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Vol. 59 (2016) No. 12 p. 875

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http://doi.org/10.1241/johokanri.59.875

図書紹介
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図書紹介 『読書と日本人』

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  • 『読書と日本人』
  • 津野海太郎著
  • 岩波書店,2016年,新書,277p.,860円(税別)
  • ISBN 9784004316268

出版史ではなく読書史である。冒頭,更級日記のあの有名な一節から始まる。

「はしるはしる,わづかに見つつ,心も得ず心もとなく思ふ源氏を,一の巻よりして,人も交じらず,几帳の内にうち伏して,引き出でつつ見る心地,后の位も何にかはせむ」

津野さん,実は現代語訳で書いてくれているが,あえて原文で紹介したのは,高校の古文の先生が,「この文学少女ぶりがいいよねえ。田舎の貴族の娘が,評判の源氏物語を読みたくて読みたくて,そしてやっと一の巻から読み始めたときの興奮と感動,もう目の前に伝わってくるよねえ」と言っていたことを思い出したからなのだ。このわくわく感。

日本人にとって読書は世界のどこよりも親しまれた娯楽だった。日本の識字率が西欧諸国と比較しても同等か高く,特に女性の識字率が高かったというのはよくいわれるところだけど,安土桃山時代に日本で活躍した宣教師ルイス・フロイスが日本の読書熱の高さに驚嘆した話とか,大正時代に自由労働者(日雇い)が,かなりの率で図書館で本を借りて読んでいたとか,日本人は本当に本が好きなのだなあ。

そして黄金の20世紀。本は絶頂を迎える。昭和初期に流行した円本(えんぽん)(文学全集)を買った人は飾っただけで読まなかったかもしれないが,少なくとも本を並べることが中産階級の証しであったのだ。ただし,その子どもたちには文学全集は良質な個人図書館として機能していたという指摘は面白い。私自身,読書体験は家に飾ってあった文学全集を手に取ったところからだった。これは実は多くの読書人共通の体験らしい。津野がいうように,「たとえむなしく飾られるだけの本であっても『未来につながる文化資産』としての力がしっかりしのびこんでいた」のである。

もちろん,文学全集ではなく,欲しいときに欲しい本のみを安価に買えるという岩波文庫のコンセプトや岩波新書への賛辞は,この本自身,岩波新書であることを差し引いても的を射ているだろう。

だが,読書どころではなかった第2次大戦の終結した1945年,日本の出版点数は658点(現在は約8万点)に落ち込む。このときは食料以上に読書への飢えはすさまじく,その反動で1950年以後,本はむさぼり読まれた。小気味よく本は売れて,売れまくった。ああ,そうなんだよなあ。本がすべてだった。特に週刊誌が続々創刊された昭和30年代(1955~1964年),その書評欄の充実とともに,推理小説や各種評論が広く読まれるにいたり,読書の黄金期を迎える。朝の通勤電車はさながら大衆読書室だった。本はあらゆるところで読まれてゆく。

今,21世紀,読書に往時の輝きはない。しかしそこは津野海太郎。むしろ20世紀が異常だったのではないかと指摘する。飢えを癒やすような読書こそ長い読書史の中では異端だったのではないかと。電子本の登場は読書を根本的に変えようとしているが,それは本に置き換わるのではなく,2つに分かれ,本の読み方がまた新たに生じるのだと。

とにかく全ページの全エピソードを紹介したいくらい面白かった。少なくとも「情報管理」を読むような人は,本が好きで好きでという人が多いだろうから,ぜひともお薦め。いや,すべからく読むべし。

(中西印刷株式会社 中西秀彦)

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