2016 年 59 巻 2 号 p. 123-127
東日本大震災(2011年3月11日)が発生してから5年の月日が経過し,被災地は,震災当時の状況および震災以前を思い出すことができないほど日々風景が変化している。しかしながら,5年というと長い年月のように思えるが,被災地では,「まだ5年」,「やっと5年」という住民の声が聞こえる。それほど,被災地の目に見える復興,心の復興,生業(なりわい)の復興が進んでいない現状もある。
筆者は,当時の東北大学工学研究科災害制御研究センターのメンバーとともに,今回の大震災を記録し続けるための東日本大震災アーカイブプロジェクト「みちのく震録伝(しんろくでん)」1),2)を立ち上げた。みちのく震録伝の構想は,震災から3週間後のライフラインがすべて復旧していない状況からスタートし,半年間の準備期間を経て,2011年9月の月命日に正式にプロジェクトを立ち上げた。「みちのく震録伝」,これは,東日本大震災を取り巻くさまざまな事象に関する「情報」を,今後災害に見舞われるであろう国内・海外に,また,これからの未来の世代に発信,共有しようとする試みである。震災に関する文書,写真,映像動画,音声を網羅し,東日本大震災という,忘れてはならない経験を広く共有し,今後の防災・減災につなげようとする計画である(図1)。
みちのく震録伝などの取り組みの紹介は,「視点」全3回で構成されており,その第1回となる本稿では,「みちのく震録伝とは」と「アーカイブとは」について説明していく。第2回は,柴山明寛准教授による「自治体の震災アーカイブの連携・支援」について,第3回は,佐藤翔輔助教による「みちのく震録伝における地域での取り組み」について紹介する予定である。
「災害アーカイブ」とは,知見や教訓を含んださまざまな災害関連資料(たとえば,映像や写真,音声,文章,報告書など)を収集から保存・活用することを指し,「災害時ビッグデータ」とは,災害アーカイブデータを含む,防災・減災対応に必要となる情報(公共データ,SNS(ソーシャルネットワークサービス),センシング情報など)のことを指すとされる。
また,「災害アーカイブ」で取り扱うデータは,デジタル記録とアナログ記録,遺物・遺構に対して,「災害時ビッグデータ」はデジタル記録のみを扱うという違いがあると考えられる。この災害アーカイブは,近年に生まれたものではなく,過去から行われてきた,図書館や博物館等による災害関連資料の収集から保存・活用があり,これらがまさに災害アーカイブである。しかしながら,近年では,インターネットの発達およびデジタル資料の増加に伴い,現物保管から災害デジタルアーカイブが主流になりつつあり,実施する機関も図書館や博物館等の枠を超えて行われるようになってきた。たとえば近年では,1995年阪神・淡路大震災の神戸大学附属図書館の震災文庫,2004年新潟県中越地震の中越災害アーカイブなどが代表といえる。
東日本大震災では,2011年6月25日東日本大震災復興構想会議において,復興構想7原則の原則1「大震災の記録を永遠に残し,広く学術関係者により科学的に分析し,その教訓を次世代に伝承し,国内外に発信する」との提言が発信され,数多くの災害アーカイブの構築の動きが見られた。たとえば,国立国会図書館や教育・研究機関(東北大学,東北学院大学,いわき明星大学,土木学会など),メディア関係(日本放送協会,河北新報社など),民間企業(Google,Yahoo! Japanなど),自治体(多賀城市,郡山市,久慈市,八戸市,宮城県など)などである。過去の災害と比べて災害アーカイブが数多く立ち上がった背景としては,広範囲かつ甚大な被害であったこと,1つの機関では震災関連記録の収集が困難であったこと,震災の教訓を後世へ伝え残したいという意思が数多くあったこと,などが要因と考えられる。
東日本大震災の災害アーカイブの機関の特徴としては,自らの機関で災害関連資料記録の収集から保存・公開を行うコンテンツホルダーと,コンテンツホルダー同士を結び横断検索が可能なポータルサイトを運営する機関に分かれる。図2に東日本大震災当時から現在までのさまざまなアーカイブ活動をまとめている。ポータルサイトとしては,国立国会図書館の「ひなぎく」が代表的であり,その他の大多数は,コンテンツホルダーである。「ひなぎく」は,現在までに数十の機関とのアーカイブ連携がされており,東日本大震災の災害関連資料記録の登録件数は,約100万点となっている。登録内容としては,震災直後から復旧・復興までの写真や証言集,映像,音声,行政文書などであり,約半数は写真記録が占めている。さまざまな機関で収集されたこれらの災害関連資料記録は,被災地の防災教育や語り部のための基礎資料,復興ツーリズム,出版物やメディア,研究資料などに利用されている。
「みちのく震録伝」の名前には,「東北地方(みちのく)の震災(震)の記録(録)を伝える(伝)」という意味が込められている3)。プロジェクトでは,本震災の被災地を中心にして,過去の歴史的な災害から東日本大震災まで,さまざまな視点から集められた知見を基に,分野横断的な研究を展開し,東日本大震災の実態の解明や復旧・復興に資する知見の提供を進めている。これらの取り組みで収集された情報は,低頻度巨大災害の対策・管理の学問を進展させ,今後発生が懸念される東海・東南海・南海地震への対策に活用することを目的としている。
