Journal of Information Processing and Management
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Opinion
Toward appropriate operation of routine works
Takeshi SAKAKI
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2017 Volume 59 Issue 12 Pages 855-858

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1. 振り返り:型のメリット・デメリット

本コラムにおいては,組織や共同体における一連の手順や様式を型化することについてのメリット・デメリットを述べてきた。

第1回1)においては,型を「あらかじめ決められた一連の手順または一定の様式を表すもの」と定義し,型が活用されている事例を紹介し,型の有用性(メリット)が組織・共同体のみならず,個人においても有効であることを説明した。

一方,第2回2)においては,型を活用することの弊害(デメリット)について事例を紹介した後,型化の弊害について類型化を行った。

連載の最後にあたる本稿では,型のデメリットが解消された事例の分析を行った後,そこから得られた知見から型の運用方法について提案する。それを通じて,継続的な知的創造活動において型を構築・活用・管理する意義とそこから得られる効用について結論を述べたい。また,最後ということで,多分に私見を交えた「連載の最後に添えて」の章を追加することをお許しいただきたい。

2. 適切な型の運用に向けた事例分析

型の構築というのは,より抽象度を高めていえば知識創造過程の形式知化・蓄積・共有を行うことで,知的創造の効率化を図るための手段であるといえる。高度情報化社会である現代においては,知的創造活動の効率化が全体の効率にも大きく貢献する。たとえば酒井氏3)によれば,質の高い設計情報(プロダクトモデル)を作り出すことが先進国の富の源泉であると述べている。ここでの「設計情報」の定義は「商品を作り出すうえで,必要かつ十分なすべての情報」を意味しており,言い換えれば,製品を作る過程の形式知化といえるだろう。このように創造過程の形式知化が重要となる現状においては,知識創造過程の形式知である型を活用する局面は(特にわれわれ研究者においては)今後も増えていくことが想定される。

他方,前回も言及したように型を安易に活用することには一定のリスクも存在しており,知的創造活動の成果物の品質については,極めて重大な支障が生じる可能性もある。第2回で取り上げた超能力の存在を肯定した論文が一流論文誌に採択された例などは,われわれ研究者にとって身近で深刻な問題である。

ではどのように型を運用していくべきであろうか。適切な運用方法を模索するにあたり,前回提示した型のデメリットが顕在化した事例について,どのような解決方法が提示されたかをみてみたい。

共同体における型のデメリットが顕在化した事例として,心理学におけるQRPs(Questionable Research Practices:問題のある研究実践)により不適切な論文が採択に至ってしまった事例を取り上げた。この事例では,その後,心理学分野におけるQRPsを防ぎ,再現可能性実験を促進するための指針をさまざまな論文誌の編集委員会が提示している。特にBasic and Applied Social Psychology誌は帰無仮説検定のみの論文投稿を禁じる措置を取っている4)。この事例では,ある種の異常事態が起きることで型によるデメリットが明らかになった後,型を管理している組織が,型の利用者に型の見直しを促すことで,そのデメリットの解消が図られたといえる。

個人の型におけるデメリットが顕在化した事例としては,手前みそではあるが筆者自身の例を取り上げた。普段の自分の論文サーベイ方法で集めた論文と,ソーシャルメディアで共有される論文に差があることに着目し,他の研究者の論文サーベイ方法を調査することで,型の修正を行った。こちらは,通常利用している型とは別のアプローチによって型によるデメリットを検知した後,他人から収集した情報に基づいて型の修正を行うことで,デメリットを解消したと考えられる。

これらの事例から考えると,型を利用している最中に型のデメリットの顕在化に気づいたり,利用者のみの知識によって型自体の修正を行ったりすることは難しいと考えられる。心理学分野の事例でいえば,かなり特異な論文が提示されるまで当該分野の研究者はデメリットが顕在化していることに気づかず,また分野で共通した型を変えるためには,型の管理者である論文誌の編集委員会が動く必要があったといえる。筆者自身の事例でいえば,型にのっとってサーベイをしている最中にはその老朽化に気づかず,別な手段でサーベイを行った際にその老朽化に気づき,また他の研究者の情報を得ることによって型の修正が可能になったといえる。

3. 型の運用方法の提案

前章で取り上げた2例を俯瞰(ふかん)すると,型のデメリットを検知し,それを修正するためには,型の利用者とは別な視点が必要になると考えられる。そこで本章では,1のように型の利用者と型の管理者を分ける方法を提案する。型の構築については,利用者・管理者,双方が十分に協議したうえで型を構築する。この際,型の利用者とは実際に知的創造活動を行う人間である。また型の管理者は,当該の知的創造活動の目的を設定している人間である。具体的には下記のような運用方法である。型を一度構築したら,当該のタスクを行う利用者は盲目的に型を利用すればよい。一方,型を盲目的に利用すると,型の誤活用や型の老朽化が生じ,結果として成果物に深刻な事態をおよぼす可能性があるのはすでに述べたとおりである。そこで,型についてその利用が適切であるか,また型が前提とする状況が変わっていないかを俯瞰して管理する役割が必要となる。型の管理者とは,このような型適用の妥当性および型の有効性を評価する役割を担う人間を意味する。組織や共同体で型を活用する場合には,このような型の管理者を配置し,型のデメリットの顕在化について常に備えておくことが望ましい。一方,個人で型を活用する場合には,定期的に型とその目的との整合性を検証する時間を設け,必要に応じて,定期的に型を見直すことが望ましい。このように型のデメリットに臆することなく,それを防ぐ仕組みを作ることで,より適切に知的創造活動の効率化が図れるようになるであろう(言い換えれば,このプロセスは型活用の型,といってもよいかもしれない)。

