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Vol. 59 (2016) No. 12 p. 822-828

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http://doi.org/10.1241/johokanri.59.822

記事

リアルタイム津波浸水・被害予測と災害情報の配信:G空間防災システムとLアラートの連携による減災力強化

著者抄録

最先端のシミュレーション・センシング・ICTを統合し,津波発生直後のきめ細かな津波情報や,迅速な被害情報の推計・把握と配信を通じて被災地を支援し,災害に対するレジリエンス(回復力)の向上とわが国の国土強靱化に資する,世界最先端のG空間防災モデルを確立した。スーパーコンピューターの活用により,沿岸部10mメッシュ分解能でのリアルタイム津波浸水予測(浸水する範囲と深さの予測)を可能とし,その予測とG空間情報の活用による建物被害予測を,地震発生から20分以内を目安に完了させ,実証自治体での災害対応の基盤情報に組み込んだ他,準天頂衛星からのメッセージ送信や災害に強いワイヤレスネットワークを活用し,住民等の利用者に対して確実に情報を配信するシステムを構築した。東北地方の津波被災地,南海トラフ巨大地震による被害が想定される自治体において本システムの実証実験を行い,システムの活用性を高めることができた。

1. はじめに

巨大災害後の災害対応や救援活動において最も重要なことの一つは,被害の全容把握である。地震や津波災害といった巨大災害の発生直後は,激甚な被害を受けた地域からの情報が断片的となり,被害全容の把握が極めて困難になるとともに,被災地の救援活動や復旧活動も難航する。2011年東北地方太平洋沖地震津波の被災地は広大であり,発災直後には,激甚な被災地がどこにあるかを把握することさえ困難であると同時に,現地調査期間や人的資源の制約により被害全容を把握するには極めて長い時間を要した。

災害の影響下にある人がどこにいて,どのような状況に置かれているのか,安全な場所はどこか,どの程度の被害が発生するのかなど,リアルタイムで得られる観測データやシミュレーションを活用して推定し,社会で共有することで,災害から素早く回復し,乗り越えていく力(減災力)を向上できるのではないか。このような問題意識の下,筆者らは,学術研究の推進と研究成果の社会実装を両輪に,わが国がもつ最先端のシミュレーション・センシング・ICTを統合し,津波発生直後のきめ細かな津波情報や迅速な被害情報の推計・把握と配信を通じて被災自治体を支援するというプロジェクトに2014年より取り組んできた。学術的には科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)注1),社会実証・実装としては,総務省G空間シティ構築事業(2014年9月~2015年3月)1)に取り組んできている。特に,総務省G空間シティ構築事業には,高知県,高知市,静岡市,石巻市,東松島市を実証自治体として,東北大学,東京大学,情報通信研究機構耐災害ICT研究センター,NEC(日本電気株式会社),NTTコミュニケーションズ株式会社,国際航業株式会社,株式会社日立製作所,日立造船株式会社など5つの大学の部局・組織,5民間事業者が参画した。この社会実証事業では,以下に列挙する7つの実証課題(実証項目)に取り組んだ。

  • (1)   リアルタイム津波浸水・被害予測情報配信の実証
  • (2)   沖合の津波観測による津波予測精度の向上
  • (3)   リモートセンシングによる津波被害の迅速な把握
  • (4)   津波情報の自治体防災システムへの発信,避難指示コンテンツの伝達
  • (5)   準天頂衛星等を活用した多層的な情報伝達の実証
  • (6)   耐災害ICTを活用した災害に強いネットワーク技術の実証
  • (7)   リアルタイム津波浸水・被害予測情報の被災地配信を想定した,災害対応業務の合理化・効率化の検証

本稿では,(1)リアルタイム津波浸水・被害予測情報の配信と(5)準天頂衛星等を活用した多層的な情報伝達の実証について報告する。技術実証の流れを1に示す。核となる技術は「津波到達前の被害予測と情報の発信」である。

