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リレーエッセー
つながれインフォプロ 第31回 患者スピーカーバンク:患者の語りを社会に生かす
香川 由美
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2017 年 59 巻 10 号 p. 695-698

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患者の社会貢献

近年,わが国においても市民の「治療への参加」の意識の高まりや,医療現場における「患者中心の医療」の概念の定着に伴い,市民への健康啓発活動や医療者教育,医療系企業の社員研修において,実際の患者から闘病体験を聞くことを通して学ぼうとする機会が増えている。患者が病気を通して経験したことや思いを話す「患者の語り」には,経験者にしか語れない物語や「患者の専門知」1)がある。同病の患者,医療者,一般市民などそれぞれの立場で学べることが多くあるため,より広く社会に生かされることが望まれている。

しかしながら,話す側に目を向けてみると,病気の体験という極めて個人的かつ繊細な内容を人前で講演することについて患者が学んだり練習したりするための場は,日本国内を見渡してもほとんどない。また,講演を依頼する側にとっては講演者を探す際,多くは患者会関係者や医療者からの紹介によるため,適任者を見つけるために膨大な労力を伴うといった実情がある。

本稿では,患者が講演するための「研修」と「紹介」の仕組みにより,患者が病気の経験を生かして社会に貢献することを目指す活動についてご紹介したい。

「患者スピーカー」とは

「患者スピーカー」とは,病気や障害を通して得た経験や気付きを,他者の役に立てるために講演活動を行う患者を意味する造語で,「患者スピーカーバンク」は,その患者スピーカー育成のための「研修」を提供し,実際に講演するための企画や紹介を行うNPO法人注1)1)である。2011年にそのコンセプトが「東京大学 公共政策大学院 医療政策教育・研究ユニット(HPU) 医療政策実践コミュニティー(H-PAC)市民リテラシーグループ」により提案され2),患者自らが講演という形で経験を発信することで,医療者や市民の健康や医療に対する意識変容を促すことを目的として活動がスタートした。月に一度のペースで研修を開催し,これまで実施した研修は40回を超える。登録している患者スピーカー数は65名に上り,その疾患はがんをはじめ,心臓病や糖尿病,膠原(こうげん)病などの慢性疾患,精神疾患,難病,身体の障害,患者の家族の立場など,実に多様である。中でも多いのはがん治療経験者で全体の約4割を占める。年齢層も20代から70代まで幅広く,病気を発症した年齢も病気とともに経験したライフイベントも実にさまざまである。所属する会員数は110名となり,患者だけでなく活動の趣旨に賛同する医療者や一般市民が参加している(2016年11月現在)。また,大学や企業等からの依頼による講演だけでなく,一般市民も参加できる自主企画の講演イベントを定期的に開催している。

筆者は9歳で1型糖尿病を発症し,自身も患者スピーカーとして活動する一員である。患者が支援される立場でいるだけでなく経験を生かして社会に貢献するという考え方や,患者が講演するための「研修」と「紹介」の仕組みをつくるという考え方に共感し,立ち上げスタッフの一員として参画して以来,ボランティアスタッフを経て,2016年度より理事長に就任した。この活動に触れて幸せになれる人が増えてほしいという願いを胸に日々活動にまい進している。

図1 患者スピーカーバンクの活動の仕組み

講演を目指す患者のための体系的な研修:病気の経験を誰かの役に立てるために

これまで,患者が自身の体験を講演するために学べる場がほとんどなかったことから,患者スピーカーバンクの活動はオリジナルの研修を開発するところから始まった。現在はビギナー研修,ベーシック研修という講演の基本を学べる体系的な研修を開催している(2)。

患者の立場で発信するにあたって特に大切にしていることは,「聞き手に貢献しようとする思い」である。講演は決して自分の病気の理不尽さを嘆いたり,医療者へのクレームを訴えたりする場ではない。自分の経験を相手と分かち合い,互いの明日への一歩につなげることは,患者という当事者だからこそできる,価値のあることではないだろうか。そのためには,「ありのままの自分を表現する自己開示」および「聞き手の背景に合わせた講演づくり」が肝要だととらえている。

ビギナー研修では,自分のこれまでの経験を振り返るワークや,何のためにどんなことを伝えたいのかを考えるワークをしたうえで,自分の病気の経験とメッセージを15分間で話すことを目指す。ベーシック研修では実際の講演活動を見据え,30分の講演を1本つくることを目指す。聞き手にとってわかりやすい講演の組み立て方や,核となるメッセージの考え方,スライド作成といったスキル面についても個人ワークおよびグループワークを行いながら学べる実践的な内容となっている。

