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インダストリー4.0は何の革命か:ビッグデータ,オープンデータの動きと軌を一にする社会システム革命の始まり
永野 博
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2016 年 59 巻 3 号 p. 147-155

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著者抄録

インダストリー4.0は,急激に発展してきた情報通信技術が製造技術と融合して起こる第4次産業革命に積極的に対応していくための政策である。ドイツはこの政策により,ソフトウェア分野に強い米国に負けることなく,自国製造業の世界での持続的発展の実現に狙いを定めている。ビッグデータを取り扱う技術の進展は単なる産業の革命ではなく,あらゆる社会システムの変革を迫るものであり,インダストリー4.0は社会のシステムをすべて変革する導火線となろう。しかし,どのような世界に直面するのかは想像しにくい。インダストリー4.0は国民に次の世界は何かを考えさせ,それに対応するのではなく,それを作る過程に参画し,そこから率先して裨益することを目的とした政策といえる。

1. インダストリー4.0の誕生

「インダストリー4.0(Industrie4.0)」はドイツの発案した新しい言葉である。ドイツがこれを第4次産業革命を象徴するキャッチコピーとして使い始めたのは2011年末である。この表現はドイツ発としては珍しく評判となり,世界にインパクトを与えている。その後,欧州連合は「サイエンス2.0」などといい始めたし,日本でも,「リアリティー2.0」「ソサエティー5.0」など,専門家の間にも影響を及ぼす言葉となっている。

この言葉はドイツでどのようにして生まれたのであろうか。ここでのテーマは,情報通信技術やネットワーク技術の急速な進展と既存のシステムとの融合による新しい産業,社会の誕生である。インダストリー4.0では製造技術(ものづくり)の革命的発展がテーマとなっているが,このような動きはすでに20世紀の終わり,1999年には出現した「インターネット・オブ・シングス(IoT,モノのインターネット)」の考え方がその発端ともいえるし,もっとさかのぼれば,その先駆的考え方は,日本の坂村健教授が提唱していた「ユビキタスコンピューティング」にいきつく。

ドイツは米国の政策動向を注視し,かつ新たな政策としても実行に移している。IoTという言葉は最近でこそわが国でも毎日のようにメディアで目にするようになってきたが,ドイツでは早くも2005年には政府の公募政策の一つとしてIoTが英語表現のまま取り入れられている。その後も連邦経済エネルギー省と連邦教育研究省が関連のプログラムを導入してきた。このような背景のもと,産業界からのイニシアチブで2011年当初から政府の審議会で検討が行われ,同年末に公表されたドイツ連邦政府の,いわばわが国の科学技術基本計画にあたる「ハイテク戦略2020」1)における未来プロジェクトの一つとして「インダストリー4.0」が誕生した。

実は「ハイテク戦略2020」自体は,第2次メルケル政権の発足にあわせ前年(2010年)からスタートし,その時点では11の未来プロジェクトが存在していたが,そのうちの「ITを活用した省エネルギー」と「未来の労働形態・組織」という2つが合体して「インダストリー4.0」が成立したものである。ドイツは歴史的に労働側の力が強いという事情もあるが,社会を形作っていくのは人間であるという意識が強く,未来の産業のあり方を考える際にも,そこで人間がどのような役割を果たしていくのかということに対して常に考えていこうという気風があり,インダストリー4.0にも反映されている。

さらに2014年に公表された第3次メルケル政権の「新ハイテク戦略」においては,新たに設定された6つの未来挑戦課題のトップに「デジタル化へ対応する経済と社会」が置かれ,その中の8つの項目の冒頭に「インダストリー4.0」が位置付けられており,メルケル政権におけるインダストリー4.0の重要性がみてとれる(1)。

ではインダストリー4.0の意味するところであるが,第1次産業革命は18世紀の蒸気機関の発明による産業の勃興,第2次産業革命は19世紀末以降の電気エネルギーの利用によるベルトコンベヤーの導入,そして第3次産業革命は1970年ごろより始まったコンピューターを利用した大量生産,そして第4次産業革命は,モノとモノ,モノと装置が自ら連絡しあって生産を行う新しいシステムの実現ということになる(2)。ただし,これらの表現は学問的に確定しているというものではない。ちなみに私の訪れた米ゼネラル・エレクトリック(GE)社では,最初の方は第一の波,第二の波と呼びつつ,第3次,第4次については両方をあわせて第三の波と呼んでいた。

