Journal of Information Processing and Management
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Disseminating of pedestrian mobility support services with ICT: Making data for pedestrian mobility available in convenient open formats
Yohei HARADA
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2016 Volume 59 Issue 6 Pages 359-365

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著者抄録

国土交通省では,高齢者や障害者,訪日外国人を含めたあらゆる人がストレスなく自由に活動できるユニバーサル社会の構築に向けて,ICTを活用した歩行者移動支援サービスの普及に取り組んでいる。2020年を念頭に,歩行者の移動に必要なデータをオープンデータ化するための環境を整え,利用者のニーズに合致した多様なサービスがさまざまな主体から提供されるよう取り組みを進めている。

1. はじめに

国土交通省では,高齢者や障害者,訪日外国人等も含め誰もがストレスなく自由かつ自立的に活動ができるユニバーサル社会の構築に向け,ICT(情報通信技術)を活用した歩行者移動支援サービスの普及促進を図るべく,検討を進めてきたところである。

本稿では,まず,歩行者移動支援サービスの概念とその現状および課題について概説した後,これらの課題解決と歩行者移動支援サービスの普及促進に向け,学識者・有識者らによる議論を踏まえて2015年4月にとりまとめられた「オープンデータによる歩行者移動支援サービスの普及促進に向けた提言」1)と,それを踏まえて実施した各種取り組みについて紹介する。

2. 歩行者移動支援サービスとは

歩行者移動支援サービスとは,人のスムーズな移動や活動等に必要となる施設や経路等に関する情報を提供し,個々人の身体的特性や移動シーンに応じた支援を行うサービスを指している(1)。たとえば,最短経路案内の他,車いすやベビーカー利用者に対する段差の少ない経路の案内,視覚障害者に対する視覚障害者誘導用ブロックのある経路の案内や音声・振動による案内等が挙げられる。

歩行者移動支援サービスを実現するためには,「位置特定技術」,「情報端末」,「各種情報データ」という3つの技術要素が必要となる(2)。

「位置特定技術」とは,歩行者が自分の現在地を知るための技術であり,屋外では現在GPSが利用可能であり,屋内についてもWi-FiやBLE注1)ビーコン等を活用した屋内測位技術が普及しつつある。

「情報端末」とは,サービスを受ける,つまり情報を受けるために必要な装置である。近年はGPS等の受信が可能なスマートフォンやタブレット等のモバイル端末が急速に普及し,多くの人々がサービスを受けられる環境が整いつつある。

「各種情報データ」とは,サービス提供のために必要なデータであり,具体的には,地図データ,施設データ,歩行空間ネットワークデータ等が挙げられる。このうち,地図データは,現在,屋外であれば国土地理院や民間企業が提供している地図データを利用することが可能であるが,屋内については利用可能なデータは限定的である。また,施設データは,公共施設や民間施設等の各施設の位置や設備等に関する情報を含んだデータであるが,これらは多くの場合,多岐にわたる施設管理者等が保有しているため,データの収集・更新に時間と労力がかかることが重大な課題の一つとなっている。歩行空間ネットワークデータ(以下,ネットワークデータ)は,経路の種類や段差,路面情報等の経路に関する情報を含んだデータであるが,現地測量を実施する等の整備費用が高いといった課題を抱えている。

図1 歩行者移動支援サービスのイメージ
図2 歩行者移動支援サービスを構成する要素

3. オープンデータを活用した取り組みへの転換

これらの課題への対応を含め,歩行者移動支援サービスの普及促進のために必要な事項を検討すべく,国土交通省では,2014年6月に「ICTを活用した歩行者移動支援の普及促進検討委員会」(委員長:坂村健東京大学大学院教授。以下,委員会)を設置した。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を当面の目標に据え,産官学が連携してICTを活用した歩行者移動支援サービスのいっそうの普及促進を図っていく必要があることから,委員会において今後の普及促進を図るために必要な事項について約1年間議論を行った後,2015年4月に「オープンデータによる歩行者移動支援サービスの普及促進に向けた提言」(以下,提言)をとりまとめた。

