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集会報告
集会報告 2016年度 人工知能学会全国大会(第30回,JSAI 2016)
清田 陽司
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2016 年 59 巻 5 号 p. 345-348

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  • 日程   2016年6月6日(月)~9日(木)
  • 場所   北九州国際会議場ほか(福岡県北九州市小倉北区)
  • 主催   一般社団法人 人工知能学会 (共催)北九州市 (後援)九州工業大学

1. 節目の年

2016年は,人工知能の研究コミュニティーにとっていくつかの意味で記念すべき年であるといわれている。「人工知能」という研究分野が成立するきっかけとなった1956年のダートマス会議1)から60周年であり,またダートマス会議の主要メンバーの中で最後までご存命であったマービン・ミンスキー氏が1月24日に亡くなったというニュース2)は,多くの研究者に追悼の念を抱かせた。

2016年度人工知能学会全国大会(JSAI 2016,以下,本大会)3)1)は,人工知能学会が設立されてから30周年の記念大会として多数のイベントが企画されたが,参加者数は2015年の函館での約1,200名を大きく上回る約1,600名に上り,多くのセッションが立ち見になるほどの盛況であった(2)。企業展示コーナーでは25社もの企業がブース出展し,人工知能関連技術のビジネス化に向けた産業界からの期待の大きさが感じられた(3)。

人工知能研究が社会に与える影響がたびたび話題になる中,研究者としての社会的責任を議論する倫理委員会のセッションも,2015年に引き続き開催された。本セッションに合わせて公表された倫理綱領の素案4)は,多くのメディアでも取り上げられた5)6)

図1 メイン会場の北九州国際会議場
図2 ほぼ満席の特別セッション会場
図3 企業展示コーナー

2. 深層学習とニューラルネット研究の歴史

2015年の集会報告記事7)でも言及した「深層学習(ディープラーニング)」というキーワードが,一般のメディアでもたびたび取り上げられるようになったことも,筆者にとっては驚きの一つである。深層学習が注目を集めるようになったきっかけは,Googleの子会社であるDeepMind社が開発した「AlphaGo」が,世界トップレベル囲碁棋士のイ・セドルに勝利を収めた8)ことであろう。AlphaGoが深層学習を活用して人間とは異なる「大局観」を手に入れたのではないか,という報道がなされたことは,深層学習および人工知能に対する社会の関心を一段と高めたように思う。

ミンスキー氏は,かつて「子どもが3歳までに理解する概念を獲得することが最も難しい」という人工知能の課題を指摘した9)。深層学習は,「子どもの人工知能」の実現に向けたブレークスルーの一つになるのではないかとも期待されている。

本大会でも,深層学習をテーマとしたセッションが多数開催された。中でも,生理学の実験に基づく脳視覚野の神経回路構造の仮説にヒントを得て,深層学習の原型ともいわれるネオコグニトロンを1970~1980年代に考案した10)福島邦彦氏(ファジィシステム研究所)による特別講演「Deep CNN ネオコグニトロンの学習」には,多数の参加者が集まった。深層学習の基本的なアイデアが30年以上前に考案されていたことが驚きである一方,実用になるまでには計算機能力が現在のレベルに達するまでの長い時間を要したことや,ニューラルネットの研究が長い間傍流扱いされてきたことには大いに考えさせられた。ニューラルネット研究の歴史は,短期的に「役に立つかどうか」という視点で研究資金を重点配分したり,流行だけで研究テーマを決めたりすることの危険性を示唆しているようにも思える。福島氏が質疑応答にて「学生へのメッセージ」を求められ,「生理学の研究と工学的応用のどちらを狙っているのかをよく聞かれたが,どちらも狙っていた。『二兎を追わぬ者は一兎をも得ず』ではないだろうか」と述べられたことが印象に残った。

本大会では,深層学習の一般セッションやオーガナイズドセッションなどでも多数の研究発表が行われたほか,深層学習のビジネス応用にフォーカスした併設ワークショップも多数の参加者を集めていた。

3. 科学の方法論をめぐる議論

本大会では,「人工知能の研究領域をどのように発展させていくか」「人工知能の発展は科学をどのように変えていくか」というアジェンダをめぐっても活発な議論が行われた。

「2050年までにヒト型ロボットでワールドカップのチャンピオンに勝つ」という標準問題を掲げて1990年代にスタートしたRoboCupプロジェクトをめぐっては,オープニングセッションのほか,発起人の一人である北野宏明氏(ソニーコンピュータサイエンス研究所)による特別講演「グランドチャレンジの彼方へ」でも議論が展開された。北野氏は,米国のケネディ大統領によって提唱されたアポロ計画を例に挙げて,わかりやすく大胆なビジョンをグランドチャレンジとして掲げることが,研究分野を飛躍的に発展させると主張した。1997年の第1回RoboCup大会と最近の大会のビデオを比較し,最初は稚拙なシステムでも,20年近く続けることでかなり賢いプレーができるようになったことを示すとともに,KIVA(Amazonに買収)やAldebaran(ソフトバンクに買収)に代表されるRoboCup発祥の企業が,産業界にも多大なインパクトを与えつつあることにも言及された。

北野氏は,講演の最後に「2050年までにノーベル生理学・医学賞を獲れる人工知能を開発する」という新たなグランドチャレンジについて述べられた。生命科学分野では大量の仮説の発見・実験・検証のプロセスを効率化することが極めて重要であるが,人間は実は仮説の発見が苦手であり,人工知能によって膨大な知識から仮説を大量に生成していくというアプローチが,科学のあり方そのものを変えていくのではないか,という見通しを示された。

