させるまたは質の高い論文を創出するためには,企業から受け入れる研究開発費を増加するなど,原資をどこからか獲得する必要がある。

ただ,同資料にもあるように,大学・研究開発法人等に企業からの研究費を5年で5割増にするのは,大学・研究開発法人側にもかなりの努力が必要と考えられる。

図3 大学・公的研究機関における企業からの受入研究費比率(日本)

5.3 特許実施等収入

2007年度以降の大学等における特許権の実施等の件数を見ると,堅調な伸びを示し,2012年度までの5年間で約2.5倍に増加した。また,実施等収入額は増減を繰り返しているものの,同5年間で約2.0倍に増加した。2012年度の実施等収入額は,前年度に比べ約4.7億円増加している(前年比42.7%増)(4)。

図4 大学等における特許実施等の件数および収入額の推移

5.4 ノーベル賞受賞者数

日本人のノーベル賞受賞は2014年,2015年は連続受賞であり,これまでの日本人受賞者数は19名(文学賞,平和賞,経済学賞は除く),世界第5位の受賞者数となり,日本の科学技術・学術研究の水準が国際的に非常に高いことがうかがえる(5)。この2年連続した物理学賞は,青色発光ダイオードの発明とニュートリノが質量を持つ証拠であるニュートリノ振動の発見であり,前者は発明が製品へとつながり人類に利益をもたらしたイノベーティブな研究,後者は物理学の根幹をなす理論に一筋の光を当てた学術的価値の高い研究である。また2015年の生理学・医学賞は線虫の寄生によって生じる感染症に対する治療法の発見で,これも製品へとつながったイノベーティブな研究である。

図5 国別・分野別のノーベル賞受賞者数(上位10国 1901~2015年)

5.5 博士課程進学者数

また,6および7に示すように,博士課程進学者については博士課程修了者の状況と博士号取得者をOECDは把握している。

日本の医療福祉分野の博士課程卒業者の割合は世界第1位で,33.2%となっている(2012年)が,自然科学系の博士課程修了者の割合は,OECD平均よりも低いのが現状である。

2008年から2012年に博士号を取得した数について,日本は世界第5位の1万6,167人,米国が7万65人で世界第1位である。また,同報告書には,女性の博士号取得者数の割合に関するデータも記載されており,米国は34.5%。日本は37.5%で米国より高い結果となっている。

図6 分野別博士課程修了者の割合 2012年
図7 博士号取得者数に占める自然科学および工学分野の割合と博士号取得者数(2008~2012年)

6. 第5期基本計画のフォローアップについて

6.1 概要

第5期基本計画の実施においては,客観的根拠に基づく政策を推進するため,基本計画の方向性や重点として定めた事項の進捗および成果の状況を定量的に把握するなどして,期間中毎年のフォローアップを行うことがうたわれている。

また,答申案においては,「公的シンクタンク等と連携すること」が掲げられているものの,PDCAサイクルの構築と実効化においては,司令塔であるCSTI自らがデータを収集し,データをにらみ,因果関係を分析して,次の新しい政策を策定する仕組みが必要ではないか。

6.2 「府省共通研究開発管理システム(e-Rad)」と,他のデータとを結び付けた新たなシステムの開発

具体的には,筆者は,府省共通研究開発管理システム(e-Rad)と他のデータを結び付けた新たなシステム開発が重要と考えている。

答申案においては,「府省共通研究開発管理システムへの登録の徹底や,当該システムと資金配分機関のデータベースとの連携を進めつつ,総合科学技術・イノベーション会議及び関係府省は,公募型資金に対する評価・分析を行い,その結果を資金配分機関やステークホルダーに提供する」ことがうたわれている。

e-Radは,原則として公募型研究資金制度を対象としており,その運用に当たっては「マクロ分析に必要な情報を内閣府に提供すること」が,公募要領等に明記されている。これにより,府省を超えた政府全体の公募型研究資金制度における資金配分情報について,府省別・配分機関別,被配分機関別・分野別,研究者・男女・年齢別等,さまざまな切り口から分析を行うことができる。

また,論文,特許,商標,製品等に関する指標は,研究開発投資に対するアウトプット・アウトカムといった知的ストックを示す指標である。e-Radにこれら指標をひも付けることにより,政府研究開発投資が生み出した成果を把握することができる。

筆者の知る限りe-Radと論文・知財等データベースとを連結・分析した報告はない。拙著は,以前,製薬企業等が有する研究開発パイプラインに着目し,医薬品分野の論文⇒特許⇒パイプライン⇒製品(医薬品)データを連結し,製品につながった論文および特許を分析することにより,基礎研究から最終製品までの知識の流れを分析した4)6)。今後この分析にe-Radのファンディングデータを連結すれば,医薬品分野に関しては,政府研究開発投資に対する知的ストックの計測が可能となる。さらに当該分析手法を他分野に拡張することによって,幅広い分野において,政府研究開発投資に対する知的ストックを計測することが可能になり,基本計画における政府研究開発投資額に対する数値目標を,客観的なエビデンスに基づき設定することが可能となるだろう。