提言では,「オープンデータ」注2)の考え方を積極的に推進し,データを多くの人が自由に利用してさまざまな歩行者移動支援サービスを提供すること等により,歩行者の移動を社会全体で支え合うような環境を整えていくことが重要であると指摘された。これは,歩行者移動支援に関する各種情報データの所有者がデータを提供しあってオープンデータ化し,それを活用して民間事業者やNPO,地方公共団体等のさまざまなニーズを把握しているサービス提供者がそれぞれの創意工夫によりアプリケーションを開発し,多様なサービスを利用できる状況の実現を目指すことを指している(3)。

その他,提言では,歩行者移動支援サービスがバリアフリーや観光,防災等のさまざまなサービスと連携して一体的に提供されることが望ましい,場所情報インフラを誰もが利用できるよう位置情報の表現方法や管理のあり方等についていっそうの検討が必要であるといったことを指摘している。

図3 オープンデータの活用によるサービス創出

4. オープンデータサイトの開設

提言では,歩行者移動支援サービスの普及促進のためには,オープンデータの考え方を積極的に推進することが不可欠としたうえで,まずは国が率先して積極的にオープンデータ化に取り組み,これにならって地方公共団体や民間団体等も取り組みを進めることが重要と指摘している。

これを踏まえ,その第1弾として,「歩行者移動支援サービスに関するデータサイト」(以下,データサイト)を開設し(4),鉄道駅等の公共交通施設のバリアフリー情報,認定特定建築物に関する情報,無料公衆無線LANスポットに関する情報,官庁施設のバリアフリー情報,ネットワークデータ等,各省庁や地方公共団体,民間団体の協力の下,約5万件のデータを2015年7月に公開した。また,データサイトでは,歩行者移動支援サービスのアプリケーション開発に役立つと考えられる「国土交通省ハザードマップポータル」や「地理院地図」等のサイトもリンク集として紹介している。

なお,データサイトに掲載されているデータは,基本的には自由に利用することができるが,データを利用したことにより損害が生じた場合についてはデータ利用者がそのすべての責任を負うこととして利用規約に定めている。また,データを利用する際には出典(データサイト)を記載するとともに,データを加工・編集した場合にはその旨も併せて記載するよう求めている。

今後は,公開するデータの追加やデータサイトの機能の充実を図っていく予定である。

図4 歩行者移動支援サービスに関するデータサイト

5. 市町村担当者向けのガイドラインの策定

歩行者移動支援サービスの提供にあたり,基礎自治体である市町村の役割は極めて重要である。ただし,オープンデータの考え方を導入することにより,市町村の役割は従前と大きく変わってくる。具体的には,これまではニーズの把握やデータの収集・作成,サービスの提供に至るまでのすべての作業を市町村が中心となって行う必要があった。しかし,オープンデータの導入により,市町村はオープンデータ環境の整備や公開されたデータの利活用に重点を置き,実際のサービスの提供,つまりアプリケーションの開発は民間事業者や個人等の多様な主体が行うという役割分担となる。これにより,たとえばこれまでは市町村が提供する単独のサービスだったところが,今後はさまざまなニーズに応じた多様なサービスが提供されることが期待できる(5)。

提言において,地方公共団体や民間団体等の取り組みも重要であると指摘されていること,また,歩行者の移動に資するデータの多くを市町村はじめ各地域が保有していること等を踏まえ,国土交通省では,主に市町村の担当者向けに,オープンデータを活用した歩行者移動支援サービスの取り組みに必要な事項を解説する「オープンデータを活用した歩行者移動支援サービスの取組に関するガイドライン」2)(以下,ガイドライン)を2015年9月にとりまとめ,公表した。