図1 ハイテク戦略の沿革と新ハイテク戦略1)
図2 第4次産業革命

2. インダストリー4.0の狙い

インダストリー4.0の狙いについてはドイツの報告にもいくつかの解説があるが,その一例としては次のようなものがある。

  • (1)製品のライフサイクルを通じたバリューチェーン全体の制御と新たなビジネスモデルの確立。
  • (2)製造現場の人間と機械が一つのシステムとして最適に機能し,低コスト,省エネ生産を実現。
  • (3)すべての情報のリアルタイムでの処理。生産に最適なタイミングでのデータ反映。これらは,「つなげる」という表現を通して,次のように言い換えることもできる。
  • (4)生産されるものに関する原料から廃棄されてリサイクルされるまでの情報をつなげて,新しいビジネスを起こす。
  • (5)製造現場での人と装置の間の情報をつなげる
  • (6)製造現場でのモノとモノ,モノと装置,さらには他社の装置との情報をつなげる

3. インダストリー4.0の背景

ドイツはなぜインダストリー4.0を始めたのだろうか。その理由を考えることは比較的簡単ではないだろうか。ドイツは自他共に許す製造業大国,自動車や製造装置をはじめとするものづくり大国である。もちろん,わが国もものづくり大国という自負はある。ドイツとわが国のGDP統計(2013年)(34)をみると,双方の産業構造は極めて似ている。両国とも製造業の占める割合が約19%と同じである。またその中身も,自動車,機械,電機,化学と若干の割合の違いはあっても,ほぼ同じという状況にあり,まさに兄弟国家のごとくである。しかし,ドイツと日本の経済構造には大きな違いもある。

その第1は輸出立国という観点である。日本も以前は輸出立国といわれた時代もあるが,今ではその影は薄く,日本のGDPに占める輸出の割合は約15%である。これに対しドイツは驚くことに約39%となっている。OECDの工業生産品の輸出統計にはハイテク製品,ミディアムハイテク製品などのカテゴリーがあるが,特に自動車などを中心とするミディアムハイテク製品の輸出では,他の先進国を圧倒する勢いである(5)。もちろんわが国とは異なり,ドイツの場合は周囲をフランス,スイス,ポーランドなどの隣国に囲まれており,これら欧州諸国への輸出が全体の6割を占めている。しかし,複数国・地域へ輸出をするとなれば当然英語での意思疎通が必要となり,英語で取引ができるということは,地球の裏側の相手でも取引可能ということになり,国内市場に依存するわが国の企業とは大きく異なってくる。

第2は中小企業の存在感である。これも驚きであるが,ドイツの輸出総額に占める中小企業の割合はなんと約28%(2011年)にもなる。日本も中小企業が頑張っている国といわれるが,その数字は約8%(2012年度)であり,ドイツとは隔絶した差がある。ドイツの中小企業の強さの要因として指摘されることは,ドイツには系列企業がなく企業間の競争が激しいことがある。そして中小企業対策というと,日本では倒産しそうな企業の救済であるが,ドイツではイノベーティブな中小・中堅企業への支援である。

つまりインダストリー4.0の目的の一つは,ドイツの企業の国際競争力の維持,向上と,その中で重要な役割をになう中小・中堅企業の支援であるともいえる。

図3 産業構造 日本
図4 産業構造 ドイツ
図5 主要国におけるミディアムハイテクノロジー産業輸出額の推移

4. インダストリー4.0が脚光を浴びた理由

ドイツにおいても,インダストリー4.0というプログラムが注目されたのにはもう一つの理由がある。それはちょうど,インダストリー4.0の発表と同じころに脚光を浴びた「Googleの自動運転車」についての報道である。ある意味,このニュースは自動車王国ドイツを震撼(しんかん)させたのかもしれない。そこで政治家を含む多くの関係者にインダストリー4.0の存在が認識されることになった。

ドイツには見本市産業があるといわれるくらいに,世界中の企業関係者の集まる見本市が有名であるが,その中でも特に知られているものに「ハノーバー見本市」がある。このハノーバー見本市においても2014年には特に大々的にインダストリー4.0が取り上げられることになった。日本でインダストリー4.0について語られるようになったのはこのころからであり,特に2015年になるとメディアの報道も増え,わが国の関係者の関心も大きくなった。IoTやインダストリー4.0という言葉が毎日のように報道されるようになってきたし,大新聞の一面トップを飾るニュースも現れるようになった。このような大きな関心が日本で生まれたのは,なんといってもものづくりには自負心のある産業界の関係者が,好敵手ともいえるドイツの動きに関心を払わざるをえない状況が生じてきたものと思われる。ちなみに同じような状況は韓国,中国でも生まれており,特に中国においては国家計画として「中国製造2025」が策定され,世界の製造大国から製造強国への転換を目指すことになった。もともとドイツは市場としての中国に対する関心が高く,政治的な障害も存在しないため,ドイツと中国の間ではインダストリー4.0についての協力も盛んになりつつある。