ところで,わが国の津波予報は気象庁が発表する。気象庁の津波予報技術とは,わが国を66の予報区に分割し,予報区ごとに何メートルの高さの津波が来襲するかを予測するものであるが,浸水予測は行わない。私たちが目指したのは,気象庁のやらないこと,すなわち詳細な浸水域と被害の早期予測であり,「津波の高さ」だけでなく,「浸水域」を予測してそれを発信することで,より迅速な避難行動や災害初期の対応を支援できると考えた。また,浸水域内の人口や建物棟数を基にして,流失棟数など,より具体的な被害の情報を量的に予測することで,より迅速・効果的な救援活動に貢献できる。


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図1 リアルタイム津波浸水・被害予測の流れ

2. リアルタイム津波浸水・被害予測技術

リアルタイム津波浸水・被害予測情報配信の実証に向けた課題は以下の3点である。

2.1 津波の発生・浸水予測

1点目は,地震がどこで起き,どれくらいの高さの津波がどの範囲に押し寄せるか,正確に予測することである。予測計算の初期条件には,断層破壊の具体的なメカニズムに関連した断層モデルが必要で,地震学・測地学の研究者との連携が必要になる2)。津波の予測計算の高速化は,東北大学サイバーサイエンスセンターのベクトル型スーパーコンピューターSX-ACEの独自運用(ディザスターモード:地震発生時に所要の計算リソースを即座にアサインする)により実現し,いつ地震が発生しても利用可能なスパコンのパフォーマンスを確保した。また,NEC,国際航業,日立造船,NTTコミュニケーションズといった専門性の高い民間事業者との産学連携研究の結果,10分以内に津波の発生(断層モデル)を予測,10mメッシュという高精度の浸水計算を,10分以内に完了することを具体的な目標とした。われわれはこれを10-10-10(トリプル・テン・チャレンジ)と名付けて実証に取り組み,目標を達成することができた(23)


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図2 スパコンSX-ACEを利用した津波浸水計算の性能

2.2 浸水域内の被害予測と配信

2点目は,被害の予測である。津波の浸水域は,湾の構造や建物の密度などによって左右される。量的な被害予測を行うためには,木造建築物と鉄筋コンクリート造りなどの建物が,どれくらいの津波で破壊されるのか量的に解析する必要がある。これには,東日本大震災での被害調査データを利用した。さらに,国勢調査が綿密に行われている日本では,建物の位置と場所を正確に把握できるため,これらの情報を組み込むことで,10m区画まで細分化した浸水予測結果から建物被害の予測・配信が可能になった(3)。大学での基礎的な研究にととまらず,民間企業や自治体との産官学連携の研究を推進することで,運用体制の構築や実用化に向けた検討を行うことができた。現在,高知県での試験運用を継続的に行っているところである。


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図3 リアルタイム津波浸水・被害予測の出力結果例

2.3 準天頂衛星等を活用した多層的な情報伝達

3点目が,この予測を人々に確実に届けるシステムを確立することである(4)。細分化した被害予測をしても,それが人々に伝わらなくては意味がない。災害時においても情報伝達の早さと確実性が期待されているのが「準天頂衛星」である。「準天頂衛星」とは,測位の精度を高めるために考案された衛星システムであり,常に日本のほぼ真上を衛星が飛んでいる状況にすることで,ビルや山などに遮られることなく,正確な測位サービスを提供することができる。しかも,準天頂衛星は,測位の精度を上げるだけでなく,携帯端末などへメッセージの一斉送信ができるので,情報伝達に時間のロスがなく,個人の携帯電話や漁船,車,防災無線などに情報を送ることができ,災害時への重層的な情報伝達に適している。われわれのチームでは,NTT西日本が中心となり,準天頂衛星と緊急速報メールを活用した実証実験を,2015年1月に静岡市で行った。実証実験においては,留学生を含む学生を中心とした協力者に準天頂衛星メッセージの受信端末を備えたスマートフォンを持ってもらい,津波情報の受信後,決められた避難所に迅速に避難を完了できるか評価し,おおよそ15分以内に避難が完了できることを確認した。この時間は,地域住民想定の避難時間と同程度であり,この技術が実用化されると,避難情報が届かない,どこに避難すればよいのかわからないという問題を解決することができ,土地勘や災害への備えのない国内外からの来訪者に対しても安心安全な避難行動を支援することが可能になる。


