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この本!~おすすめします~
この本! おすすめします 図書館の役割とこれからを考える
丹 一信
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2016 年 59 巻 2 号 p. 139-141

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ここ2~3年,図書館についての話題を耳にすることが多くなった。各地に新しく設立された図書館や,指定管理者制度の問題などがきっかけであろう。よい話題,いかがなものかと感じる話題,さまざまである。しかし,この図書館界というものは,世間の皆さまから見ると,長いこと地味な存在であった(と思う)。それを思えば,話題に上ること自体は喜ばしいことである。

さて,その図書館だが,昔から問われることの1つに,「図書館の役割ってなに」がある。

図書館の役割は~,などと話し始めればキリがないのは皆さまご存じのとおり。近頃,いわれる役割の一つに,「場・空間としての図書館」が挙げられる。この場合の「場・空間」にはさまざまな意味が含まれており,単純に図書館建築の空間だけを指しているわけではない。しかし同じ機能をもつ図書館なら,陰気な空間の図書館より,すてきな空間の図書館の方がよいのは当たり前の話である。そこですてきな空間の図書館を探すあなたにお薦めなのが『日本の最も美しい図書館』である。

昔,服飾大学の図書館に勤めだしたとき,驚いたのは学生にとって本は読むものでなく,見るモノだったことである。こちらも「見る」本である。

ここに掲載されている図書館は,これまでどこかしらで話題に上った図書館ばかりである。現役の司書であった頃,理想的な図書館建築は,極めて堅牢で収容能力が高く,ITインフラが十二分に施されているオフィスビルのような建物であり,「電子図書館こそ最良」と考えていた。お恥ずかしい限りである。しかし図書館の現場からいったん離れてみると,それが頭でっかちな考えであることにいや応なしに気付かされる。

本書は単にすてきだなあと眺めてもらうだけではなく,この建築家はどのような思想をもって設計したのだろう,なぜ円形ドーム状の図書館があるのだろうか,と考えることを勧めたい。特に現役の司書の皆さんには,機能性がないと建築家に文句をいいたくなる前に(笑),ぜひ見て読んでいただきたいと思う。読んで空間としての図書館を考えてもらいたい。

『日本の最も美しい図書館』立野井一恵著 エクスナレッジ,2015年,1,800円(税別) http://www.xknowledge.co.jp/book/detail/76781985

さて図書館の重要な役割には,資料の保存もある。皆さまはご存じだろうか。先の戦争末期に旧都立日比谷図書館から1年をかけて,40万冊もの蔵書を疎開させたことを。その「蔵書の疎開」についてまとめたのが『疎開した四〇万冊の図書』である。教え子たちの世代になると,疎開も「おばあちゃんに聞いたことがある」といわれる時代である。この図書の疎開は,初めのうちこそトラックも使えたそうだが,後半は大八車や手作業で運んだそうである。これがどれだけ大変な作業であったか。この疎開により救われた図書も多く,『南総里見八犬伝』の自筆本などもその1冊である。われわれは先人の努力のおかげで,本を読めているのだと認識させられる。戦争に対する評価は別として,先人たちの資料に対する深い熱意に心から敬意を表したい1冊である。映画化もされているので併せてお薦めしたい。

『疎開した四〇万冊の図書』金高謙二著 幻戯書房,2013年,2,400円(税別) http://www.genki-shobou.co.jp/book07.html

先人の努力によって,図書館は存続してきたのであるが,「空間としての図書館」や「資料の保存・提供」などを行っていれば,安泰なのだろうか。もしもこの世の中から,「空間としての図書館」をも消滅させるモノがあるとしたら,それは何だろうかと考えてみる。単純に電子出版の普及だろうか。それほど単純な話ではないように思える。電子出版が普及しても,欧米に見られるように,人々が集まって交流する「空間としての図書館」は必要とされそうである。実際,電子書籍が普及した欧米の理工系大学図書館では紙の本はなくとも,空間としての図書館は存続している。では,何がこの地上から「空間としての図書館」をも消滅させるのであろうか。人工知能の発達によって,世の中のありさまが一変したら,ありうるのかもしれない。次に挙げる『人工知能は人間を超えるか』は,それを考える手掛かりになる1冊である。

