2016 Volume 59 Issue 6 Pages 414-417
米国デジタル公共図書館(Digital Public Library of America: DPLA)やEuropeana等,各国・地域が政策として取り組んでいるデジタルアーカイブについて,日本は今,何をすべきであろうか。
2012年,「日本の豊富で多様な文化資源の整備と活用について,国家戦略的観点から論議し,政策提言することを目的」に各種文化資源専門家,研究者,行政担当者などの有志からなる官民横断的組織として,「文化資源戦略会議」が設立された1)。
同会議は,2014年12月,以下の4つの提言からなる「アーカイブ立国宣言」2)を発表した。
提言1:国立デジタルアーカイブ・センター(NDAC)の設立
提言2:デジタルアーカイブを支える人材の育成
提言3:文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化
提言4:抜本的な孤児作品対策
「日本のデジタルアーカイブは急速な転換期を迎えつつある。世界に伍するナショナルデジタルアーカイブのあり方とは,そして人類の共有地としてのパブリックドメインはいかなる社会的・経済的価値を生み出すべきか。各界第一線の専門家と徹底的に討論する」ことを主旨として,第2回の「アーカイブサミット2016」(以下,本サミット)は開催された(図1)注3)。
筆者は,開催当日18時30分からのシンポジウムのみに参加したが,これは本サミット冒頭からの講演や特別企画シンポジウムの内容を受けて行われていた(表1)。そのため本サミット講演の報告から始める。
中山信弘氏(東京大学名誉教授,弁護士)の基調講演(図2)の後,以下3名の基調報告が行われた。
・吉見俊哉氏(東京大学教授):アーカイブサミット2015の成果と課題
・福井健策氏(弁護士):著作権リフォームの潮流とデジタルアーカイブの課題
・生貝直人氏(東京大学客員准教授):めざすべきナショナルデジタルアーカイブの機能イメージ全体像
テーマ:著作権消滅。:社会資本としてのパブリックドメイン
吉見俊哉氏の司会で,大久保ゆう氏(青空文庫),野口祐子氏(弁護士),平田オリザ氏(劇作家・演出家,東京藝術大学特任教授)が登壇し,パブリックドメインの資産としての価値にも言及した。
フォローアップブレストが,テーマ別に2会場で同時開催された。
「文化的・社会的価値をうむアーカイブ」をテーマに,沢辺均氏(ポット出版会長)が座長を務め,作品選別の基準や,スポンサーの説得等を話し合った。もう一つのテーマ「アーカイブで儲ける」は赤松健氏(漫画家)が座長になり電子書籍版YouTube構想や権利者への利益還元等を議論した。
ここまでの内容は,本サミットのWebサイトに動画や資料がアップされている注4)。ニコニコ動画での生中継を,約3万人が視聴していたそうだ。
開催時間 | 概要 | 講演者他 |
---|---|---|
13:10-13:30 | 基調講演 | 中山信弘 |
13:30-14:30 | 基調報告 | |
吉見俊哉 | ||
福井健策 | ||
生貝直人 | ||
14:30-16:00 | 特別企画シンポジウム | 大久保ゆう, 野口祐子, 平田オリザ 司会:吉見俊哉 |
16:10-17:40 | フォローアップブレスト | |
座長:沢辺均 | ||
座長:赤松健 | ||
18:30-20:00 | シンポジウム | 赤松健, 瀬尾太一, 宮本聖二 司会:福井健策 |
※敬称略
18時30分からのシンポジウム「アーカイブ資本論:「本当に使えるアーカイブ」を求めて」は,基調講演等で検証された内容を踏まえて開催された(図3)。
赤松健氏,瀬尾太一氏(日本写真著作権協会常務理事),宮本聖二氏(ヤフー(株)映像エグゼクティブ・プロデューサー)がパネリストとなり,福井健策氏が司会を務めた(図4,図5)。皆,コンテンツ制作・流通の現場で奮闘する各界の第一人者であり,内閣知財本部の次世代知財システム検討委員会の委員も含まれている。
以下の2つのテーマ
・「アーカイブの最大の問題点」を1つ挙げる
・「挙げた問題に対する方策~2020年までの4年間で実施すべきこと」
について,持論発表とディスカッションが繰り広げられた。パネリスト別に意見をまとめて記す。
[問題点]日本を席巻する「コンプライアンス至上主義」
1)「善意の検閲者」「正義を振りかざす無関係な人」「完全主義者」が日本のコンテンツ力・可能性・実験力をつぶしている。