また,当該システムの構築により,PDCAサイクルの実効化の確度が向上し,政府研究開発投資という資源の配分見直しがエビデンスベースで行われるといえる。

さらに,政府研究開発投資の全体額を決定する際にも,投資に対する知的ストックの計測が重要になる。答申案では,「対GDP比の1%にすることを目指す」「期間中のGDPの名目成長率を平均3.3%という前提で試算した場合,第5期基本計画期間中に必要となる政府研究開発投資の総額の規模は約26兆円となる」と記載されているが,当該目標の妥当性の判断,および目標の増減の検討についても,投資に対する知的ストックが重要な因子となるであろう。

以上,本稿では,基本計画の確度をより向上させるための指標候補,および,フォローアップのためのe-Radを活用した新システム開発の重要性を紹介してきた。2016年度から第5期科学技術基本計画が開始する。CSTIが科学技術・イノベーション政策の司令塔としての機能を十分に発揮し,わが国の科学技術・イノベーションが躍進してゆくことを期待する。

執筆者略歴

国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センターフェロー。ノートルダム清心女子大学情報理学研究所助教授,文部科学省科学技術・学術政策研究所上席研究官を経て,2008年JSTに入構。2013年より2年間経済協力開発機構(OECD)に赴任。帰国後内閣府に出向,第5期科学技術基本計画の策定に従事。MBA(McGill大学)・医学博士(岡山大学)。専門は科学技術政策。

特許庁調整課審査基準室室長補佐。東京大学薬学部卒,同大学院薬学系研究科(修士)卒,2002年特許庁入庁。その後特許審査官,ルーバン・カソリック大学客員研究員,経済産業省生物化学産業課課長補佐,経済協力開発機構(OECD)知財アナリスト等を経て現職。専門はバイオおよび知的財産。

本文の注
注1)  ポジティブ・アクションについて,一義的に定義することは困難だが,一般的には社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して,一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより,実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置をいう。http://www.gender.go.jp/policy/positive_act/

注2)  「日本再興戦略」改訂2015(平成27年6月30日):https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/dai2_3jp.pdf

注4)  QS世界大学ランキング:http://www.topuniversities.com/university-rankings

注5)  上海交通大学ランキング:http://www.shanghairanking.com/ja/index.html

注6)  科学技術政策については,以下のような提言がまとめられている。

・官民あわせた研究開発投資は,過去25年にわたり,他主要国に比べて最も高い水準を維持し,政府投資についても過去20年で社会保障関係費を上回るペースで拡充してきている一方,質の高い論文の割合は他主要国に比べて低水準にとどまっており,研究の「質」の向上に向けたシステム上の課題があるのではないか。

・科学技術政策の多くが投資・投入目標のみとなっており,PDCAサイクルが十分に機能していないのではないか。「質」を向上させるため,具体的な数値目標を含む成果(アウトカム)目標にコミットする形に転換するべきではないか。

・産学連携(大学と企業の共同研究)は国際的に低い水準にあり,オープンイノベーションで研究の「質」を高めるため,促進する必要。そのため,大学にある産学連携本部機能の見直しや大学が企業から受け入れる研究開発費を5年で5割増といったKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)設定が必要ではないか。

・研究の推進力となる競争的研究資金についても,「質」の向上に向けて,国際的な競争力向上・研究資金の最適配分・研究成果の最大化・大学改革との一体性といった観点から,システム改革を進めることが急務ではないか。

(出典)財務省 財政制度分科会(2015年10月26日開催)資料2 文教・科学技術より

参考文献
  • 1)  一般社団法人日本経済団体連合会. “第5期科学技術基本計画の策定に向けた緊急提言”. 2015-10-20. http://www.keidanren.or.jp/policy/2015/094.html, (accessed 2016-01-18).
  • 2)  長部喜幸, 治部眞里. 日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(3):医薬品開発を担う事業主体に関する分析. 情報管理. 2014, vol. 56, no. 10, p. 685-696. http://doi.org/10.1241/johokanri.56.685, (accessed 2016-2-16).
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  • 4)  治部眞里, 長部喜幸. 日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(4):パイプラインにつながる特許の判別指標. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 1, p. 29-37. http://doi.org/10.1241/johokanri.57.29, (accessed 2016-2-16).
  • 5)  治部眞里, 長部喜幸. 日本版NIH創設に向けた新しい指標の開発(5):パイプラインにつながる特許判別指標の応用. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 3, p. 178-186. http://doi.org/10.1241/johokanri.57.178, (accessed 2016-2-16).
  • 6)  治部眞里, 長部喜幸. AMED(日本版NIH)創設に向けた新しい指標の開発(8):医薬品研究開発における知識の流れ. 情報管理. 2014, vol. 57, no. 8, p. 562-572. http://doi.org/10.1241/johokanri.57.562, (accessed 2016-2-16).
 
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