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図書紹介 『科学の困ったウラ事情』
佐藤 靖
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2016 年 59 巻 3 号 p. 203

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  • 『科学の困ったウラ事情』
  • 有田正規著
  • 岩波書店,2016年,B6判,128p.,1,200円(税別)
  • ISBN 978-4-00-029647-2 C0340

本書は,2010年から2014年にかけて著者が雑誌『科学』に寄稿した一連のコラムをまとめ直した論集である。その内容は,世界的に過熱する成果主義,オープンサイエンスの潮流,研究不正や不適切なオーサーシップのまん延といった,最近の科学のトレンドや病理についての議論なのだが,コラムの連載時には毎月これを楽しみに『科学』を開いていた私のような読者も多かったと聞く。どのような読者層にもわかるように書かれているが,特に研究者や科学技術政策の関係者を強く惹(ひ)きつける内容になっていると思う。

本書の魅力は,研究者や科学技術政策の関係者であれば誰もが抱いている問題意識を,時に衝撃的なデータを伴いつつ,はっきり言語化して示しているところにあるといえるだろう。たとえば,各研究分野で大規模な国際会議の数が近年急増していることについて,それはよいことであるとは思いつつも何となく違和感をいだいている人は多いと思う。本書は,そうした国際会議の多くが,企業にとって実入りのよいビジネスになっていることを鋭く指摘している。パッケージ旅行のような形で計2,000ドル以上かかることもあるその参加費は,多くの場合公費で賄われるので,研究者にとっては痛くない。また,研究者にとっては「招待講演者」や「セッションオーガナイザー」などになる機会も増え,業績稼ぎになる。各国・地域で国民の税金をもとに増えてきた公的な研究開発投資の一部が,実は研究者と会議業者の共栄のために使われてきた面があるのである。

同様に,論文のオープンアクセスの流れに関しても著者はその背景を掘り下げてみせる。税金を使って行われた研究の成果を,誰でもアクセスできるよう無償で公開すべきという考え方は筋が通っているように聞こえる。しかしその結果,研究者が高額の論文掲載料(数千ドル)を出版者に支払わなければならない場合が増えている。そのこと自体は問題ではないとしても,論文掲載料さえ支払えば学問的な質はあまり問われずに論文を掲載できる学術誌が林立してきている。研究者の評価はいまだに論文数・引用数等を基になされることが多いから,論文の量産が可能な体制は出版ビジネスと研究者の双方に都合がよい。論文掲載料は研究費で賄うことができるから,学問的には水準に達していない論文であっても資金が豊富な研究室であれば「研究成果」を次々と生み出していくことができるからである。そこで生まれるのは,そのような流れにうまく乗ることができる研究者と,先行研究の精査を著しく困難にする玉石混交の膨大な論文の山である。独創性や卓越性といった科学の価値観は押し流されてしまいかねない。

本書はこのほかにも多様なトピックを扱っているが,それらの根底にあるのは,科学研究の商業化への傾斜に対する危機感である。公的な研究開発投資を原資とした資金が,望ましくない形で業者の利潤に化けるだけでなく,科学の姿を大きく変質させている。時代の流れに逆らうのは容易ではないし,科学研究も清濁併せのむような形で進むという見方もありうるかもしれないが,本書はどのような読者にも科学の現状について考えさせる内容となっているといえるだろう。

(科学技術振興機構 佐藤 靖)

 
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