ガイドラインでは,市町村がデータ保有者やデータ利用者等の関係各者と連携して,民間等のさまざまな主体によるサービスの展開に向け,移動に役立つデータのリストアップから,その収集・作成,公開,活用に向けた取り組みに至るまで,各段階で必要な作業手順等について解説している。第1章では,ガイドラインの目的や構成を,第2章では,歩行者移動支援サービスの提供に必要な要素,オープンデータ活用にあたって市町村に求められる役割等について記載している。また,第3章から第6章は,実際に取り組みを進めるにあたっての各段階における手順等について,「第3章 データのリストアップ」「第4章 データの収集・作成」「第5章 データの公開」「第6章 データを活用したサービスの提供」という流れで構成している。

図5 サービスの提供までの流れと市町村等の役割

6. 本郷プロジェクト(アイデアソン・ハッカソン)

本郷プロジェクトとは,「歩行者移動支援アイデアソン注3)・ハッカソン注4)@本郷:歩行者のバリア解消に役立つサービス,オープンデータの活用方法を考えよう」の略称であるが,東京都文京区の本郷地区においてオープンデータを用いてアイデアを出し合いながらアプリケーションを開発するというイベントを2015年10月31日~11月1日の2日間にわたり開催し,6チーム全23名が参加した。

1日目はまず,東京都や文京区等がそれぞれのユニバーサルデザインに関する取り組み内容や地域が抱える課題等に関する話題提供を行った後,実際の地区状況を確認するためのフィールドワークを実施した。その後,グループごとに本郷地区のオープンデータの活用についてのアイデア出しを行い,成果を発表した。発表の場での質疑や意見を踏まえ,当日夕方から2日目の夕方までの約12時間をかけてアプリケーションを開発し,最終成果として開発アプリケーションのデモンストレーション等,企画案に関する発表を行った。

本郷プロジェクトを通じて,ネットワークデータを用いて個人の嗜好や身体的特性に応じた歩行経路を提示するアプリケーションや施設データを用いた観光ガイドのアプリケーション等,さまざまなアプリケーションが開発,企画された。

また,提供したオープンデータによるサービス提供のアプリケーション開発の他にも,オープンデータをデータ利用者が利用しやすい形式に変換するアプリケーションを構築するグループや,オープンデータを追加・更新できる仕組みを提案するグループ,既存の公開データと連携しより高度なサービスを提案するグループもあり,データ利用者の観点からオープンデータ環境の構築に関するさまざまな知見が得られた。

7. 市町村による取り組み事例

歩行者移動支援サービスの普及促進においても,地方公共団体,特に市町村の果たす役割は極めて重要である。市町村は,地域の施設等のデータを保有している他,地域のさまざまな関係者間をつなぎコーディネートする役割を期待できること,地域の課題・ニーズを把握していること等が,その理由として挙げられる。

本稿では,前述のガイドラインを踏まえオープンデータを活用した歩行者移動支援サービスの提供に向けた取り組みを実施している神奈川県鎌倉市,島根県松江市,福岡県大牟田市における事例を紹介する(1)。

表1 地域取り組みにおけるイベントの概要

(1) 神奈川県鎌倉市の取り組み

鎌倉市では,市内の主要観光エリアのネットワークデータを整備するとともに,公共施設や観光施設等のバリアフリー情報を付加した施設データの整備を始めていたが,バリアフリー情報が未整備でありデータ整備に多大な時間と労力を要することが想定された。そのため,鎌倉市では,市内の民間団体を中心に,バリアフリー情報を収集し整備することを目的としたデータソン注5)と歩行者移動支援サービスについてアイデアを出し合うアイデアソンを実施した。

データソンでは,4チームに分かれて現地調査を行い,結果をExcelファイルに入力する方法が採られたが,3時間半で25施設のデータが作成され,住民参加による効率的で低コストでのデータ整備の可能性について確認された。