2)オーファンワークス(孤児作品)の電子書籍化に関し,実際に文化庁の裁定制度を利用し申請した結果,電子書籍の収益証明などの手続きの煩雑さ,供託金の高さなどの問題に直面した。また裁定後に権利者が現れた場合の文化庁の回答は,関与せず当事者間の協議に任せるというものだった。
[問題点に対する方策]
1)厳しい権利制限規定を柔軟性に富んだものにすることや,円滑なライセンシング体制作り,著作権法上違法かどうか多少グレーであっても名目より実益を取る覚悟と,それを常識化することが必要である。赤松氏が理事を務める日本漫画家協会が,国立国会図書館の漫画デジタル化へストップをかけていた。権利者の意思統一も大切な鍵になる。
2)自由民主党「知的財産戦略調査会(コンテンツに関する小委員会)」は,イノベーション創出のために著作物を活用しやすい環境が必要との認識から,すでに法改正に動いている注5)。
[問題点]オーファンワークスの著作権問題
これが現在の6~7割を占める問題だ。この問題に対する判断を誤ると,アナログの資産を多数捨てることになる。米国式フェアユース導入の意見もあるが,欧米とは違い,契約社会でない日本に合うモデル制度,白から黒までグラデーションのある制度を作るべきである。
日本写真著作権協会などの権利者団体で作る「権利者による,権利者不明作品問題を考える勉強会(通称オーファン勉強会)」では,従来の文化庁の裁定制度に加え,2種類の制度「1.拡大集中処理(オーファンワークスであることを著作権管理団体が認識し許諾を出す)」「2.拡張裁定制度(裁定業務の一部委託)」を提案し,2016年3月に開催したオーファンワークス勉強会のシンポジウム注6)で発表した。
「2.拡張裁定制度」は,「利用者による相当の努力」部分(著作権者を探すなど)を関連権利者団体に委託する仕組みである。関連権利者団体が代行することにより,一般では入手しにくい著作者等の情報データベースへの容易なアクセスや,調査期間の短縮,申請費用の低額化などが考えられる。権利者団体を通すことで作品の使われ方のチェック機能も果たすし,多数の申請に文化庁が対応しきれない場合の助けになる利点もある。この制度は,法の改正が不要なので約1年で実施できる内容である。
2020年までの4年間で実施すべきことは,以下である。
・国立デジタルアーカイブ・センターの受け皿となる文化省の発足,アーカイブ庁の設置
・供託金の再検討:FinTechの利用。実際の権利者出現率(0.6%)をかけて供託金を算出するなど,現実的な額にする。
[問題点]利用者をどう確保するか
「NHK戦争証言アーカイブス」などの実例を紹介し,NHKデジタルアーカイブスの構築・運営の経験から,長く利用され維持していくために,キュレーションで利用者を確保することが大事である。
・「デジタルアーカイブ」の思想とその価値を広く共有する:コンテンツホルダーに基本的な理解がないために生じる問題(権利がないのに主張する「擬似著作権」,修繕前の画像は公開してほしくない等)を回避する
・ナショナルデジタルアーカイブポータル制作をスタートさせる
・制作の主体となる機関の発足
・メタデータの標準化/各デジタルアーカイブとのネットワーキング
・多言語化
・人材の育成
・ブラウザだけでなく,スマホアプリの開発
長尾真組織委員長(国際高等研究所所長)が,本サミットの閉会宣言を行った。今後は提言の実現に向けて取り組み,文化庁がどういう政策を打ち出すかを注視していくと結んだ。
提言の実現までに,解決すべき問題はあまりにも多いが,今回のシンポジウムは権利者側による積極的な利用のための提案があり,多少なりとも実現の方向に向いてきているように感じた。
終盤の質疑の中で,会場から「オープンデータが抱えている問題と全く同じ」という意見が出ていた。いずれも当事者の意識改革と,構築・維持を支える制度や法律の改正が必要である。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会までに本日の提言がどれだけ実現しているだろうか。国の姿勢と見識が問われる。
いろいろな立場の方の意見をうかがうことができ,方策案を聞ける貴重な機会であった。
※写真を提供してくださったアーカイブサミット2016 組織委員会に謝意を表します。
(科学技術振興機構 山崎美和)
・自民党 知的財産戦略調査会 10の提言:https://www.jimin.jp/news/policy/127928.html