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図4 準天頂衛星等を活用した多層的な情報伝達の枠組み

3. リアルタイム浸水・被害推定システムとLアラートの連携

次に,前章までの成果をさらに発展させた,G空間防災システム注2)とLアラート(災害情報共有システム(旧名:公共情報コモンズ))の連携推進事業「リアルタイム津波予測システムとLアラートの連携による『津波Lアラート』の構築と災害対応の高度化」(以下,津波Lアラート事業)の成果について述べる。

「津波Lアラート事業」は,リアルタイム浸水・被害推定システムの実証成果を踏まえて,全国展開を見据えてシステムをより高度化・高速化する試みである。Lアラートを連携させた独自の「津波Lアラート」を構築し,Lアラートの活用推進によって必要な情報をより多層的に提供すること,地方公共団体の津波災害対応を効果的に支援する防災業務支援システムを実証することを目的として実施した。実施したコンソーシアムのメンバーは,東北大学(災害科学国際研究所,理学研究科,サイバーサイエンスセンター),東京大学生産技術研究所,大阪大学サイバーメディアセンター,国際航業,NEC,日立造船,株式会社エイツーである。

Lアラートは,安心・安全にかかわる公的情報など,住民が必要とする情報が迅速かつ正確に住民に伝えられることを目的とした情報基盤であり,地方自治体,ライフライン関連事業者など公的な情報を発信する「情報発信者」と,放送事業者,新聞社,通信関連事業者などその情報を住民に伝える「情報伝達者」とが,この情報基盤を共通で利用することによって,効果的な情報伝達が実現できる。2015年2月の時点で,都道府県のうち運用中が23,準備中が13,検討中が11と,多くの自治体での活用が期待されている。

ここでは,リアルタイム浸水・被害推定システムからの情報をより迅速に伝達することを目標に,実証課題に取り組んだ。実証フィールドは,東日本大震災において最も多くの犠牲者が出た宮城県石巻市と,南海トラフの巨大地震による甚大な被害が想定される高知県および高知市を対象とした。具体的には,リアルタイム浸水・被害推定システムから得られる被害推定結果の面的情報をLアラートにより情報配信するため,リアルタイム浸水・被害推定システムとLアラートの接続方法,インターフェース,Lアラートへの情報配信方式と配信内容の検討を行い,仕様設計を行った。膨大なシミュレーション結果(面的な空間情報)を直接Lアラートに配信することはできないため,本事業においては,予測結果の表示システム(Webベースで構築)の接続アドレスをテキスト情報の一部として配信することにした。5に示すように,表示システム内にLアラート送信機能を追加し,Lアラートに配信するお知らせ本文とともに,詳細な情報をコモンズビューア(Lアラート情報の表示システム)に表示できるようになった。

先進的なG空間防災システムが,実際の災害対応においてどのように効果的に活用できるかについても検証した。具体的には,東京大学生産技術研究所の目黒公郎教授のグループが,石巻市総合防災訓練において,東日本大震災と同等規模の地震・津波が発生した場合を想定し,本事業で構築する「津波Lアラート」の有効性を検証するとともに,地方公共団体の災害対応業務における津波Lアラートの活用の効果検証結果を踏まえた,Lアラートへの情報配信方式の検討・実装を行った。

リアルタイムで得られた浸水計算結果を,東京大学と石巻市が共同で開発している次世代災害対応システム(BOSS)により地域住民へ配信した。そして,その津波Lアラート情報受信のwith/withoutを比較し,住民の避難への効果を検証した。浸水計算結果の画像中には,浸水深の情報の他に対象地区の避難所の場所も掲載した(6)。情報の配信にあたり,事前に避難者にURLを通知し,地震発生後に確認していただくように依頼するPULL型と,緊急速報メールを想定し,避難住民に地震発生から20分後に,BOSSのURLが記載された一斉メールを送信するPUSH型の,2パターンにより実施した。これら2種類の配信結果について,地域住民にアンケート調査を行い,その効果の検証を行った結果,PULL型については,18人中3人がアクセスしたのに対し,PUSH型については18人中16人がアクセスしたことがわかり,情報の配信方法としては,PUSH型の方が,効果が高いことがわかった。また,予測情報を活用することの効果について,アンケート調査を実施したところ,役に立つと感じた住民が89%を占めた。参加者全員が,2011年の津波で被災しており,そのときのことを踏まえて,「どこに避難すれば安全かわかる」「防災無線などの耳からの情報より,目で得た情報の方がわかりやすい」「先がみえることで落ち着いて行動できる」などの意見をいただき,その有効性を実証することができた。