みちのく震録伝では,以下の10の基本理念の下にプロジェクトの推進・活動をしている。
みちのく震録伝では,さまざまな活動を通して東日本大震災の情報を集めている。本稿では,数ある活動のうち特徴的な2つの情報収集活動について紹介したい。
まずは,産官学の連携による収集である。「学」の役割は,このような幅広い情報収集と収集情報を活用した研究成果の蓄積が重要な役割となる。しかしながら,「学」が収集できる情報は,1つの事象を深掘りする研究がほとんどであり,網羅的に集めることは困難である。そのためには,「官」や「産」の視点も必要となる。「官」については,各省庁で災害対応のために収集された情報や応急対応の記録,被災自治体の復興の記録が重要となる。みちのく震録伝では,総務省や文部科学省,被災自治体である宮城県や仙台市,多賀城市などと協力をしながら,これらの情報の収集に努めている。また,公文書の保存や過去の災害記録の収集として,国立国会図書館や被災自治体などと協力している。
東日本大震災の実態解明には,さまざまな研究者の知見も重要となる。そのために,科学技術振興機構と協力し,学術論文等から収集する試みを行っている。また,日本に滞在する海外居住者からの情報や海外から見た震災情報の収集を仙台国際交流協会やハーバード大学ライシャワー日本研究所との協力により行っている。「産」については,IT企業,コンサルティング企業,測量関係企業,調査関係企業,出版・印刷関係企業,マスメディア・広告関係企業などさまざまな業種と協力し,産業からの視点での収集を行っている。たとえば,測量関係企業や調査関係企業などでは,自主調査を積極的に行っており,「官」の調査では得られない航空写真や現地の被災状況の記録,被災住民に対するアンケート調査などを収集している。メディアとしては,河北新報社などの地元メディアが記録し続けた記事の分析や,信濃毎日新聞社などの被災地外から見た東日本大震災の記事の分析も実施している。
もう1つは,現場での情報収集である。2012年1月から開始した「みちのく・いまをつたえ隊」という活動である(協力:科学技術振興機構および(株)サーベイリサーチセンター東北事務所)。これは,宮城県の沿岸にある15市町に,情報収集活動員を計16名派遣し(現在は10名),現場で起きている今の事象に関する情報を集める活動である。集める情報は,
1)地域住民の生の声の聞き取り
2)被災地の今を写す映像
隊員の半数は,地方自治体消防のOBもしくは,被災の経験をされた方々を現地雇用することによって組織している。このたびの震災に関する経験や何らかの強い思いをもちつつ,隊員それぞれがもつ地場のネットワークにより,効果的な情報の収集が行われている(図3,図4)。
みちのく震録伝は,5年間の間に,震災記録数として約40万点以上,記録容量としては約100TB以上の震災記録の収集を行った。また,新聞メディアの震災アーカイブ初となる河北新報社の震災アーカイブおよび,被災地自治体初となる宮城県多賀城市の「たがじょう見聞憶」4)などの構築支援を行ってきた。次回の「視点」では,関連した震災アーカイブの現状について紹介する。
今後は,利活用が重要となる。アーカイブされた情報は,現在は2つの方法で利活用されている。1つは,独自のSNSからの利用,もう1つは,自治体や企業,教育,観光などの既存システムや新たなソリューションシステムと連携して社会展開して利用する方法である。前者の利用者としては,研究者や自治体関係者,防災関係者,自主防災組織,NPOなどを対象者とし,情報の利用や登録,そして,共通のテーマをもつコミュニティーを形成し,さらなるデータの利活用を促進するものである。後者は,一般ユーザーを対象とし,さまざまな環境でアーカイブされた情報を利用するものである。本システムでは,アーカイブされた情報を利活用するだけではなく,集められたデータを外部機関が横断的に検索できる機能やメタデータ生成のためのアノテーションサービス,研究者支援として大規模シミュレーションとの連携などの機能を設けることを構想している。
最後に,東日本大震災に関するアーカイブプロジェクトは,政府,研究機関,民間企業,NPOなどさまざまな機関が取り組んでいる。これらの連携が重要であり,定期的なシンポジウムを開催している。先日は,東日本大震災アーカイブシンポジウム「地域の記録としての震災アーカイブ〜未来へ伝えるために〜」(2016年1月11日)を国会図書館とともに主催した。毎年定期的に実施しており,アーカイブ連携の一翼を担っている。これらの活動により,本アーカイブプロジェクトは,2015年4月に,文部科学大臣表彰(科学技術振興部門)を受けた5)。関係者,協力を頂いた方々にあらためて感謝を申し上げたい。
1989年東北大学大学院工学研究科修了,東北大学助手,災害制御研究センター助教授,教授を経て,2012年より東北大学災害科学国際研究所教授,2014年所長。主な専門分野は津波工学(津波防災・減災技術開発),自然災害科学。2013年防災功労者防災担当大臣表彰,2014年NHK放送文化賞,2015年文部科学大臣表彰(科学技術振興部門)受賞。