5. インダストリー4.0の事例紹介

それではインダストリー4.0では,どのようなことを実現しようとしているのであろうか。これについても,ドイツの報告書2)ではいくつかの事例について,現在の姿と将来の姿を紹介している。

1. 生産していない時間帯の車体組み立て設備などのエネルギー需要量の削減

  • [現在]工場は週末などに休止している間も速やかな生産再開のために電源が入った状態になっており,エネルギー全消費量の約12%に上っている。
  • [将来]休止の場合はスタンバイモードにして消費電力を削減,生産再開に影響のない技術を開発。
  • このテーマを初めて聞いたときには本当にこんなことが現実には行われていないのかという疑問も湧いた。しかし,2015年4月に出されたボストン・コンサルティング・グループの5~10年後の予測によるとインダストリー4.0によりドイツ全体で年間約900億~1,500億ユーロ(約12兆~20兆円)のコスト削減効果(加工費の約15~25%)があるという発表がなされているのも驚きである。

2. リモートサービス

  • [現在]機械メーカーとモデムによる直接接続やLANの利用で,ネットワークを構築している。ネットワークの保守管理に労力が必要。
  • [将来]生産システムは自動的にクラウドベースのプラットフォームに接続,状況に応じて必要な専門家を検索。機械は機能とデータを自動でダウンロードし,生産性が向上する。

3. 不可抗力によるサプライヤーの交代に対応

  • [現在]サプライヤーが急に破綻した場合,速やかに対処することは難しい。生産には追加コストが発生,生産の遅延は企業にとって大きな経営リスクとなる。ITはこうした突発的な状況に対し,一部をサポートしているにすぎない。
  • [将来]生産システムをシミュレーションし,在庫,物流,管理情報などを複合的に判断してリスク評価を行う。変動する後続プロセスを計算し,代替サプライヤーを選定し,危機に対処する。
  • 日本の工場が地震などで被災すると,部品などの供給が止まり世界の生産システムに影響を与えるということが時折話題になるので,このような技術進歩には意味があるのかもしれない。また,先日も愛知製鋼の事故によりトヨタの生産が1週間停止したが,トヨタ生産システム(カンバン方式)がもっとデジタル化していれば,休止期間を短縮できたかもしれない。

4. 個別生産支援

  • [現在]消費者のリクエストはITシステムによって生産に一部反映されているが,すべてが個別的に生産されるわけではない。生産ラインは基本的にはマス・プロダクション。
  • [将来]設計から生産に至るまでの一貫したエンジニアリングのデジタルシステムにより,希望する個別機能やコンポーネントを個別に組み合わせた製品をマス・プロダクションと同じスピードで「自律的」に生産するマス・カスタマイゼーションの実現。
  • ここで特に大事なポイントは「自律的」という点にある。「自律的」という意味は,中央制御による生産管理ではなく,加工される部品や製品が,どのような個別の発注に基づき,生産ラインにおいてどのように加工されるかを知っていて,他の部品,生産装置と自ら交信しつつ,時間を節約できる生産ラインを自ら見つけつつ必要な加工を受け,完成に至るというものである。

資金の豊かな大企業であれば特注品を並べてこのようなラインをすでに運用していてもおかしくはない。ドイツ政府のターゲットはむしろ世界で活躍する中小・中堅企業にある。これらの企業はいくら元気であるといっても,特注品をそろえて生産ラインを構成するのは困難である。たとえば,一般の企業における仕事の階層とそこで利用されている通信手段をみてみると面白いことがわかる(6)。通信階層としては,経営判断をするERP(Enterprise Resource Planning:統合基幹業務システム),経営から工場への連絡をするMES(Manufacturing Execution System:製造実行システム),生産ラインにおける実際の機器(カメラ,ロボット,バーコードリーダーなど)をリアルタイムで制御するPLC(Programmable Logic Controller:自動生産ラインの制御装置)は,それぞれ交信に要するスピードも通信規格も異なる。通信のスピードは経営判断レベルの1秒以上から,現場でのリアルタイム制御に必要な1,000分の1ミリ秒以下まで大きく異なる。製造実行システムのソフトウェアではドイツのSAP社のソフトなどが有力になっている。しかし現場レベルになるほど通信規格は乱立しており,日本では三菱電機や安川電機のシステムがあるが,ドイツのシーメンスのプロフィネットやベッコフ社のイーサキャットなどは世界的に使われている。そのため,生産現場レベルからみると,それぞれの加工装置は製造会社により通信規格が異なるため相互につなげることが難しい。