受講者からは,「研修を通して自分の人生を振り返ったことで,つらいことの連続だった闘病の時間こそが今の自分をつくってくれていると気付いた」「異なる病気の方の話を聞いて,大変なのは自分だけではないと知ることができた」といった声が聞かれている。研修を通して,一見マイナスと思える経験の中にもプラスの側面があることを新たに見いだす受講者は少なくない(3)。

図2 患者スピーカー研修の流れ
図3 患者スピーカー研修の様子

患者スピーカーの登録と紹介の仕組み:声を届けたい人と聞きたい人の思いを結ぶ

患者スピーカーバンクでは,患者スピーカーの講演という情報が広く社会で生かされることおよび講演の質の担保を目指して,患者スピーカーの認定および登録,依頼者への紹介を行っている。登録された患者スピーカーの情報はWebサイトで参照することができる。また,依頼内容に応じて事務局から講演者を募集し,候補者を紹介する事業も行っている。これまでにないこの新しい仕組みにより,患者に講演を依頼したい方と講演を希望する患者の橋渡しが可能となり,設立以来,大学や製薬企業からの依頼を中心に少しずつ講演実績を増やし,講演総数は約80件となった(2016年10月末現在)。

講演を聞いた方々からは,構成のわかりやすさや具体的なエピソードに裏打ちされたメッセージなどで好評を得ている。講演後のアンケートでは,「アルファベットやカタカナの羅列の暗記ばかりだと感じていた勉強が,実際に患者さんと病気を乗り越えるための必須の道具になると思うと,勉強の意欲が湧いた(医学生)」といった感想が寄せられている。また,講演を経験した患者スピーカーからは,「自分の話を聞いた製薬企業の社員から『自分の仕事の意義を再認識できて意欲が湧いた』と言われて,病気の自分でも誰かの役に立てることが実感できてとてもうれしかった」という声も聞かれている(4)。

図4 患者スピーカーによる講演の様子

医療分野にとどまらない活動を目指して

当初,患者スピーカーバンクの活動は「患者の声を医療に生かす」ことを目指して始まった。しかし,この5年間の活動を通して,患者スピーカーの発信するメッセージには医療分野にとどまらない普遍性があるのではないかと実感している。それは,患者スピーカーの語りには一人ひとりの人生の物語があり,「人生に起こる困難への向き合い方」を教えてくれるからではないかと思う。

2016年度よりわれわれは活動ミッションを見直し,「病気があっても強く,やさしく,たくましく生きる患者の語りを通して,どんな困難の中にもプラスの価値があることを伝える」ことを掲げている。今後は,医療系の教育機関だけでなく中学校や高校においても講演会を開催し,命の尊さや,家族や友人と支え合うことなどについて共に考える時間を届けることを目指している。また,一般企業において社員が病気を抱えながら働ける職場づくりや支援を考えるための研修会等の開催を企画し,社員が病気のことをオープンに話せるきっかけづくりにも力を入れていきたいと考えている。患者の語りを医療に還元するだけでなく社会全体に生かすことができるよう,医療分野にとどまらない活動を目指している。

どんな経験にもプラスの価値が見いだせることを多くの患者スピーカーの同志たちがその姿と言葉で教えてくれている。これからも仲間を募り,共に声を届けていきたいと願っている。

執筆者略歴

  • 香川 由美(かがわ ゆみ)

NPO法人 患者スピーカーバンク理事長。東京大学大学院 医学系研究科社会医学専攻医療コミュニケーション学分野 博士課程在籍。9歳で1型糖尿病を発症。患者の語りを社会に生かすためのNPO活動と研究に取り組んでいる。

本文の注
注1)  NPO法人 患者スピーカーバンク:http://npoksb.org/

参考文献
  • 1)  Heldal, Frode.; Tjora, Aksel. Making sense of patient expertise. Social Theory & Health. 2009, vol. 7, no. 1, p. 1-19.
  • 2)  東京大学 公共政策大学院 医療政策教育・研究ユニット(HPU)医療政策実践コミュニティー(H-PAC)市民リテラシーグループ. “育み,生かす 患者スピーカー”. 2012-03-07. http://h-pac.net/H-PAC01_5.pdf, (accessed 2016-11-04).
 
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