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図5 リアルタイム浸水・被害推定システムとLアラートの連携


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図6 津波Lアラートを想定し,石巻総合防災訓練でBOSSにより配信した浸水予測結果

4. まとめ

災害対策の一義的責任を負う地方公共団体の災害対応や国民一人ひとりが災害を乗り越えていくための基盤情報として,2年にわたり取り組んできた世界最先端のG空間防災モデルの津波浸水・被害の即時予測の技術が,効果的であるということを実証することができた。このシステムを全国に展開するためには,技術的な課題および法制度上の課題が多くあるが,単に学術研究の枠にとらわれず,G空間社会(地理空間情報高度利用社会)の実現に向けて,新たな価値の創出に取り組んでいく必要がある。また,本技術は,わが国同様に津波災害の問題を抱えている欧米・アジア諸国でも適用可能な技術であり,優れた技術提案として国際的な波及効果も高いため,国際展開も含めた技術開発を行っていく。

執筆者略歴

  • 越村 俊一(こしむら しゅんいち) koshimura@irides.tohoku.ac.jp

1995年東北大学 工学部卒業,2000年に同大学院工学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員,「人と防災未来センター」専任研究員を経て,2005年から東北大学大学院 工学研究科助教授を務め,2012年から東北大学災害科学国際研究所教授(現職)。

本文の注

注1)  大規模・高分解能数値シミュレーションの連携とデータ同化による革新的地震・津波減災ビッグデータ解析基盤の創出:https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/project/44/14531840.html

注2)  G空間防災システム:地震・津波等による広域災害や緊急性を要する大規模災害に対して,準天頂衛星等を活用して構築する先端的な防災システム(総務省 G空間防災システムとLアラートの連携推進事業 http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/local_support/95151.htmlより引用)。 「G空間(情報)」とは,ナノテクノロジー,バイオテクノロジーと並び将来が期待される三大重要科学技術分野の一つとされている「地理空間情報技術」(=Geotechnology)の頭文字のGを用いた,「地理空間(情報)」の愛称。G空間情報の具体的な例として,インターネットで見られるような地図,航空写真,携帯電話やカーナビなどの位置情報等が挙げられる。(総務省G空間シティ構築事業 事業概要より引用)。

参考文献

1)  “G空間シティ構築事業”. 総務省. http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/local_support/02ryutsu06_03000054.html, (accessed 2016-12-19).
2)  Ohta, Y.; Kobayashi, T.; Tsushima, H.; Miura, S.; Hino, R.; Takasu, T.; Fujimoto, H.; Iinuma, T.; Tachibana, K.; Demachi, T.; Sato, T.; Ohzono, M.; Umino, N. Quasi real-time fault model estimation for near-field tsunami forecasting based on RTK-GPS analysis: Application to the 2011 Tohoku-Oki earthquake (Mw 9.0). Journal of Geophysical Research, 2012, vol. 117, B02311, doi:10.1029/2011JB008750. http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2011JB008750/abstract, (accessed 2016-12-19).
3)  Musa, A.; Matsuoka, H.; Murashima, Y.; Koshimura, S.; Hino, R.; Ohta, Y.; Kobayashi, H. "A real-time tsunami inundation forecast system for tsunami disaster prevention and mitigation". SC15 Extended Abstract. Austin, USA, 2015-11-15/20.
4)  Oishi, Y.; Imamura, F.; Sugawara, D. Near-field tsunami inundation forecast using the parallel TUNAMI-N2 model: Application to the 2011 Tohoku-Oki earthquake combined with source inversions. Geophys. Res. Lett. 2015, vol. 42, p. 1083-1091, doi:10.1002/ 2014GL062577. http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2014GL062577/abstract, (accessed 2016-12-19).
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