このような現状を踏まえ早くから行動を起こしたのが,ドイツ中西部にあるカイザースラウテルン工科大学のチュールケ教授である(7)。彼はつなげる工場の意義を早くから認め,2004年には関心を持つ企業を募り,スマートファクトリ―(Smart Factory)という団体を構成し,異なる通信規格を持つ各企業の装置をつなげ,全体をベルトコンベヤーとして使えるシステムを作り上げてきた。このシステムは「プラグ&プロデュース」の実現であり,生産ラインに並ぶ前後の装置からでてくるケーブルを中継器にそれぞれ接続すれば,前後の装置の間で通信が可能となる。この装置は2015年のハノーバー見本市でも名刺入れの製造装置として展示され,多くの観客を集めた。

図6 工場をつなぐための通信要件と課題
図7 レゴを使ってスマートファクトリ―を説明するチュールケ教授

6. ビッグデータとの共通性

インダストリー4.0は,ソフトウェア技術,ネットワーク技術に代表される情報科学技術の急速な発展と製造業の融合が脚光を浴びているものといえる。このような情報科学技術の発展は,製造業やサービス業に影響を及ぼすと同時に,科学の進め方自体にも大変革をもたらしつつある。これは大量のデータの収集,処理,分析技術の爆発的向上によるもので,まさにビッグデータの時代の到来を表している。研究の分野ではリサーチ・データの取り扱いがテーマとなっていて,東京では2016年3月,欧州,米国,豪州の関係者で設立されたリサーチデータ・アライアンス(RDA,研究データ同盟)のアジアで初めての総会が開かれ,世界の研究者やデータサイエンティストが新たなオープン・サイエンスの社会におけるデータにかかわる課題を議論した。製造業ではセンサー技術の向上に伴い多くのデータを得ることができるので,ビッグデータの処理技術の向上がマッチして,インダストリー4.0の実現につながってきた。したがって,この動きはものづくりにとどまらず,物流,エネルギー,サービス,さらには健康医療,行政サービスなど社会のあらゆる分野のシステムに変化をもたらすのは時間の問題である。

7. インダストリー4.0の課題

インダストリー4.0の運営にあたりドイツ政府が最も気を使っていることは,縦割りの弊害を除き,ドイツ全体が裨益(ひえき)するにはどうすればよいかという点である。このため,「プラットフォーム・インダストリー4.0(Plattform Industrie 4.0)」という基盤となる組織を作り,ここにドイツ機械工業連盟(VDMA),ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI),ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)という中小企業も含む3つの大きな業界団体,労働組合,州政府,学界,研究組織など関係者を入れ込み,このプラットフォームの代表には連邦経済エネルギー大臣と連邦教育研究大臣が就いている。具体的にはこのプラットフォームを利用して,標準化やセキュリティーの問題に対応している。

もともと欧州諸国は標準化には熱心であり,それはインダストリー4.0においても変わりはない。標準化を推進することにより,ドイツの中小・中堅企業が相互に通信できる装置に基づく生産ラインを早期に導入可能となるようにし,現在の世界における地位を維持,発展させる作戦ともいえる。このためドイツでは,わが国ではあまり聞かないが,「標準化によるイノベーション」という言葉も耳にする。

セキュリティーについてはドイツでも多くの企業から現実の脅威が報じられていて,その解決がないとインダストリー4.0の幅広い推進は難しいので,ドイツ政府も大きなプログラムを推進しつつある。ただし,原子力ではないが絶対安全というものはありえないので,最終的には各利用者がリスクと利益の双方を勘案して,自らの判断を求められることになっていこう。少なくとも,そのような判断をする能力が求められることになる。

8. 米国との関係

米国の情報・ソフトウェア産業の強さはいうまでもないが,前世紀末のIoTから始まり,早くも2006年には研究者に対する連邦政府の資金支援機関である米国国立科学財団(NSF)がサイバーフィジカルシステム(CPS)についての支援プログラムを始めている。わが国との時間差が感じられる。