図1 提案する型の運用方法

4. 型を構築・活用・管理する意義

結局のところ,「型の構築」によって,知的創造活動が効率化できるものの,型の誤活用が起きる以上慎重な適用が望まれるし,型の老朽化が起きる以上,定期的に見直しを行う必要がある。その意味で型の構築・活用・管理というのは終わりのない作業で,一見不毛にみえるかもしれない。型など使わずにただひたすらに知的創造活動を行う方が,結果的に効率的であるように思えるかもしれない。その懸念点を払拭(ふっしょく)すべく,最後に一つ,システム開発においてよく知られている言葉とそこから派生する現状を紹介する。

システム開発の領域には「No Silver Bullet(銀の弾丸などない)」という言葉がある。これは「魔法のようにすぐに役に立ちプログラマーの生産性を倍増させるような技術や実践(特効薬)はない」という意味である。この言葉の初出は1986年にFrederick P. Brooks, Jr.により発表されたソフトウェア工学の論文5)であり,またその後,1995年に同著者による「“No Silver Bullet” ReFired」というエッセイ6)でも,初出時と同様に「魔法のようにすぐに役に立つ解決策(特効薬)は,身近にはない」と結論づけられている。実際そのとおりで,即効性があり,かつ恒久的に生産性を向上するようなアプローチは,今現在でも存在しないと考えられる。

一方,プログラマーの生産性について考えると,定性的な評価で恐縮ではあるが,20~30年前と比べれば生産性は大きく向上していることは明らかである。これは,地道で継続的な改善と生産性向上の工夫を蓄積していくことで達成されたものであると考える。前述の「“No Silver Bullet” ReFired」においても,「Now, perhaps, we can get on with the incremental improvements to software productivity that are possible, rather than waiting for the breakthroughs that are not likely to ever come」とある。これらのことから結論づけると,ある種当たり前の結論ではあるが,地道な改善を継続することが,長期的スパンでの生産性向上に大きく貢献すると考えられる。

本連載で取り上げた「型化」,知的創造過程の形式知化・蓄積・共有のアプローチ自体は,永続的かつ汎用(はんよう)的に生産性を向上させる手段とはなり得ず,慎重な適用と運用が必要となる。しかし,そのように,型の活用と運用による継続的な改善により,地道に生産性の向上を進めていくことこそが,数年後,十数年後の大きな差を生み出していくのではないだろうか。

5. 連載の最後に添えて

本連載では,型の構築のメリット・デメリットについて述べてきた。読者の中には,「何をいまさら当たり前のことをいってるんだ」という意見をもつ人も多いと思う。それに関連して,筆者が本稿を執筆するモチベーションが2つあった。1点目は,筆者自身が,型構築の重要性について再認識した点である。数年前まではむしろ型を構築することを,ある種の膠着(こうちゃく)化として忌避してきたが,適切に運用することで,日々の仕事の生産性向上に大きく寄与することを改めて実感したため,それについて述べたいと思った次第である。2点目は,なぜ型の構築を忌避してきたかという理由に気づいた点である。理由は単純で,すでに周囲の誰かによって作られた型が多くあり,それらの型によるデメリットが顕在化した事例を多くみており,型自体はデメリットを生みやすいという認識が作られていたためである。冒頭の意見に答えるならば,型の構築を通じてこの2点目について言及したかった次第である。

ここでは卑近な例として筆者がいる分野である情報系の領域に重ねて言及すると,当分野は比較的新しい分野であり,この数十年間で,それこそ何もないところから一大分野に成長してきた。その成長過程において生産性向上のために多くの型が構築されてきたといえる。ここでの型とは,小さなものでいえば論文の書き方から,大きなものでいえば学会運営の仕組みまでさまざまなものが含まれる。それ自体は素晴らしいことであるし,それがあるからこそ現在の情報学分野の隆盛があり,私自身もその恩恵に浴しているといえる。他方,その型すべてが適切に運用されているわけではなく,デメリットが顕在化している例も少なくない(これは,誰が悪いという話ではなく,領域の発展の結果生まれた現状を述べただけである。筆者自身は,高度情報化社会の発展に伴い,知識や型自体の老朽化速度が増加していることが主要な要因であると考えている)。それによって不利益を被っている人も一定数存在している。もちろん,もろもろの事情や制約条件についてはある程度理解しているつもりである。

ただ,だからといって状況を静観していることは得策ではなく,それを放置して自身や組織,ひいては共同体や社会全体が不利益を被るのは可能な限り避けたい。デメリットが顕在化している既存の型について,適切に見直され,時には廃止されることで,そのような不利益が緩和される可能性は十分にある。

本稿を読んで,読者には,周囲にある型の有用性について,それが本当に適切に運用されているのかを改めて見つめ直していただけることを期待している。もちろん,多くの人が普段からこのようなことを心がけているかもしれないが,ただ,私自身が観測する限りは,型のデメリットが顕在化している事例はまだまだ存在している。これらの現状が多少なりとも改善されることで,よりよい学術界の発展がなされることを,祈念する次第である。

執筆者略歴

  • 榊 剛史(さかき たけし)

2004年東京大学工学部 電子情報工学科卒業。2006年同大学院 修士課程修了。電力会社通信部門での勤務を経て2009年同博士課程入学。2014年博士課程修了。博士(工学)。東京大学での特任研究員を経て,2015年より株式会社ホットリンク 開発本部 研究開発グループ R&Dリーダーならびに東京大学客員研究員。専門は,自然言語処理,Webマイニング,社会ネットワーク分析。

参考文献
 
© 2017 Japan Science and Technology Agency
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