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JSTサービス紹介
JSTサービス紹介 「研究公正ポータル」と研究倫理教育教材「THE LAB」
国久 亜希子高柳 元雄木村 文治
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2017 年 59 巻 11 号 p. 788-791

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1. はじめに

不正という語に関する話題が,マスコミで取り上げられる日々が続いている。マンションのくい,クルマの排ガス処理,食品の表示そして研究に関する不正と。研究に関しては,研究費の不正使用と論文の不正があり,これら不正行為を未然に防ぐため,文部科学省はじめ各省で「ガイドライン」を定め,大学などの研究機関における研究倫理教育を確実に実施することが求められているが,いまだ道半ばの感が否定できない状況にある。最近は不正者に対するペナルティーだけではなく,不正が発生しにくい土壌を作っていくことがむしろ大事なこととされてきており,JSTではそういった土壌作りに向けたサービスを始めつつある。ここでは,研究の不正に関するJSTのサービスとして「研究公正ポータル」と「THE LAB」の2つを紹介する。

2. 研究公正ポータル

2.1 概要

研究公正ポータル(1注1)は,「各研究機関で研究倫理教育に関わる皆様と様々な研究・開発に関わる研究者の皆様が,信頼される研究活動により素晴らしい研究成果を生み出して頂けるよう,サポートすることを目的」として,JSTが2015(平成27)年度に開設した。研究公正ポータルの運営は2015年度に始まった研究公正推進事業の一環として,独立行政法人日本学術振興会,国立研究開発法人日本医療研究開発機構と連携して,JSTが行っている。

研究公正推進事業は,研究活動における不正行為防止のため,日本学術振興会,日本医療研究開発機構と連携・協力して,研修会やシンポジウムの実施やポータルサイトの運営,相談窓口の設置等を通じ,研究倫理教育の高度化のための支援や,研究機関,研究者等への研究倫理の普及・啓発に努めていく事業である。

研究公正推進事業の活動については,研究公正ポータルで紹介をしているので,ぜひご覧いただきたい注2)

現在研究公正ポータルは,Web上に公開されている公正な研究活動や研究倫理に関連するWebサイトのリンク集であると同時に,JSTを始め日本学術振興会や日本医療研究開発機構による情報発信の場となっている。

図1 「研究公正ポータル」トップページ

2.2 研究公正ポータルの構成

研究公正ポータルのコンテンツは「研究不正について(知りたい)」「防止対策(について知りたい)」「国内外各機関」「イベント」「公正事業オリジン」に分類している。

(1) 研究不正について

「ガイドライン」「海外動向・方針」「調査・研究」「研究不正事案」「学協会倫理規定」で構成されており,研究不正をよりよく知るために役立つ情報へのリンクとなっている。

(2) 防止対策

「教材」「THE LAB」「調査・研究」「学協会投稿規定」「機関の取組」で構成されており,研究不正を防止し,公正な研究活動を推進するために役立つ情報へのリンクとなっている。また近日中に「技術者倫理」を追加する予定である。最近では,「機関の取組」の充実を重点的に行っている。「機関の取組」は,大学や研究機関などが作成して公開しているリーフレットを中心としたリンク集である。各機関のリーフレットはそれぞれ趣向を凝らしたものとなっており,興味深くご覧いただけるのではないかと思う。

また,「THE LAB」はJSTで日本語版を公開している研究倫理教育教材「THE LAB」に関係するリンクを集めたページとしている。「THE LAB」については,次の章で詳述する。

(3) 国内外各機関

「国内機関」については,各研究機関の研究活動上の不正行為および研究費の不正使用への対応が掲載されたWebサイトへのリンク集となっている。ガイドラインなどで各機関の研究公正に対する体制や規則などを公開するように定められているが,これまではそれぞれの機関のWebサイトからたどらなければ見ることができず,情報を収集するにも一苦労だった。このリンク集を活用して,有意義な情報共有が図られることを望む。

(4) イベント

開催案内の他,過去のイベント情報については,イベント終了後などに公開されたイベントの資料などへのリンクを集めている。

(5) 公正事業オリジン

「公正事業オリジン」は,研究公正推進事業もしくはJST自身が情報を発信している「オリジナルコンテンツ」および「ニュース」で構成している。

「オリジナルコンテンツ」では,前述の「研究公正推進事業について」注2)を皮切りに,各種イベントレポートや,独自企画のコンテンツを不定期で更新している。現時点では,Web上にはまだまだ公正な研究活動に関するコンテンツは多いとはいえず,また必要な情報がそろっているとは必ずしもいえない状況である。「オリジナルコンテンツ」を通じて,公正な研究活動の推進に役立ちそうな情報を発信していきたいと考えている。

3. 研究倫理教育映像教材「THE LAB」

3.1 「THE LAB」の概要

JSTでは,これまで資金配分機関として,プロジェクトに参画する研究者への研究倫理に関するe-ラーニング教材の受講を義務化したり,各研究機関に出向いて研究倫理講習会を実施したりといった取り組みにより,研究倫理教育の普及啓発を推進してきている。

これらに加え,研究倫理教育の充実や高度化を図るため,JSTでは,米国保健福祉省研究公正局(ORI: Office of Research Integrity)よりライセンスを受け,ORI作成の研究倫理教育映像教材「THE LAB」の日本語版を作成(日本語監修 東京工業大学 札野順教授)し,2015年4月からインターネットで公開している注3)