民間サイドでは米ゼネラル・エレクトリック社が2012年にインダストリアル・インターネットというキャッチコピーでセンサーなどを利用した本格的なIoT事業に取り組み始めるとともに,2014年にはCisco,AT&T,IBM,Intelと組み,政府の支援も得つつ,標準化についてのアイデアを出し,デファクト・スタンダードの確立によるマーケットでの先行を狙う,「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム」を設立した。この組織の加盟機関は現在では200社を超え,ドイツや日本からも多くの企業が参加している。ここでの主な活動はテストベッドの運用であり,新しいアイデアに対して関心を有する企業が参集し,うまくいった場合は早くマーケットを確立していくことを主たる狙いとしている。個別企業の行動様式は別として,大ざっぱにとらえると,「インダストリアル・インターネット・コンソーシアムはデファクト・スタンダードの確立」,「インダストリー4.0は標準化の推進」を狙っているといえる。

9. インダストリー4.0のインパクト

以上から明らかなように,インダストリー4.0,第4次産業革命は必ずしも技術による革命ではない。技術自体はビッグデータの扱いを含め,大きな変革をしつつあるが,それはあくまで漸進的な発展といえる。しかしながら,ドイツではインダストリー4.0を超えて,すべての社会システムの変化をにらんだスマート・サービス・ヴェルト(ヴェルトは,ドイツ語では「世界」を意味する)というプログラムを進めている。これらのプログラムから理解すべきことは,あと10年もたつと,私たちの生活している社会のシステムが根本的に変わるということである。そのような意味ではわれわれは起こりつつある社会的な革命のスタートの地点に踏み込んでいる。行き先は現段階では誰にもわからない。あらためて考えてみると,ドイツのインダストリー4.0は,そのわからない行き先について,なるべく多くの人に関心を持たせ,議論をさせる場を提供しようとしているのではないだろうか。変化が起こるのであれば,起こったあとから対応するより,変化を作っていく方が,楽しくもあり,そこから早期にプロフィットを得ることもできるはずである。ただ,蒸気機関ができたときに蒸気機関車の駅は町はずれに造らせたように,革命後の新しいシステムを理解するのにはマインドセットの転換が必要であり,そのためには世代交代が必要かもしれないが,どの国・地域が一番早く国民のマインドセットの転換に成功するかが,来るべき世界での指導的国家になれるかどうかを左右することになる。

このような変化の中で国民が最も関心をよせる雇用についても大きな変化が起きる。ドイツでも最近はカーシェアリングが浸透しつつあり,携帯電話を利用して,必要なときに,望む車を,必要な区間だけ運転できるようなシステムが人気になっている。これは,車を所有することが価値ではなく,移動する機会の提供が価値になっていることを示している。米国でも車を所有しないタクシー会社を,多くの人が使うようになった。このように価値の生まれるところが急激に変わってくるということは,今後,新しい職業がどんどん生まれてくることを示唆している。また,情報技術関連が多いということは,ハードウェアを整備するわけではないので,参入障壁が低いということになる。アイデアが重要ということになるので,若い,デジタルネーティブのような人材に対する支援が大事な政策ともなってこよう。

当然のことながらコンピューターに代替される仕事もでてくる。今後10年から20年の間に米国の雇用の50%近くがコンピューターにとって代わられるという研究結果も報告4)されている。したがって,これからくる社会革命の時代にあっては,生涯教育,自分の属する組織以外での能力向上への努力が不可欠となる。この点でもドイツは,「社会は人で動く」という発想があるため,必要が生じた際の人材教育のシステムが社会の中にビルトインされていることが今後の強みとなろう。

執筆者略歴

  • 永野 博(ながの ひろし) nagano@grips.ac.jp

慶應義塾大学理工学部訪問教授。米国科学振興協会(AAAS)フェロー。科学技術庁に入り,政策の分析・立案,若手研究者支援,ユネスコなどを担当。現在は,文部科学省技術参与,OECDグローバルサイエンスフォーラム議長などを務める。著書に『世界が競う次世代リーダーの養成』,『ドイツに学ぶ科学技術政策』(ともに近代科学社)がある。

参考文献
  • 1)  Federal Ministry of Education and Research. The new high-tech strategy: innovations for Germany. 2014, 53p.
  • 2)  Forschungsunion; acatech. Umsetzungsempfehlungen für das Zukunftsprojekt Industrie 4.0 : Abschlussbericht des Arbeitskreises Industrie 4.0. Promotorengruppe Kommunikation, 2013, 112p.
  • 3)  科学技術・学術政策研究所. "科学技術指標2015". 調査資料;238. 2015, 182p.
  • 4)  Frey, C. B.; Osborne, M. A. The future of employment: how susceptible are jobs to computerisation?. The Oxford Martin School. 2013, 72p.
 
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