(2) 島根県松江市の取り組み

松江市では,2013年に「歩行空間ネットワークデータ整備仕様案」3)に沿って市内中心部のネットワークデータを整備しているが,松江城周辺の道路の歩道拡幅等を進めているため,2013年に整備したデータの更新作業を行った。施設データは,県が運用するWeb-GISを利用した松江市の公共施設のデータや市内のNPO法人がもつバリアフリー情報等を活用し,施設の緯度・経度(座標)情報とバリアフリー情報を組み合わせて作成した。

また,松江市では,地元の大学やNPO法人等,産学官が連携してオープンデータを活用した歩行者移動支援サービスについてアイデアソンを実施し,発展的なサービス創出に向けて各機関が連携・分担して取り組むことの重要性が確認された。

(3) 福岡県大牟田市の取り組み

大牟田市では,オープンデータを活用した歩行者移動支援サービスの提供に向け,ネットワークデータ,施設データを新たに作成した。

ネットワークデータは,バリアフリー基本構想の重点整備地区や世界文化遺産に登録された施設(三池炭鉱関連施設)を中心に作成した。また,施設データについては,市が公開している住民公開型GISに登録されている公共施設に関する情報に緯度・経度(座標)情報とバリアフリー情報を付加したうえで,公開可能な形式のデータとして作成した。なお,バリアフリー情報については,関係部署へのヒアリングや現地調査等により収集した。

また,大牟田市では,観光分野等をテーマとしてデータ活用を検討するハッカソンを開催し,地元の高専の学生や地元 IT 関連企業,市民等が参加した。ハッカソンでは5グループに分かれてアプリケーションの開発を行ったが,データの利用だけでなく収集の観点からのアプリケーションの必要性について指摘があった。

8. 今後の展開について

2020年には,東京にてオリンピック・パラリンピック競技大会が開催されるが,世界中の注目が集まるこの機に,高齢者や障害者,訪日外国人等も含め誰もがストレスなく自由に,かつ,自立的に活動できるユニバーサル社会の構築に向けて,日本が世界に誇る技術や制度を示していくことが重要である。

オープンデータの活用についても,政府では「オープンデータ2.0」4)(2016年5月20日IT総合戦略本部決定)において,2020年までを集中取り組み期間としてオープンデータのさらなる深化を図ることとしている。

国土交通省では,2020年を当面の目標としつつ,2020年以降も見据えて,全国各地においてより多くの人々がそれぞれのニーズに合った歩行者移動支援サービスが受けられるよう,地域のニーズ,あるいは,データ利用者の視点等を踏まえながら,オープンデータの利用環境整備に向けた取り組みを積極的に推進していく。

なお,本稿で紹介した本施策の詳細については,国土交通省総合政策局のWebサイトにおいて「ICTを活用した歩行者の移動支援の推進」として詳しく掲載しているので,参考にされたい注6)

執筆者略歴

  • 原田 洋平(はらだ ようへい) harada-y24n@mlit.go.jp

国土交通省総合政策局総務課(併)政策統括官付企画専門官。歩行者移動支援施策,交通体系連携の推進等を担当。2005年に国土交通省に入省。北海道開発局,北海道局等の勤務を経て,2016年4月より現職。

本文の注
注1)  「Bluetooth Low Energy」の略称。近距離無線通信技術Bluetoothの仕様の一つで,低消費電力での通信が可能。

注2)  機械判読に適したデータ形式で,二次利用が可能な利用ルールで公開されたデータ。

注3)  アイデアソン:アイデア(Idea)とマラソン(Marathon)を合わせた造語で,参加者が限られた時間の中でアイデアを出し合い,とりまとめたアイデアを競うイベント。

注4)  ハッカソン:ハック(Hack)とマラソンを合わせた造語で,特定のテーマに対し,グループ内で技術やアイデアを持ち寄り,サービスやアプリケーションを開発するイベント。

注5)  データソン:データ(Data)とマラソンを合わせた造語で,特定のテーマに対し,データの収集や利用について競い合うイベント。

注6)  国土交通省総合政策局のWebサイト: http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/soukou/sogoseisaku_soukou_mn_000002.html

参考文献
 
© 2016 Japan Science and Technology Agency
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