この本の著者である松尾豊氏は,人工知能分野ではトップクラスの研究者であり,一般人にもわかるように,とても丁寧に書き下ろしたものである。本書の帯には,「人工知能を知ることは,人間を知ることだ」とある。ズバリ。そのとおり。よい謳(うた)い文句である。

著者によれば現在は,第3次人工知能ブーム。これまでの過去2回の人工知能ブームとその後の冬の時代について技術的,歴史的経緯を情報系以外の読者にもわかるように説明している。これからの人工知能研究の鍵になる新技術のディープラーニングについても,平易に解説している。これほどわかりやすく解説している書籍は多くないだろう。

著者は,「グーグルがネコを認識する人工知能を開発」したことは,「グーグルが自動運転の自動車を開発」したことよりも衝撃的なことであると説く。なぜなら「コンピュータが特徴量を取り出し,自動的に『人間の顔』や『ネコの顔』といった概念を獲得」することに踏み出したから。つまり人間のように考えるコンピューターの実現へ,一歩踏み込んだからである。この重要性は,「情報管理」の読者の皆さまにはご理解いただけると思う。著者はそこにこそ鍵があるとして,ディープラーニングの先にある社会的な影響や,シンギュラリティは本当に起こるのか,人工知能が人間を支配する時代が来るのか,にも言及している。ネタバレになってしまうが,著者は人工知能が人間を支配する世界(映画「ターミネーター」のような世界)の可能性については,否定的である。しかし人工知能が社会を大きく変える可能性があることも同時に指摘している。たとえば職業。消滅する職業もあれば,新たに生まれる職業があるとも述べる。すでに職業については,オックスフォード大学のオズボーン准教授が,今後,消滅する可能性のある職業の一つとして,図書館員の「補助員」を挙げた。図書館の単純作業の仕事はなくなるかもしれない。しかし「真の意味でのインフォプロ」と「空間としての図書館」は,人が肉体をもって生活する限り,人々をつなげる存在としてあってほしいと思う。

もしも「空間としての図書館」さえも消滅するときが来るとしたら。それは人工知能が人間生活のあらゆる場面で補助してくれるようになり,もはや人と人とのリアルな交流すら面倒と感じるように人類が退化してしまったときかもしれない。そのような時代は避けたいものだ。

『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』松尾豊著 KADOKAWA,2015年,1,400円(税別) http://www.kadokawa.co.jp/product/321410000316/

最後に一神道者として『脳科学は宗教を解明できるか?』を紹介したい。人工知能の研究が進み,「人間のように考えるコンピューター」が実現したとしよう。

ではそのコンピューターには自我があるのだろうか。そのコンピューターには,心や魂が宿っているのであろうか。

そもそも人工知能の研究者は,人間の知を,コンピューターに置き換えようと熱心に研究を進めている。しかし脳とは別に魂や心があるとすれば,ある人間の知のみをコンピューターに置き換えたとしても,それはその人間の知の再現にはならないのではないか。

それについて考えようとすれば,本書の帯にあるように,果たして「脳が神を生むのか,神が脳を動かすのか」について考えることに行きつくだろう。

この問題は長い間,さまざまな学問分野で議論されてきた。現在はそこに脳科学の分野からアプローチを試みる潮流が生じている。

本書はそのような「脳科学は果たして宗教を解明できるのか」という問いに,真正面から臨んだ力作である。

神秘体験などの宗教体験は,単なる脳の異常興奮にすぎないのか。哲学者や禅僧をはじめ各界の専門家が深い洞察を行っている。哲学や宗教学に限らず,情報科学にかかわっている方々にも,人間の知について考えるうえで,ご一読いただきたい1冊である。

『脳科学は宗教を解明できるか?』冲永宜司,杉岡良彦,藤田一照,松野智章著;芦名定道,星川啓慈編 春秋社,2012年,3,500円(税別) http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-32340-3/

執筆者略歴

  • 丹 一信(たん かずのぶ) kazunobu.tan.s8@hosei.ac.jp

1967年生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期神道学・宗教学専攻単位取得満期退学。芝浦工業大学大宮図書館や杉野服飾大学附属図書館などで司書・サーチャーとして勤務。神職を経て,現在は法政大学キャリアデザイン学部兼任講師として司書課程の科目を担当。

 
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