4. 人工知能の社会実装テストベッドとしての北九州

かつて小学校の社会科で「四大工業地帯の一角で,製鉄業が主力の北九州」という知識を学ばれた読者も多いと思うが,現在の北九州の産業構造はそこから大きく変化しており,自動車・半導体・産業用ロボットなどに関連する企業が多数立地している。一方で,北九州市は政令指定都市として全国で最も高い高齢者比率(28.2%,2015年時点)となっており,今後の日本が直面するさまざまな社会的課題に関する先進的都市であるというとらえ方もできる。

北九州市若松区に立地する北九州学術研究都市では,九州工業大学,早稲田大学などの大学院が連携し,人工知能の関連分野である自動運転,ロボット制御,ニューラルネットなどの研究が盛んに行われている。本大会の併催イベントとして開催された学術研究都市(4)のツアーに参加し,介護ロボットや運転者の脳波解析,深層学習のアナログ回路実装など,各研究室での取り組みを見学したが,いずれの研究も社会実装を非常に重視していると感じられた。北九州市は,ロボット技術や自動運転などの実証実験を行いやすくするための国家戦略特区指定を受けており11),人工知能の研究成果を社会実装するための拠点として,今後の展開が注目される。

図4 北九州学術研究都市に立地する九州工業大学大学院生命体工学研究科

5. おわりに

本大会には多数のメディアが取材に訪れており,人工知能分野への関心の高まりを感じる一方で,参加者からは人工知能関連分野の研究やビジネス応用を行う人材の不足を懸念する声も多く聞かれた。筆者自身も企業にて情報推薦などの研究開発に取り組んできた過程で,サイエンスとエンジニアリングの両方に精通した人材(あるいはサイエンティストとエンジニアの橋渡しができる人材)の必要性および不足を痛感している。

日本の研究コミュニティーには,産学連携の弱さに課題があることは以前から指摘されてきた12)。共同研究の活性化ももちろん重要であるが,長期のインターンシップや社会人大学院プログラムの充実など,産学の垣根を越えた中長期的な人材育成の取り組みが不可欠であるように思う。

次回の人工知能学会全国大会(第31回)は,愛知県名古屋市にて2017年5月23日(火)~26日(金)に開催される予定である。

(株式会社ネクスト リッテルラボラトリー 清田陽司)

参考文献
  • 1)  McCarthy, John; Minsky, Marvin; Rochester, Nathan; Shannon, Claude. "A Proposal for the Dartmouth Summer Research Project on Artificial Intelligence". http://www-formal.stanford.edu/jmc/history/dartmouth/dartmouth.html, (accessed 2016-06-25).
  • 2)  Pearson, Michael. "Pioneering computer scientist Marvin Minsky dies at 88". CNN. 2016-01-26. http://edition.cnn.com/2016/01/26/us/marvin-minsky-obit-feat/, (accessed 2016-06-25).
  • 3)  一般社団法人人工知能学会. “JSAI 2016 2016年度人工知能学会全国大会(第30回)”. http://www.ai-gakkai.or.jp/jsai2016/, (accessed 2016-06-25).
  • 4)  “2016年度人工知能学会全国大会「公開討論:人工知能学会 倫理委員会」人工知能研究者の倫理綱領(案)”. 人工知能学会倫理委員会. 2016-06-06. http://ai-elsi.org/archives/227, (accessed 2016-06-25).
  • 5)  多田和市. “人工知能学会が年内に「倫理綱領」を発表へ,研究者による策定を目指し議論を急ぐ”. 日経BigData. 2016-06-07. http://business.nikkeibp.co.jp/atclbdt/15/258680/060600039/, (accessed 2016-06-25).
  • 6)  岡礼子. “人工知能:学会が倫理綱領作成へ たたき台示す”. 毎日新聞. 2016-06-07. http://mainichi.jp/articles/20160607/mog/00m/040/001000c, (accessed 2016-06-25).
  • 7)  清田陽司. 集会報告:2015年度 人工知能学会全国大会 (第29回, JSAI 2015). 情報管理. 2015, vol. 58, no. 5, p. 393-395. http://doi.org/10.1241/johokanri.58.393, (accessed 2016-06-25).
  • 8)  Ormerod, David. "AlphaGo defeats Lee Sedol 4-1 in Google DeepMind Challenge Match". Go Game Guru. 2016-03-16. https://gogameguru.com/alphago-defeats-lee-sedol-4-1/, (accessed 2016-06-25).
  • 9)  Maard, Mark著. Amano, Miho; Kamada, Mayuko 訳. “「人工知能の父」ミンスキー,最近の人工知能研究を批判”. WIRED. 2003-05-15. http://goo.gl/wZBf4I, (accessed 2016-06-25).
  • 10)  Fukushima, Kunihiko. Neocognitron: A self-organizing neural network model for a mechanism of pattern recognition unaffected by shift in position. Biological Cybernetics. 1980, vol. 36, no. 4, p. 193-202.
  • 11)  “国家戦略特区について”. 北九州市役所. http://www.city.kitakyushu.lg.jp/kikaku/02000038.html, (accessed 2016-06-25).
  • 12)  伊藤貴之. イノベーションのための産学連携と基礎教育に関する一考察. 人工知能. 2015, vol. 30, no. 3, p. 337-343.
 
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