この教材は倫理的な判断能力や問題解決能力を身につけることができるバーチャル体験学習型教材で,米国ではすでに英語版,スペイン語版,中国語版とともに日本語版も含めて公開され,世界中の研究倫理教育の場で活用されている注4)

3.2 「THE LAB」の構成

この教材は,ある研究室で発生する研究活動における不正行為に対し,対話式で仮想体験を行うものである。体験する立場として,大学院生,外国人ポスドク,研究代表者,研究倫理担当者の4つの役柄から選ぶことができ,選んだ役柄に応じてストーリーが進む。不正行為の現場で次々と選択を迫られ,その意思決定によってストーリーはさまざまな方向に展開していく。決断によっては当人の将来に影響を及ぼすだけでなく,研究室にいる他の人の将来にも影響を及ぼすこととなる。体験者は以下の登場人物(2)とともに,それぞれの選択がもたらす結果について対処していかなければならない。

(1) 体験する役柄「大学院生」

研究室のあこがれの先輩が,自分の実験データを基に論文を執筆し投稿しようと突然サインを求めてくるシーンから始まる。科学者のあるべき姿としては,安易にサインしてはいけないことは直感的に理解できるが,現実の状況の中で確実に対処できるかが試される。実はその論文に不正が含まれており,最終的に大学院生は,その先輩を大学に告発するかどうか倫理上のジレンマに直面しつつ,判断を迫られる。体験者はその結果を疑似体験することとなる。

(2) 体験する役柄「外国人ポスドク」

研究室で4年間を過ごし,身重の妻がいる中で,仕事と私生活のバランスを考えながら,研究代表者の期待にこたえるべく,研究を実施する立場となる。そして,研究不正を疑っている大学院生の相談に対し,どのような助言を与えるか決断しなければならない。この他,自身が研究結果をごまかし,不正を行ってしまうという選択も体験することができる。

(3) 体験する役柄「研究代表者」

大学院生やポスドクの指導を行い,信頼関係を構築しながら,自身の研究室で発生する研究不正について,家庭の事情も踏まえつつ疑惑にどのように対処するか意思決定をしなければならない。対応を間違えると,問題が大きくなり,最悪の場合,研究室が閉鎖され,解雇されるほか,大学にも大きな影響を及ぼしかねないこととなる。

(4) 体験する役柄「研究倫理担当者」

意図せず,学内の「研究倫理担当者(RIO:Research Integrity Officer)」に任命され,学内で発生する不正行為に関する告発をどのように取り扱うか決断をしなければならない立場となる。役割や権限は日米で異なるが,日本では文部科学省の新ガイドラインでいうところの「研究倫理教育責任者」に相当する。告発者と直接話し,弱い立場の大学院生を守りながら,調査チームとともに不正行為の調査を進めなければならない。

図2 「THE LAB」の登場人物

3.3 本教材のチュートリアル

前項のようなそれぞれの役柄によって,さまざまな立場を体験できるこの教材だが,ORIでは,チュートリアルとして,倫理的な意思決定に関する基本的なモデルとして,「1.感じる」→「2.尋ねる」→「3.考える」→「4.行動する」という4つの倫理的ステップを基に,意思決定プロセスを検討するよう説明されている。特に,最終段階の「4.行動する」については,実行するに至らないことがある点は注意するべきとされている。また,この4つのステップは倫理的な考え方の1つではあるが,日本語版監修の東工大の札野教授は,倫理的意思決定の手法として7段階のセブン・ステップ・ガイド1)などの有効性も紹介している。倫理的意思決定モデルには,さまざまなモデルが考えられるので,各機関の規則や研究現場の実態を踏まえて,モデルを検討することが望まれる。

4. おわりに

冒頭で述べたとおり,当ポータルサイトの原初の主目的は,研究不正防止のための研究倫理教育であった。現在は,安定したアクセス数が得られており,定期的な訪問者がいるように思われる。だが,公正な研究活動や研究倫理という言葉からはどうしても,「やってはならないことを考える」といった研究不正防止が連想されてしまい,ともすれば抑制的で暗いイメージが抱かれかねない。よって,今後,ポータルサイトにおいては,研究不正防止だけでなく,公正な研究活動の推進,ひいては「なしたいことを考える」志向倫理に結び付くような前向きで元気の出るコンテンツも充実させていきたいと考えている。また,「THE LAB」は,さまざまな教材や機会を通じて得た研究倫理の基礎知識を基盤に,この教材を用いて各研究グループでどう行動するかについて話し合うことを薦めたい。そうすることで,より実践的な研究倫理教育の充実が図られ,結果的に研究不正防止の一助となることを期待する。

(科学技術振興機構 国久亜希子,高柳元雄,木村文治)

本文の注
注1)  研究公正ポータル:http://www.jst.go.jp/kousei_p/

注2)  “研究公正推進事業について”.研究公正ポータル:http://www.jst.go.jp/kousei_p/kousei_pdf/20160629kouseip.pdf

注3)  日本語版 THE LAB:http://lab.jst.go.jp/index.html

注4)  米国保健福祉省研究公正局:http://ori.hhs.gov/thelab

参考文献
  • 1)  札野順. “技術者としていかに行動すべきか (3)”. 技術者倫理. 改訂版, 放送大学教育振興会, 2009, p. 115-120.
 
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